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    siguta_w

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    影犬SS 
    大晦日の話 同棲? やさしい世界観

    ゆく年くる年 年末に大掃除なんて文化を作ったヤツはクソだ。
     レンジフードを眺めながら、影浦は独りごちた。実家は飲食店であるから、厨房の掃除や汚れのこびりついた鉄板を洗うことは日課のうちで、なんら抵抗はない。客商売は満足してもらい、また来てもらえることが一番だ。自宅のこととなると、話は変わってくる。要はやりたい、やりたくないの問題だった。
     年季の入った留め具を力任せに外すと、金属の擦れる嫌な音と共にフィルターが外れる。見向きもせずにシンクの中へ放り込んだ。下の戸棚から掃除用の重曹を取り出して満遍なく振りかけていく。パラパラと舞う透明の結晶は料理の下味と似ている。『超強力クリーナー』と書かれたスプレーを上から吹きかける。実家の店でも愛用していたこの洗剤は、どんな油汚れにも打ち勝つ優れものだ。古くなったタオルにも何プッシュか吹き付け、レンジフードの側面を拭うと気持ちいいほどにツヤが蘇ってきた。中に頭を突っ込んでは隅々まで磨いていると、離くから声がする。
    「カゲー、お風呂の掃除終わった。パッキンのカビ取りに歯ブラシ使っちゃったから交換したよ」
     スウェットの裾を捲り上げた犬飼が台所へ入ってくる。聞こえた内容に思わず顔を顰めた。
    「こないだ変えたばっかだっつーのに、もったいねぇな」
    「だってもう毛先がパサパサしてたから。すぐダメにしちゃうもんね」
     このギザ歯がいけないんだねーと軽い調子でおちょくってきたため、影浦は小さな舌打ちをした。登っていた踏み台から降りると、影浦の握っていたボトルをまじまじと見ては空色の瞳が見開く。
    「手袋しないとダメじゃん!」
    「…んだよ、慣れてんだから平気だろ」
    「それすごい手荒れするからダメ、手がチクチクしてる…って思うおれの気持ちになってよ」
     日頃の触れ合い以上のこと、情事を仄めかされて気まずくなった影浦に対し「あとでクリーム塗ってあげる」と犬飼は上機嫌になった。薔薇の香りがするクリームはヤツ曰くブランド物らしく、姉から余りものをもらったそうだ。自分の手から似つかわしくない華やかな香りがする未来に、影浦はげんなりした。
     ふと、冷蔵庫の中を吟味し始めた犬飼に「おい、開けっ放しにすんな」と注意すれば、少し不満げな感情が刺さってくる。所在なさげに「小腹空いちゃって」と呟いた。大掃除と呼べる一通りの片付けが残りわずかとなり、そろそろ買い出しに行く時間だな、と影浦は思った。甘ったれてんな、コイツ。
     つけ置きしていたフィルターにお湯をかけながら、卓上に置いてあった蜜柑を顎でしゃくる。
    「そろそろ買いもん行くから、これでも食ってろ」
     買い物、というワードにぱっと表情が明るくなった犬飼はカゴから一つ蜜柑を取り出して皮を揉み始めた。
    「今日の夕飯は?やっぱりそば?」
    「と、天ぷら。あとなんか」
    「天ぷらかー何買おうかな」
     蜜柑の皮を丁寧に剥き、太いスジをとった房を影浦の口元に差し出してきたのでそのまま齧る。程よい甘酸っぱさに唾液が滲み出てくる。小粒だが身がしっかりしていて美味しい。先ほどの語感と反応がしっくり来なかった影浦は、蜜柑を咀嚼する犬飼に投げかけた。
    「おめー勘違いしてんだろ。天ぷらは家で揚げるかんな」
     せっかく揚げ物用の鍋を買ったにも関わらず、あまり使っていないことを気にしていた影浦は年末くらい揚げたてを食べたいと思っていた。当たり前のように言ったつもりだったが、犬飼から驚きのような感情が刺さってくる。
    「…今ガス台周りの掃除したのに、揚げ物するの…?」
     現に影浦は先ほどまで格闘していた換気扇の掃除をやり遂げたばかりだった。犬飼は信じられない、といった顔で「もしかしてドM…」と囁いた。「ハァ!?」と荒い声が出る。
    「ごめん、ごめん。でもびっくりして…カゲストイックだもんね。いいと思う。おれそういうとこ好きだよ」
    「てめぇ、適当のたまってんじゃねぇぞ」
     そんなことないよーと悪びれない犬飼は妙に嬉しいのか顔を綻ばせていた。
    「ねぇねぇ、海老以外に何揚げるの」
    「…決めてねぇ。なんかあんのかよ」
    「ほんと?そしたらねー鱚と南瓜、舞茸は食べたい。あと大葉」
     大葉とか薬味じゃねぇか、変だなコイツ。と思ったことが口から漏れていたのか「変じゃない!美味しいから」と力説してきた。しかも意外と希望を出してきたため、メインはそばより天ぷらだな…と考えを巡らせた。
    「楽しみだな。まず年越し一緒にするのもそうだし。去年は任務だったしさ」
     穏やかな声の中に喜びを隠せていない犬飼が面白く見えて、影浦も小さく笑った。
    「カゲの作ってくれた天ぷらとおそば食べて、そのあとおれがきれいにしたお風呂に入ろうね」
     そしたらさ、としっとりとした声音で、敢えて続きを言わない犬飼に、意識しないようにしていた欲が刺激される。落ち着くためにも深く息を吸って、はぁ…と吐き出せば溜息になった。
    「明日、起きれなくても知らねーからな」
    「いいねー寝正月なんて贅沢じゃない?」
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