月夜の邪神(自称) モーディアル学園の夜は深い。
この場所は学園内ではなく学園の外にある森の中。
「ふんるんふーん♪ 今日も月光浴が気持ちいいな〜」
月明かりを浴びながら飛んでいるフェアリーの少年がひとり、おりました。
全身およそ十五センチ、両手を後頭部で組み、透明で小さな羽を羽ばたかせ、赤い髪をそよ風で揺らしながらのんびりと、静かな夜をひとりで満喫していました。
草木も寝静まる深夜で本来であれば生徒は既に床についている時間帯ですが、寮からこっそり抜け出して夜を楽しむのも冒険者学園の学生ならではの楽しみ方と言えます。自己責任という言葉はついて周りますが。
「この学園も馴染みやすそうでよかったなあ、今度は何年ぐらい居座ろうかなあ……おっと、学園での将来設計を考える前にパーティ編成のことも考えなきゃ……さっさとひとりふたりぐらい見繕っておかないと」
独り言を炸裂させていると、少し開けた場所に出ました。
木々が密集していない分、森の中だというのに月明かりがしっかり届いており、青白い光が地上の草花を照らしていまして。
「……」
少年は、その草花の上に倒れている女の子を見つけてしまいました。
真っ黒い羽に黒くて短い髪。布一枚だけを羽織っているところから学園の生徒ではないことは分かりますが、それ以外のことは何一つ分かりません。
「黒い羽の天使……堕天使のセレスティア? なんでこんな辺鄙な所に」
疑問を言葉にして溢しつつ、少年は女の子に近付きます。
「お嬢さーん? どうしたのー?」
声をかけつつ頭に触れようと手を伸ばした刹那、
布の下に隠れていた手が瞬時に出てくると、少年の体をガシッと掴み、
「あ」
窮地を悟った少年が気の抜けた声を発してしまい、
「……何者……」
頭を上げた女の子が、青く鋭い目を少年に向けてくるではありませんか。
ひと睨みだけで弱い魔物なら殺されてしまいそうな迫力のある眼光に、少年は震えて悲鳴を上げます。
「うわーッ!! ちょ、まっ! ストップ! やめて! 怪しいモノではございやせん! ございやせんぞ!」
「お前のような小さい人間がいるか……」
「ひょっとしてフェアリーって始めて!? いやっ! ホント! 変なこととかしないしする予定もないから! こんな辺鄙なところで倒れているのが気になって声かけただけ! ホントホント!」
「…………」
女の子は少年を無言で睨みつけた後、掴んだままゆっくりと起き上がりました。
そして、地面の上に座り込んでから改めて少年を見据えて、
「……妖精?」
不思議そうに語りかけるので少年は真っ青になったまま、何度も頷きます。
「そうそうそうそうそうそう。俺、フェアリーのオズって言います。モーディアル学園の一年生」
「モーディアル学園……?」
「ええと、敵意がないって分かってもらえたカナ……? 手を離して欲しいんだけど……」
「……」
女の子は無言で手を離し、オズを解放しました。
すぐさま飛び上がったオズは制服の汚れ軽く払ってから安堵の行きを溢し。
「助かった……いきなり掴まれるなんて久しぶりだよ……何度遭ってもこれは怖い、マジで怖い。考えたことあるかい? 自分よりも何倍も大きい生き物が大きさという武器を振り翳して小さな生き物を蹂躙する恐怖を」
なんて言い続けていますが女の子は発言を全て無視。自分の手のひら確認したり、髪や頭に生えている羽を触り、背中に手を伸ばして黒い羽を何度ももふもふと触って確認していました。
「なる、ほど……これは」
「もっと世の中の生き物たちは小さい生き物たちに寛容になってもらいたいものだよね? ところでお嬢さんってなんでここで倒れてたの?」
エッジの聞いた話の路線変更をかました刹那、女の子は天を仰ぎ、
「はは……あははははははははははははははははははは!!」
突然高笑い。オズ、絶句。
一通り笑った後、女の子は自分の手のひらを見ます。というか凝視。
「やってくれたわね創造神……! 自身の封印を自力で突破するほどの神を制御できないと悟った結論が別種族への転生ってこと? そうよね、そのはずよね! だって生み出す神はモノを殺すことができないもの! 打倒な判断ね!」
「…………」
「だけどその甘い判断が自らの首に鎌をかけたことには気が付かなかったようね! 破壊神様の右腕たる私が別世界への転生という処分を下された程度で! お前への復讐心を捨てるなどできるわけがないでしょうに! 待っていなさい創造神……絶対に、絶対に殺してやる……!」
「……………………」
なんかよく分からないストーリーを展開する女の子を見て、オズの表情は氷点下まで下がりました。そして瞬時に思います、これ以上関わりたくないと。
