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    上下二話で終わると言ったな、あれは嘘だ
    そんなこんなで中編です。長い
    そして相変わらずPicoが不憫です。それどころか色々怪しくなり始めています

    #FNFAU_insectfairies
    ##FNFAU_insectfairies

    「羽化(中)」 それからというもの、二人の環境は少しずつ、けれど劇的に変化していきました。
     まず変わったのは、BFがテストで赤点を取らなくなった事です。それまで最下位だったのが並より少し上程度になったので、彼の学年は暫く大騒ぎでした。余りにも騒ぎすぎて、もしやカンニングをしたのではと教員室に呼び出される始末でした。
     次に、BFは頻繁にPicoをゲームセンターへ誘うようになりました。放課後になると真っ先にPicoの教室にまで来て、有無を言わさず連れて行くのです。
     前のようにサボりに誘っている訳ではないので、簡単に断ることは出来ません。結果、ここのところPicoは、あまり勉強詰めにならない生活を送っていました。
     最後に、Picoは先生からBFのことについて頼られるようになりました。彼らは、BFの学力がもとに戻ったのはPicoのお陰だと思っていたのです。
     それだけではありません。Picoは彼のサボりをよく止めていました。勿論それを振り切ってサボられてしまう事もありますが、時折言うことを聞いてくれる事もあったのです。そんなんだから、先生は取りあえずBFのことはPicoに任せればいいと思っていました。
     勿論、Picoは知っています。BFがどうしてもサボる時は妖精絡みの事で、すぐに止める時は本当にサボろうと思っている時なのだと。そして、サボるなと言うだけで止める辺り、本人もその気は余り無いのだと。そんな簡単な対策すらせずに、彼らはPicoに押し付けているのです。
     Picoは何とも言えない気持ちになりました。

     それ以外に関して、BFに変わった所はありませんでした。
     相変わらずPicoに勉強を教えてもらってますし、平気でサボりますし、歌は上手いままです。妖精を脅した事も、逆に脅され続けていた事も、全くおくびにも出しません。あれから妖精の話を出された事もありませんでした。
     勿論、Picoは聞きたい事でいっぱいです。結局妖精とは何だったのか。あの妖精達を放置していたら何が起こったのか。そして、彼らにBFは何をしたのか。
     悪いことを考えている訳ではありません。でも、何だか嫌な予感がするのです。あの時BFが最後に言った言葉が、余りにも意味深に感じられたので。
     ですがPicoには話しかける勇気がありませんでした。あの時のBFはとても怒っていました。もし話を持ち掛けたら不機嫌になるに違いありません。だから、BFが話そうと思わない限りは触れないでおこうと考えたのです。

     そうして、カンニング騒ぎがある程度収まった頃。その日もPicoは図書館に居ました。最早自習の場から待ち合わせ場所へと変化したそこは変わらず静かでした。

    「よォPico、相変わらず勉強してんのか?」

     すると、唐突に後ろから声をかけられました。同じクラスの男子学生です。何処かニヒルな笑みを浮かべていたその青年は、Picoが棚から出した本を見るなり、意外そうに眉を上げました。

    「なンだそれ、ロックなんか調べてどうすんの?」
    「あ……うん、ちょっと興味を持ってね」

     青年が指摘した通り、Picoは音楽史の本を手に取っていました。そもそも、今日は勉強ではなく本を探しに来たのです。何か時間を潰せる面白そうな本はないかと探していた最中で、丁度見つけたのがそれだったのでした。

    「珍しいじゃん、ガリ勉のお前がそんなのに興味持つなんて」
    「まあ、ね。友達が歌好きだから、つい気になっちゃったのかも」
    「友達……ああ、あいつか」

     Picoが言った途端、青年は忌々しげな顔をします。この表情も見慣れたものでした。先生も、クラスメイトも、近隣の人も。BFの話になると、皆決まってこんな顔になるのです。

    「アイツ聞いたぜ、今度はカンニングしたんだって?ただでさえ頭悪いクセにセコい事するとか、さすが問題児サマだよな」
    「……BFくんにも事情があるんだよ」

     Picoの言葉を聞いて、青年はじっと彼を見詰めます。

    「へぇ、妙に庇うんだな。なんか知ってんのか?」
    「……色々と」
    「ふぅん。色々と、いろいろと、ね」

     そう言って青年はケラケラと笑い始めました。口の片方だけを釣り上げる笑顔は、宛らチェシャ猫を彷彿とさせました。

    「それで、今日はどうしたの?」

     その笑顔に居た堪れなくなって、Picoは逆に問い掛けました。青年は「ああ、そうだ」と思い出したように手を打ちます。

    「今日、俺んちで勉強会やらねえか?」
    「勉強会?」
    「そ。ほら、もうすぐ試験だろ。だから前みたいに集まってやろうぜ」

     確かに、Picoは青年の家に何度かお邪魔した事がありました。青年はこんな柄の悪さではありますが勉強が出来る質なのです。テストで満点を取ったことも数しれず。もしPicoがいなければ、優等生と呼ばれていたのは彼かもしれません。それなので、Picoが彼らと一緒に勉強することも多々ありました。
     最も、ここのところずっとBFに掛かりっきりだったのですが。こうして会話することさえかなり久しぶりです。

