グレビリDW参加作品 お題「マジック」【マジック】
『ビリーがヒーローになってから、街中でマジックショーを見かけることが多くなった』と、同じヒーローの先輩達や、街の人達にそう聞かされ、確かにそうかもしれないなと、グレイは休日に一人街中を歩きながらそう感じていた。
特に人通りが多い道を歩けば、そういった人達の姿を目にする。もともとその通りは路上ライブや出店が頻繁に行われる場所でもあり、何かを期待して通りを歩く人もいるのだろう。
「……多いなあ」
ぽつりと呟いたその言葉は、人混みにかき消されていく。
右、左、といくつかある店などをちらりと覗きながら、歩く足は止めない。
——通りを少し外れた場所。そこもまだ人通りはあるが、先程の場所に比べれば少なく静かだ。グレイはその入り口で、視線は奥を見つめていた。少しすると歩き始め、ある一人の人物の前で歩みが止まった。
「こ、こんにちは……」
「おや、珍しいお客さんだ」
「あの、一回、お願いします」
「ふむ……仕事——じゃないね、恋愛かい?」
「え、ええ、ち、ちが、違います……!」
何度も首を振り否定しても、目の前にいる人物は笑って「違うのかい?」と聞いてくる。
そのテーブルに置いている手作りのプレートには、『占い一回、』と書いていた。
「うーん、でも君の顔にはそう書いているけどね」
「! ……そ、そんなに、分かりやすいですか……」
「こんな所に来たのは初めてだろう? そこまでして占いたいだなんて、そういう人は大抵恋愛や仕事運さ」
「あ、そういう……」
「まあそれもあるけれど、君が知りたいのは恋愛、それで間違いないはずだよ」
間違いない、とそう言った占い師の声色は、それはそれは静かに、グレイの耳に入りすとんと心に落ちていく。説得力がある、その声に、ああ確かにそうなんだろうと、思ってしまうのも仕方がない。
「——はい。まち、がいないです」
「ふふ、顔が真っ赤だ。安心していいよ。君を見ている限りでは今も、これからも、その恋愛は上手くいくと、出ているからね」
その瞳はまっすぐにグレイを見て、そうして細めて笑ってみせた。
「ま、まだ占っていないのに……」
「君みたいなお兄さんは珍しいんだ。おまけだよ。——それじゃあ始めようか」
テーブルの上にあったトランプの束を手に取ると、それは始まった。
占いといえば、タロットや手相など、そういったものが思い浮かぶだろう。しかしこの人物が始めたのは、マジックだった。
一連の流れはこうだ。切り終わったカードがテーブルへ扇状に一瞬で並ぶ。その中から好きな一枚を選ぶ。その表面に自分の名前を書いて戻す。もう一度束ねて切り始め、そうして指を鳴らせば自分の名前を書いたカードが一番上にある、といった定番のカードマジック。
それをどう占いに組み込んでいるのかといえば、マジックを見せるその手際、だ。
印象的に見えるその手を巧みに使って、正解ではないカードを幾つも捲っていく。トランプの柄はよく見ると、タロットのようにも見える独特なマークをしていた。
そうしてカードを捲りながら、正解のカードに辿り着くまで相手との相性や、方角的にはどこがいいとか、最近あった身の回りのことなど、なんでも言い当て、助言をしていく。
グレイは見事に占い師の術中にはまり、真剣な眼差しで話を聞いていて、しまいにはメモを取り出して内容を書き記すまで。しかしそれ以上の内容を占い師はどんどん話してしまう為、追いつかない自分の手にいつの間にかペンを置いていた。
「——と、さて次のカードは……、おっとどうやら正解を引いたようだ」
占い師の手元に裏返されたカード。そこにはグレイの名前がきっちりと記されていた。
ここまでだね、と占い師はそのカードをグレイに手渡す。
「それはプレゼントだ。君にあげよう」
「あ、は、はい。あの、ありがとうございました……! その、とても楽しかったです」
「楽しんで貰えたのなら何よりだよ。ありがとう」
「はい。とっても! その……一つ聞いても良いでしょうか」
「ああ、なんだい?」
「“もう一度、マジックでやり直したい” とは思わないんですか?」
その質問に、占い師の瞳には驚きが浮かんでいた。しかしすぐにふっと息を吐くと、深く座り直し徐に口を開いた——
*
「——それで、『思わない』って言ったんだネ」
「うん。そう言ってたよ」
「『今の生活で満足してる』?」
「うん、そうも言ってた。す、凄いねビリーくんっ、あの人の言ってること当てちゃうなんて」
「HAHA♪ これはね、いつも言ってたからだよ〜」
「そ、そうなんだ」
談話室の一角、休日にあったことをグレイはビリーに話していた。
そもそも、休日にグレイが占いに行こう、だなんて思い付いたのは、ビリーとの会話がきっかけである。同じヒーローの先輩達と街の人から、マジックショーをよく見るようになったと、最近良く話しかけられることを話してみたグレイ。そこからビリーが昔マジックで生計を立てていた時の同業者の話を教えてもらったのだ。しかし大半はビリーの父が知っている仲間である為、年齢もそれなり。年数の経った今、本業として仕事をしているものは少ないのだという。その中の一人が面白いマジックをしている、と。そう聞いてしまっては、グレイも気になってしまい続きを促した結果、グレイはどうしても会いたくなり、今に至る。
「あの人、マジックで生計立ててるときも、今より良い所の紹介とか結構来てたのに、『此処でいい。今の生活で満足してる』って断ってたんだよね。だから良く覚えてる」
「そうだったんだ……」
「グレイ、気にしなくても大丈夫だよ? 今あの人、本当にお金には困ってないから」
「そうなの?」
「うん。今はもう自分で生計を立てなくても、家族がいるからね〜」
その言葉に、それもそうかと、その時貰ったカードをもう一度取り出してみる。
少し緊張で歪んだ、グレイのサインがそこにはくっきりと残っていて。
「あ、カード貰ったんだネ! それ、大事にしてると良いコトあるかもよ?」
「え、そそうなの?」
「うん! あの人の占い、本当に当たるんだよ? 最後に渡されるそのカードにもちゃんと効果があるらしくって、お守りとして肌身離さずもってると良いんだって! 皆大体財布とかに入れてるみたいだけど、それでも全然OK!」
「す、凄い人なんだね……!」
「グレイってば嬉しそう♪ そんなに良いコト言ってもらえたの?」
目の前でにこにことグレイを見ているビリーのその表情に、汗が滲み、頬は赤く染まり始めるグレイ。それにはビリーも目を丸くして「どうしたの」と身を乗り出してくる。
「だ、大丈夫……その、なんでもないから、」
「ふーん? その反応……恋愛について占って貰っちゃった?」
「!」
「オイラとの相性、気になっちゃったの? 俺っちこ〜んなにグレイのこと、好きなのに」
ここは談話室で、他のメンバーもいる。確かにこの一角は二人きりであるけれど、決して遠くはない距離で皆それぞれ過ごしている。テーブルに向かい合わせではなく隣同士で座っているだけでも距離が近いというのに、ビリーはカードを自分の手に取ると、サインがしている面に口付けを落とす。chu、とわざと音が鳴るように。
「び、びビリーくんっ、!」
「んふふ♪ 大事にしてねグレイ?」
手渡されたカードを、どうしたものかと一晩悩んだグレイであった。