そうだ、仲間を探そう フェアリーの少年、オズがモーディアル学園郊外に倒れていた黒羽のセレスティアを拾ってから数日が経ちました。
黒い羽に黒い髪のセレスティアは「リーヤ」と名乗って学生として学園生活を始めており、ミステリアスで落ち着いた性格と堕天した姿は生徒たちの話題を集め……。
「姐御〜! リーヤの姐御〜!」
ることはあんまりなく、放課後の廊下で身長十五センチほどの赤髪のフェアリーのオズに後ろから呼び止められ、面倒くさそうに振り返るのでした。
「何」
「なにって、置いてかないでくれよ〜。俺と姐御は同じパーティの仲間同士なんだからさ、なるべく一緒に行動しなきゃじゃん?」
軽口を叩きつつも前に遮るように飛ぶオズ、足を止めたリーヤは冷たい視線で見つめます。
「そんな決まり事があるの?」
「厳密に言うとないけど。姐御はまだ学園に……というより社会に慣れてないって感じだろ? なら! 学園にも一般社会にも慣れている俺がいた方が良いじゃん? オトクじゃん? 損はないじゃん?」
調子良く言っていますがリーヤは無言です。オズをじっと見つめてしばらく言葉を止めたまま。まるで何かを考えているよう。
「…………」
数十秒ほど無言を貫いて。
「……それもそうね」
と、結論付けてから再び歩き始めます。ちゃんとオズを避けて。
「嫌な間だなぁ……」
苦い顔を浮かべつつもオズは飛んで追いかけ、リーヤの隣にぴったりとくっつくように進みます。
「私がこの世界に不慣れなのは事実。その点を補うためにもオズに頼らざる得ない……と、いうことになったわ」
「姐御の頭の中で俺についての扱いがどう展開されていったのか知りたいような、知りたく無いような」
「手放すのには惜しい人材ということよ」
「そう言って貰えるなら光栄っす」
複雑な気持ちは完全に拭えないものの、オズはそこまで指摘せずに手を頭の後ろで組みました。
変わらずリーヤはオズを一切見ていませんが会話はします。
「というか、いつの間に私はアナタと同じパーティになったの?」
「そりゃあもう最初から。姐御が入学してくれたら俺のパーティメンバー枠が一人埋まるし! 後衛魔法職の俺とバリッバリの前衛の姐御だからバランスも良い感じだし!」
「そういう下心ありきだったのね……ま、いいけど。でも、邪神の力が使えない邪神を味方に引き入れるなんて……いい趣味してるわね」
「下心あるって分かっていても受け入れてくれた姐御の慈悲深さに感謝感激〜! あ、俺以外の人の前で自分は邪神どうとかって言わない方がいいっすよ?」
そこまで言った時、リーヤは足を止めてオズを見ます。
突然の急停止にオズは組んでいた手を離し、驚いた様子でしばらく浮遊していました。
「え、姐御?」
「……いや、何でもないわ。オズの言う通りね」
再び歩き始めるのでオズも急いで並走します。
「この姿じゃあ私が邪神だって証明もできないから説得力もないし、神の力も使えないもの」
自分に言い聞かせるように言うリーヤですが、オズは苦虫を噛み潰したような顔。
「……そういう意味じゃなくて、他の神様を信仰しているヤツにとって神を名乗るなんて地雷以外のナニモノでもないってだけの話で」
オズの指摘はリーヤの耳に入ってそのまま突き抜けていき、空中で離散しました。
そんな会話や一般社会における常識を解説しつつ、二人は学園にある中庭までやってきました。
無駄に広い学園内にある憩いの場には、放課後ということもあって生徒たちもそれなりにいました。
木陰で休んだり、友達同士で団欒したり、仲間たちで冒険の作戦会議を行ったり……と、各々が好きな時間を過ごしていますね。
渡り廊下から中庭に踏み込んだリーヤは足を止め、その生徒たちを見渡しながら言います。
「本当に、この世界には色々な種族がいるのね……しかも、大きな争いもなく互いに共存している。奇跡にも近い光景だわ」
中庭の光景を眺める青い瞳は、奇跡のような美しい景色を見ているかのようにキラキラと輝いていました。
彼女の後ろでそれを見ているオズは、呆れたような逆に感心したような心境の中、軽く息を吐きます。
「姐御は大袈裟だなぁ。ま、仲悪い種族もいるっちゃいるけどな? 有名どころだとセレスティアとディアボロスとかドワーフとエルフとか」
「セレスティア……あの白い羽が生えている人のことね。羽を漂白するなんてよっぽど白が好きなのね」
「一応そっちがノーマルだからな!? なに!? 姐御って堕天使以外見たことないん!?」
