けっこう気に入ってたけど没 人理修復中、私は一度だけドクターに打ち明けたことがある。
「ドクターは、人類最後のマスターが藤丸さんじゃなくて、キリシュタリア・ヴォーダイムだったら……彼じゃなくても、せめてAチームの誰かだったらと考えたことはありますか」
その問いかけにドクターは答えなかった。私は俯いたまま構わず続けた。
「私はあります。何度も。何度も。特異点修復のたびに考えてしまいます」
このとき私の脳裏には、第五特異点から帰ってきてすぐに倒れたマシュと、ドクターによって医務室に運ばれていく彼女を前に取り乱す藤丸さんがいた。
一介のスタッフである私は、担架に乗せられたマシュを追おうとする藤丸さんに落ち着くよう声をかけるしかできなかったけれど。そのとき掴んだ彼女の腕の細さに、ゾッとしたのだ。
特異点でサーヴァント、クー・フーリン・オルタと真正面から力強く対峙していたのは、こんなにも細い腕をした女の子だったのかと。
私たちは、こんな子の肩に世界の命運を乗せているのかと。
「藤丸さんもマシュも全力で、命をかけて戦ってくれていることはわかっています。それでも、それだから私は、マスターがあの子じゃなかったらと思うんです。そうであったら、この状況はもう少しマシだったんじゃないかって」
あの子がもっと強い、英雄的な存在であればよかった。
あの子がもっと強い、超人的な存在であればよかった。
あの子がもっと強い、悪人的な存在であればよかった。
そうであったら、私はもっと明るい気持ちで彼女を戦場に送り出すことができただろう。
自分たちは正気じゃないと、気づかずにいられただろう。
「ドクター。こんなことを考えてしまう私は、裏切り者ですか」
答えはしばらく返ってこなかった。ようやくの思いで重たい視線を上げると、ドクターは若草色の瞳をリノリウムの床に落としていた。やがて彼にしては珍しく、感情を吐き捨てるような小さな声が響いた。
「……まさか」
しかしその表情は一瞬だけのものだった。
顔を上げて私と視線を合わせたドクターはいつもと同じ、「自分には敵意などありませんよ」とでも言いたげな穏やかな微笑みをたたえていた。
「たしかに人類最後のマスターがAチームの誰かだったら、今とは違う状況になっていただろう。カルデアの生命線たるマスターが最前線に立たなければサーヴァントを使役できないなんて、作戦としては致命的だ。そんな作戦を取るしかないボクたちは間違っていると、ボクも思うよ」
もしかすると私は、諭されているのだろうか。ふと浮かんだその疑問が確信に変わるまで、たいした時間は必要なかった。答えはすぐにドクターが教えてくれた。
「でもね、このオーダーにおいてもっともマスターに求められるものは、魔術師として優れているか否かではないともボクは思うんだ」
ドクターは滔々とした口調で続ける。穏やかな瞳の中に、まるで夢を見る少年のような熱を潜ませながら語る。
「この旅において必要なのは、喜んで、悲しんで、そうやって他者との感情の中で人間らしく生きることなんだと思う。立香ちゃんのように、英霊たちがつい手を貸したくなってしまうくらい、人間らしく」
それはAチームの誰であっても代わりになれない、あの子だけの力だ。
そう話を締めくくったドクターに、私はただただ愕然とした。「でもボクが彼女に抱いているものはそれ以上でもそれ以下でもないし、ほかのものになる予定もないよ」あの言葉の裏に隠されていたものの大きさを、私はこのときはじめて理解したのだ。