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    忸怩くん

    @Jikujito

    え〜もも

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    忸怩くん

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    【百々人と鋭心】アップルパイフェア後 cpではない

    紅色を覚えて アップルパイフェアでは何種類かのアップルパイが販売されており、りんごから連想した友人へ、自身でもいくつかを土産に買った。明日渡せるだろうかとレッスンスケジュールを見ていると、重そうな紙袋を抱えた運営スタッフから声をかけられる。よかったらぜひ、と大量のりんごを渡された。何種類かあったが、どれもこの地域の名産なんですと自慢げに言う顔にうれしくなって、「りんごが好きな友人がいるので、一緒に食べますね」と言ってしまった。もう2つ赤い玉が増えた。
     帰りの電車では、同じように腕がちぎれそうなほどの紙袋を抱えこころなしかうれしそうな九十九が隣の席だった。こんなにあったら食べる前に腐らせちゃいそうだと言うと、そうだなと笑う。
    「おれは涼に渡すよ。フェアも羨ましがっていたからな。……大吾と3人でケーキやパイにしてしまえばすぐなくなってしまうだろう」
     いいな、と思う。F-LAGSとの仕事をしたことはまだないけれど、あれだけタイプが違うのに当たり前に3人で仲が良くて、仲間でも友人でもありつつ高めあっていてユニットとしてとても安定しているように見える。自分たちのユニットは、と考えるとまだまだ適切な距離を計り合っている段階だ。たとえばこのりんごだって、二人に押し付けるのは迷惑じゃないかと思ってしまう。
    「これも秋月くんがいるならあげようかなあ」
     袋の中で深紅がちらつく。九十九は少し考える間を開けると、百々人をのぞき込むよう顔を傾けた。前髪の隙間から左目もこちらをとらえる。
    「百々人さんが食べてもらいたい人にあげるといい。それでも余ってしまったら……おれたちと一緒にケーキにしてしまおうか」
     いたずらっぽく笑う、こういうところがこの人にはあると、今回の仕事で知ったことのひとつだ。
     すこし勇気をもらった気がする。フェアで食べたアップルパイはとてもおいしかったから、ふたりにもきっとそう思ってこのりんごを喜んでもらえたらいい。

