ごちゃLOM裏4.5話?「さてと。今のうちに……」
双子の弟子たちに時折するように果樹園での収穫を任せ、ジュンはそのまま家の裏手へと足を向けた。
ほんの少し重い足取りでホームを支える大樹に沿って歩けば、あまり日の当たらぬそこでも繁茂した雑草とちょっとしたゴミ箱にしている樽の後ろに隠れて鈍く光るガラクタ……つい昨日までは大剣と呼ばれていたものが転がっていた。
キョロキョロと周囲を見渡して人目がないことを改めて確認してからジュンはそれに目を落とす。
「またやっちゃったな、予備ももうあと一振りしかなかったのに」
つぶやきながら折れた刀身と柄の部分を拾い上げてみれば見た目にふさわしいずしりとした重量がジュンの手にかかる。
並の人間なら到底振り回すどころか持ち上げるのにも苦労するはずのそれは、それでもジュン本人にとってはまあまあ取り回しのいい重さでしかない。
それが異常だとわかっているからこそ、ジュンはこの力任せに壊された鉄塊も、そして力そのものもできるだけ隠している。
いるのだが、ここしばらくで戦ったモンスターたちは異様に強く、正直そこに気を回す余裕はあまりなかった。
先日も戦闘中こそ見られなかったものの、村人たちに折れた大剣を見られた時は肝が冷えたものだ。
そして昨日も。剣を折るどころか久しぶりに素手で戦ってしまったことを思い出し、ジュンは顔をしかめた。
「……シオン君には悪いけど、覚えてないのはちょっと、助かったな」
思わずこぼして罪悪感に息を吐く。
結果的に無事だったとはいえ、あの状態を良かったというのは間違っている自覚はあるのだ。
自分が駆けつけた時のシオンは毒の花粉にやられていて、あと一歩遅ければ捕食されていただろうし意識も朦朧としていた。
更に家に帰ってからも普段よりもぼぉっとした様子で、そのまま妙なことを口走っていた。主にゴリラとか。
心配だとは思うし、正直なところあんな戦い方をせずとももっとやりようはあったはずだとは思う。
けれどもあのシオンを見て冷静ではいられなかったのも確かではあった。
素性の知れない少年だが少なくともジュンは彼が善人だと……心から優しい人間だと感じているし、そんなシオンのことを気に入っている。
そう思えばこそ若干の反省点はあるとはいえ、彼の記憶に残ってないのならば後悔することはないと無理矢理結論付けた。
「とりあえずこれ片付けて、それから予備を鍛えないと。この調子じゃきっとまた壊しちゃうし。でも今はうちにシオン君もいるからな……うーん、どうしようか」
言いながら今度は作成小屋の方へと足を向けた。
少なくともバドとコロナがいない間にこのガラクタを処分しておきたい。
欲を言えば口に出したように予備の大剣も増やしておきたい。
どんなに気をつけていても相手が強ければ武器を破損させる可能性は高くなる。
折れたとしても片手剣もあるし最悪素手でも戦えるが、正直それはやりたくない。
戦っている間はさほど気にならないけれど冷静になった途端思い出す手に残る感覚がジュンは嫌いなのだ。
自分が人とは違う、そんな凶暴なイキモノだと突きつけられているようで。
「そう、言えば。シオン君どうしたのかな。朝ごはんの後から見てないや。またドミナにでも行ったのかな?」
昨日のバドフラワーを引きちぎった感覚を忘れようと少しだけ大きめに声を出す。
どこかに行くときは声をかけてくれる彼だけど、すれ違ったのだろうか。
双子にでも声をかけていてくれただろうか、でもそれならばしっかり者のコロナは自分に言付けてくれるだろう。
沈みそうになっていた思考を切り替えるためのものだったが、考えれば確かに気になることで。
ただそれは一足遅かったらしく、無造作に武器作成部屋のドアを開けたジュンの目に飛び込んできたのは普段とは違うラフな格好をしたシオンだった。
「っ……!!」
恐ろしいことは無いはずなのに、ジュンの背にスッと冷たい汗が流れる。
前もこうだった。自分がちょうどこれを処分しようとしたタイミングでシオンはここにいて、そして当たり前のように大剣だったものについて言及してきた。
