友達の初恋「えっ、ホントに?好みと全然違うじゃん」
「好み?誰の?」
「誰って……リョータのだけど?」
宮城と安田は顔を見合わせ、目を丸くした。お互いに話しが噛み合わず驚いたのだ。
中学でも共にバスケ部として汗を流した二人は同じ高校へと進んだが、宮城は『バスケ部に入るか迷っている』と言った。高校でも一緒にバスケができると思っていた安田は驚いたが、理由を尋ねると『バイトしたいから』と言った。
確かに、宮城家が裕福でないことは安田も理解はしているので強く言えないでいると、たまたま宮城の家族に会い『私立ならともかく公立だし、部活くらい大丈夫なのに』と宮城の母はため息をついた。活発な妹も『ヤスからもバスケ続けるように言ってよ!』と肩を叩かれた。本人が決めることとはいえ、誰よりも宮城のバスケを近くで見てきた安田だって、続けてほしいと願っていた。本人が断ったとはいえ、強豪校のスカウトだってきた実力者だ。中学で辞めるのは勿体ない。何より、宮城がバスケを大好きなことを知っていたからだ。
こうして、一足先にバスケ部の入部を決めた安田の勧誘作戦が始まったのだった。
しかし、勧誘作戦はあっという間に手詰まりとなった。元全日本選手と噂の監督は予想以上の高齢で、練習にも熱心とはいえない。たまにくれる、声掛けは的を得てるし優しいのは良いが。
監督の代わりといっては何だが、練習を仕切る2年生は真面目で宮城と相性が悪そうだ。おまけに、やる気のない3年生とも衝突気味で部活は常に緊張感がある。同級生達は経験者かつ大人しいタイプが多いので、安田はうまくやっていけそうと思っているが、宮城を『バスケ部に入りたい』と思わせるには決定力に欠ける。ボールの準備をしながら、そんな事を考えていると体育館に元気な声が響いた。
「チュース!」
他の部員と違い、少し高い声の挨拶に部員たちも挨拶を返した。
「マネージャーが1番元気だな」
先輩たちが冗談混じりに笑っていると、マネージャーは部活の準備を進めていた。
中学の部活ではマネージャーはおらず、下級生や控えの選手が順番にマネージャーの業務をこなしていたので『美人な女子マネがいれば』という妄想は部活仲間と何度も繰り返された。そんな時、宮城はその話しにあまり乗り気でなかった。みんなの前では相槌を打ってはいたが、安田にはあまり興味がないように思えたので2人きりの時に尋ねてみると『別にバスケ詳しくないヤツがチームにいてもジャマじゃん。バスケ好きなヤツならいいけど』とクールな反応だった。そういえば、同級生の間で可愛いと噂の女子にだって宮城は興味を示さない。部活仲間と好みのタイプの話しになった時も『大人しい方がいいかな』とか『髪は短いほうがいいかも』『胸もお尻も無くたっていいよ』など曖昧な表現が多く、中学時代は好きな人の話しは出なかったし、隣にいた安田から見ても特別な感情を持っていた相手はいないように思えた。
そんな記憶から男子部員なら夢見る『美人な女子マネがいる』というカードをきっても、宮城をバスケ部に勧誘することは難しいだろうと頭を抱えた。
マネージャーとなった彩子は、大きな瞳とウェーブヘアが特徴で同級生の中でも大人っぽい美人と評判だ。また、明るく話しやすい性格で、成績も優秀。中学時代はプレーヤーとして活躍していたそうで、バスケに対する知識も豊富だった。そんな彩子と部活仲間として親しくなれるのは、安田だって嬉しかった。
「ヤッちゃん、どうかした?」
「いや、何でもないよ」
つい考えこんで準備の手が止まっていたので、彩子に声をかけられてしまった。恋愛感情を持っているわけではないが、大きな瞳に見つめられるのはまだちょっと慣れない。安田は自分の顔が赤くなっていないか心配になった。
「あーあ、もっと部員増えないかな。ヤッちゃんのクラスに中学バスケ部だった人とかいない?あ、未経験者でもいいけど。基礎なら私も少し教えられるし」
バスケ部の入部希望者は運動部の中では少ないので、彩子は悔しそうに頬を膨らませた。
「クラスは違うけど、同じ中学でバスケやってたやつがいるんだけど……高校ではバイトしたいとかで、部活入るの渋ってるんだ」
「あら」
彩子は安田の発言を聞くと、長いまつげをパチパチとさせ「高校生になったなら、バイトしてみたいってのもわかるけど」と呟きながら顎に手を当てた。
「俺よりずっと上手いし、バスケしてるリョータはカッコいいから続けてほしいんだけど。本人が決めることだからね」
「へぇ、そのリョータくん、入ってくれるといいわね」
「うん。せっかく同じ高校だし、また一緒にバスケできるといいな」
大きく笑う彩子も見ながら、安田は『女子が苦手なリョータでも彩子なら仲良くなれそうだけどな』と思った。
