深夜の生クリームフェア 東京は二十四時間働き続けている。
[[rb:月山元>つきやまはじめ]]にとって有り難いことに、この街は夜中の働き口に困らない。
新聞配達、警備員、荷物の仕分け、工事現場、そして何よりも数多く点在するコンビニエンスストア。少し注意して街を歩けば、其処此処にアルバイト募集と書かれた張り紙を見つけることが出来た。
「いらっしゃいませー」
深夜のコンビニに出入りする客は、夜の住人であることが多い。夜勤中の休憩、深夜まで働いて家へと帰るもの、酒のつまみやタバコを買いに来るもの。
「ハイライト」
「ハイライトですね。何箱ですか」
「あー…三つ」
その客はオーナーの知り合いだという男だった。中年の白髪交じりの男で、飲食店をいくつか経営していると店長から聞いたことがある。
「おい、アンタ」
内心、また始まったかと月山はウンザリした。
何故、客の一人に過ぎない男のそんな話が月山の耳にも入るのかといえばこの男が店員にしょっちゅう絡んでくるからだった。
「消毒用アルコールが棚に無かったぞ」
タバコを手に振り返りながら、月山は仕事用の愛想笑いに加えて軽く頭を下げる。
「申し訳ございません」
「このご時世に、客が病気になっても構わねえってことか?」
棚から取り出したタバコをスキャンするか、手を止めるか。月山は迷いながら、結局スキャンした。おそらく男は何か言ってくるに違いないのだが、しなかったらしなかったで、何をグズグズしているのかと言う。どちらにせよこの男は一言言わずにはいられない客だった。なので、かかる時間は結局変わらない。
「おい、聞いてんのか!」
店内にはバックヤードで休憩中の店長と月山と、この客しか居ない。
「はい、消毒用アルコールが品切れだったんですよね。申し訳ありません」
この日も結局、他に客の居ない店内でネチネチと十分以上小言を言って男は会計を終えた。……なのだが、彼は帰らなかった。
「……?」
「あ、一番ありがとね月山くん」
「店長、鈴木ですって」
休憩から戻った店長に苦笑する月山の胸元の名札には、『鈴木』の偽名が記載されていた。昨今、防犯の観点から、店員の本名は伏せて源氏名のようなものを名札に乗せていると聞いたときは驚いたが、この店長はちょくちょく月山を本名で呼んでしまう。
雇われの店長はシフトの穴を埋めるために長時間店に居なければ行けなかったり、オーナーとバイト達の板挟みにされたりとやつれた印象の男だった。