    「ごめんね。今、友達を待ってるんだ。その子と勉強する予定だから、今日は行けないや」

     Picoは少し考え、すぐに首を横に振りながら答えました。その言葉に青年は「はぁ?」と眉を顰めます。

    「友達ってどうせアレだろ?さっき言ったヤツ。あんなのが勉強とか出来んの?」
    「少なくとも、前に騒ぎになってたテストはあの子の実力だよ」
    「うっそだぁ。贔屓もいいかげんにしろよ」

     そう言って青年はまた笑いました。バシバシと叩く背中がとても痛いです。Picoは「痛いよ」と言って青年の手を掴み、やんわりと押しのけました。しかしそれよりも早く青年はPicoの肩に腕を回します。
     思わず身動いだPicoに対し、青年は「まぁまぁ」と宥めるように言いました。

    「そんなヤツの事より自分の事気にしようぜ?どうせ一学年も下なんだから、教えても身の為にならねえだろ」
    「それは、」
    「それにさぁ、最近またアイツサボり始めたって話だろ?センコーも処分どうしようかって話してたし、あんなヤツとつるんでたらお前の評判も悪くなるぞ?」

     確かに青年の言う通りでした。
     あの森の事件以降、BFのサボる頻度は、一週間に一度あるかないかと、目に見える程激減していました。なのに、ここ最近の一週間は、毎日のようにサボっては何処かへ行っているのです。
     昼だけではありません。放課後も、授業が終わったら真っ先に校舎を出て姿を消すのだと、彼のクラスメイトが噂をしています。Picoだって、BFと遊ぶ事が無くなって、でも今更勉強しても中々身に入らなくて、ついつい図書館で時間を潰していたのでした。
     BFが一体何処に行っているのかは誰も知りません。元々友達のいない彼のことですから、聞く人も追う人もいないのです。どうせいつもの奇行だろうと、先生も生徒も片付けて特に深追いはしませんでした。

    「どうせ今日も来ないって。それより俺んち来いよ。見せたいモンもあるし」

     Picoは迷いました。もし青年が声をかけてこなかったら、このまま閉館時間まで本を読んでいるつもりでした。けれど、来ないと分かっている者を待つのが無意味である事ぐらい、彼もわかっています。それなら別のことで時間を潰すのが一番でしょう。
     仕方がなく首肯したPicoに青年は嬉しそうに手を叩きます。『じゃあさっさと行こうぜ』と荷物を持って背中を向けるのを一瞥し、持っていた本を元の棚にしまいました。

     青年の家には、他にも何人かのクラスメイトが集まっていました。皆一様に成績が良いと言われている者達です。彼らはPicoを見るなり興味津々といった様子で駆け寄ってきました。

    「お前、あのサボり魔と友達なんだって?」
    「どういうヤツなの?サボるとき何処に行ってんの?」
    「歌聞いたことある?ほら、アイツ歌上手いって話じゃん」

     矢継ぎ早に投げかけられる質問にPicoは戸惑いました。その間に青年が準備をするように手でしっしと追い払います。

    「ほらほら退いた退いた。無駄話してんじゃねぇっつの」
    「えー、でも気になるじゃん」
    「あんな頭アッパラパーの事なんざどうでもいいだろ」
    「ひどぉ。事実だけどさー」
    「なんせ留学処分の話出てるくらいだもんなー」

     彼らはケラケラと笑います。後輩一人をバカにしてるとは思えない和気藹藹とした様子でした。それを、Picoは何処か遠い目で眺めていました。
     程なくして一同はリビングに集まりました。皆銘々に菓子をつまみ、ジュースを飲み、各々の問題集に集中します。それは先程までとは打って変わってとても静かで、時折分からない事があればあーでもないこーでもないと議論するのでした。
     しかし、Picoはその中で一人上の空でいました。というのも、いまいち勉強に身が入らないのです。勉強会を開くのはこれが初めてでもないのに、ただ問題を解いているだけなのに、何故かPicoは寂しいと感じていました。
     例えばもしここにBFがいたら、十分で「飽きた、ゲーセン行こ」と投げ出した事でしょう。そしてPicoが「僕が終わったらいいよ」と言い、我慢できなくなったBFが飛び出して菓子やらジュースやらを手に戻ってくるまでがワンセットです。それが今のPicoにとって当たり前の環境となっていました。
     勿論、彼らを馬鹿にしている訳ではありません。今のPicoにはこの環境は余りにも物足りないのです。

