ケサランパサラン 大宮支部の休憩室。ソファに座って待機していれば、シンが入ってくるなり、僕の顔を凝視して立ち止まる。
「シマカゼ」
シンは、元々まん丸な目をさらに丸くしている。
「シン?」
シンはなぜか腰を落として、足音を立てないように無言で近付いてくる。
「…………」
シンが緊張しているようなので、なぜか僕まで緊張してくる。そして、僕の前まで来たシンは喉を鳴らして小さな声で言う。
「いいか、シマカゼ、動くなよ。いいな、そのまま、静かに。」
そう言って、僕の両肩に手をかけて、太ももに容赦なく膝で乗り上げてくる。いくら少しシンが小さめだとはいえ、高学年男子の膝は痛い。ゴリゴリ容赦なく食い込んでくる。確かに痛いが、シンが静かにしろと言うので耐える。
なんだかよくわからないが、おそらくこれは、シン特有の世界の謎に対する集中力に違いない。シンとZ合体したことのある僕は詳しいんだ。
しかし、近い!シンは基本的に距離感が近いが、これは近い!すでにシンは完全に対面で僕の膝の上に座っている。
「!」
思わずたじろげば、そのタイミングでシンが思いっきり僕のフードに手を突っ込んできた。
「くっ!」
苦しい!フードが引っ張られて首が締まる。
「シ!ン!やめ…っくるし」
「シマカゼちょっと我慢して!」
シンはフードの中を探るのをやめない。
ついにバランスを崩して、ソファにシンが僕を押し倒す形で倒れ込む。僕は咄嗟にシンの腰に手を回して、その全体重をなんとか支える。
「わ!」
「とった!」
シンはそんなことお構いなしに、僕の胸の上に左手をついている。痛い。そして、握った右手を僕とシンの間に持ってきて、パッと開く。
「ぴよっ……」
「…リン!?」
2人してシンの手の中のモノの名前を呟く。
それは某ヒヨコのケーキを模した、小さくてフワフワしたぬいぐるみのキーホルダーだった。
「わぁ〜!もー!ケサランパサランだと思ったのに!」
がくりと、シンは僕の胸に顔を埋める。
僕の胸の上にいるシンの体温は、なんだか猫を抱っこしているみたいで気持ちがいい。
「残念だったな。」
思わず笑ってしまえば、シンも僕の胸の上で右手のぴよりんを見ながらくすくすと笑って、その振動が伝わってくる。
「なんでシマカゼのフードの中にこいつが入ってるんだよ。」
笑いながら上半身を起こしたシンに見下ろされる。
「わからない。たぶんナガラじゃないかな。」
そう言えは、シンは小さな黄色いヒヨコを僕の鼻先に突きつけてくるので、僕はそれを受け取る。
「まぁいいや、これはシマカゼのケサランパサランってことで。」
そう言ったシンはソファに手をついて僕をまじまじとみおろしてくる。
「なんだ?」
「シマカゼを見下ろすことってないからなんか変な感じ……いつかシマカゼに勝てるようになったらこんな感じなのかなって。」
真剣な顔をして言うシンに思わず笑ってしまう。
「さぁ、それはどうかな。」
「おい、シ………」
その時自動ドアが開いてアブトが顔を出す。
僕たちを見て、ぎょっとした顔をする。
「………いや、悪い…」
青ざめたアブトはすぐに顔を引っ込めてどこかに行ってしまう。
「アブト?」
シンがキョトンとした顔でアブトを見送る。僕は慌てて身体を起こし、シンの肩を揺さぶって言う。
「シン!アブトを追いかけるんだ。それで、さっきのことをアブトにも話してやってくれ。」
「お、おう!」
シンは、ニジニジと僕の上から降りるとアブトを追って部屋を出て行った。
「意外とアブトって嫉妬深いからな。」
僕はシンの背中を見送って、フワフワヒヨコのキーホルダーに話しかける。
数日後の名古屋支部。休憩室のソファにリュウジさんが座って珍しくぼんやりしていた。
休憩室に入った僕はその時ハッ、と閃く。僕のポケットには、あの時シンが僕のフードの中から見つけた例のヒヨコのキーホルダーが入っていたのだ。
「リュウジさん。」
僕のちょっとした下心と好奇心が、思わず行動を起こさせる。
ほんの少し。ほんの少しだけ、リュウジさんを驚かせてみたいだけだ。
今日のリュウジさんはなんだか少し疲れているようだった。リュウジさんの肩にケサランパサランがいた、と言ってこいつをあげよう。
ほんの少しでもリュウジさんが元気になってくれたらいい、そんな些細な思いつきだったのだ。
シンが僕を笑わせたみたいに、僕にもリュウジさんを笑わせることができるかもしれない。
「動かないでください。」
そっとポケットに入れた右手に、ヒヨコを隠すように握りしめて、リュウジさんに近付く。
「どうした?」
リュウジさんが不思議そうな顔でこちらを見る。
静かにリュウジさんに近づく。深い青の瞳にじっと見つめられていることに、僕は緊張してくる。
「………。」
僕はその小さなフワフワを握りしめた右手をリュウジさんの肩に………
と思った瞬間、なぜか僕はソファに押し倒されていた。
「!?」
理解が追いつかない。なにがどうなってリュウジさんは僕を組み敷いているのだろう。僕の右手首は握られていて、その僕の手に握られたヒヨコをリュウジさんは観察している。
「なんだ。ぴよスケじゃないか。」
僕は思わず青ざめる。
「ご!ごめんなさい!!ちょっと驚かそうと思って!」
相手が強すぎたことに今更ながら思い当たって焦る。
「………」
視線を僕に移してじっと僕を見下ろしたリュウジさんがふっ、と笑う。
「かわいいじゃないか。」
「は、」
僕は顔が熱くなるのを感じる。いや、今の発言は僕に対してじゃない!きっと!ヒヨコのマスコットのことだ!
そう思うも、視線がこっちを向いているので勘違いをしそうになってしまう。恥ずかしい!!
「け、ケサランパサランです。」
焦って変なことを言っているのがわかるが、止められない。
「コレはケサランパサランです。リュウジさんにあげようと思ったんです。」
そう白状すれば、リュウジさんが小さく微笑む。
「そうか。」
そう言って、僕の右手から手を離し、その小さなヒヨコをそっと奪っていく。
そのまま解放されるかと思いきや、リュウジさんはちょっと笑って、ヒヨコを僕の鼻にチョンとくっつけてくる。
「ありがたくいただこうか。」
そう言ったリュウジさんが身体を起こしたので、ようやく解放される。
僕はリュウジさんの一連の行動を思い出して顔を熱くする。押し倒して、鼻に、僕の鼻にぴよりんでチョンってしたぞ!?何!?
ドキドキしながら身体を起こして、鼻をちょっと擦る。
「び……、びっくりしました。」
隣に座って思わず正直に感想を述べてしまう。
「いや、思わず押し倒してしまって悪かった。」
「い、いえ、僕が浅はかでした。」
「ケサランパサラン。」
リュウジさんが、呟く。
「っふ…いや、コイツのことをケサランパサランだなんて、大方シンが噛んでるんだろう、と思ってな。」
リュウジさんは、そのフワフワの小さなヒヨコを自分の額に当てて、ちょっと俯いてくつくつと笑いはじめる。
僕は、少し元気になったようなリュウジさんを見て、ジワジワと嬉しくなる。
そして、このヒヨコが、幸せを運ぶケサランパサラン、というのが間違いじゃなければいいのに、と思うのだった。