翌日、安田が宮城のクラスへ行くと、宮城は机に伏せて寝ていた。
「リョータ!お昼一緒に食わない?」
「おう」
やる気の無い返事をしながら、顔を上げる宮城の表情は暗い。
「どうかした?」
「ん。昨日、バイトの面接行って」
宮城はゆっくりと立ち上がると、お弁当の入った袋をバッグから取り出した。
「どうだった?」
「ダメだった。接客向いてねえって」
背中を丸めた宮城はいつもより小さく見える。
「どこ受けたの?」
「学校と家の真ん中くらいのコンビニ。家から近くても、学校から近くてもヤダし」
「ふーん。まぁ、わかるけどね。接客向かないの。だって、リョータ、バスケ以外であんまり笑わないし」
思い当たる節があるのか、宮城は一瞬固まってから、気まずそうに乱れてもいない髪を触った。
「楽しくないのに、笑うとか無理だろ」
「俺も働いたことないからわからないけどさ、お金を稼ぐってそういう事なんじゃない?」
二人は距離を保ったまま、黙って歩いた。安田も言い過ぎたかと思ったが、事実なのだ。宮城はバスケをしている時は本当によく笑うのだから。
そういえば、食べる場所を決めてなかったと安田が食べられそうな場所を探そうと、横を向いていると前を歩く生徒にぶつかってしまった。
「すみません」
自分のよそ見が原因で相手にぶつかってしまったので、安田は直ぐに謝ったが目の前に広がる背中は大きかった。
「1年か?いてぇな」
2人よりしっかりした体つきの上級生が振り返り、睨んできた。安田は再度「すみません」と謝るが、隣の宮城は相手を睨み返していた。
「オイ、1年。何だその目は?」
「こっちが謝ったのに、センパイこそなんすか。ここのセンパイがたは下級生にぶつかって痛むくらい弱いンすね」
宮城の発言にぶつかった本人以外周りにいた上級生たちも、振り返り宮城を睨んだ。
「少し早く生まれたからって偉そうにすんなよ」
「お、おい、リョータ、よせよ」
安田は上級生に頭を下げながら、宮城の腕を引いた。言わなくても「ここから逃げるぞ」という合図だ。同時に上級生が腕を振り下ろしてきたので、宮城はそれをかわすと走り出した。安田も再度「すみませんでした」と頭を下げ、宮城を追った。2人は上級生たちが追う気も失せるほどの速さで走り抜けていった。
「あーあ、弁当、ぐちゃぐちゃだよ」
「味は変わんねぇよ」
結局、宮城のクラスまで戻った2人は、持っていた弁当のことなど気にせずに走ってしまったので弁当箱を開けた時に2人同時に肩を落とした。
「流石にこれはヤバいな」
「味は変わんないんでしょ?食べよう。お腹すいたな」
「だな」
2人がお弁当を食べ始めた時だった、廊下から視線を感じた。さっきのやつらが追ってきたのか、宮城が顔を上げると、視線の主は知らない相手だった。安田の知り合いかと、安田に視線を送ると「こっち見てるけど、リョータ、知ってる?」と返されてしまい、宮城は首を横に振った。もう一度、廊下を見ると相手は教室に入ってきた。
「突然、ゴメンね」
謎の人物は優しい口調だったので、さっきの先輩の仲間ではなさそうだ。2人は「はい」と箸を止めた。話しを聞くと、2人に声をかけてきたのは陸上部の2年生だった。さっきの2人の走りを見てスカウトに訪れたそうだ。安田はすでにバスケ部へ入部したことを伝えると、すぐに諦めたが、無所属の宮城への勧誘は激しかった。そもそも、安田も宮城に着いていくのに必死だった。宮城の方が足が速いのだから。勧誘のメインが宮城であることは最初からわかっていたのだ。結局、陸上部の2年生は昼休み終了の時間が近づき「考えといて」と去っていった。2人は急いで、弁当を胃袋に詰めた。
2日後、今度は宮城が安田のクラスを訪れた。
「ヤス、飯、行こうぜ」
「うん」
廊下から安田に声をかけた宮城に気付いた、安田が弁当の入った袋を取り出すと廊下へ出た。
「どっか静かに食えるとこない?」
宮城は辺りをキョロキョロと見回して、いつもより小声で話している。
「じゃ、体育館通路は?今は体育館使えないし人居ないんじゃない?」
「そんなとこあるんだ」
唇をちょっと尖らせて面白くないと思う、宮城の顔を安田は眺めた。
「部活でいつも通るから」
「ふーん」
聞けば、宮城はコソコソしていたのは、先日のからの陸上部の勧誘が続いているからだった。
「また放課後来たらどうしよ」
「じゃ、バスケ部の見学に来なよ」
眉間に皺を寄せて悩む宮城は箸を噛んだ。
「そりゃ他のスポーツやるなら、まだバスケの方がマシだけど」
「ちょっと厳しいけど、2年のセンターの先輩は上手いよ」
安田は赤木を思い浮かべた、性格的には宮城とは合わなそうだが実力的にバスケ部で一番上手いのは赤木だった。もし、2人がうまくいけば、これまで以上の成績も夢ではないかもしれない。