     かくして、紙袋を覗いた眉見は誰が見てもわかるほど目を輝かせており、百々人の心配は杞憂だったと言わざるを得なかった。残念ながら天峰は学校行事のため数日間練習を休んでいるのだが、彼にりんごを渡せなかったことよりも眉見のこの顔を見せられなかったことの方が悔しいくらいだ。あまり表情に出ないように見えて、案外分かりやすく顔に出る。りんごに関する仕事がきてよかった、と頬を緩めた。
    「マユミくんが喜んでくれてよかったあ。それ全部もらってくれる? アマミネくんにもあげたかったけど、会う前にダメになっちゃいそうで」
    「それはうれしいが……自分の分は確保しているのか」
    「ううん、マユミくんが喜んでくれるならいいや。ぴぃちゃんも別でもらってたし、僕は感想だけもらえれば」
     たしかにりんごはおいしそうなのだが、じゃあ自宅で皮を剥いて切って1個食べきるかと言われると、面倒がっているうちに手つかずのままにしてしまいそうなのだ。だったら誰かが食べてくれればというのは本心だった。
     眉見が少し考え込む。彼はときおりこうして数秒思考を巡らせるが、頭のいい彼はその数秒ですべて組み立て終わった完璧な答えを出してしまうからすごい。演算処理とでもいうべき思案を終えると目を細めていたずらっぽく笑った。小悪魔と評されそうなどきどきがあった九十九のいたずらっぽさとは違って、悪さをする小学生の男の子みたいだ。
    「菓子作りをしよう、百々人」
     言うことまで九十九と同じなのに全然違う、となかば呆れつつも、自分一人だけに向けられた誘いはなんだかふわふわと足元が軽くなった。
     思い立つとすぐ行動に移す人なのはこれまで多少なりとも過ごしてきてわかっていた。練習後さっそく眉見家へ行くことになり、まだどうしてこうなったのか思考が追いつけていないままに先を行く背中を追いかける。道中で必要な材料の買い出しをしていこうという話になったのだが、お菓子作りなんて二人とも全然したことがなかったから、スーパーに入ってすぐに立ち止まってしまった。
    「……何をつくるかによって必要なものが変わるな。食べたいものはあるか」
    「食べたいもの、は……浮かんでないんだけど、あんまり自信ないから簡単なのかな」
    「たしかにそのほうが確実そうだ。使用人に聞いてみるか」
    「ちょっと待って、九十九さんに……秋月くんに聞いてみてもいいかな。みんなでつくるって言ってたから、詳しいかも」
     眉見家の使用人に聞いても適切な答えは帰ってきていただろう。それでもなんとなく、お菓子作りのきっかけをくれたF-LAGSに聞いてみたかった。ちゃんと眉見にりんごを渡せたと伝えたくなっただけかもしれないが。
     眉見が頷くのを見て、数行のやりとりしかないトーク画面から通話ボタンを押す。数コールの後に、元気な声とがたがたと何かが落ちる音がした。
    「えっと、大丈夫?」
    「すみません、焦ってスマホをとったら戸棚にぶつかっちゃって……百々人さんから電話なんてびっくりしました!」
    「急にごめんね、今大丈夫? 九十九さんと一緒のお仕事でもらったりんご、僕たちもお菓子にしようと思ったんだけどおすすめレシピが聞けたらなって思って連絡しちゃった」
    「C.FIRSTのみなさんでですか? わあー、ステキですね! 作りたいものとかこういうのがいいとか、あっあと、おうちにある製菓器具とか……」
     ときおり眉見に聞きながら返答して、結局りんごのクリームケーキにした。通話が終わった途端に送られてきたレシピが簡単なのかどうかいまいちわからなかったが、失敗しにくいものらしいので涼に聞いて正解だったといえるだろう。
    「涼は詳しいんだな、菓子作りに」
    「趣味なんだって、九十九さんから聞いた。F-LAGSのみんなもりんごでお菓子作りするんだって」
    「なら、負けないものを作らないとな。秀だけでなく、3人にも渡すつもりで気合を入れよう」
    「なんですぐバトルになるかなマユミくんは。でも、そうだね。渡せたらいいなあ」
     駅前のスーパーで、材料一覧とにらめっこしながらふらふらと行ったり来たりを繰り返す。ふたりとも食材、ましてや製菓材料の買い出しなんて慣れていなかった。どれを買ったらいいかなんてわからなくて、売っている中で一番高級そうなものを買った。
     二人並んでスーパーの袋を持って歩くのは不思議だ。そのまま眉見家の広い玄関へ入るのも、きれいなキッチンに入るのもホームシアターへお邪魔するときとはなんだか違ってそわそわしてしまう。隅まで磨かれた台の上に買ってきた食材と紙袋にずっしりと詰め込まれたりんごを並べると、手を洗って袖をまくった。
    「……はじめるか」
    「うん。……マユミくん、すごい気合入ってるね。ふふ、力抜いたら?」
    「いや、慣れていないからな。人に渡すものだから失敗したらまずいだろう」
      百々人自身も菓子なんて調理実習のクッキー程度しかつくったことがないし、料理だって同じだ。お腹がすくと動けなくなるから食べるだけ。食事自体が車に給油するような事務的な作業だと思ってしまっている部分もあり、配達サービスやコンビニを利用することが多かった。レシピ通りにやればうまくいくのだとわかってはいても、知識や経験がないとなぜか失敗してしまうのがお菓子作りだ。慎重になることには同意するが、1グラム単位を真剣に微調整する眉見は見ていてすこしおかしくて笑ってしまった。
     反対に百々人には、今日は少し余裕があった。レシピを教えてくれた涼が、電話口でひとつコツを教えてくれたのだ。
    『おいしいお菓子を作るコツは、気持ちを込めることですよ! 喜んでほしいなって、あげる人のことを考えていたらちゃんとおいしくなってくれます』
