くるりと放物線を描き、白い手袋をはめた指先をペンが回る。しんと静まった医務室には、第二特異点で得た膨大なデータが収まったタブレット画面を眺めるロマニしかいない。
第二特異点として観測された古代ローマ帝国は、マスター藤丸立香とマシュ、そしてネロ皇帝や現地で召喚されたサーヴァントたちの検討により無事に修復された。聖杯も無事に回収し、立香やマシュに大きな怪我もなく、及第点は余裕で超える成果を得たと言っていい。
だが現カルデアの司令官である男は、その結果を胸に心地よく眠りにつくことはなく、指先でペンを回しながら思考の海に沈んでいた。
アルテラによって殺されたレフの存在。彼が口にした「我ら御柱」という言葉。立香に言ったように今カルデアにできることはひとつずつ聖杯を回収し、特異点を修復することだけとはいえ、留意すべきことは多くある。
それらについて少しでも推し測るためデータを再確認していたロマニだったが、不意にペンを回していた指先の動きを止めると深くため息を吐いた。どれだけ確認しても、やはりそもそも情報が足りない現実は変わらない。
「あーあ、まったくどうしたものかなぁ」
集中力が切れたロマニはタブレットの画面を落とし、椅子にだらしくなく背を預けた。ギシッと大きく軋んだ椅子は気にも留めず白い天井を見上げ、頭の中でうまく結びつけられない点と点の情報をぼんやりと思い浮かべる。同時に、ネロ皇帝とともにローマ中を駆け回っていた立香とマシュの背中も。
特異点にレイシフトし、その時代を乱す原因を特定して修復作業をするのがマスターやサーヴァントの仕事であるなら、考えることこそが司令官であるロマニの仕事だ。小さな視点で言えば、現地で動く彼女たちの負担を少しでも減らし、安全を確保するために彼はいる。
大きな視点で言えばまた別の意味もあり、人類を中心に作戦方針を立てる必要もあるけれど。
「やっぱり方針の中心は、どうすればあの子たちの作戦成功率を上げられるか、だな」
そう呟いたロマニは手に持ったままだったペンをまた一回転させた。しかし回ったペンが指に返ってくる直前、プラスチックのそれが手袋で滑る。あ、と思ったときにはすでに指先に触れていたものの感触が消え、床を叩く乾いた音が響いていた。
ペンは廊下へ続く扉の近くまで転がった。わずかに口をへの字に曲げ、ロマニはしぶしぶ立ち上がる。ぷしゅん、と音を立てて扉が開いたのはその瞬間だった。
「あ。ドクター」
太陽に似た色の瞳と視線がぶつかり合う。瞬きをひとつしたロマニは「立香ちゃん」と気の抜ける音で彼女の名前を呼んだ。
その呼びかけに、少なからず驚きの意味が含まれていたからだろうか。寝間着用のショートパンツの陰で軽く握りこぶしを作った立香は、視線を横に流し足を半歩引いた。
「えぇと、こんな時間にアポもなしでごめんなさい。いるかなってちょっと思っただけで」
「あ、気にしないで! マギマリの更新を待つあいだに少し考え事してただけだから!」
気をつかって踵を返す様子を見せたため、ロマニは彼女を慌てて引き止める。
「話をしに来てくれたんだよね? こっちにおいで。すぐにお茶を用意するから」
冬木、オルレアンから帰ってきたときもそうだったように、今回もロマニと話すために医務室を訪ねてきたのだろう。ペンを拾うついでに彼女に近づき、ロマニは中へ入るよう促す。
果たしてロマニのその予測は正しかった。歓迎の言葉を受け、立香は表情を和らげて安堵したようだった。