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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ。ツカサの欠点の話。

    愚かの小唄 沖野の隣で過ごすことは既に比治山にとって日常になっていた。自分より少し下の方にある貌をひっそり見詰めては怜悧な横顔に幸福が滲んでいることに満たされ、視線に気付かれて目が合ったならその場で出来る限りの方法で愛を伝えた。恋人との無為の時間はただ穏やかで、限りがあるはずのひと時をいつまでも続けたいと願ってしまう。
     しかし今日はそこに看過し難いものを見つけた。傷だ。血色の薄い沖野の頬に薄っすらと赤い線が横にひとつ走っている。近くでよく見なければ分からない程度のそれは怪我というより不注意の部類に思われた。
     比治山は真っ先に自分の爪を確認した。彼の頬に最も触れるのは自分に違いない。だが、日々気を付けているだけあって特に原因になるような様子は見当たらない。それならば本人の爪だろうか。

    「ツカサ」

     意図を測りかねている沖野の両手を取ってよく見るも、深爪気味ながら整えられていて問題はなさそうだ。そういえば最近掻き傷をつけられた覚えがない。時折噛んでしまう癖があるらしい沖野の爪は手入れが悪いと思わぬところが尖ったままになっていて簡単に傷を作る。彼も気を付けてくれているのかもしれない。だが、それならば何故。

    「どうしたの? 隆俊、難しい顔してるよ」

     沖野の手は比治山の手を離れ、眉間に寄っていたらしい皺に止まった。ぐいぐいと遠慮なく伸ばす手付きは乱暴で、およそ遠慮というものがない。沖野は自分の知らない事柄で比治山の表情が険しくなっていることを嫌うのだ。
     それは今回の場合、誤解だ。今度は手首を取って膝の上にしっかりと置き留める。特段の抵抗なく素直にされるがままなので、自分の表情はいくらか柔らかくなったのだろう。追及されないうちに口を開く。

    「頬が」
    「頬?」

     沖野は比治山の頬をよく見ようとして、ようやく気が付いた。

    「ああ、これか」

     自分では見えないはずの傷を正確になぞる。近くで見ても分かる通り、大した傷ではない。一日も経てば殆ど消えているだろう。それでも沖野の容貌が整っているだけに一度気付いてしまうと必要以上に目立つように思えた。

    「隆俊は本当に僕が大事だね」

     恋人の表情を変えさせた理由が分かるとあっさりと機嫌が良くなって、沖野は満足の笑みを比治山へ向けた。しかしすぐに痛みではない色彩で表情を陰らせた。口元はまだ笑みを浮かべているが、目には悪辣と蔑みを滲ませる、比治山にはあまり見せない部類のものだ。その意味に気付かない比治山ではない。

    「誰にやられた」

     眉間の皺は先程よりも俄然深くなったが、今度は沖野も機嫌を損ねない。むしろその反応を待っていたとばかりに笑みを深めた。

    「うちの部門の下っ端だよ。紙束を投げつけられたのが掠ったんだ。信じられる? 彼は紙のメモと資料が無いと仕事にならないらしい」
    「それは……たまに居るだろう」

     多くがデジタル化されて何事にも紙を使う文化は一世紀以上前に廃れている。それでも特殊な環境下での利用や、アナログの感覚を求める人のために紙の利用は無くなっていない。比治山も海兵隊時代からの習慣で紙の手帳を重用している。

    「僕はデータを検索すれば三分で分かることを一時間も紙を眺めて分からないと言った暇人に懇切丁寧に教えてあげる時間なんて持ち合わせていない。ここには優秀な人間だけが集まっていると思ったんだけど」
    「……。まぁ、そいつの態度に問題があることは確かだ」

     沖野の態度に問題が無かったとも断言できないが。
     むしろ、そうだったのであろうと比治山は推測する。普通の、努力しても出来ないことがある人間に共感できないのは生まれた時から天才として人生を歩んできた沖野の欠点だ。適切な情報と時間があれば誰もが何もかもを理解できる、そうでないのはその人の怠慢だと信じて疑わない。
     比治山のかつての職場では多くの人間がそうではないからこそ、厳しい訓練と規律が敷かれていた。文字通り骨身にしみるまで身体に叩き込まれてようやく使い物になる者が大半だ。さしたる使命感や目標もなく平和なデスクワークに励む凡夫では誰も沖野のようにはなれない。
     だが、何もかも持つものは存在するだけでそれらを持たない人間のコンプレックスを強く刺激する。彼の整った容姿もその一つで、無条件で好意を持ってしまう魅力が軽蔑の色を見せた時、それは必要以上に相手を動揺させる刃となる。
     それでも物理的な暴力に訴えるのは許されざることだ。ましてやツカサを傷つけるなど――個人的な感情で苛立ちと嫌悪が余分に募る。

    「相手は今頃荷物をまとめているから心配しないで?」

     沖野の指が比治山の頬を辿る。彼につけられた傷と同じ場所であるはずが、単純なことにそれだけで心が凪いで行く。
     努めて息を吐き、沖野の手に触れた。
     古巣での訓練は比治山に自分の感情を自覚させ、コントロールするスキルを身につけさせた。人間にはどうしようもなく感情がある。感情とは必要不可欠な原動力でありながら非合理で、時に損害すらもたらすものだ。感情に囚われることが自他の安全に直結する環境では、それを如何に扱うかが生死を分けることすらある。比治山は今まで上手く己を律して振舞えたはずだ。
     しかし沖野のこととなるとどうも歯車が狂ってしまう。そしてそれを望むものだと思ってしまう。

    「ツカサ」

     薄く皮膚が出来つつある傷口に舌を這わせる。衛生的にはとても褒められない行為だ。だが、そうしたいという欲求を抑えられなかった。恋人がそれを受け入れてくれるかどうかは疑うまでもない。事実、得意げに目を細めているではないか。

    「ふふ、くすぐったいよ、隆俊」

     不愉快な瑕疵など塗り替えてしまえ。
     人は愚かだ。


    2023.03.04
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