あきないはなしハイランド領南西の山・夜
「今日はいい感じに売れたねぇ」
初めてハイランド領へ行商に来たアルファルは、山の中腹で腰を下ろす。
バッグいっぱいに詰めてきたお守りやら水薬は、すべて誰かの手に渡ってしまった。
「……どこが売れたんですか、ほとんど“譲って”いたでしょうが!」
のほほんとする主人に、従者のエッダは地面をたしたしと叩きながら指摘した。
「だって、人形のお守りとか『かわいい』って言ってくれたし、水薬は『ジュースみたい』って褒めてくれたよ。もう譲るしかないよね?」
「行商とは…」
頭を抱えるエッダを横目に、それでもアルファルは満足そうに笑う。
「それにお礼として知らない植物とか種を貰っちゃったから、早くオリヴィエ義兄さんに見せたいね」
「さいですか…」
対価として渡された薬草(になるか怪しい)が詰まった麻袋をニコニコと抱える主人を見て、これ以上は何を言っても無駄かとエッダは肩を落とした。
「……あ、エッダ聞こえる?」
「何がですか」
ふとアルファルの鋭い耳が拾ったのは、遠くから聞こえる耳馴染みのない唄。
神話のような詩のような、複雑なのに心地がいいリズムと言葉達が、風と共に流れてくる。
一体どこから流れてくるんだろう?
「……ご主人。もう夜だから下手に動かないでくださいよ」
立ち上がろうとして止められたアルファルが振り返ると、じっとりとしたエッダの視線が「今日はもう疲れたので面倒見きれないぞ」と物語っていた。
「ちょっとだけなら、ねっ?」
「あなたに何かあったら、ハイタワー様に申し開きするのボクですからね」
「うっ」
「あと従者失格のボクは新しい主人も探しましょう。わー、かなしいなぁー」
「うぅ、分かったよ…」
エッダは途中から棒読みだったが、アルファルの心にはぐさぐさと刺さり、しおらしく座り直す。
そして「もう休め」と睨んでくる従者に従うように、コートを敷きバッグを枕にして横になった。
エッダもケープを敷いて、身体を丸くする。
「おやすみエッダ、また明日」
「はいはい、また明日」
月明かりの下、遠くの歌声を子守唄にして二人は眠った。
了