とはいえ学園外の森の中、生徒でもなんでもない女の子を放置するのも良心が痛むので会話は続けることにします。
「えっと……お嬢さん、相当キまってる人……?」
「さて、そこのヤママユガ」
「フェアリーですけど!? 見てよこの透明で綺麗な羽! どこに蛾のようなグロテスクな羽の要素があるかね!?」
必死になって自身の羽を指すオズですが女の子聞く耳持ちません。立ち上がってオズと同じ目線になると、腕を組みます。
「ここは私がいた世界とはかなり異なっているみたいね、虫みたいな羽を生やしている人間なんて始めてみたもの」
「だからフェアリーなんだってば……ぎゃ、逆に聞くけどお嬢さんはどうしてここで倒れてたのさ」
呆れながら尋ねると、女の子の目つきが鋭くなりオズは身震い。
「我が怨敵、創造神の仕業よ」
「……一応、詳しく聞こうか」
姿勢を正して聞く体勢。逃げ出したら殺されそうな気がしたので。
女の子は静かに語り始めます。
「今は別の生き物の姿のようだけど、私は人々の恨みや怨念といった気持ちを元にして生まれた邪神だったのよ」
「……うん」
「そんな私が敬愛している相手はもちろん破壊神様。この世のありとあらゆるものを壊すことができる万能の神、創造神なんかよりよっぽど素敵よ、憎悪の気持ちで生まれた私のことを蔑まずに手を差し伸べてくれたわ」
「……ほう」
「破壊神様は混沌が大好き。整った世界なんかよりも無秩序に溢れて刺激的な世界を望まれていたわ。だから私は憎悪の気持ちを使って人々をわざと争わせ、平穏ではなく怒りと戦いと残虐な世界を作ろうとしたわ……でも、そのせいで私たち神々の世界にも混乱が生じてしまったのは誤算だった」
「……へえ」
「人間だけでなく神々たちも数を大幅に減らすという歴史的大事件の責任を問われ、私は創造神に封印されたわ……破壊神様でさえも手を出せないような暗く狭い場所に八百年も封印されていたの。長かったわ」
「……そっか」
「でも私は諦めなかった。八百年も時間をかけて自力で封印を解くことに成功したもの。すぐに破壊神様に会いに行こうとしたけどその前に創造神に見つかって、今度は強制に転生までされて異世界に追放されてしまった……というわけね。やっぱり怨念の力で眷属を作って神々の都にカチコミしようとしたのが間違いだったかしら」
「……大変だったねー」
適当に相槌を打つばかりだったオズ、意外と壮大な設定を聞き流しつつどのタイミングで離れようかと考えています。
「神の力も何もかも失ったけど私は諦めないわ……絶対に、絶対に殺してやるわよ創造神……」
「うんわかった、それじゃあガンバッテネ! 陰ながら応援してる!」
ひとり決意を改めている女の子に背を向け、さっさと散歩を再開しようと背を向けた刹那、
がさり、と草むらから音がすると。
「きしゃー!」
「しゃー!」
「きしゃしゃー!」
ウツボカズラに似た植物の魔物が三体、敵意を向けながら姿を現したではありませんか。
「おびゃあ! やっちまった!」
飛び上がるオズですが女の子は首を傾けるだけ。
「なに? あれは」
「キミは魔物もご存じない!? モーディアル学園近くとは言っても魔物は出るっちゃ出るんだから、油断してたらあっという間に包囲されてボコなんだからな!」
「ぼこ?」
事態が全く飲み込めていないのか女の子の疑問は深まるばかりの模様、本当に魔物のことを知らないのか危機感はゼロ。
目前の魔物たちは目の前にいる獲物に襲いかかるため、もしくは食べるため、ウツボカズラのような口からヨダレを垂らしているではありませんか。
「やばいやばい……俺ひとりだったら自力で逃げられるけど……でも……」
「?」
チラリと後ろを見れば首を傾げている女の子。
ここで彼女を見捨てて逃げるほど、オズは恥知らずな冒険者ではありません。なので。
「こうなったら仕方ない! とぉっ!」
空中でくるんと一回転。
すると、ぽんっ! という軽い音と共にオズの姿が変化。さっきまで十五センチほどしかなかった身長が伸びに伸びて、百五十センチほどのごく普通の少年サイズに変化したではありませんか。
地面に降りたオズは杖を構えます。
「応戦しても刺激するだけだし、エスケープで逃げるよ! お嬢さんは俺の近くに!」
「大きくなれるのね」
「いいから早く!」
振り向きつつ叫びますが女の子はそれを無視。足元に落ちているいい感じの木の棒を拾い上げると、
「ふんっ」
それを魔物に向けて投げます。勢いよく投げられた木の棒は、涎まみれの口の中に突き刺さりしっかり貫通させました。
「ぐぎゃ」
そのまま倒れる魔物。残り二体。
「……へ?」
唖然とするオズ。
「しゃしゃ……?」
「しゃえ……?」
唖然とする二体の魔物。
敵も味方も呆然とする中、女の子は魔物の一体に素早く近づくと、強烈な回し蹴りを決めました。