絶叫しつつリーヤの世間知らずっぷりを再認識するオズでした。
すると、リーヤは振り返ります。
「で、こうして学園でのんびりしていてもいいのかしら? 見習い冒険者としての経験を積むため、ダンジョン探索をしないといけないんでしょ?」
そう真面目に意見するものですからオズは面喰らった顔。
「え……あー、姐御の言うとおり、最初の探索課題を進めなきゃだけど……さすがに二人だけじゃあ厳しいってのが現実問題にあるんだよなあ。姐御がいくら強くてもこればっかは」
「他にも協力者がいるということね」
「そうそう。最低でもあとひとりは……いやでも、姐御は完全に未経験だしやっぱ六人フルパーティが望ましいなあ」
「つまりあと四人も仲間を見つけないといけないのね。簡単に見つかるのかしら?」
「当たって砕けるしかないっすねー」
軽口を叩くオズ、話している間にも暇そうな生徒はいないかと視線だけで探しています。
作戦会議をしている冒険者グループは六人組、談笑している生徒の会話では他にパーティメンバーがいる雰囲気、木陰で休んでいた生徒はいつの間にか姿を消していました。
そして、新たに中庭に入ってきたであろうフェルパーとドワーフの女の子二人組。購買で何かを買ってきた後なのか、二人とも同じ紙袋を抱えていました。
「お? 前衛になりそうな子たち見っけ! ちょいと声かけてくる!」
すぐさま二人に狙いをつけたオズはリーヤを置いて飛んでいき、二人の女の子の元へ物理的に急接近。
そして、確実に声が届くであろう距離まで来ると、
「へい! そこの可愛いお嬢さん方! ちょいと俺らのパーティに入らない?!」
まるでナンパのような誘い文句を披露すれば、ドワーフの女の子はぽかんと口を開け、
「ん? なんなのですかこのショウジョウバエは」
フェルパーの女の子に怪訝な顔をされてしまったのでした。虫扱いまでされて。
「誰が蝿かな!? 誰がどう見ても立派なフェアリーだけど!?」
「そうだよ!? 虫扱いは酷いよ!?」
オズだけでなく一緒にいたドワーフの女の子まで講義してくれました。真面目な良い子のようですね。
「やっぱり虫よね、サイズ的にも」
ここでオズに追いついたリーヤまでもが追い打ちをかけてきたので、オズは即座に振り返って姐御を凝視。
「姐御!?」
「いやあ、このサイズの虫は中々にエグいやつなのです。夜中に見つけたら悲鳴が出ると思うのです」
「君も虫から離れてくんない?!」
フェルパーの女の子は二歩ほど下がりました。
「いや俺からじゃなくてな!?」
「ご、ごめんね……悪気も悪意もないの……」
ドワーフの女の子の気弱そうな謝罪により、オズは我に返りました。
「悪意があったらさすがの俺でもキレちゃってるよ……あ、それでさ? 俺たちパーティメンバーを探しているんだけどさ、君たちでよかったら入らない?」
このまま話を戻しますがドワーフの女の子は気まずそうに目を逸らしまして。
「ご、ごめんね……アタシたちはもう六人フルパーティで揃ってるんだ」
「そうなのです。掛け持ちはあんまりよくないのです」
フェルパーの女の子も頷くと、オズは手と首を振ります。
「いやいや、申し訳なさそうにしなくてもいいよ。すんなりメンバーが揃うなんて思ってないからさ〜ね? 姐御?」
「そうなのね」
「なんで絶妙に他人事なんすか……」
肩を落としていると、フェルパーの女の子がさっさと口を挟みまして。
「あれ? まだパーティメンバーが揃ってないのですか? かなーり出遅れてるのですね?」
「うん。色々あってちょっと出遅れちゃったんだよね」
「そうなのですか。せいぜい頑張るのです」
他人事のような言い方ですね、事実他人事ですが。
それを横目で見たドワーフの女の子は声を上げます。
「も、もしフルパーティ揃ってない子がいたら声をかけておくね!」
「おお! それはありがたいねえ! 優しいねえドワーフのお嬢さんは」
「あはは……」
乾いた笑いを出すドワーフの女の子、同年代の子から「お嬢さん」と呼ばれたことに引っ掛かりを覚えつつ、口には出さないでおきました。
「あ、アタシはドワーフのトパーズって言うよ」
疑問は言わずに自己紹介を口にすると、隣にいたフェルパーの女の子も早速便乗。
「私はフェルパーのネネイなのです! 侍なのです!」
「しくよろ〜! オズで〜す! こっちはリーヤの姐御」
「ども」
「姐御……?」
またもや疑問が生じたドワーフの女の子ことトパーズは、じっとリーヤを見つめます。
リーヤはその視線を気に止めることなく、トパーズが持っている紙袋を指し、