    「どうしたんだよPico。なんか今日のお前おかしいぞ?」

     そわそわふわふわ、落ち着かない様子で何度も座り直したりため息をついたりするPico。青年も鬱陶しそうな目で見やり、問い掛けます。Picoは何でもないと取り繕いますが、他のクラスメイト達にも彼の挙動は不審に写っていました。その中、何かを思い付いたらしい青年が、唐突にニヤァと笑いました。

    「分かったぞ。お前、アレが気になるんだな?」
    「あれ?」
    「惚けんなよ、言っただろ?今日は見せたいものがあるんだって」

     そういえばそんな話もあったような。ぼんやりと図書館での出来事を思い出す傍ら、青年は「一休みしよう」と立ち上がりました。他のクラスメイト達も一斉に伸びをしたり欠伸をしたりして鉛筆を離します。どうやら、青年の言う“あれ”というものを、他の者達は知っているようです。
     青年はリビングから出て、階段へと向かっていきました。そこには2階へ向かう階段と、下へ向かう階段がありました。見事な一軒家である青年の家には当然地下室があるのです。
     どやどやと皆が降りていきます。その後をPicoはついていきました。豆型の電灯が一応階段を照らしていますが、鉄板とコンクリートが剥き出しになったそこは、まるで墓穴のようでもありました。
     底に着き、鉄扉を開けた先。そこはとても綺麗に片付けられた一室でした。壁にぴったりと付ける形で並べられた机は、さながら学校の展示室のようです。壁に所狭しと飾られた、板の入ったガラス箱やビンが、またその印象を強めました。
     「ほらよ」と青年が徐に何かを差し出しました。色が薄くついた、何処にでもあるような眼鏡です。ですが、Picoは別に視力が悪い訳ではありません。不思議に思って首を傾げると、「これなきゃ見えないんだよ」と笑いながら押し付けられます。たしかに、他のクラスメイトはもう眼鏡をつけた状態で机へと駆け寄っていました。
     どうやらつけなければ進まないようです。仕方がなく、Picoは受け取った眼鏡を付けることにしました。

     ──虫の標本。

     最初、Picoにはそう見えました。ええ、そうとしか見えなかったのです。
     だってそれらには、綺麗な翅が生えており、触覚だってありました。丁寧に欠けないように翅を広げ、ピンで固定された姿は、アマチュアとしては惚れ惚れとするほど美しい標本でした。彼処にあるのは蝶、彼処にあるのは蜻蛉。色とりどりのそれらはとても小さく、か弱い虫のようでした。

     だから。その虫達に人の手足がついているのは気のせいだと、そう思ったのです。

     ぴいぴいと一匹が泣きます。逃げ出そうとして針がかさかさと揺れます。ビンを叩くものもいれば、叫ぶ気力もなくて項垂れるものもいます。
     それらが頻りに喋るのは、余りにも単純で哀れな事ばかり。

    『いたい』
    『くるしい』
    『ここからだして』
    『ごめんなさい』
    『もういやだ』
    『ころして』

     ……きっと自分は、妖精が一室に大量にいると声が聴こえるようになる体質なんだな。Picoの頭の中で冷静ぶった所がそう考えました。

    「どうだ凄いだろ。一週間でこんだけ集まったんだぜ」

     呆然と立ち尽くすPicoの後ろで青年が言います。両手を腰に当てて宣う様はとても誇らしげでした。
     そこにあったのは大量の妖精の標本でした。一体、一週間でどれほど捕まえたのでしょう?ざっと見ただけでも数十は下らないように見えました。しかも、どれほどピンや針を通された者でも微かに胸が上下に動いています──まだ生きているのです。

    「こんなのを、どうやって」

     目を離せないままPicoはそう問い掛けました。だって可笑しいのです。妖精はそのままでは触れることも会話することも出来ません。PicoだってBFから教えられるまでは存在すら知りませんでしたし、BF以外で妖精の話を聞いたこともありませんでした。
     まさか、BFと同じように見えるのか。そう疑った目を向ける彼を嘲るように青年は笑いました。

    「この眼鏡をかけるとな、見たり触ったりできるようになるんだよ。すげぇだろ?」

     そして、ほら、と部屋の奥を顎で指し示します。つられて見ると、そこでは丁度クラスメイトの一人が妖精をビンから出すところでした。人差し指と親指で摘むように取り出し、もう一方の手で乱雑に翅を掴みます。

    『いや、やめて!おねがいやめて、たすけ──』

     妖精の必死の命乞いも虚しく。ピリッと軽い音と共に、翅は薄いガラスが割れるように千切れました。どっと沸き立った笑い声が悲鳴をかき消します。

    「なんてひどいことを」

     思わずそんな言葉が溢れました。こんなのただの虐待です。それも、人の形をした妖精を、こんな風に弄び虫のように扱うなんて。とても人道的とは言えない惨状でした。
     しかし、その言葉に青年は眉を寄せました。

    「なんだ、おこちゃまかよ。ビビってんのか?」
    「ちがうよ!だって、こんな……同じ人の形してるのに、虐待じゃないか!」
    「いーじゃんどうせ犯罪じゃないんだから。虫みたいなモンだよ」