あの時は依頼を理由に逃げ出したけれど、今回はどうだろうか。
シオンはまだ入り口に背を向けている。
これならばと、ジュンが気が付かれる前に踵を返そうとした瞬間。
「ジュンくん。この部屋に用事じゃないの?」
背中に目でもついているのか、当然のように声をかけられた。
「あ、えっと……もう、大丈夫なの? 昨日の今日で、そんなに動いてて」
「うん。時間経ってすっかり元通りだし」
ドクンと嫌な音を立てる心臓をなんとかなだめすかしながら悟られぬように口を開く。
どうもシオンは作業中らしくその視線は手元に注がれているというのに、彼は一体どれだけ気配に敏感なのだろう。
人が入ってきたのがわかるのはまだいい、なぜ自分だとわかったのか。
しかもここは武器用の部屋だというのに、彼がいじっているのはなぜか楽器である。
ある意味武器にもなり得るが魔法楽器専用の部屋があるのになぜそちらに行かないのか。
もしかして部屋の存在を知らないのだろうか。
「忙しいとこ、邪魔しちゃったかな。あ、あのね。楽器作るなら、向かいの部屋が楽器制作専用になってるんだ。よければ、そっちのほうが作業しやすいよ」
無駄に空回る思考に沿ってそういった場所があると示してみたが、どうやら効果がないらしい。
そちらへ行ってもらえないだろうかとの願いを込めたそれに、彼はもうすぐ終わると気のない返事を返しただけで動く気配は全くない。
(どうしよう一回戻ろうかな、でも用事があったはずなのに何もせずに戻るのは変だよね……。待つにしたって、これ、見られたくないし)
以前と同じく思わず後ろ手に隠した鉄塊が小さく音を立てる。
シオンには聞こえるはずがない音量だが、ジュンにはやけに大きく聞こえる音だった。
「また、折ったの?」
「え」
「大剣」
けれども聞こえるはずのないそれに呼応するように発せられた言葉に今度こそジュンは凍りつく。
無意識にピクリと動いた指のせいでまた金属が小さく音を鳴らした。
見えていないはず、聞こえていないはずなのに、どうして彼はコレのことを知っているのか。
「見てた。昨日の、リュオン街道の時」
そんなジュンの思いに答えるように言って、相変わらず背を向けたままのシオンが指差したのは背にあるものと同じモノが詰まったガラクタ入れ。
中身を検分したのだろうか、素材も宿る力も鍛え方も、何よりも自分が力任せに……しかも大量に折ってきた結果だろうとシオンは確信を持って述べていく。
普段と変わらない、淡々とした声音で。
頭の中が白くなって何も考えられないのにその声だけはよく聞こえ、ジュンの中に氷のような冷たさを持って染み込んでいく。
知らずに息が荒くなっていく。
バレてしまっていた。
きっと、彼は先日から気づいていたのだ、只人ならば出来ないおおよそ人らしくはない力任せの戦いをする自分を。
そうして昨日、確信を得た。
彼は何を思っているのか、それ以上何も言わず自分に背を向けたまま楽器をいじっている。
それが、ジュンには拒絶にしか見えなかった。
(あぁ、嫌われたのか。シオン君に)
そんな衝撃でグラリと視界が揺れ、つい視界からシオンを外すように視線を足元に落とす。
恐れていたことが現実になってしまったとしか思えなかった。
人に嫌われることが、人の輪の中から排斥されることが恐ろしくてたまらなくて、だからずっと良い人でいようとしてきたけれど偽物の自分は駄目だったらしい。
そう思うと同時に幼い頃の傷跡がじわりと見えない血をにじませる。
モノの声を聞き応える力も、人並み外れた力も、全部気味が悪い。
それがシオンの声で聞こえた気がした。
両親と同じように、嫌われて、きっと捨てられる。
だから隠さなきゃいけなかったのに。
嫌いって、いらないって言われないように。
そうしなければ、じぶんはまたひとりぼっちになってしまう―。
「いいんじゃないの。人より力が強くたって」
けれども身構えるように強く目を閉じた瞬間耳に届いた言葉は予想外で、ジュンは思わず顔を上げた。
