不器用な私ができるひとつ•
不器用な私ができるひとつ
真っ青な空に桜が舞う。
春は空を見上げる季節の代表だ。
青とピンクのコントラストは、何故こうも泣きたくなるほど美しいのだろう。
景色に飲まれて校門近くの並木を見上げていると、声がした。
「トレーナーさん、おはようございます」
振り返れば、藤色の髪をさらりと靡かせた、私の担当バ。メジロマックイーンが立っていた。
「おはよう、マックイーン。今日は早いね」
「はい。その、待ちきれなくて」
その意味を理解していた。今日は一年に一度の日、君がひとつ大人になる日。四月三日は、私にとっても特別な日。
「そんなに祝って欲しかったの?」
少し意地悪に言うと、マックイーンは拗ねたように言った。
「ダメですの?一番に祝って頂きたいと思うのは」
「ううん。ダメじゃないよ、マックイーン。誕生日おめでとう」
愛しさを込めて言うと、マックイーンは桜の舞う並木の中で微笑む。
「やっとひとつ歳が取れましたわ」
その言葉に私は反射的に言葉を返す。
「取れました? 取っちゃった、ではなくて?」
そう言ってから、さすがにまだマックイーンは年齢を憂う歳じゃないかと思った。
「えぇ、歳が取れて嬉しいんですの」
マックイーンは、胸に手を当ててやけに明るいトーンで言った。
私は不思議に思いながら幼いからこそ、そう思うんだろうなと思った。
「そっか、うん、そうだね、本当におめでとう。マックイーンの一年がとても素敵な一年になるよう今年も隣で祈っているよ」
私は臆面なく言って、二人で並木を歩き、トレーナー室に向かう。和やかな瞬間、誕生日に晴れた桜並木を二人で歩けるだけで、本当に幸福を感じる。
その幸福をさらに強いものにしたくて、私は提案する。
「午後のトレーニングが終わったら、メロンパフェ食べに行こうか」
いつからか、それがとても豪勢で特別な日に二人で食べる物の代表になっていた。だから、きっとマックイーンもいつも通り喜んでくれるだろうと思っていた。しかし、マックイーンはとても複雑な顔をする。
「メロンパフェ、ですわよね……」
その声のトーンに少し焦る。
「え、あ、マックイーン?メロンパフェ嫌だった?」
きっと喜んでくれると思っていたのに。マックイーンはゆっくりと未だ複雑そうな顔で首を横に振る。
「いいえ、嬉しいですわ。ただ、いくつになったら……いえ、なんでもありません。トレーニング後、楽しみですわ」
明らかに本心を隠したことが分かった。
こんなに素敵な日なのに。今日はすべてが輝いて見える日なのに。どうしてそんな複雑な顔をするのか、私はたまらず聞いた。
「マックイーン、教えて?何を言いたかったのかを」
「その、それは……」
目が伏せられる。私は怖くなる。
誕生日に、こんな顔をさせてしまうなんて。
「私には……言いたくないこと?」
恐る恐る聞くと、マックイーンは小さな声で言った。
「いいえ、ただ、あと何回誕生日を迎えたらいいのかと、そう思っただけですわ」
その言葉を理解するのは難しかった。
一体どう言う意味なのか。それは本人に聞くしかない。
「ごめん、どういう意味?」
探るように聞く。マックイーンは、少し寂しげに言った。
「トレーナーさんは、いくつの時に誕生日プレゼントがおもちゃやゲームではなくなりましたか?」
突然の言葉に、私は「うーん」と唸る。
「小学校六年生、とか? そのぐらいだと思うよ」
答えると、マックイーンは頷いていた。
「私も同じぐらいでしたわ。でも、私がどれだけ歳を取ろうと、トレーナーさんとの歳の差は変わりません。トレーナーさんはきっとこの先もずっと、私のことを年下の子として、自分より幼い子として接してくださるのですよね。それもとても嬉しいですが、でも、どうなったらそれは変わるのでしょうか」
私はたまらず「え?」と聞き返す。
「私だって、もう大人だと。年齢を重ねるのと同じように誕生日プレゼントの内容も重さが増して、トレーナーさんに大人だと認められる日は、果たして来るのでしょうか」
まさか、そんな風に言われるなんて思わなかった。幼いなんて思ってない。けど、マックイーンはいつだって、私にとってはどれだけしっかりしてても格好良くても年の離れた女の子。
「マックイーン、それは……」
「えぇ、分かっていますわ。貴女にとってみれば私はいつも幼い子。でも、いつかはメロンパフェではなく、静かなレストランに二人で行けるようになりますか?いつかは、私の言葉にも責任が出て、トレーナーさんに深く言葉が伝わる日が来てくれますか?」
その時に、私は思い出した。
学生時代、半日で授業が終わった日、結婚式場の前を通るとウェディングドレスを着た女性が写真を取っていた。
私は思った。いくつになったら、この白いドレスを綺麗に着れるようになるのだろうと。その感覚に、これは似ているのではないかと思った。
「マックイーン、君はもう充分大人で……」
上手い言葉が見つからず、私は辿々しく何かを伝えようと必死になる。
察したマックイーンは寂しげに言った。
「ごめんなさい、トレーナーさん。困らせてしまいましたわね」
二人で立ち止まる桜並木の下。
藤色の髪が切なげに風に巻かれる。
私はその光景に、何故か泣きたくなるほど美しいと思ってしまう。
青とピンクを混ぜると薄い紫になるのだと聞いたことがある。それも昔の話。学生時代に聞いた話。
私は、帰りに目一杯格好つけて渡そうと思ったプレゼントを急いで取り出す。
「マックイーン、これ、貴女に」
手にあったのは子供っぽいプレゼントなんかじゃない。選び抜いた、渡そうか迷っていた、マックイーンの年齢にしては少し重いブランドのブレスレット。ブランドだから良い訳じゃない。けれど、これはマックイーンのことをどれほど想っているのかがバレてしまうほどの言い訳の効かないプレゼント。明確な大人同士のプレゼント。
マックイーンは、不思議そうな顔。
開けたら分かってくれると信じている。私はもうマックイーンを子供だなんて思っていないことを。
「誕生日、おめでとうマックイーン。マックイーンはもう充分に大人だよ。私はそう思ってる」
年齢は、ただの指数だ。
マックイーンが私を大人だと思ってくれるから、私は大人になれる。だから、マックイーンが大人を望むのなら、私もそうやって接しよう。まだ子供でいて欲しい反面、大人への背伸びに私は手助けを。
マックイーンは、プレゼントを開けて目を輝かせていた。
嬉しそうに微笑み、藤色のを髪を揺らして桜並木でそのブレスレットを身につける。
学生服にはあまりに重いプレゼント。
ひとつ、君はまた歳を取る。
毎年、桜の咲く時期に。
美しいコントラストは成長をする君に収束する。
青い空とピンクの桜に息を飲む理由がやっとわかった。