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    8ハッチ

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    8ハッチ

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    セイマボ幸せif 01ギギ、と軋んだ音を鳴らし火花が枯れた地面を焦がす。爆発音と甲高い悲鳴と嗚咽のような声は、地面と同じように息をしていない草木を震わせした。血肉の焦げる臭いと火薬の匂いが混じったような刺激臭があたりを充満させる。その匂い、あるいは今の状況(はたまた彼女自身に置かれている身内からの悪意によるストレスなどもあるだろう)に限界を感じたのか、ウィスルは握っていた剣を落とし、我慢できないといった風に地面に嘔吐した。胃液特有の酸っぱい匂いが、さらにもとの空気の悪さを加速させる。泉の水が入った水筒を彼女に渡し背中をゆっくりと擦りながら、黒ずんだ地面と未だに勢いつかせる炎の海の前に立つ男の背中を見つめた。

    彼は、悪魔にしては、まだ、人としての愚かさを捨てきれていない男なのだと思う。



    悪魔に育てられた子供の救い方は、

    ─あかないとびら



    「空気悪ぃなぁ」


    ヘラっとしていて軽々しいくせにどこまでも冷たい言葉を漏らした男を、アメアが睨みつけた。鋭い視線に対して普段から薄ら笑いの口角を引き上げ、奴の癖なのか、中心に開いたシルバーのピアスが見えるまで舌を出して煽るように彼女を見下ろす。

    「誰のせいって言いてぇみてぇだけどさ、少なくとも俺様のせいではないっしょ。むしろ俺様、功労賞もらってもいいくらいじゃねえの?」
    「……人のこと、こ、ころしたのに、平気でいられるなんて、おかしいって言ってるのよ」

    アメアは高身長の男の視線の圧に負けじと震えた声と涙に濡れた瞳で睨みつけたが、睨まれても尚平然としている。それどころか、わざとらしく下唇を尖らせて息を吐いたあと、眉尻をあげる。

    「ソレについては俺様さっき言ったじゃん。同じ言葉使ってたって、意見も合わなきゃアチラさんはこっちに殺意を向けてきてんだから、もはや対話でどうにかなるわけねえって。下手にあとで復活なんかできるような状態にしていい事なんかねえんだからさっさと消しちまったほうがいい。何回も同じこと言いたくねえんだけど、まだ納得してねえの?」

    小首を傾げ彼女の顔を見つめて、本心から不思議そうにする。確かに先程にも同じ言葉を吐き捨てて彼女から張り手を食らった男の頬は、氷の錬金術で冷やしてもなお赤いままだ。

    アメア自身もわかっている。どんなに綺麗事を並べたところで依頼を進めて逃げ出さなかったのは自分自身だし、なにより功労賞と言う表現方法は兎も角として、実際に一番動いていたのは、この男、マボロだ。
    身内に裏切られたショックで立ち止まってしまったウィスルよりも、あわよくば我々の全滅を望んでいたウィリンよりも、悲惨な状況で上手く的を合わせられなくなったアメアよりも、対人で戦った経験はあれど殺した経験などあるはずもなく躊躇をしてしまったセイオズよりも。
    義手内の歯車を休み無く稼働させて殺戮に迷いなど見せることなく、炎をばら撒き、残らず敵の姿を焼いたのは紛れもなくマボロだった。

    マボロ本人曰く、タラタラ動かれてもしゃらくせえから、俺様がやったほうが早ぇ。とのことだ。
    どうにもならない状況に、でも、や、だって、の言葉をいくつか零しながらとうとう泣きだしてしまったアメアにも、面倒そうにマボロは、ーという気の抜けた声を出したあとに続けた。