そこにあるのは先程までと全く変わらぬ、黙々と作業をしているように見えるシオンの背中で。
「他人に見せない顔、見せたくない顔なんてきっと、誰でも持っている。あなたが強いから救えた人間や救われた人間だってたくさんいるだろう。俺もそう。だから、もしあれこれ言うやつがいたなら、勝手に言わせておけばいい」
やはり普段と変わらない調子で続けられる言葉は嘘みたいに温かくて、先ほどとは逆に体のこわばりが少しずつ解けていく。
「もちろん、あなたが他人に黙っていてほしいというなら黙っているし、忘れてほしいのなら、見なかったことにする。ただ、俺は少なくとも、それであなたに対する見方は変わらない」
「見方?」
記憶の底から現実に戻り始めた思考で、気になった言葉を馬鹿みたいにオウム返しで問うてみれば返ってきたのは予想だにしていなかったものだった。
「バカみたいにお節介で無駄にゴリラで、スライム相手にハート喘ぎしてる人」
無駄にゴリラで、スライム相手にハート喘ぎしてる人。
思わず脳内で反芻すると、先程までとは違う感覚で思考が停止した。
ゴリラって、そう言えば昨日も散々自分のことをゴリラと言っていたっけ。
というかハート喘ぎって何だ。
確かにスライム相手にした時のことも彼に話したけれども、そんなふうに話しただろうか。
いや、あまり変わることのない彼の表情が変わらないだろうかとちょっとだけ大げさに話したっけ。
それにしたってあんまりではないだろうか。
流石にそう思われるのは恥ずかしい、とそこまで思ったところで、ジュンはふと気がつく。
シオンは、ジュンが彼に見せてきたハリボテの自分も、人とは違う本当の自分も、何も否定しなかった。
そのどちらも気にせず、それがシオンの知るジュンなのだと受け入れてくれた。
(あぁ、シオン君は僕に大丈夫だって……怖くないって言ってくれたのかな)
やはりシオンはとても優しい。ただ少し、分かりづらいだけで。
「ありがとう。でも、できたら他の人にはナイショにはしてほしいかな……ごめんね」
「……そう」
思わず浮かんでしまった苦笑はそのままに、感謝を述べる。
その上で謝った。
どれだけ彼が気にしないと言っても、大丈夫だと言ってくれても、他人の目がやはりジュンには恐ろしかった。
だって世界は優しいだけではないから。
大多数の人間は違うものを恐れ、排斥するから。
例え一部の人間がそうではなくても。
「俺は?」
「シオン君は……君が見たまんまで、いいかな」
そうしてその問いに一瞬悩んだものの、稀有な一部に含まれるであろう彼を信じる。
付き合いも短くて知らないことも多いシオンだけれど、それでも彼は悪いようにはしないだろうから。
それだけは間違いないとジュンには思えた。
「……そう」
間が空いた後の答えもきっと、何かを思ってのことではないのだろう。
「一つ、条件があるんだけど」
「条件……?」
と、そう思ったところでシオンが初めてジュンを振り返る。
なんとも言えない妙な顔にどうしたかと思えば。
「……昨日の、俺の醜態を忘れてくれるなら」
ひどく不本意そうにポツリと言葉がこぼされた。
「いいよ、約束する」
ほんの少し目を丸くしてから、思わずジュンが笑った。
それは普段のへらりとした笑い方とは違っていることに気づいているのか、そんなジュンを少しの間眺めていたシオンは結局何も言わずにくるりと振り向いて、また楽器をいじり始めた。
そんなシオンに、ジュンは思う。
もしかしたら彼にとってあのぼんやりした姿は隠したいものだったのかもしれないと。
それだけでもない気がするけれど、彼が語らぬのならそのままでいいのだろう。
彼が自分の隠すものを気にせずにいてくれるように、自分もそうしよう。
そう思いながらもう一度笑った。
その後、シオンは作っていた楽器のよくわからないこだわりを披露してくれたが、その表情は先程ジュンと話していた時より真剣に見えて。
ジュンがこっそり彼は天然なのかもしれない思ったことには気づかぬまま、シオンは謎のなぜか妙に聞き覚えのある気がする給湯音を作成小屋に響かせていた。