台風一過「タイジュよぉ。この折れちまってる木はなんだ?」
ハナビがそこそこ大きくて長い枝を両手で掴んで引き摺る。
「けやきですね。」
タイジュはしゃがんでハナビが持っているその大きくて長い枝の裂け目を観察する。
「そもそも剪定のやり過ぎですよ。道路側にはみ出して邪魔だから切っていったんでしょうが、そこから病気になってだいぶ脆くなったんじゃねぇですかね。」
タイジュが立ち上がって、折れた主と思われる木を見上げる。
都会の木々たちはみんなあまり幸せそうには見えない。一見キレイに整えられている木たちもなんだか窮屈そうだ、とタイジュは思う。
空は台風一過、どこまでも抜けるような青。台風が忘れていった雲が上空を早い速度で動いていく。まだ少し強い風は2人の髪とハナビのヒラヒラした服をはためかせる。
大宮の学校から帰ってきた2人は少し古いタイプの滑り台と鉄棒のある、そんなに大きくもない公園でたむろしている。
大小様々な木々の枝や葉っぱが、あたり一面に飛び散っている。地面は湿っているが、表面は乾き始めていて、マーブル模様を描く。
「亀裂も入ってしまっていますからね、何かしら整えるとか治療をするとかしないと、もっとボロボロになってしまうかもしれねぇです…これを機に切ってしまうかもしれませんが」
タイジュは少し悲しそうな顔で木の幹に触れる。
ハナビはタイジュのその物静かな風体に秘められた樹木への知識に感心する。自分が好きだと思うことに関してはタイジュはコツコツと勉強するタイプなのだ。
「タイジュはすげぇな。」
ハナビはそう言って、タイジュの隣に立って木を見上げる。
「そんなことはねぇですよ。」
案の定困ったような笑顔で謙遜される。
ハナビは、無言でタイジュのほっぺたをやさしくつねる。目が合えばハナビが優しい顔で微笑んでいる。そんなに謙遜するな、という意味だとタイジュにはわかる。そんなハナビとの優しいやりとりがタイジュは好きだった。
「とりあえずこのbigな枝、端っこによけときゃいいよな」
「そうですね」
ズルズルと大きな木を引き摺るのが楽しくなって、ハナビはぐるぐる回る。タイジュは笑いながらその様子を見ていた。枝が少し湿った地面に軌跡を描く。2人はまだ小学生なのでそんな些細なことでも楽しめてしまう。
そんなことをしていれば、公園の柵の向こうに緑と白の頭が見える。ハナビとタイジュの待ち人たちだ。アブトは大宮駅までシンを迎えにいっていたのだ。明日から祝日を合わせて三連休なので、大宮に泊まって、みんなで過ごす予定なのだ。
何やらシンが気持ちよく某ライダーの歌を歌っている声が聞こえてくる。
『ハリケーンハーリケーーン!!』
いつの間にかアブトも一緒になって歌っている。テンションが高いのは台風一過のせいだろう。台風一過が楽しくない小学生はいない。
「きたな!デスト○イヤー!」
2人が公園に入ってくると、ハナビがすかさず、低い掠れた声で応対する。そして、手に持っていた大きな枝を端に投げ捨てると、くの字に曲がった枝を2つ拾ってブラスターのように構える。
「おっ…やるか…?」
シンが眉間に皺を寄せてファイティングポーズを取るが、向かってきたハナビの枝ブラスターで脇腹をツンツン突かれてしまう。
「あっ…は、やっ!やめて!」
あっという間にシンはアブトの後ろに隠れる。
「……オレが相手だ…」
アブトが長めの枝をいつの間にか拾ってシュッと振るうと、シャダンスピアのように構えてハナビに向かう。
「ほぉ…」
ハナビが不敵な目つきでアブトを見る。しかし一瞬で素早く振りかざしたアブトの枝で心臓をトン、と突かれてしまう。
「くっ…長い武器は卑怯だぞ!オレのブラスターからは何も出ねぇんだからよぉ〜!」
とハナビが不満を漏らす。
「はっ!負け犬の遠吠えだな!」
