グレビリDW参加作品 お題「メール」 ある日の休日。
いつものようにテレビゲームをしていたグレイのスマホに、連絡が入る。
あまり鳴らないスマホが突然光ったことにびくつきながらも、グレイはコントローラーを置くと、画面をタップした。
「ただいま〜〜」
開いた扉からビリーが入ってくる。今日は特に寒いと言われていた為、いつもより厚着の彼は上着を脱ぎながら自分のスペースへと歩いていく。
「お、おかえりビリーくん」
「ただいま! 今日本当に寒いね! 耳が凍っちゃうかと思っタ!」
「気温十度もないみたいだしね、」
「それに比べてタワーの中は暖かくて、気温差で風邪ひいちゃいそうだよ〜」
寒い場所から帰ってきたからか、ビリーは鼻をぐずつかせていた。
「暖かい飲み物淹れてこようか?」
「良いの⁉︎ じゃあココアが飲みたいな〜」
「分かった、ココアだね。淹れてくるよ」
「ありがとグレイ!」
「ううん。僕も飲み物おかわりしようとしてたところだから」
手に持っていたままのスマホをポケットに仕舞い込み、彼は部屋から出て行った。
その何気ない行動に、ビリーは少しだけ、違和感を感じたのだ。
それは誰だって行う動作のひとつ。それがどうしてこんなに気になるのか。
(俺、疲れてるな……グレイじゃなくても同じことするし、オイラだってする……何もおかしいところなんてないのに)
帰ってきた時には感じなかったこのモヤモヤした気持ちに、顔を顰めてしまう。
頭を振り部屋着に着替え始めたところで、グレイが両手にカップを持って戻ってきた。
「ビリーくん、こっちに置いてるから」
「うん、取りにいくね〜」
グレイは自分のスペースのテーブルに、ビリーのカップも置いた。着替えているのを邪魔しないように。そういう優しさに、ビリーの結んだ唇は優しく弧を描いていたが、着替え終わりドリンクを取りに移動して、見えてしまったスマホの画面に一瞬時が止まってしまう。
本当に一瞬、見てしまっただけでも見えたのは、『この後会える?』の一文。
「? どうかしたの?」
「ん? ココアに膜、張っちゃったな〜と思って」
「え、あホントだ……熱めに温めたからまだ冷めてない、と思うけど」
「うん大丈夫! ありがと」
付けてくれていたマドラーで混ぜながら、二人のスペースの間に置いてあるソファに腰をおろし、冷める前にと口をつける。ゆっくりと喉を通って、身体を温めていく。
ほっとひと息ついたビリーは身体をソファへ預けながら、グレイを見た。
曇ってしまうゴーグルを外して、その青い瞳は、じっと何か言いた気に。
スマホの画面に夢中の彼は気付かない。きっと今来ていたメールに返事を返しているのだろう。小気味よく画面上を滑る指は楽しそうに感じる。
(なんか、ちょっと楽しそうにしてる……同期以外の人っぽいし、誰なんだロ)
気になれば調べる。それは彼の仕事上の癖でもある。取り出したスマホを片手にするすると検索しようとして、指が止まった。
(——ああ良くないことしてる、)
画面に見える文字が全て、グレイを覗き見しているようで。
(聞けば、グレイは答えてくれる。でも、)
考えたが、ビリーは画面を閉じ残りのココアへと口をつける。
ひとしきりの連絡が済んだのか、グレイもソファへと腰をおろし、カップを口元で傾けていたビリーを見てくすりと笑った。
「ふふ、喉渇いてたんだね」
「あとちょっと小腹が空いちゃってたカラ」
「そういうときのココアって美味しいよね」
「グレイのは冷めちゃったんじゃない?」
「あ、大丈夫だよ。もうほとんど飲んじゃったから」
「あれいつの間に〜」
「僕も……喉乾いてたから、温めに淹れて一気に飲んじゃったんだ」
「部屋の暖房効き過ぎてる? もう少し弱めてこようか?」
「あ、ううん。そうじゃ、ないよその……話てて、声が枯れちゃった、と、いうか」
「話?」
「う、うん。あのね、ビリーくんにも聞いてほしいんだけど、その……良いかな」
「うん?」
グレイの顔はキラキラとして、聞いてもらいたい一心でそこに座っている。
そんな彼の表情を見てしまっては、この気持ちは今だけ心の隅へと追いやることにした。
話の内容は、昔からの数少ないオンライン上の知り合いの話で、ネット上の集会所でたまたま出くわしてそのままボイチャをした。それが楽しかった、と。フリーメールに届いた一文も、もう一度ゲームにログインできないかの確認だった。
それにグレイは、今日はもうログインできないと返事をしていたらしい。
そんな今日起こった楽しかったことを、グレイはただ、話したくて。
それを聞いたビリーのもやもやとしていた気持ちは恥ずかしさに変わっていき、終いにはグレイへと体重を預け、下を向くしかなかった。
グレイは驚きつつも静かに肩を抱いてゆっくりしたテンポでトン、トンと。
眠い子供をあやす様に。何も聞かず、ただその時間だけが、心地よく流れていく。
「グレイ、ごめんね」
「え、どうして謝るの……? 今日は情報屋の仕事で疲れたんだよね」
「——うん、そう。でもそれだけじゃない、カラ」
「何か嫌なことでもあった?」
——グレイのことで悩んじゃったよって、言えたらいいのに。
「僕が力になれるか分からないけど、話ならいつでも聞くから……」
「うん、ありがと。でももう解決したから大丈夫!」
「そ、そう?」
「うん! グレイのそういうとこ、オイラ好きだよ」
「そ、そう……でも本当に何かあったら必ず言ってね。僕も、ビリーくんの事、その、大事だから、」
「大事、だけ?」
「——え、」
大事、も嬉しいけれど、今欲しいのはそういう言葉じゃなくて——
口に出すのはいつも恥ずかしそうにしているグレイに、どうしても言って欲しい。
『大好きだよ』
確かに今言って欲しいと思ったのは本当だけれど、
突然耳に入ってきた言葉に驚いてしまう。
さらりと、恥ずかしげもなく口にした人物が、自分の目の前にいるんだから。
「あ、ありがと……俺も大好き」
いつもと違う雰囲気がカッコよく見えてしまってビリーは頬を染める。
グレイは優しく微笑んだまま、彼の頭を撫でた。それは慰めるように。
それは愛しいものを想うように。
手から伝わる温もりが、今はとても心地良く感じて。
「ねえグレイ。今日は一緒に寝ても良い?」
「! も、もちろんいいけど、」
「やった! じゃあそれまで今度はオイラとゲームしよう?」
「ビリーくん、疲れてるなら少しおやすみするのもありだけど」
「えー! 折角グレイといるのに遊ばないなんて勿体無い!」
ビリーは立ち上がるとグレイの手を取り、引っ張ってテレビ画面の前まで移動する。
するとビリーが慣れた手つきでゲーム機の用意をし始め、グレイはつい笑いが溢れてしまう。
「じゃあご飯までの間ね……?」
確認するようにビリーを見れば、嬉しそうに頷いた彼がコントローラーを手渡した。