花にアニメなどのキャラクターに恐竜などの動物。
色とりどりのパッケージ。
家族に買い物を頼まれた、とスーパーに寄る侃についていって、会計を済ませるのを待つ間、昨日まではなかったコーナーが目についた。
もう、そんな時期かと思うが、いかんせんろくな思い出がない。
自分が唯一、側にいることを認めた男に、どうしようもないトラウマを植え付けてしまったという一点においては特に。
バレンタインデイと描かれたコーナーに並べられた様々な種類のチョコレート。
その中の一つのパッケージがふと目にとまって手にとる。誰かに似ていると思うと、自然に口の端に笑みが浮かんで、ふてぶてしい顔をした黒猫をしげしげと眺めた。
「お待たせ」
会計を済ませた侃が永臣が立っていた場所の周囲に並べられている物を見て顔を顰める。
「うわ、もうそんな時期か・・・」
「早いもんだな」
手に取ったパッケージを戻して、一緒に店の出口に向かう。
「臣さんさぁ、しばらく一緒に帰るのやめない?」
米や醤油など、男子高校生に買い物を頼めるからと狙ったように重い物ばかり入ったエコバックが肩からずり落ちたのを直しながら侃が永臣に提案する。
「今更、俺とお前が仲良くないでーすって主張したところで誰も信用しないだろ」
「喧嘩して気まずくて声かけられないとか有りじゃない?」
「無しだ。それだと一緒に練習行けないだろ」
建物から外に出ると、冷たい風が当たって体が震えた。
「俺なんかいなくても、練習は成り立つでしょ」
「それ、本気で言ってるのか」
「本気だよ」
低い声で侃の顔を見据えて尋ねると、侃は怯えた様子もなく視線を返す。
そういう部分も好きなところなのだが、こと自分がVadLipにふさわしくないという考えに凝り固まっているあたりはなんとかならないかなと思う。
永臣が心から認めている男は侃だけだというのに。
侃は本当に自覚がなくて時に隠し立てができないほどにイライラすることもある。
特に、こういった時には。
「あ、春宮くん」
バレンタインデイ当日の授業が終わった後、部活の前に寄りたいところがあるからと、珍しく一緒に来てと言われて侃についていけば、人気のない教室で学年でも美人と評判の少女が、緊張した表情を浮かべて待っていた。
「おい、なんだこれ」
「じゃ、おれはこれで」
いつものどこかつまらなさそうな疲れたような表情を浮かべて、少女と2人きりにするために外に出ようとする侃に、自分の鞄を投げて渡す。
「侃、先に部活行くなら、俺のカバンも持っていけよ」
「え、なんで」
受け取った侃が低めの声で不満そうな視線を向ける。
「練習、ブッチされると困るから」
「しないよ、一応」
「ついでにちょっと遅れるって、伝えとけ」
「わかったよ」
2人分の鞄を持って教室から出ていく侃の足音が聞こえなくなるのを確認してから、永臣はため息をついて、不機嫌な感情を隠すこともなく目の前の少女に向き合った。
自分にチョコレートを渡すために侃を使うとはいい度胸だ。
不愉快すぎて、自然と口の端がまるで笑みを浮かべるように歪んだ。
腹筋を使って声を出すから、練習が終わればお腹が空く。
練習が終わった後、校門を出たところで待っていたファンの人間の相手をしてすっかり冷え切ってしまったので、暖かい物が食べたくなって帰り道にコンビニエンスストアに立ち寄る。
「お前、それだけでいいのかよ」
「いいの。晩ご飯入らなくなるし」
「あれだけもらっておいて、まだ食べるの?」
永臣が購入したチョコレートまんを呆れたような視線を浮かべて、購入したカフェラテを飲んでいた侃が尋ねた。
吐き出した白い息が暗くなった周囲に溶けるのをみながら、コンビニで買ったそれを半分割って侃に差し出す。
「食えよ」
侃は何も考えていないように、無意識にそれを受け取って口にする。
「あれだけもらっておいてって、何?俺、校門の外でもらった分しか覚えがないんだけど」
「渡していなかったけ?」
侃が手に持っていた紙袋を無造作に差し出す。
「…どいつもこいつも、直接渡せってのに」
うんざりとして受けとり、中身も見ずに息を吐く。
永臣から視線をそらした侃がチョコレートまんを全て飲み込むのを確認してから、侃に声をかけた。
「食ったな」
「え、何?」
少し目を見開いて不思議そうな表情を浮かべて侃が永臣を見る。
「バレンタインデイってさ、男がチョコレートもらえる日だろ。お前だってもらえる立場なんだぞ?」
思考回路が滞ったように侃の表情が固まる。その後、目で見てわかるほどに、顔が紅潮して言葉にならない声をあげて、その場に崩れ落ちた。
「…これって、そういう??」
「普通に渡したって受け取らないだろ、お前」
その様子があまりにも可愛らしくて、自然と笑い声が溢れる。
「最低だよ、臣さん」
眉を顰めて、恨みがましい視線を向ける侃を微笑ましい気持ちで見下ろして、永臣は声をかけた。
「ホワイトデー、期待しているぞ」
侃から受け取った紙袋の中身は家に帰って、自分の部屋に入ってから確認する。
明らかに高級品とわかるおしゃれなパッケージの数々の隙間に、律儀にチョコレートを贈った相手のリストが添えられていてなんだかなと思いながら、雑にベッドの上に放り投げた。
自分には侃以上に大切な人間などいないのに、他の人間の方がふさわしいだろう、どうぞお付き合いくださいと態度で表してくる行動が、ちょっと気に食わない。
とりあえず、明日の授業に関係ない勉強道具を出すために鞄を開けると、授業が終わった時にはなかった包みが目に留まる。
出してみればそれは、スーパーで見ていたあの猫のパッケージのチョコレートだった。
いつの間に、誰が入れたんだろう。
少し考えて思いついた可能性に、気持ちが明るくなって表情が綻ぶ。
鞄にこっそり入れるとしたら、練習まえに侃に鞄を預けた時、その時しかない。
確信に満ちた思いに満たされて、差出人の名前も何も書かれていないそれの包みを真っ先に開いた。
侃は気づいているのだろうか。
あの時、永臣がこのチョコレートを手に取ったのは、パッケージの猫が侃に似ていると思っていたからだということを。
「…食べてもいいってことかな」
蓋を開けて目につく、猫の形をしたビターチョコレートを手に取って口に含む。
舌の上に甘い味が広がって、深い香りが口と鼻に広がった。