    「ま。なんかあとちょっとで終わんじゃん。俺様にせいぜい感謝してよ。とりあえず俺様は今日はもう酒飲んだり、寝るからさぁ。また明日きれいな歌声をよろしくぅ」

    アメアの小さな泣き声をかき消すようにバタンと音を立てて扉が閉まる。
    その音は、彼の心の音の気がした。


    よく思えば、最初から何もわからない男だった。その上、印象はまるで良くないものだ。
    (年上の異性をターゲットにした金銭目的の付き合いをするよりもよっぽど稼げるという樹海探索の誘いに乗った)アメアを連れてギルド募集の張り紙を眺めて、ウィスルとウィリンと出会い、四人を見かけたマボロに声を掛けられた。
    「アルケミストとして研究がしたいが、護衛を頼む程金銭に余裕がないため、ギルドに混ざらせてくれ」といった事情に断る理由はなかったが、アメアだけはマボロの顔を訝しげ見つめた後、何かを思い出したかのように異論を唱えようとしていた。そのときは、アルケミストといった一見堅実な職業を名乗っているにもかかわらず、耳や口だけでなく舌にもピアスを開けていて随分と軽薄そうな男だという印象からのものだと思っていたが。
    数日行動を共にして、研究者としての知識や彼自身が語る修行とやらの経験により助かる部分があることをいくら足しても、キリのないくらいマイナスな部分が目立つ男だと印象に下がりきっていた。

    まず酷いのは言葉遣いだ。
    聞くに耐えない暴言や、悪態、なまじ頭の回転が早い故なのか相手の沸点の中心を刺激するような詰り方を嬉々として吐き出し、同性にはとことん冷たく厳しく無関心に、自分の好みの女性には下品な誘い文句を謳う。態度も随分と横柄なもので、高い背を利用し、常に相手を見下すような目線をする男だった。健全な人との付き合い方をするのであれば、本来であれば憚られるであろうハンドサインを堂々と人に向けて罵詈雑言を浴びせる姿にギルドのメンバー全員が眉根を寄せた。
    次に酒癖、飲まない日などない程に毎晩のように浴びるように飲み、二日酔いの状態で世界樹探索に挑む姿に、やはりギルドの人間は飽きれかえっていた。パフォーマンスそのものは変わらないままだし、外に飲みに行くことばかりだったので直接的な被害といえば朝出発する際に10分から30分ほど遅刻することくらいで、(それも悪びれもせず、あっけらかんとした態度で挨拶を交わすものだから)苦言を呈していた。
    最後に女癖。
    下品な言葉遣いに大抵の女性は顔をしかめるが、一部の女性は困ったように、しかし頬を染めてうっとりとした表情で奴の腕に抱かれていくのだ。それも、長い手足を持つ高身長に加え、非常に整っていて女性好みの甘い顔をしているからだ。声も、低く少し掠れていて、しかしよく通る声なものだ。彼に口説かれた数人の女性を憐れに感じてしまうくらいに本人がその武器を使いこなし、その武器に化かされた女性と夜を過ごす日々だ。これに関しては他所でやってもらう分には全く構わないが、ギルドを作って間もない頃、ギルドの人間と共住する宿部屋に誘った女性を連れ込んだことがあった。成人もしていない少女がいる場で、あまりにもデリカシーに欠けていた行動に全員から抗議を受けたためかそれきりではあるが、少なくともギルドの人間全員からの好感度は地に落ちたものだろう、と思う。

    このように、傍若無人な男だが、本人を完全に嫌いになれない箇所はいくつかあるのだ。



    「やはりか……」

    床に敷かれた厚手の布が赤く濡れていた。ところどころ黒く焦げた箇所もあり、部屋の中は換気がされているとはいえ昼と変わらぬ匂いで充満していた。
    はぁ、はぁ…、と荒い息遣いをしながら、マボロはこちらを見る。