     上手につくられたおいしいものは店で買えるけれど、自分を想ってつくられたものは手作りでしか食べられない。レシピ通りの中でも少し砂糖が多かったり、丁寧に混ぜすぎて固くなってしまったり、いちばん形がきれいなものをくれたり、その人の好みや想いが絶対どこかに表れてくるものなのだと。だから今回はミスのないきれいなものではなく、ちゃんと思いを込めることがなによりなのだそうだ。もちろんうまくつくれたものを渡したいが、失敗したら、という不安は涼の言葉でかなり拭えた気がする。
    「秋月くんも言ってたし、気持ちを込めたらきっと大丈夫だよ。マユミくんとなら失敗しないと思うし」
    「気持ちか……ならばやはり出来のいいものをつくるのが一番誠意を伝えられると思う。形のいいものを食べてほしいしな」
     それも確かに答えなのだろう。それに眉見はそんなことを言われなくたっていつでも百々人や天峰のことをとても気にかけてくれている。天峰はそんな眉見のことを尊敬しているようだけれど、百々人としてはもう少し迷惑をかけてくれるくらいのほうがいいのにとも思ってしまう。そうしたら自分にも眉見に対してできることがあるんじゃないか。なんて、自分に価値がないことを他人を下げることで実現しても虚しいだけなのだけど、呼吸は楽になるんだろう。
    「まあ……それは確かにね。じゃあ次、余熱って書いてあるからオーブン準備するね」
     最低だ、と音にならないため息をつくと、オーブンの設定をしながら彼の様子を盗み見る。スマホの小さな画面とボウルの中を睨むように見比べながら混ぜているその目は研磨された宝石のようにまっすぐぶれのない気高いもので、自分の秘めた姑息さになんて影響されないそれに安堵した。
     混ぜ終わった生地を輪のかたちの型に流し入れると、余熱の完了したオーブンに入れて扉を閉める。40分のタイマーをセットすると、ふたりそろって肩の力を抜いた。
    「あとは焼き上がりを待つだけだね」
    「ああ。洗い物をしたら少し休憩にするか」
     シンクにごちゃごちゃに置かれたボウルやゴムベラを見て、眉見が腕をまくりスポンジを泡立てる。洗い物なんてまだケーキ型もあるし今やらなくてもなんとでもなるから、と後回しにするつもりでいたが、眉見がやっているのに何もせず見ていることはできなくて、「じゃあ洗ったやつ流すよ」と横に立った。
    泡を立てて洗う人と、その泡を流す人。広めのシンクでも背の高い男二人が並べば腕をぶつけながらやるしかない。自分よりも肉付きのしっかりした骨ばった手をなんとなく視線で追いながら、あまりよくない手際で大きな製菓道具たちを洗い終わった。
    ケーキの焼き上がりまではまだまだある。覗いてみたオーブンの中は真っ赤になっているが生地は焼き始めから何の変化もしていなかった。
    「紅茶でいいか」
     顔を上げるとティーバッグの箱を見せながら眉見が首をかしげる。青地に金の洒落た文字が書かれているようだが、字体も相まってぱっと見では紅茶らしいということしかわからない。なんでもいいか、と飲めるよと頷けば、やかんを火にかける。事務所でなら見慣れた姿だったが、この手入れの行き届いたシステムキッチンではその姿がなんだか不釣り合いで笑えた。気付いた眉見がわずかに眉をひそめる。出会った当初は怒っているように見えたその表情も、ただ何が起きているのか状況を読み取ろうとしているだけなのだと最近はわかるようになった。
    「なんで笑ってるんだ」
    「ううん、こんなにおしゃれなキッチンなのにやかんでお湯沸かしてるの、おかしいなと思って」
    「ああ……そうかもな。まあ見た目や広さがどうあれキッチンでお湯を沸かすこと自体は間違ってないだろう」
     どうでもいい話をしながら飲んだ紅茶は何の味だかいまいちわからなかったけれど、ふわりと鼻腔に広がる茶葉の香りはほっと息をつきたくなるような中にすこし華やかな匂いがしている。ケーキが焼きあがるまではなんとなく不安でキッチンから離れられず、マグカップを傾けて苦みも癖もなく飲みやすい味と香りを楽しんでいた。眉見に促されるままにフェアの仕事の時に聞いた他のユニットの話や、現地でもC.FIRSTを知ってくれている人がいたこと、これを機に曲を聞いたと教えてくれたスタッフなどの話をする。自分の体験を話すことにはあまり慣れていないけれど、仕事をしたメンバーや出会った人たちのことは眉見にも知ってほしいと思った。
     眉見を相手にするのは話しやすい。途中で口を挟むことはないが、質問など話の広がる振り方をしてくれる。聞き上手だな、と思う頃にはついつい話し過ぎているのだ。
     いつからだろう。ふと息を吸った瞬間に部屋中あまい香りで満たされていることに気が付いた。オーブンはもうあと数分を示しており、中を覗くと焼く前よりもふくらんだ生地が型から盛り上がっていた。
    「どうだ?」
    「いい感じじゃない? ……なんかいいね、こういうの」
     あったかくて。
     ひとりで抱えきれないリンゴを持て余してただ配るんじゃなくひと手間加えてみるのも、オーブンから漏れる焼き立てのケーキの匂いも、誰かとそれを見守るのも、配り終わるまでまだおわりじゃないことも。眉見は「ああ」と静かな相槌を打っただけで同じようにオーブンを眺めている。二人して会話もなしにオーブンを見守ること少し、明るい電子音が鳴るとそっと扉を開けた。
     ひときわ強くなる砂糖と小麦の匂いに、リンゴの香りがほのかにする。ミトンをして取り出してみると、上の方がすこし濃げ茶色になっていた。焼きすぎたかも、と言うと、おいしければ問題ないと返ってきた。
    「できたな」
    「うん、よかったあ。失敗はしてないみたい」
    「百々人の手際が良かったからな。……俺たち二人でケーキを作ったと言うと秀に驚かれそうだ」
    「あはは! そうだね、それはたのしみかも」
     なんでもない休日の昼下がり。広い家の中は静かで空気もひんやりとしていたけれど、キッチンだけはすこしあたたかかった。