     唖然と開いた口が塞がりません。確かに妖精を弄ぶことは犯罪ではありませんが、それでもモラルというものがあります。例え虫でも理不尽な鏖殺は忌避される物なのに、あろうことか虫と例えて言い訳をしようだなんて。

    「それにさ、意外とストレス発散になるんだぜ?反応もおもしれーし、虫としては上々だろ」

     ほら、お前もやってみたら?そう言って青年はビンを一つ差し出してきました。中には蛾のようなゴワゴワとした白い翅の妖精が一匹入っていました。恐る恐るといった様子で此方を見上げ、諦めたようにそっぽを向きます。よく見たら、触覚が片方ありません。恐らく一度“遊ばれた”後なのでしょう。
     ──思わず、口を手で抑えました。

    「ごめん、かえる」

     出し抜けに力が戻り、くるりと背を向けてPicoは部屋から出ました。驚いた青年の声が彼を追いかけます。

    「はァ?ここまで来て帰んのかよ」
    「本当にごめん。急用、思い出したから、帰るよ」

     早足でリビングに戻り荷物を乱暴にバッグにしまいます。そのまま玄関に真っ直ぐ向かう彼を、今度は嘲笑いが追いました。

    「何だぁ?まさか、さっきので気分悪くなったのかよ?」

     やっぱおこちゃまだな!そんな言葉も聞かずにPicoは外へ出ました。最早耐えられませんでした。あの部屋も、青年達も、言われたことも。何もかもが可笑しくて異常で、限界だったのです。
     走って、走って、走り抜けて。住宅街の端っこまで来て、やっと足が止まりました。何とか息を整え、ぼんやりと空を眺めます。
     空は嘘みたいに突き抜けるような青色でした。爽やかな風が、先程までの陰鬱な空気を拐っていきます。この街の片隅で悍しい遊びが行われているとはとても思えない、清浄な世界が広がっていました。
     代わりに人影はありません。もう下校時間を過ぎているからでしょう。それを確認し、やっと息が整いきった所で、Picoは手を口から離しました。

     彼は、嗤っていました。

     本当に、耐えられなくて、信じられなかったのです。彼らの遊びが余りにも可笑しくて滑稽で、差し出された妖精に対して湧き上がった感情が余りにも異質で。やっていることは最悪だと、人として間違っている事なのだと分かっているのに、なのに自分は。

     ……翅を引き抜いたらどうなるんだろう。血は一体何色なんだろう。燃やしたら、水に漬けたら。

     そんな暴力的な好奇心が湧き上がって、抑えきれなくて。あのまま彼処にいたら何をしでかしていたか、分かったものじゃありません。
     だから、逃げてきたのです。
     もう一度口を抑えます。今度は紛れもない吐き気でした。自分が余りにも恐ろしくてたまりません。こんな醜い、人として間違った衝動を抱えていたなんて。それは間違いなく人として狂った思想なのです。唾棄すべき妄想なのです。

    「……せんせいに」

     伝えなきゃ、と思ったところで動きが止まります。妖精を虐待しているなんて、どうやって伝えればいいのでしょう?きっと先生は信じてくれません。寧ろ、頭がどうかしたのかと心配されてしまう事でしょう。
     けれど、このまま黙っている事もPicoには出来ませんでした。それが正義感故なのかそれとも別の理由があるのか、彼にはとんと分かりません。それでも、兎に角このままでは行けないと、これを放置していたら駄目だと思ったのです。
     結局その日は何も出来ずに──翌日となってしまったのでした。

     青年は昨日のことなど全く意に介さず、クラスメイト達と馬鹿みたいに笑っています。それどころか彼らと一緒にPicoの事を『度胸のないヤツ』と嘲笑ってさえいました。なのに、Picoに執拗に話し掛けては昨日の事を誇らしげに語るのです。
     何をしたのか。どんな反応があったのか。お前も一緒にいたら楽しかったのに──そこまで言われて、Picoは逃げるようにその場から走り去りました。彼らは最後まで、ずっと笑っていました。

    「どうしたの。そんな顔色悪くして」

     まるでゾンビみたい、と声をかける者が一人居ました。
     BFでした。

    「……BFくん」
    「え、マジでどうしたんだよ?ゴーストみたいになってんじゃんか」

     放課後の最中、河原近くのベンチで休んでいたPicoに、BFが心配して声をかけました。実際、Picoの顔はお世辞にも良いとは言えません。何せ、今日も家に来ないかと青年に誘われたのです。
     何も言わずに俯くPicoに、BFはため息をついて隣に座りました。立ち去るという思考はどうやら彼には無いようです。足を組みぼんやりと前を眺めるBFに、ふとPicoは、なぜ彼は自分をこんなにも気にかけるのだろうと思いました。だって、今のBFはそれどころではない筈なのです。