「ところで、何を大事そうに抱えているのかしら」
簡潔に尋ねると、答えたのはネネイです。
「何をどう見ても焼きそばパンなのです!」
開けっぱなしの紙袋の口からは一般的な焼きそばパンたちの姿が丸見え。かなりの数を買い込んでいると想像できます。
「うちのパーティの回復係はルンルンちゃんしかいないから、万が一も考えて道具でも回復できるようにしないといけないのです! 小腹が空いた時にも重宝するのです!」
追加で説明するネネイ。オズは腕を組んで感心した様子で聞いていましたが、リーヤの疑問はまだ尽きません。
「やきそばぱん? それはなに? 初めて見たわ」
「お前マジなのですか。どんだけ世間知らずなのですか」
絶対零度にまで下がったネネイの視線。リーヤは全く気にしてない様子ですが、オズは慌ててその間に入ります。
「リーヤの姐御は超絶箱入りだったから知らなくてもしょーがない! しょーがないんだよな! なっ! 姐御!」
「まあ確かに、箱入りと言えばそうかもね」
八百年も封印されていたし……と、ぼそりとぼやきましたがネネイの耳には入っていないようで。
「ワケアリというやつなのですね。じゃあ、焼きそばパンを一個だけ分けてあげるのです!」
と、景気良く言ったかと思えば自分が持っている紙袋に手を突っ込んで、焼きそばパンを一個だけ取り出しました。
そんなネネイを見上げてトパーズは尋ねます。
「いいの? あげちゃって」
「一個ぐらいなら大したことないのです! ノープロブレムなのです!」
こうして差し出された焼きそばパンを、リーヤはそっと受け取りました。
「ふーん……これが焼きそばパン……折角もらった施しだし、無碍に扱うのもよくないわね」
と言い、袋から焼きそばパンを取り出すと、さっそく端の方から一口齧りました。
その刹那。
「うぅっ!!」
口元を抑え、蹲ってしまってではありませんか。焼きそばパンは右手でしっかり持ったまま。
「どうしたのです!?」
「リーヤちゃん!?」
「姐御!?」
三人が驚いて声を上げる中、リーヤは口元を抑えたまま、肩を振るわせているではありませんか。
「な、なに、この、この……」
「もしかして、口に合わなかったのです?」
「この素晴らしい食べ物は……!」
そして、三人は動揺から解放されました。
口元から手を離したリーヤは焼きそばパンを両手でしっかりと持ちます。そして、自分が齧った焼きそばパンをまるで宝物のような目で見始めるのです。
「しょっぱいようでほのかな甘みも感じるソースが絡んだ麺に、食べやすいようにかなり細かく刻まれた野菜たちが互いを邪魔しないように共鳴し合っている、食物同士が手を取り合った技……! さらにこのソースが染み込んだパンがほどよくしっとりしていることで食べやすさを助長するだけでなく、麺と野菜とパンの三重の合体を助け合い口の中で素晴らしい食感と味を生み出しているわ……! まさに奇跡の合体、産まれたことに感謝するしかない幸福感、おまけにボリューミー!」
「つまり“おいしかった”ということなのですね」
ネネイは冷静でした。
「あ、姐御って焼きそばパンが好きだったんだ……」
「今まで食物なんて必要なかったもの。この体になってから初めて食べ物というものを口にしてきたけど……この焼きそばパンという物は本当に素晴らしいわ。食物を司る豊穣の神を馬鹿にしてきた自分がとても恥ずかしい存在だと認識してしまうぐらいには」
「病弱だったんすか?!」
オズのツッコミはスルーされ、リーヤはすっと立ち上がります。
「ねえ、この素晴らしい食べ物はどこで手に入るのかしら」
質問に答えるのはトパーズです。
「購買部だよ? たくさん売ってあるはずだけど……」
「増産されているの!? この美味の宝庫が!? この世界の技術は恐ろしく進歩しているのね!?」
珍しく大声をあげて驚愕するリーヤですが。
「姐御……カルチャーショック受けてんなあ……」
「おっそろしく世間知らずなのですね」
「う、うん……」
他三名は恐ろしく冷静です。トパーズに至っては世間知らずな彼女に居た堪れなくなったのか目を逸らしてしまいました。
すると、ネネイは鼻を鳴らして、
「でもまあ、好物が増えることは良いことなのです! 好きな物があればあるほど自分の人生に彩りが増すとお父さんが言っていたのです! だからよかったのですね!」
「ええ。ありがとうネネイ、私に焼きそばパンを教えてくれて」
「喜んでもらえたならよかったのです!」