    「アマミネくん、お土産。……と、これ」
     翌日。レッスンのあと、フェア会場で買ったクッキーともらったリンゴ、それと眉見と一緒に焼いたりんごケーキの包みを渡した。
    結局昨日は粗熱をとるために切ってラッピングするところまでいかず、今日のレッスンの前に眉見の家を経由してプレゼント用に透明な袋に小分けしてきたのだ。袋の口を寄せてカラフルなワイヤータグで閉じられていく様子はなんだか中学生のバレンタインみたいで、眉見がそれをやっているのがおもしろくてまた笑ってしまった。
     渡された青色のリボンタグがついた包みと百々人を交互に見て、天峰は不思議そうに首を傾げた。
    「百々人先輩の手作りですか?」
    「うん、僕とマユミくんの」
     それを聞くと丸い目を見開いて今度は百々人の後ろで静観していた眉見を見る。口の回る天峰からなにも言葉が出てこないことがその驚きを表していて、こらえきれず笑ってしまった。
    「ふ、はは! アマミネくん、すっごい困惑してる」
    「成功だな。ここで食べてくれてもいいんだぞ」
     眉見もいたずらが成功したかのように満足げに笑うと、目の前で食べてみるよう促した。食べてほしいけれど、思ったほどじゃなかったと言われてしまうのが怖くて笑いが消える。眉見が丁寧に作業したとはいえ、自分の作業が完璧にできたとは思わない。思いはちゃんと込めたし期待を超えられないことには慣れているけれど、反応が気にならないわけではない。
     いただきます、と二人にじっと見られ居心地悪そうなまま天峰がケーキを取り出す。断面からぽろぽろとかけらを落としながらも、大きめの一口でかぶりつく。
    「……ん、おいしいです。これもりんご入ってるんですね。パウンドケーキみたいな……? え、これほんとにふたりでつくったんですか?」
     おいしい、と顔をほころばせながらもう一口食べて、ケーキから視線を外さないままに二人に問う。眉見と目が合うと安心したように目を細めた。
    「ああ。百々人が涼に教わってな。買い出しから二人でやった」
    「うわー絶対おもしろいじゃん、見たかった……。次は俺も誘ってくださいよ。俺たちユニットでしょ」
    「……うん、じゃあ今度はさつまいもフェアとか呼んでもらえるように頑張っちゃおうかなあ」
    「俺みかんも食べたいです。今度プロデューサーにお願いしておこう」
     あれだけ重かった紙袋いっぱいのリンゴも、ケーキにしたり配ったりしてもう残り1つになってしまった。果物なんて普段食べないけれど、これは自分用に家で剥こうか。そうしたら家にいても昨日と今日のことを思い出して少しだけ一人じゃなくなれる気がするから。
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