きっとそれで正解君と出会った日のことを、僕は今でも鮮明に覚えている。
鏡のように似た姿、同じ名前、同じ過去を抱えた僕達。
それなのに君は、僕よりずっと自由で、優しくて、真っ直ぐだった。
「こんな風に惹かれるのは、おかしいよね」
君が笑いながら言ったあの日、僕は何も言えなかった。
だってその笑顔が、僕の胸を痛いほど締めつけたから。
愛されることが許されない存在。
でも、惹かれることは、きっと――避けられなかった。
夜の風が、ふたりの距離を縮めた。
君の手がそっと、僕の指先に触れる。たったそれだけで、僕は心臓を打ち抜かれたみたいに息を詰めた。
手のひらが重なる。
熱が伝わって、鼓動が同じリズムを刻み始める。
「ねぇ、目を閉じて」
君の声が、耳の奥で優しく響いた。
僕は素直に従う。闇の中、君の気配だけが濃くなる。
そして、唇に触れたのは、柔らかくて、あたたかくて、少しだけ震えているキスだった。
重なるだけの、浅くて、深い口づけ。
心をなぞるように、やさしくて、ひどく切なかった。
唇が離れる寸前、君が小さく息を呑むのがわかった。
その音に、僕の奥がざわめいた。
「⋯⋯ごめん、止まらなくなりそう」
そう囁いた君が、どうしようもなく愛おしくて、僕はそっと君の首に腕を回す。
「いいよ、止まらなくて」
その瞬間、君の胸の奥で何かが崩れた音がした。
僕もきっと、同じだった。
唇が、もう一度重なる。
今度は、さっきより深く、迷いがなくて。
舌先が触れ合うその一瞬、世界のすべてが甘く溶けた。
肌の熱がゆっくりと伝わって、身体の奥がやわらかく震える。
でも、それ以上はしない。
きっと、それが僕達の選んだ正解。
ただ寄り添って、唇を重ね合う夜。
誰にも許されなくても、君といるこの時間だけは――嘘じゃなかったから。
「ねぇ、僕たちって間違ってるのかな」
問いかけると、君は少し考えてから、微笑んで答えた。
「わからない。でも⋯⋯きっとそれで正解なんだよ」
その言葉が、僕のすべてを肯定してくれた気がして、もう一度、そっとキスをした。
終わらない夢みたいに。
君の唇の形を、温度を、今この瞬間だけは全部、僕のものにしたかった。
それを欲しいと思う気持ちが、誰かに否定されても構わないと思えた。
唇が離れて、君と目が合う。
その瞳に映る僕は、少しだけ泣きそうで、けれどちゃんと笑っていた。
「明日も、君に会えたらいいな」
ふと零れた僕の言葉に、君はそっと頷く。
「うん。明日も、明後日も。その先も、ずっと」
その願いが、叶うかどうかなんてわからないけれど。
でも今は、君の温度がここにある。
それだけで、僕は生きていける気がした。
だからきっと、これが――正解なんだ。
-END-