「じゃあ私たちは購買部に行くから」
「待て待て待て待て待て!」
残った焼きそばパンを食べ切る前にリーヤは踵を返そうとしたので、オズは慌てて前に立ち塞がりまして。
「購買部に行く前にパーティメンバー確保っすよ姐御! 今の俺たちには子供の小遣い程度のお金しかない! 焼きそばパンも買えるかどうかちょっと怪しいんすから!」
「……」
あからさまに不機嫌な顔になりましたが、オズは怯まず続けます。
「金を手に入れるにはダンジョンに入って魔物を倒していかないとだろ!? な?」
「私とオズだけでどうにかなるでしょう?」
「ならない無理。魔物は基本的に群れで襲ってくんの。一体一体は弱くて大したことなくても、群れで襲われたりすりゃあ数の暴力に押し負けちまう。数には数で抵抗するためにも仲間の確保は必要不可欠なの」
リーヤはちらりとトパーズとネネイを見やります。二人とも首を縦に振っていました。
「む……困るわね。なら、オズが分裂すれば話は早く解決するわ」
「単細胞分裂とかできないからな! フェアリーだから!」
オズ絶叫。「フェアリーじゃなくてもできないと思うのです」という声が聞こえました。
「困ったわね……オズが分裂できないとなると早急に人員を確保しなくちゃいけないわ。焼きそばパンのためにも」
「動機はともかく探索に積極的になってくれてよかったよ……本当に動機はともかく」
「マジでアテはないのですか?」
「ないんだよなこれが。俺もこっちの地方は初めてだから知り合いとかもいないし……誰かいい人いねえかなあ」
と、ぼやいた時。
オズは見つけてしまいました。
木に背中を預けて木陰で本を読んでいる水色の髪をしたエルフの少年を。
外見は少年を通り越して青年と称しても差し支えませんが、十代後半であると仮定するのであれば少年という表現でも間違ってはいないでしょう、きっと。
オズがエルフに気付き、続いてリーヤとネネイとトパーズもその存在を初めて認識して。
「え、エルフだ……」
トパーズがネネイの後ろにそっと隠れました。
「おー、あんなところにイケメンがいるのです」
「アイツ暇そうね。ちょっと取り込んでみましょうか」
どこからともなく剣を取り出したリーヤ。何を考えているのかは一目瞭然ですね。
「武器を出さないで姐御! あのエルフに何をどれしようってんの!?」
武力によるトラブルを避けたい一心で絶叫した時、エルフはふと顔を上げました。
騒いでいるオズたちに気付いたのでしょうか、怪訝な顔をするどころか柔らかい微笑みを浮かべてこちらを見ています。イケメンに耐性のない人であれば、男も女も一発でノックアウトしそうな微笑でした。
が。
「ん? あのイケメンは知り合いなのです?」
「あ、アタシは全然知らない人……だよ?」
「私も」
「俺も初対面な?」
少なくともこの四人には耐性がある模様。皆が首を傾げ、エルフの動向を見ています。
エルフは本を閉じるとそれを懐に仕舞い、歩いて木陰から出ると四人に向かって進んで来るではありませんか。
「んあ?」
「こ、こっちに来た……」
「なにかしら?」
「え、なに、マジでなに?」
疑問と動揺に包まれる中、エルフはネネイの目の前で足を止めました。背が高いためネネイが自然と見上げる形になります。
「どうしたのです?」
首を傾げた刹那、
「おぉ……愛しの我が子よ」
エルフは愛おしそうに言ってから、ネネイを抱擁したではありませんか。紙袋が足元に落ちました。
「ネネイちゃん!?」
「我が子?」
「はぁ!?」
衝撃が走る中、ネネイは間髪入れずにエルフの顔面にパンチを繰り出しました。
「うご」
うめき声も美しいエルフは背中からひっくり返ってノックアウト。見事な手腕です。
右手の拳を握り締めたまま、ネネイはエルフを見下しながら冷たい声色を発します。
「出会い頭にセクハラをかますとはいい度胸をしているのですね……最近のエルフの流行りなのです……?」
ゆっくりとした足取りで、落とした紙袋を蹴飛ばさないように気をつけながら進み、エルフに止めを指すべく近づいて、
「だ、ダメだよネネイちゃん! 暴力はよくない! 暴力は!」
慌てたトパーズが尻尾を引っ張って止めに入ります。が、怒り心頭のネネイは聞く耳持ちません。
「セクハラ野郎は暴力で締め上げても罪にならないのです! ここでトドメを指すのです!」
「ダメだってそんなことしちゃ! それもお父さんが言ってたの!?」
「ルンルンちゃんが言ってたのです!」
「もっとダメな情報発生源だった!!」