    「行かないの?」
    「どこに」
    「どこか。また何かしてるんでしょう?」

     きょとん、とBFは目を丸くしてPicoを見ました。その後すぐにああと納得した顔を見せます。思いあたりはあるようでした。

    「たしかに色々やってるよ。けど、それで体調悪い友達放置するほど、性格終わってないし」
    「……友達、か」
    「なんだよ、もしかしてPicoはそう思ってくれてなかったの?」

     ひど、と笑うBFに、Picoは曖昧な笑みを返しました。確かにPicoだってBFのことを友達だと思っています。けれど、二人の思う「友達」には、何だか大きな乖離があるように感じたのです。

    「色々って何をやってるの?」
    「んー……まあ、Picoならいいか」

     そうして、BFは自分の今を話し始めました。
     ここ最近、急速に妖精の姿を見なくなっていること。
     どうやら何者かが妖精狩りをしているらしいこと。
     それで、生き延びた妖精から依頼されたのだということ。

    「つっても、どうも狩られてるのは放課後辺りかららしいんだ。多分昼は何もしなくて大丈夫だと思う」

     だから安心して、とBFは言います。何がだろうと思いましたが、すぐにここ最近のサボりの事だと気が付きました。Picoが自分を止める為に来たのだと思ったのでしょう。
     やはり、BFは妖精の為に動いていたのです。怠慢ではなかったことにPicoはホッと安心しました。同時に、ささくれ立った困惑が胸のうちに広がります。

    「……どうして妖精を助けようとするの?ヒトじゃないのに」

     昨日のことが思い起こされます。青年達は彼らを虫だと言っていました。あの時Picoは反射的に間違いだと言いましたが、実際はそう言える根拠などありません。
     だって、妖精はヒトではないのです。だから、ヒトの法律になど、当てはめられないのです。

    「それに、前に僕を助けてくれた時は怒ってたじゃないか。……嫌い、なんじゃないの?」

     あそこまで怒って、脅しまでして。なのに、どうして今更助けようとするのか。Picoには全く理解できません。
     BFは暫くうーんと唸っていました。それは、返答に困っているというよりは、言葉選びに困っていると言いたげなものでした。証拠に眉に皺が寄っていません。ただ真っ直ぐに前を見ています。
     たっぷり数十秒後。BFはやっと口を開きました。

    「……正直、俺はなにも考えてないよ。“そういうモノ”だったから」
    「“そういうモノ”?」
    「うん。物心ついた頃から周りにいてずっと一緒にいたから。だから今更なんでって言われてもなぁ……。
     悪いことをしたら叱る。遊ぼうって言われたら遊ぶ。俺にとってはそれが当たり前で……うん。多分、腐れ縁ってヤツなんだろうな、これは」

     な、と返答を期待するようにBFは自分の肩辺りに声をかけます。その眼差しは、腐れ縁に似てはいても程遠い──まるで、手のかかる弟妹を見るような、愛おしさに溢れたモノでした。
     PicoはそんなBFをじっと見詰めていました。だから助けるのだと、放っておけないのだと、暗に語る顔を、ずっと見ていました。余りにも見つめて黙り込むので、BFは居心地悪そうに眉根を寄せます。

    「……どうしたんだよPico。なんか嫌なことでもあったの?」
    「え?あ……ううん。大丈夫。ちょっと物思いに耽ってただけだから」

     ならいいけど、と少し怪訝そうな顔をするBF。そんな彼を見て、Picoは胸にもやもやとした感覚が満ちるのを感じました。それは妬みと言うには小さくて、軽蔑と言うには軽すぎる、些細な疑問。

    「……あのね、BFくん──」

     曰く、あの青年に会ったらBFはどんな顔をするのだろうと──そんな昏い好奇心が、頭をもたげたのです。



     その日、青年は昨日ぶりにPicoが来た事を喜びました。きっと自分達と同じ遊びをしにきたのだと、そう確信したからです。
     青年は、Picoがあの時口元を抑えた理由を、よく知っていました。嗜虐心を無理矢理抑えた顔。加虐心を隠し切れていない顔。それを隠そうとしたのを、彼は知っていたのです。あんな絵に描いたような優等生にも人間みたいな心があるのだと知って、青年は子供のようにはしゃいでいました。
     惜しむらくは、そこにBFが同行していた事です。学校の問題児。先生も頭を悩ますサボり魔。そんな奴が今更嗜虐心を顕にしたって、予想できる事なので面白くありません。寧ろ不良が持っていない方が可笑しいでしょう。
     ……だから。

    「アンタ、アイツらに何したの」

     家に入って十秒も立たずに、BFが階段を睨みながら言ったのが信じられなくて、返答に詰まったのです。

    「アイツらって誰のことだよ?」
    「妖精だよ。この一週間で何十集めたの」
    「妖精だって?馬鹿な事いうな、そんなファンタジーみたいなの、いるわけないだろ」
    「……そう」

