それでも水をやる図書館の朝は早い。
といっても、全員が規則正しく起きるわけではない。
誰かが眠っていれば、誰かが起きている。
誰かが沈んでいれば、誰かが笑っている。
──生きているとは、そういうことだ。
「……また、こぼれてるじゃないか」
檀一雄が中庭の縁に腰を下ろすと、そこには小さなバケツがぽつんと置かれていた。
底には、釘を抜いたような小さな穴がいくつも空いている。
注いだ水は、時間もかけずに地面へと吸い込まれていった。
その様子を眺めながら、檀はふっと笑った。
「これ、太宰が昨日拾ってきたんだ。“俺みたいだろう”って、上機嫌だったよ」
「随分と自虐的だな」
声はすぐ背後から。
影を落とすように現れた太宰治が、朝焼けの中にぼんやりとした輪郭で立っていた。
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