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    ななめ

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    【小説】華麗なる錬金術【直木、内田、鈴木】
    『言葉紡ギテ縁ト成ス』bnalオンリーの展示作品です。
    2021年6月20日「想イ集イテ弐」bnalオンリーオンライン即売会て、8ページ折本ネットプリントとして、こちらの小説を頒布しました。

    #文アル
    "asWritten"Album
    ##文アル

    華麗なる錬金術【直木、内田、鈴木】、猫の友人【内田、直木、鈴木】 華麗なる錬金術【直木、内田、鈴木】

     飛行機に乗りたいと言ったら、向かい側に座る内田が「おっ、いいねえ」と身を乗り出してきた。その表情はすでに何かを企んでいる顔だ。直木も知らずニヤリとして「乗りたいねえ」と繰り返す。乗りたいねえなどと言ったが別に深い考えがあったわけではない。ふと思いつきを口にしたまでだ。それでも、口に出したら本当に乗りたくなってきた。それで目的地はどこがいいかと尋ねると、内田は「九州もいいし北海道もいいね。いや、それとも……」などと真剣な顔で思案を巡らせている。
     日が傾いて、窓から差し込む光が内田の頬に当たる。珍しく食堂はがらんとしている。午後のお茶には遅く、夕飯にはまだ早い。もっともここに集まる文士が一般的な時間感覚を持っているはずもなく、起きた時間が朝だし食事をしたいと思った時が食事時だ。だから食堂を覗けばたいてい誰かしらいるのだが、昼寝のあと直木が顔を出した時には、内田がぽつねんと窓近くの席に座って片肘をついて外を眺めているだけだった。近づいて行って、何か外に面白いものでもあるのかと声をかけると、内田は「面白いものがあるかないかは問題ではない。俺が見たいからこうしているんだ」とすました顔で嘯いた。面白い奴だなと思う。それで向かい側に座って珈琲を飲んだ。内田は直木が来た時から気が抜けたような炭酸水を飲んでいて、今もグラスを片手に飛行機の魅力を語っている。直木がオマエ本当に飛行機好きだなと言ったら、「俺は飛行機には一家言あるよ」と威張ってみせた。
     せっかくの演説を遮るのは申し訳ないが、飛行機へ乗るには解決しなきゃいけない問題がある。ところでだな、と直木が言いかけると、内田は終いまで聞かずに「俺も懐は寒い」と笑顔で言い切った。
    「だが列車に乗るつもりで貯めていたお金がある。足りない分は漱石先生に頼めばなんとかなるだろう」
     これは面白くなってきた。彼の錬金術を間近で拝めるかもしれない。一緒に行ってもいいかと尋ねているところで、誰かが歩み寄る気配がした。
    「こらっ百閒、また漱石先生に頼るつもりだな」
    「三重吉」
     鈴木は腰に手を当ててふんぞり返っている。タイミング悪く、今の会話を聞かれてしまったらしい。百閒は先生に甘え過ぎだのどうしてそう借金ばかりするだの、直木は首をすくめて鈴木のご高節を拝聴したが、当の内田は返す当てがあるからこそ借金するのだと堂々としている。内田の中ではなんらかの算段がついているのだろう。彼らの応酬を見るのも面白くはあったがどうにも長くなりそうで、直木はひょいと席を立つと、それじゃあまたあとでと言い置いてその場を後にした。食堂の入り口で振り返る。内田が直木に向かって手を振り、片目をつぶってみせた。
     さてその数日後、直木が昼過ぎに食堂に行くと、いつものように内田が一隅に腰を据えている。直木を見つけて手招きし「それで飛行機の件なんだけど」と言った。直木としては飛行機のことはすぐに忘れてしまったのだが、内田は本気だったらしい。オマエ本当に乗る気だったのかと驚く。内田は「俺は一度決めたことは実行しないと気がすまないんでね」とニヤリと笑った。
    「で、貴君はどうする? やっぱりよすかい」
    「いーや、断然行くに決まってるね」
    「そうこなくっちゃ。実はひとりで行くのは心細くてね、君がいれば安心だ。さて華麗な錬金術をご覧にいれよう」
     内田がさっと立ち上がり颯爽と歩き出した。心細いだの言っているが、端からはとても今から借金をしに行くようには見えない。そのあとを直木は慌ててついていく。食事をしそこねてしまった。でも思いがけない成り行きを、この友人と共に楽しむ気になっていた。

     * * *

     猫の友人【内田、直木、鈴木】

     「いるかあ」と直木がふらりとやってきて、内田の部屋の扉を叩いた。おう、いるよ、まあ入りなよと部屋に招き入れる。直木は当然のように上がり込んできて、手に持った紙袋を見せびらかした。「ヒロシのところからくすねてきた」そう言って袋を開けながら畳の上にどっかりと腰をおろす。中から取り出した煎餅を小気味良い音を立ててかじってから、「オマエも食べるか」と紙袋ごと差し出してきた。どうも、と礼を言って袋の中から一枚取り出す。掌ほどの大きさの丸い煎餅だ。こんがりと焼けて香ばしい醤油の香りがする。それを二人でかじりながら他愛もない話をする。くすねてきたなどと言ったが本当のところ、この煎餅は直木のために菊池が用意しておいたものなんだろう。
     袋の中身が片付くと、直木はごろりとうつ伏せになって「何か書くものを貸してくれ」と言う。いつでも渡せるよう原稿用紙と万年筆は用意してある。受け取って非常な速さで何かを書き始める。この姿もだんだん見慣れつつある。どうも直木は居心地の良い場所をいくつか持っていて、気の向くままに渡り歩いているらしい。内田の部屋も縄張りに認定されたようだ。
     ――猫みたいだな。それもとびきり大きい猫。
     構ってやらなくても勝手に遊んで勝手に帰っていく。直木のことは放っておいて内田も文机に向かう。今日は書き物がはかどる。やはり猫がいると違う。いや彼は猫ではない。しかし猫のようなものではある。猫のような友人であるが猫そのもののようでもある。猫の友人を持ったのは初めてだな。いや彼は猫ではない。
     ふと気づくと背後が静かになっている。振り向くと直木がうつ伏せのまま寝ている。やれやれと立ち上がって薄手の夏掛けをかけてやった。撫でようとして手を伸ばし、引っ込める。
    「百閒、いる?」
     扉の外から声がした。足音を立てないようにして素早く駆け寄り、静かに開ける。三重吉が内田を見上げて「今からみんなで出かけないか」と誘ってくる。他に誰が行くんだい、と尋ねると「龍之介と正雄だよ」と三重吉が言った。漱石先生も一緒なら一も二もなく行くのだが。少し迷って、今は猫がいるから行けないと断った。
     三重吉は「猫?」と訝しげな声を出す。ほら、あそこと三重吉にも見えるように体の位置をずらして部屋の中を指差してやる。「直木じゃないか」うんまあね、とうなずいて、そういうわけだからさ、と言うと、三重吉は急に斜め下を向いて黙ってしまった。なにか不満げに見える。どうしたのだろう。三重吉は少しためらってから「最近さ、直木と仲がいいよね」と言った。なるほど合点がいった。そう拗ねるなよ、今度一緒に遊んでやるからなと三重吉の頭をぽんと軽く叩くと、「やめろよ、子どもじゃないんだからな!」と頬を膨らませて駆けていってしまった。おやおや、今度、列車の旅にでも誘ってやろう。
     部屋に戻るとまだ直木が寝ている。思い直してふさふさの毛を撫でてみる。やはり猫である。
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