     話しても無駄だと思ったのか、BFは一つため息をつきました。そして、躊躇いなく地下室へと階段を降り始めます。それを見て、慌てて青年は彼の前に立ちはだかりました。

    「おい!ここは俺の家だぞ、勝手に入るな!」
    「そう。じゃあ入っていい?危険な事になるから」
    「この野郎──」
    「五十以上も捕まえて虐めてて何も起こらない筈がないだろ。このままだとアンタ、呪い殺されるよ」

     世迷い言を、とは言えませんでした。BFの目は嘘偽りなく真剣だったのです。その剣呑さに飲まれて動けなくなった隙に、BFはさっさと下へ降りていきます。その後ろを、少し距離を取ってPicoも追います。

    「っ、おいPico!てめぇ、まさかこのつもりで呼んだんじゃないだろうな!?」

     胸ぐらを掴み問い詰める青年に、Picoは首を横に振ります。それが諦めろと言っているようで腹が立ちました。こいつも自分と同じ筈なのに、どうしてさも関係ありませんと言いたげな顔を出来るのか。そんな彼にもっと問い詰めようと口を開き──次の瞬間、視界がぐるりと回りました。

    「おい」

     おどろおどろしい声が上から降ってきます。どうやら自分は階段のはしに転がったようです。左頬がひりひりと痛く、骨にまで響くような鈍痛を感じます。そして、目の前には右手を握りしめて見下ろすBF。自分は殴られたのだと判断するには充分すぎました。

    「てめぇ、何を」
    「喧しい、こっちが質問したときだけ喋れ」

     ぐぇ、と蛙のような声が出ます。BFが青年の片足を踏んでいるのです。一応折るまではいかないように手加減はされていますが、それでも絶対に逃さないという意志が如実に感じられる程の痛みがありました。

    「アイツらに何をやった。どうやって集めたんだ」
    「だからアイツらって……ギャッ!わかった!言うから!」

     ぎしっと嫌な音がします。Picoが流石に止めようと「BFくん」と声をかけましたが、彼は反応せずに此方を見下ろしています。その凍えるような冷え切った双眸。それに見つめられるだけで、青年は生きた心地がしませんでした。これが本当に問題児の目なのでしょうか?

    「眼鏡があるんだ!それで見たり触れるようになったんだよ!」
    「眼鏡……?ああ、これか。妖精の翅と鱗粉で作ったヤツだけど……アンタが作ったの?」
    「ちげぇっての!変な翅の生えた虫から、“これを付ければ面白いことが起きる”って!」

     勝手に持ち出したらしい眼鏡を見やる彼を見て、青年の脳裏に一週間前の出来事が過ります。小さな蜂のようなヒト型のムシ。それが蜘蛛の巣に引っ掛かっていたのを、気紛れで助けたのです。そのお礼として貰ったのがこの眼鏡でした。
     それからずっと青年はこれで妖精を見付けては虫取り網で捕まえ、家で“遊んで”いました。ヒト型のそれらが一体何なのか、どういう身体の構造をしているのか、気になって仕方がなかったのです。

    「ソイツは今どこに?」
    「知らな……ぎゃああ!しらないんだって!あるだけ寄越せっつったら、六個目出したところで塵だけ残して消えやがった!」

     それを聞いたBFは舌打ちをして『自作かよ』と呟きました。そして足を退け、部屋に戻ります。青年は自由にはなりましたが立ち上がる気力がありません。第一踏まれた足が痛すぎるのです。
     その間にBFは再度部屋から出てきました。その腕には無数のビンが抱えられていました。

    「お、お前、何するつもりだ」
    「何って。皆逃がすけど?」

     さも当然と言うように彼は言い、ビンを自分のリュックに詰めます。余りにも問答無用でした。

    「俺が捕まえたんだぞ!」
    「だから?」
    「だからって」
    「捕まえてオモチャにして呪われちゃあ世話ないでしょ。寧ろこの場で開けないだけ温情だと思ってよ」

     皆殺したがってるんだから。
     そう告げ、BFはビンを一つ撫でました。眼鏡のかけていない青年には中の様子は分かりません。ただ、ちっとも笑わない真剣な表情のBFに、馬鹿なと笑い飛ばす事も出来ませんでした。
     BFは黙々と運び続けます。Picoも最初はおろおろとしていましたが、軈てBFを尊重するように手伝い始めました。
     ムカムカと、腹の底から嫌な感覚が沸き起こります。勝手に荒されるのもそうですが、BFが余りにも自然体でいるのが腹立ちました。サボり魔の癖に、勉強も出来ない癖に、まるで自分より大人のように振る舞うのがムカつくのです。

    「先生に言いつけるぞ。暴力振るって盗みも働いたって」
    「好きにしなよ。事実だし」
    「下手したら退学だぞ?Picoだって優等生の名に傷つけたくないだろ」

     一瞬、Picoの動きが止まります。それをBFか背中を叩いて続きを促しました。

    「構わないよ。怒られ慣れてるし」
    「……なんでそんな事するんだよ。たかが虫だろ、犯罪でもなんでも無いのに」

     青年には理解が出来ませんでした。妖精だか何だか知りませんが虫は所詮虫です。幾ら千切ったって潰したって罪にはなりませんし、大体、蟻や蝶で誰もがその道を通っている筈です。まさか今更虫にも命があるなんて寒い事を言うのでしょうか。

