てのひらの上の 僕の手の中に囲われたものを見て隆俊はとびきり変な顔をした。
「ツカサ、それは……?」
「隆俊のぬいだよ」
「ぬい」
体格にも上背にも恵まれた屈強な男が口にするには似つかわしくない言葉が神妙な響きで繰り返されたことに可笑しくなる。
「好きな相手を模った布製のマスコットを愛でる文化は君も知っているだろう?」
百科事典によると2020年代頃から主に女性の間で持て囃され、十数年前にも何度目かになるリバイバルブームがあったらしい。彼の学生時代だ。
「いや、知っているが、何故お前が俺の、その、ぬいぐるみを……」
「ちょうど娯楽品の生産枠に空きがあったから作ってみたんだ。布製の立体
物は初めて設計したけど、よく似てると思わない?」
筆で引いたような凛々しい眉と、ちょっと疲れた目元にぎゅっと引き結んだ口元。骨董品の専用アプリケーションに何枚か写真を放り込んで提示させたデザイン案はどれも納得がいかなくてかなり自分で弄った自信作だ。
彼によく見えるように頭と体が半々の割合の小さな体をぴょこぴょこと踊らせてみる。共通素体であるところの合成綿花が詰まったボディは押したり摘まんだりすることで容易に動かせた。骨格に相当するものは入っていないから、すぐに手足を放り出した元の形に戻ってしまう。
暢気な表情を変えないぬいぐるみとは対照的に隆俊の眉間の皺は深まった。
「嫌だった?」
「そういうわけではないが……」
「ならよかった。子供の遊びだとばかり思っていたけど、こうして手に置いてみるとなかなかどうして愛しいものだね。君の分の僕も作ってあげようか?」
自分の似姿なんて面白くもないが隆俊に可愛がられるならまんざらでもない。規格通りのサイズなら彼の掌にすっぽり収まってしまいそうだ。
「それは、その、どうするんだ」
僕の提案を無視して隆俊は言った。
「どうもしないよ。傍に置いておくだけ」
愛好者の間では外出に連れ歩いたり写真撮影をする習慣もあったようだけれど、生憎と宇宙のコロニーでは天体しか見せてあげられない。現実空間に風景でも投影すればそれらしくなるだろうか。少し手間だな。
ソファに足を上げて、抱きしめるには小さすぎる身体をそっと囲う。隆俊はここにいればいい。
本物の隆俊と違って首に対して大きすぎる頭は人差し指で撫でると意志も無いのにこくりこくりと頷いた。
「……楽しそうだな」
「やっぱり隆俊のも作ろう」
決定事項だ。脳内タスクの優先事項に並べておく。彼の整頓されているばかりで飾り気のない部屋に間の抜けた二頭身のぬいぐるみがあるときっと面白い。
「仕事には連れて行かんぞ」
「……なるほど。それはいい考えだ」
隆俊は今度こそぎょっとした。だけど安心してくれ、君の心配には及ばないし僕を安売りするつもりもない。
ぬい――小さな隆俊の定位置は自室のデスクに決まった。エンジニアに伝わる伝統的なおまじないを踏襲してアヒルの置物を据えていた場所だ。このアヒルで用が足りない時は大きな隆俊を呼んで、訳が分からなくとも相槌を打ってもらっていたけど、これなら丁度いい。
「僕が困っていたら助けてね?」
喋りもしない、動きもしない、ただそこにあるだけの存在を嬉しく感じるなんて初めての経験だ。
僕は満足して隆俊への贈り物の設計に着手した。
2023.02.11
ゆえさん(@kyou4523)アイコンお礼