伊達にダークサイドに落ちていなかったアブトの悪役風情も慣れたものだ。
「よし、オレが相手だ。」
シンが、適当な枝を2本持って構えれば、タイジュには、双剣を構えたE 5に見える。
剣を扱うシンカリオンの運転士をやっていた2人の間にはただの戯れにしては重苦しい緊迫感が漂う。タイジュはユゴスピアに囚われていたころのアブトと、またそのアブトに対峙したシンを思い出して、本当にほんの少しだけキュッと心臓が痛くなった。
風は吹き続け、4人の服や髪をはためかせている。
ハナビの右目に砂が入る。チカチカとした痛みもまどろっこしい、とハナビは何度か右目だけまばたきをした後に、ギュッと手の腹で右目を拭って2人を見つめる。
タッ、と軽く駆け出したアブトが長い枝を上から振りかざす。
しかし、シンが両手の枝で受け止める。2人はその一瞬睨み合うが、シンが力を込めて、流すように横に振り払う。
「まだまだだ!」
シンがそう言えば2人は距離を取り、腰を落としてお互いの出方を窺う…と思いきや、シンが真剣な顔をして、
「右よーし!」
と言いながら枝を振り始める。続いて、
「左よーし!」
と反対に向かって枝を振る。
「黄色い線の内側に下がってお待ちくださーーい!!」
と元気よく言うと、腰をかがめて、アブトに向かって丁寧にガリガリと手に握った枝で公園の砂に線を引き始めたあたりで4人はもう無理だった。
「シン!それはRockだな!?」
ハナビが言って、4人してゲラゲラと大笑いする。
「だって…!あのセリフオレだって言ってみたかったんだよ!あれ誰が言ってるの?機体?スマット?じゃないよな?」
シンはそう言いながらも2本の線をまっすぐアブトに向かって描いていく。
アブトはシンの行動がツボに入ったらしく、しゃがんで眉間に手の腹を当ててくつくつとまだ笑っている。しかもどうやら自分はシンが描くだろうアレを模した線に閉じ込められるらしい。アブトはシンが初めてエキスカリバーで閉じ込めたネギダルマみたいな気持ちになってさらに笑えてくる。
そんなアブトを横目にシンは枝で線を描く。2本の線同士が交わる小さな四角の中にアブトを閉じ込めると、ふぅ、と一息ついてから、シンはちゃんとアブトの前に戻ってくる。
「エキスカリバーー!!」
シンが叫びながら無理矢理眉間に皺を寄せた変な顔でアブトに突進していく。
シンの描いた線の中でしゃがんでいたアブトはシンに突撃されて抱きつかれる。そのままバランスを崩して後ろに倒れそうになる。
「おっと…!!」
シンの背中のシャツを掴んでなんとか体勢をたもったかと思いきや、やっぱり支えきれなくなって尻もちをつく。
「うわ!お前!」
「ふ…ははっ!つかまえた!!」
楽しくて仕方ないという顔のシンにアブトはそのままどちゃっと潰されて、倒れ込む。2人の枝はいつの間にか手から離れ、他の枝と混ざってしまってもうどの枝だったか分からない。2人とも公園の少し湿った砂にまみれる。
「OK!シンの勝ちだ」
ハナビが笑いながらシンとアブトの近くに来てしゃがむ。
タイジュも笑顔でやってきてしゃがみこむと、シンを押しながら体を起こしたアブトの背中の砂を払ってやる。
「シンくんのエキスカリバーは最強ですね。」
そうタイジュが言えば、
「いや…今オレはデビルモードだったからな。アブソリュートだったら勝てた。」
アブトが、砂まみれなのにキリッとした顔で言う。4人はまたケラケラと笑う。
「OK!ベイベー!缶けりしようぜ」
ハナビは公園にどこかから飛ばされてきたらしい何かの缶詰の空き缶を拾ってきて、地面に置くと片足をその上にかけた。
台風一過の空の下。
強い風と青い空、流れる雲。
まるでずっと昔から仲が良かったかのように、普通の小学生でしかなかったかのように、4人のたわいのない遊びは続くのだった。