    「覗きなんて。パパのエッチ」

    薄く口角を上げて、息を整えようとする。異臭は本人の腕から洩れてお り、その箇所はバチバチと皮膚を焦がす。布の上には削られた皮膚のようなものが複数付着しており、目も当てられないような惨たらしい傷跡はやはり昼間の焼けた人間の肉を彷彿とさせた。
    記憶に新しい出来事だった。義手の内部で火薬や金属が休まず稼働を続け、義手の接続部分を焼き切るまでに腕を酷使させた結果、火傷でただれた皮膚を自ら剥ぎ取り、傷口を焼く。民間療法よろしく、といった荒療治を彼は一人続けていたらしい。
    アルコール度数の高い酒を飲んで痛みを誤魔化し、そして適当に包帯で傷口をとめて、塞がるまで放置。ただ、自然治癒力をもってしてもたった数日で傷口が塞がるはずもなく、その上迷宮探索はほぼ毎日続くものだから、治した上からも錬金術によって腕はまた新たに焼かれる。
    十数日前、彼の部屋に用事があり訪ねたところ、一人での治療を行っているところに遭遇し、そのときにも消毒や薬を調合し手当をした。
    そして、治療をした方の腕はなるべく使わないように、と釘を差したが当人がそれを聞き入れるわけなく、そして状況的にも止めることも出来ずに傷口は悪化するばかりだ。
    嫌な予感がして部屋を尋ねれば、案の定想像していた状況は広がっていた。マボロのそばに腰を下ろすと、なに。とぶっきらぼうにセイオズを睨んだ。
    普段からこの男が身に着けている人工的な甘い香りでもかき消せない強い匂いがさらに増す。

    「その腕で片方も焼くつもりか。何故治療をしてくれと頼まない」
    「金ねーもーん。俺様。治療費なんて払えねぇし」

    舌を出して悪ガキのように煽る顔を見せるも、額には脂汗が浮かび声は震えている。無言で睨むと、しょうがねえじゃん。とやはり舌を出してなんでもないように振る舞う男の姿に、思わずこめかみを抑える。

    「同じギルドの人間が樹海探索が原因で怪我をこさえて治さない理由などない。治療費は無用だ。火をすぐにおさめて傷を見せなさい」
    「マジ?タダ?じゃあおねがーい!パパってば、や・さ・し・い〜!」
    「そのパパというのをやめろ」

    どこまでも相手を煽り、怒りを引き出そうとする様子に少しの苛立ちと疲労を感じたが小さいため息でそれを誤魔化す。
    探索時にも掲げている鞄から消毒液とガーゼ布を数枚取り出しピンセットで傷口に当てる。小さく息を漏らし、一瞬眉間にシワを寄せるもすぐに表情を戻したマボロは、腕とセイオズの顔を交互に見た。

    「なんだ」
    「丁寧にやってくれてんだなって」
    「当然だ」

    薬を調合し傷口に塗る動作を観察するようにじっと見続けられる。目が座っているように見えるのは、警戒をしているのか、はたまた強い酒と疲労故の眠気のせいか。
    消毒用の薬草水を染み込ませた布を当てられても、表情一つ変えず見つめられて少しの居心地の悪さをセイオズは感じた。

    (出会った時からそうだったが、強すぎる赤だ)

    マボロのもつ赤い目はエトリアだけでなく、セイオズの故郷でも、そこから少し離れた居住区でも珍しいもので、それはギルドの他の人間も同じだったらしい。赤みを帯びている、のではなく鮮血のように真っ赤な目は、視力にも長けており…いや、見えすぎているのか数10メートル遠く先にいるF.O.Eの姿すら判別していた。それでもF.O.Eを遠くから見ることは、集中力が必要とのことだが、少しの瞬きと沈黙で得た情報はセイオズたち、「煙水晶」の働きを助けるものだった。ウィスルがその目を褒めた際には、そんなにいいもんじゃねえけど。アメアちゃんの化粧ノリとかも見えちまうわけだし、など冗談めかして話を反らしていた。
    この男にも、当然触れてほしくない話題があるのだな、と初めて思ったのはその時だったかもしれない。

