ふるいゆめのおわり「───ッ!二度とくるな、異端者め!!」
過去の夢を見た。
これは確か、暴漢に攫われる少し前のこと。
麓の町を発ってすぐに聞こえた青年の声は、鋭くて冷たくて。
……そういえばあの町には、西や東からいくつもの新しい文化が流れ込んできていたんだっけ。
自ら信念を選び、巫師に頼らずとも生きられるだなんて、今はなんていい時代なんだろう。
そんなことをぼんやりと考えていたアルファルは、強い力で背後から頭を殴られた。
「……で、コイツでいいのかぁ?」
「あぁそうだよ、見せなくていいから早く運べ。これで清々するよ」
意識が暗闇へ真っ逆さまに落ちていく中で、知らない声と聞き覚えのある声が、嬉しそうに笑った気がした。
殴られた時、不思議と痛みはなかった。
「───あたしが巫師なばっかりに、お前には随分と苦労をかけたねぇ…」
場面は変わって、大祖母の寝室。
今際の際の大祖母は寝床に臥せっており、白い髪の男の子が泣いている。
ぼくはその様子を、扉の前で静かに眺めていた。
「アルフが皆から“呪いの子”だの“魔女の贄”だの、散々に言われていたのは知っていたよ」
「つらかったろう、苦しかったろう。ごめんねぇ……」
弱りきった大祖母の謝罪に、アルファルは白い髪の男の子と重ねるように首を振る。
自然の流れに任せると治療を止め、枯れゆくオークの木のように日に日に痩せ細り、端々から冷たくなっていく。そんな彼女に、泣いて神様に祈ることしかできなかった自分。
そうだ。あの時、ぼくは全てに絶望して「神様なんて本当はいないんだ」とか叫んだんだっけ。
そしたら大婆さまは、苦く笑って……。
「……それじゃあ、極北の巫師ラムアンの名の下に、最後の教えを説こうかね」
「忘れちゃいけないよ。あらゆる神様は皆を愛しているし、あらゆる者は神様に愛されている」
「その愛は決して目には見えない。けれど皆やアルフ、あたしの命をどこまでも導き、然るべき場所へ運んでくれる」
「アルフ、これが“摂理”あるいは“運命”だ。何も恐れず、望みを絶やさず、身を任せればいいのさ」
大祖母の最後の教えが、部屋に響く。
どんなに時代に置き去りにされても、自分が旅立つ瞬間まで“極北の巫師ラムアン”であることを諦めなかった大婆さま。
───置いていかないで。
きっとぼくは、一人ではそんなふうに強く生きていけない。
不意に蘇った昔の感情が、アルファルの瞳にボロボロと涙を溢れさせる。
ぐすぐすと泣き続けていると、いつしか足元は海になり、暗く深い方へと身体が沈んでいく。
あの夜投げ出された海のように、水が熱を奪い鋭く突き刺さる、ひどく冷たい絶望の海。
いやだ。
こわい、たすけて。
誰か、だれか、だれか───。
咄嗟に手を伸ばしたアルファルは、もう一度背後から頭を殴られる。
今度は、目が覚めるほど痛かった。
「───で。まだ目が覚めませんか、ご主人」
ぱしゃん、と涙に溺れた瞳を瞬いて、開く。
横になったまま声の方向に頭を向けると、カンテラの光を携えながら、ベッドの傍らで臨戦態勢になっているエッダが映った。
そして何故だか知らないが、丸い棒で何度か叩かれたように後頭部が痛い。
……あぁ、なるほど。
エッダが自慢の角で、文字通りぼくを叩き起こしてくれたのか。
アルファルの寝ぼけた頭に、幾許遅れてストンと納得が降りてきた。
「うん、もう平気だよ」
自然と浮かんだ笑みとともに「ありがとう」と感謝を述べると、ふんと鼻を鳴らして、主人に布団をかけ直しながらエッダは続ける。
「まだ朝は来ません、眠ってください」
「……あと次からは、泣く時は一人で泣かないように」
「何のために、ボクらアニマニンが人間たちに仕えていると思ってるんですか」
人間の心には動物が効果てきめん、でしょう?と得意げに言い終えると、いつものように口をへの字にする。そしてぶっきらぼうに頭を突き出すと、撫でろと言わんばかりにズイズイと近付けてきた。
近付けすぎて、アルファルの頭に角がぶつかる。
少し痛い。それでもどこか嬉しかった。
アルファルは従者が急に愛おしくなり、お望み通り黒鳶色の頭をくしゃくしゃくしゃと存分に撫で回した。
「エッダ、一緒に寝て」
「は?イヤですよ、狭苦しい」
「一緒に寝てくれないと泣くよ」
「泣、ッ…………どこで覚えたんですかそれ」
「うーん。ここで一年も生きたから覚えた、とか?」
「こわ……」
了