    「まあ……その考えも間違ってないんだろうさ」

     階段の上でBFが足を止めました。先程までの低い声とは打って変わった静かな声がコンクリートの空間に響きます。

    「俺は人の形してるヤツを苛めるのは気が引けるってだけだし。本物の虫なら潰すこともあるかもしれない」

     そこで、あ、と青年は気づきました、
     BFの此方を見下ろす目は相変わらず冷え冷えとしていました。でも、そこに蔑みの色は全く無かったのです。妖精を苛める青年を侮蔑する訳でもなく。そうしない自分に優越する訳でもなく。
     ただただ、そこには凪いだ湖面のような落ち着きがあったのです。

    「だからさ、これは本当に──」

     それは、問題児とは到底思えない、普通の少年の目でした。

    「ただ、アンタのことが気に食わなかったんだよ」



     きゅぽん。そんな気の抜けた音と共にビンの蓋が開かれました。とても綺麗とは言えない蛾のような妖精です。それが数匹、戸惑うように蓋と縁の間から顔を出し、恐る恐るとでも言うようにビンから出てきました。

    「ほら、もう自由だよ。これに懲りたら、二度と人間には近づかないことだね」

     しっしと手で追い払うような仕草をしつつBFはそう告げました。しかし、妖精達は彼の周りをぶんぶんと飛び回って離れようとしません。そんな姿にBFは困った顔をしますが、それ以上力づくで追い払おうとはしませんでした。
     何もなくなったビンを、PicoがBFのリュックに戻します。あとで青年に返すのです。BFは真っ先に捨てようとしましたが、Picoが何とか説得したのです。流石にそこまでしたら警察沙汰になってしまう可能性がありました。そうなったら、皆はまたBFの事を過剰に悪く言うのでしょう。それがPicoには耐え難く感じられました。
     やっと妖精達が離れて、BFは一つ伸びをしました。町外れの森は前に来たときより斜陽でまだ明るいままです。Picoが顔を上げると、かけていた眼鏡に反射した光が眩しくて、思わず目を瞑りました。

    「よくいるんだ。お近づきの印に自分の一部を渡す妖精って」

     アイツもそうだったんだろうさ。
     独り言のような呟きが赤い空に消えていきます。

    「こんな事になるために渡したんじゃないのにな」

     憐れむように、悼むように、BFは言葉を続けました。人間を嫌悪しながら、それでも青年を愚かだとは言いません。目を閉じて黙り込む彼を、Picoはじっと見詰めていました。
     ふと、BFは大きく息を吐き出しました。ぱっと顔を上げた時には先程までのしんみりとした表情は顔から消えています。そして、最後のビンを此方に差し出しながら、朗らかに笑いました。

    「ありがとうな、Pico」
    「えっ」
    「情報。教えてくれただろ。アンタのお陰で無駄に街中徘徊しなくて済んだよ」

     だから、はい。そう言いながらBFはビンを持つ手とは反対の手を差し出してきました。どうやら握手をしたいようです。恐る恐る触れると、彼はやんわりと握って何度か小さく上下に振りました。力任せではない優しいものでした。
     Picoは解放された手を見ました。いえ、目の焦点は手に合わせていましたが、実際の思考はほぼ上の空でした。頭の中ではずっと先程までの事を考えていたのです。
     ──自分は一体、何を期待していたのだろう。
     BFの対応は余りにもあっさりとしたものでした。流石に惨状を見た時は頭に血が昇ったようでしたが、それ以降は必要以上に問い詰めていなかったように感じられます。何処までも静かで、理性的で──何より、青年を否定しなかった事が、とても意外でした。
     いえ、いいえ。最早それは意外という言葉では足りません。それは衝撃と言うべきものでした。間違いなくPicoは……BFが青年に会ったら暴走するだろうと、そう、思っていたのです。
     ……自分は一体、何を期待していたのだろう?

    「……ん?なんだよ。ああ歌?しっかたねーな……」

     妖精達が再度集まり、BFに歌を強請ります。ちりんちりんという鈴が鳴るような音と共に妖精達が『うたって』『きかせて』と言うのが聞こえました。それに応えるように苦く微笑み、息を吸い込むBF。
     そうして響くのは、いつも自分も聴いたことのある歌の筈なのに。妖精達が音頭を取り、きゃらきゃらと笑うだけで、今まで聴いたことの無い物であるように感じられました。

    「……?」

     不意に、何かが自分の頭上に降ってきて、Picoは空を見上げました。ふわふわとした鳥の羽根のような物が頭に落ちてきています。同時にハラハラとした様子で此方を見詰める数人の妖精達と目が合い、ぴゃっと蜘蛛の子を散らすようにあちらこちらへ飛び去ってしまいます。でも、その内の一匹が、逃げずに近づいてきました。