「ぐげぇ」
回し蹴りを喰らった魔物は吹き飛んでいき、近くの木にぶつかって地面に落ちました。残り一体。
「きしゃー!!」
最後の一体は怯むことなく手のような形に形成したツタを伸ばし、女の子を切り裂こうとしますが、
「遅い」
ひょいっと横に避けてツタが自分のいた場所を通り過ぎていくのを見送ると、魔物の口に向かって拳をぶつけました。
「ぐぎぃ」
自慢の牙が拳ひとつでボロボロに粉砕されてしまった魔物が受けたダメージは想像を絶するもので、気の抜けた断末魔と共にひっくり返ってしまいました。
あっという間に三体の魔物を仕留めた女の子は、倒れてしまった魔物たちを見渡してから自分の手を見て、
「……やっぱり、神としての力は全くと言っていいほど残ってないわね」
「…………」
「大丈夫? オズ」
「え、あ……はい。俺は怪我とかないです、姐御……」
「姐御?」
きょとんとする女の子を尻目にオズは再び何かを唱えると、ぽんっと軽い音がして、
「いや〜姐御ってメチャクチャ強いんだな〜って! 鮮やかな体術! カッコいいし強い! さっすがぁ! 人は見かけによらないとはこのことっすね!」
と、十五センチほどの小さい姿に戻ったオズはうんうん頷きながら絶賛。そのままちらりと女の子を見ますが、無言で睨まれるだけでした。
「ああ、さっきの体のサイズを変えてたやつだけど、冒険者として探索する時とか戦う時は大きくなってんだよね。魔力の通りは体が大きい方がいいからさ〜瞬間火力も体がでかい時の方が威力が高くなるってやつ!」
「じゃあ、いつも大きくなっておけばいいんじゃないの?」
「小さい方が生活コスパが安くて済むんすよ」
「ふーん」
心底興味なさそうに返した女の子はオズに背中を向けて立ち去ろうとします。
「ああっ! 待って待って! 姐御待って!」
しかしオズは素早く飛ぶと女の子の前で止まり、行手を阻みました。
「なに?」
「姐御って行くアテあるの?」
「ない」
即答する女の子、オズは小さくため息を吐きました。
「やっぱり……これからさ、どうするつもり?」
「何もないけど……ま、なんとかするしかないわ。創造神をぶち殺すためにもまずは力を蓄えないと」
「アテがないならオレに考えがあるんだけど」
提案すると、女の子は首を傾げます。
「考え?」
「そ! 姐御が俺の提案に賛同するかしないかは分からないけど、話だけでも聞いておいて損はないと思うなー? 何もないよりはマシのはずだし! 絶対! ついでに俺もトクしちゃうし!」
「自分のためでもあるのね……ま、打算込みの考えの方がある意味信頼できるわ」
「話が早くて助かる〜! で? 姐御の名前は?」
「ない」
即答する女の子、オズは目を丸くさせました。
「ナイ?」
「私に名乗る名前はないわ」
「はええええええええええ!?」
そして絶叫。この悲鳴で魔物が寄ってくるかもしれないと考えるのも忘れて絶叫。
驚きとは裏腹に女の子はとても冷静でした。
「神の真の名前は人に伝えてはならない……これは神々の世界においての常識よ。私はもうその道から外れてしまったみたいだけど、だからって掟を破っていいことはないわ。破壊神様にも嫌われちゃうかもしれないし」
「て、徹底してるなあ……名前がないならどうするのさ」
「オズが付けて」
唐突な提案にオズ絶句。
「…………なんで?」
「ここで会ったのも何かの縁だし。私にはネーミングセンスはないから」
「んー……じゃあ“ぺんぺん草”」
女の子はオズをがっしりと掴みました。
「フェアリーの羽っていくらで売れるのかしら、旅の資金にしたいのだけれど」
淡々と言いつつ透明な羽を引っ張ります、もうちょっと力を加えたら抜けそうですね。
「ギャーッッッッ! すみませんすみません真面目に考えます真面目に考えるから離して! もぎ取ろうとしないで!!」
オズは解放され、肩で息を繰り返します。
「し、死ぬかと思った……じ、じゃあ……俺の昔の友達の名前とかでもいい?」
「内容による、教えなさい」
モーディアル学園のとある教室。
ホームルームが始まった教室には生徒たちが全員着席しており、教師が静かに入ってきました。
教卓に着くや否や、
「えー、入学式が終わって早々ですが、転校生を紹介します」
なんて言い出すものですから生徒たちは顔を見合わせます。なんせ一昨日に入学式が終わったばかりですものね。
その疑問に答えず、教師は扉に向かって声をかけます。
「では、入ってきなさい」
扉がガラリと開きました。
黒い髪に黒い羽、ぴかぴかの制服に袖を通した女の子。
教卓の横に立った女の子はぺこりと頭を下げてから、名前を言います。
「セレスティアのリーヤ。夢は創造神をぶち殺すことよ、よろしくね」