    治療を終えた腕を下ろし、火傷を帯びている片方の腕を取って先程と同じ治療を施す。

    わからないことが多い男だった。
    アメアやウィスルは自分の事をいくつか話すタイプで、ウィリンも少しずつ出したり、怒りで興奮した際に自分の事をまくし立てていた。元来ウィリンは自分の話をすると止まらなくなるタイプでもあるようで、トラブルが起きる前からマボロに「ウィリン随想録」と揶揄われていた。セイオズ自身も自分から話すことは少ないが、聞かれれば隠すことは殆ど無く話をしていた。カースメーカーの力の事も最初こそ黙っていたが、鐘の音で姿が変わってしまってからは、何度も隠すことの方が不自然と考え粗方の話はしていた。自分にとって、カースメーカーの力は不必要だし、人を傷つけないために医者になった、という事実以外特別なことはない、と思っているのだが。
    だが、マボロが出した話は師匠がいることと、その師匠が厳しいことで、いくら酒に酔っても身の上話をすることはほぼなく、赤い目のことを語ることもない。聞かれてもはぐらかすばかりだった。


    だが、一回だけ。


    「(そっちはクソ親に捨てられてすぐに魔物に喰われたほう)」

    と荒治療の際に飲んだ酒と疲労で呟いた言葉が忘れられなかった。
    本人もすぐに自分がはなった言葉を理解し、それからは口を閉ざしていた。少し、それから、と不躾にも話を聞き出そうとしたが、

    「(詮索してくんなよ。うっぜえから)」

    と睨まれてしまい、もちろん無理に聞くわけにもいかず、あれからは何も話すことはなかった。
    身の上話をするのは苦手なのかと問うたことがあったが、つまらないから、とのことでそれ以上は中指を立てられ布団に潜られてしまったことで話は終わった。


    正直、不思議だし不可解とさえ思うし、手遅れだとも頭を抱えた。
    マボロという印象最低な男に振り回され、それでも気になってしまっているのだ。

    マボロとギルド結成の挨拶以降初めて会話を交わした内容は、セイオズが昔に読んで感銘を受けた論文が、当時マボロが11歳の頃に学会に提出したものだというものだった。他にも過去に読んだことのある、錬金術や学術、毒草を連ねた数件の論文や書物を10代の頃や最近までも何点かマボロが手掛けており、医療や錬金術の発展の一つとして流通しているものを発明させたのも彼で、大天才と名乗るマボロのことを否定できないと非常に驚いたのだ。(もちろんその大天才が印象最悪な軟派男なわけがないとも思わなかったわけではないが、彼と話を交わしてすぐにその考えは間違いだったと偏見を拭い去ると同時に頭を抱えることになったのだが)

    「終わったぞ」

    声をかけると、パチリと大きな目を開け、包帯に包まれた両腕を見る。

    「ふうん」

    治療してもらってふうんとはなんだとセイオズは呆れたが、元より自分から言い出したものだ。口には出さず、何度目かもわからないため息をついた。

    「義手を填めるのだろう、今…」

    手伝いを申し出たが、マボロは器用に脚や口、肩を使い腕をはめ込む。義手の関節の軋んだ音を立てて、両手で何度か開いたり閉じたりを繰り返したあとニパと笑い

    「いらね」

    と吐き捨てた。
    どうやら布を洗うついでに改めて酒を飲みに行く予定らしく、血に濡れた布をさっさと折り畳み、脇に抱えた。

    傷口に響く、安静にしろ、とも言いたいのは山々だが、正直「煙水晶」というギルドにマボロの錬金術は必要不可欠で、明日以降もその腕は酷使させる上、そしてその酷使させるためにマボロの機嫌の良し悪しは重要な点だった。
    実際にマボロが機嫌の良し悪しで迷宮探索を止めたことはないのだが、酒を飲んで昼間の出来事を忘れたいこともあるのだろうと考え、程々にしろ。とだけ背中に向けて声をかける。機械の腕をひらりと上げて「煙水晶」ギルドの宿部屋の扉がしまった。


    その音は、やはり心の音なんだろうか、と。
    治療道具を片付けながら、彼への接し方に頭を悩ませた。
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