    『ごめんなさい』
    「え?」
    『つれていこうとして、ごめんなさい。もうしないから、ね』

     もじもじと指を弄りながら、シュンとした顔立ちで妖精は言います。そこでPicoは、彼らが前にBFと対峙した子達なのだと気が付きました。

    「……別に、怒ってなんかないよ。何もなかったし。……ただ、他の人にもしないようにね?」

     羽根を千切れないように持ちながら応えたPicoに、妖精はパァッと分かりやすく明るい表情になりました。そのままクルクルとその場で回転しはしゃぎだします。本当に単純で無垢なんだな、と、Picoは前にBFに言われた言葉を思い出しながら、その様子を眺めました。
     ところでこの羽根はどうすれば良いのでしょう。

    「持ってたら?妖精の羽根は幸運呼ぶって言うし、アンタなら悪用しようとも思わないだろ」

     歌を終えたBFが声をかけてきました。続きを強請る妖精が髪を引っ張っていますが、これ以上聞く耳は持たないのか手で払ってしまいます。その雑さや親しみにPicoは何とも言えない表情になりました。

    「……分かった。じゃあ、持ってるよ」

     そう言って両手で握り締めるPicoに、BFは満足したように笑いました。まるで弟を見るかのような眼差しでした。それに耐えられず、今度こそPicoは背を向けました。眼鏡を外して押し付けるように渡し、手荒に自分の荷物を取ります。

    「じゃあ、僕、もう帰るね」
    「ん。気を付けて帰れよー」

     BFの声は最後まで翳りのない朗らかな物でした。それに追われるように、Picoはその場を立ち去ります。振り向けばきっと妖精達もバイバイと手を振っているのでしょう。それすらも振り切って、途中から走りになってでも、急いで離れました。
     分からないのです。何故こんなにも胸の内がもやもやするのか。何故こんなにも居ても立っても居られないのか。ただ、あそこに居たら変な事を口走る気がしたのです。何を言おうとするのか、それすらも分からないけれど、でも。
     ……何だか、彼処に自分がいるのは、相応しくない気がして。自分と彼の間に、大きな壁があるように感じられて。

    (……ああ、そうか)

     やっと、Picoは気が付きました。何故自分がBFを青年の家に呼んだのか。それは妖精を助ける彼に手を貸したかったからではありません。あの惨状を見て激昂する様を、庇おうとする様を見たかったから──行く前に見せたあの済まし顔を崩すことが出来ればと、そう思ったからなのです。
     だって、あの時のBFは、まるで自分の知らない遠い存在に見えて。彼を少しでも動揺させる事が出来れば、安心出来るような気がして。なのに。

    『その考えも間違ってないんだろうさ』
    『ただ、アンタの事が気に食わなかったんだよ』

     あの時のBFの言葉が酷く胸に突き刺さります。青年の扱いを否定してほしかったのに、彼はあっさりとそれすらも認めてしまいました。きっとこの街の中で誰よりも妖精に詳しい彼が、妖精を弄ぶ思考を悪だと断じませんでした。
     それがまるで──虫扱いを駄目だと言った自分を、否定したような気がしたのです。

    「はぁ……はぁ……はぁ……」

     家に入り、玄関の扉を閉めてやっと足を止めます。ここまでくればもう何も分かりません。妖精達の声も聞こえないし、眼鏡もBFに押し付けたので見えっこないのです。だから、もう大丈夫。……大丈夫。
     何に対する怯えなのかも分からないまま、Picoはその場に蹲りました。拍子にぱきゃり、と何処かで聞いた音がしました。同時に感じるズボンのポケットの奇妙な違和感。反射的に手を突っ込んだ彼の目が、まん丸に見開かれます。

     妖精の羽根が、中で折れていました。

    「──」

     真二つに折れてしまったそれを、Picoは自分の目の前に掲げました。ふさふさとした毛がぐしゃぐしゃになり、折れ口からま白い骨のような芯が見えています。
     そんな。まさか。こんな事で折れてしまったのか。折角もらった物を、壊してしまったのか。

    「……ちがう」

     ゆるりと首を横に振ります。そして、石畳の地面に叩きつけると、躊躇いなく片足で踏み潰しました。ぱきり、ぱきゅり。幾重にも芯が折れる音がし、靴と床の隙間で羽毛が揺れてどんどん汚れていきます。

    「こんなもの、さいしょからなかったんだ」

     ロッカーから塵取りを取り出し、さっさと土ごと集めて外に出ます。そうして適当に芝生に撒けば、もう影も形も見えません。もう一押しとでも言うように吹き抜けた風が完全に塵ごと攫っていくのを見届けて、Picoは家に戻りました。
     最初から無かった。貰ってもないし、そもそも何もされていない。それでいい。これでいい。
     そう呟きながら家へ再び入る彼の目は──どこか、正気の一部を失っているようにも見えました。


    【続】
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