死せる春に手向けの造花を「僕、来週から家庭学習期間に入るんだ」
「あぁ……もうそんな時期か」
二月を目前にした一月の終わり。いつものように図書室で、自分の勉強のついでといいつつ俺の勉強も見てくれていたファウストが思い出したように言った。
ファウストは俺のひとつ上の三年生だ。今年卒業する。一月にほぼ全ての授業を終えて家庭学習期間に入るため、学校には来なくなってしまう。
「こうやってここで君と過ごすのも来週で最後になる」
去年の春頃に出会ってから一年もしない時間だが、ここで放課後にファウストから勉強を教わるのは日課になっていた。それも来週で終わるらしい。
二年間毎日欠かさずこつこつ勉強してきたおかげで、他の学生のように受験勉強に躍起にならずに済んだファウストも、二月半ばに大学受験があるし冬休みのように家にいくのは控えた方が良さそうだ。
四月になればファウストは俺より一足先に大学生になる。となれば当然会える時間は今よりもずっと少なくなる。
「そっか、寂しくなるな」
「……ふふ、あんまり思ってないな?」
「あんたもだろ?全く寂しくないっつったら嘘になるけどさ」
「うん、会えなくなるわけじゃないから」
俺もファウストも、この生活が終わることをあまり寂しく思っていなかった。連絡先は知ってるし、俺の家に来たこともある。進学に合わせて一人暮らしを始めるファウストの家にも、落ち着いたら遊びに行く予定もある。
連日会えなくなることは少し寂しいが、感傷に浸ったり涙するほどではなかった。
「きみの料理がしばらくお預けになるのは少しつらいな」
「俺も一人で勉強頑張ることになんの、ちょっときついなぁ」
今生の別れでもあるまいしと、いつも通りの軽口を叩き放課後の勉強会は過ぎて行った。
気がつけば、あっという間に二月も過ぎた。
三学期の期末テストは久しぶりに一人で挑むことになったが、どうやら俺がファウストから教わって身についていたのは、勉強の内容だけではなかったらしい。いつの間にか一人でも、それなりにテスト勉強ができるようになっていた。
去年、目も当てられないような点数だった3学期の期末テストが、教科によっては5倍以上の点数に跳ね上がっており、勉強の成果をしみじみと感じる。
ファウストに勉強を教わり初めてから、それなりの点数を取れるようになって来てはいたが、クラス上位に入る点数をとったのは初めてだ。
興奮気味でファウストに報告すると、自分の事のように喜んでくれた。きみの努力が結果に出て嬉しいと。
三月に入って一週間ほど経つと、卒業式の練習が始まった。
久しぶりに登校したファウストは、卒業生代表と答辞を頼まれたと頭を抱えていた。
「どうして僕なんだ……」
「どうしてって……」
そりゃあんたになるだろう。
元進学校をまとめあげたというかつての生徒会長。一度ひきこもりになりこそしたが、三校が合併した後の創立祭でも、その手腕を遺憾無く発揮したらしい。先生も、生徒も、別の学校だった連中だって、ファウストに集団の先頭に立つ素質があることを知ってる。
三年生は才能のある連中が何人もいるけど、人前で代表を張ることに向いてるのはファウストだ。
と言っても、その辺のことは人づてに聞いただけ。創立祭の時、俺は殆どずっと購買にいた。
当時の仕事ぶりを見ていない俺が知ってるのは、俺に個人授業してくれる優しい先生みたいな先輩のファウストだけだった。
程なくして俺たち2年生も卒業式の練習が始まった。曲は数年前にインターネットに投稿されて、今では立派な卒業ソングになったやつだ。
練習は帰りのホームルームでちょっと歌うだけ、というあっさりしたものだけれど、真面目なやつは真面目に練習している。
特に同じクラスのヒースクリフは、お世話になった元芸能校の3年生達が卒業するとかで、口にこそしないがいつも以上に真剣に歌っていた。アイドルの卵だし、元々歌が好きなのもあるだろうけど。
俺は、卒業式の練習でマジになるのなんて柄じゃないと気がして、適当に口を開け、歌ってる風で誤魔化した。