「でも、部活、金かかんじゃん。俺より頭良いんだし、アンナに少しでも残しといてやりてーじゃん」
宮城はパンを噛りながら、目を細めた。
「やっぱそのこと心配してたの?俺、この前、おばさんとアンナちゃんに会ったけど公立なら学費も比較的安いし、部活入ってもどうにかなるってさ」
「お前、いつの間に……母ちゃんも、アンナも俺には何も言ってねぇぞ!?」
2人と安田が会ったことすら、知らなかった宮城は驚いたが、安田は対象的に冷静で「いただきます」と手を合わせていた。
「リョータはちゃんと聞いたの?」
宮城の家族関係がうまく行っていないことは安田わかっている。宮城はほとんど母と会話しない。妹がいて、3人だと何とか喋る程度なのだ。
バイトや部活のことだって、家族には話していないのだ。
「リョータ、そういうとこあるよね」
「どういうとこだよ」
「大事な事を言わないことだよ。ちゃんと言いなよ」
安田は一度だけ言うと、それ以上は何も言わなかった。宮城も否定とも肯定とも取れないような曖昧な相槌を打つと、2人は静かにお弁当を食べ続けた。
「リョータ!良かった、来てくれて!」
その日の放課後、宮城は体育館を訪れた。宮城は通路側から体育館を覗いた。
「また陸部来たから、逃げてきた」
「そっか。今は準備中だから、先輩たちはまだ来てないけど、雰囲気見てから考えてみてよ」
「おう」
安田はまだ家族に相談してないし入るかはわからないが一歩前進だと思った。その時だった。
「チュース!」
2人の横をマネージャーの彩子が通り過ぎた。安田は「チュース」と返すと、彩子が振り返った。
「ヤッちゃん、チュース!あら、お友達?」
彩子は安田に並ぶ制服姿の宮城に興味を持ったようだ。安田も宮城から彩子へ視線を移した。
「リョータ、彼女はマネージャーの彩子。俺らと同じ1年だよ。彩子、ほらこの前話した、中学一緒だったリョータ。今日は見学に」
まだ入るかはわからないけど、と安田が続けようとした時だった。
「入る」
「え?」
「俺、バスケ部入ります」
「えぇ!?」
安田が宮城に視線を戻すと、これまで見たことのない表情をしていた。目を見開き、頬は赤い。背筋もピンと伸びている。
「え!?ホントに?じゃー、入部届け持ってくるから待ってて!善は急げよ!!」
そう言って、部室に戻る彩子の様子を2人は視線で追った。
「アヤコちゃんか……」
宮城の熱っぽい言い方に、安田は視線を宮城に移した。宮城は唸りながらその場に座り込んだ。ここまで彼が感情を出すことはこれまで安田は見たことが無かった。
「ヤバい、めっちゃタイプなんだけど、彼氏とかいるのかな?」
「えっ、ホントに?好みと全然違うじゃん」
「好み?誰の?」
「誰って……リョータのだけど?」
宮城と安田は顔を見合わせ、目を丸くした。お互いに話しが噛み合わず驚いたのだ。
「だって、中学の時言ってた好みと違うじゃん」
「あぁ。あれは、まぁ、なんつーか、別に好きな子とか好みとかわかんねぇから、イヤじゃ無いタイプ適当に言っただけだから」
「えぇ〜」
頬を赤く染めた宮城は、手で頬を冷まそうとしているのか両手を頬に当てている。
「チームが勝ったら、彼女喜ぶかな?」
「うん、それは、そうじゃないかな」
どうしよう、あんな美人初めて見た。とか、何組だろ、何で今まで気付かなかったんだ。とか、ボソボソと呟いている宮城の横に、安田もしゃがんだ。
確かに、中学時代、彩子のようなタイプはいなかったので宮城が自分の好みを自覚できなかった、というのもわかる。でも、こんな一気に人を好きになるってことある?あぁ、これが、一目惚れってやつか。その上、多分、初恋なんだろう。
「じゃ、リョータが部活入って活躍しないと」
「そうだな。帰ったら、母ちゃんに相談するわ」
宮城は立ち上がるとこれまで見たことないくらい、ワクワクしていた。これまで、安田にとっては年相応かどちらかというと年上のように落ち着いて見えていた宮城がまるで子供のように見えた。
「リョータとまたバスケできるなら、俺は嬉しいよ。彩子とも仲良くなれるといいね」
「ん?つか、ヤス、アヤコって読んでんの?」
宮城は不満そうに唇を尖らせた。
「あ、うん。本人がそう呼んでって言ったから」
「1年みんな?」
「うん」
安田は返事をしながら立ち上がった。
「俺も呼ばせてくれるかなー」
「大丈夫じゃない?先輩たちもみんなそうだし」
2人が話している側を、他の部員たちが「チュース」と挨拶しながら通り抜けていく。
「いや、待てよ、みんなと違う呼び方の方が特別っぽくないか?」
「え、気が早くない?」
こうして翌日、無事にバスケ部に入った宮城は先輩への挨拶より先に彩子へ挨拶を済まし「アヤちゃんって呼んでいい?」と尋ねるのだった。