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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ。☕

    コーヒーについての閑話 こういうの用意してみたんだけど、使い方、知ってる? と箱に入ったままのコーヒーミルを見せると隆俊は少し驚きながらも個人的な喜びを隠せないという顔をしてくれたので僕は密かに安堵した。
     恋人が喜んでくれるのは嬉しい。けれどまだ、「僕」以外で彼をそうさせる方法はよく分からないでいた。今日は成功だ。


     隆俊と半ば同棲のような生活をするようになって、それなりの時間が過ぎた。
     いくら敷島の巨大コロニーといえど、宇宙空間内で限られた居住スペースを最大限効率化して各人が生活する場所を作り出している以上、その暮らしは地上と同じとはいかない。少なくとも居住場所を選択する自由は無く、会社からデスクを割り当てられるような調子で役割や役職によって住む場所が決められている。
     僕は外部から招集された研究者というお客様なので、それなりに給料をもらっている人間が地球上で暮らすならばこれくらいの部屋に住むだろうという、宇宙にしては十分以上の広さのものを与えられていた。
     一方で彼の部屋は――初めて訪れた時は驚いた。ダイニングの片隅にベッドが添えてあるのかと思うほど狭い室内に、あとは洗面所と浴室がくっついているだけの簡素な個室だ。寝るだけを目的にしたビジネスホテルの一室よりなお狭い。僕はこんな部屋に住んだことはない。どうにかシングルサイズのように見えるベッドも身体の大きな隆俊には不便だろう。
     そんなわけで引っ越しの自由がない僕たちは、最初から快適性の追及されたダブルベッドが据えてある僕の部屋で過ごすことが当たり前になっていた。

     自慢じゃないが僕の部屋には何もなかった。生活に必要なものは予め揃っていたから、僕は来た時のままで何かを増やすということをしなかった。隆俊に言わせれば「黎明期の宇宙飛行士でももう少し私物を持ち込んでいる」とのことだ。
     それから僕は必要だと思うものを買い揃えた。冷たい床に敷くもの。作り付けで空っぽだった棚以外に物を選り分けて仕舞える収納。一緒に眠るための柔らかい毛布。音楽や映像をより楽しむためのスピーカー。隆俊が料理を作ってくれるから、そのために便利な調理器具。
     しかし彼はいつしか難色を示すようになっていた。

    「ツカサ、これは、その、少し贅沢ではないか」
    「……そう?」

     特に残高を気にしたことのない僕の財布は全く傷んでいなかったが、気が付けば一度か二度しか使っていないもので溢れているのは確かに非効率だったかもしれない。
     それに、これは最近気が付いたことだが、何もかもを揃えてあげるというのは年上の男の面子を潰す――らしい。特に隆俊のように恋人のために物質的に何かしてやりたいと考える人間には禁忌だ――と言われている。
     隆俊と僕は違う人間で、彼は非物質的に非常に僕を満たしているのだから、僕が少しぐらいそれを返したっていいじゃないかと思わなくもないけれど、目に見えないものと目に見えるものの交換はしばしば釣り合いが取れないと人に認識させることは分かる。
     例えば昔のある修道女は資産家が端金と呼ぶ大金よりも、子供の僅かな貯金からの寄付を尊んだそうだ。人を助けるなら資金はいくらあってもいいだろうに、懐の痛まない行為と身銭を切る行為を比較して、心が大切だと述べたエピソードだ。
     確かに僕の「贅沢」に隆俊がくれた心が釣り合っていると思えない。僕にとっては取るに足りないもので、隆俊と快適に過ごせるのなら何でも用意したいけど、隆俊に過ぎていると感じられるものならば彼はまた窮屈になってしまう。それでは本末転倒だ。意味がないと思っていた道徳教育も隆俊と出会ってから役に立つみたいだ。

     だから僕は話題に出ただけのものをあれこれ買うのは止めた。
     それでもこれは――コーヒーミルは彼がきっと喜ぶと思って、取り寄せてみた。

    「豆の方は好みがあると思って、僕じゃ分からないから用意してないんだけど」
    「いや、十分だ。無人販売機で扱っているところを知っている」
    「へぇ、そんなものまであるんだ」

     隆俊はまだ開けてもいない箱を子供みたいに持ち上げて、回転させては眺めてくれた。


     毎朝、隆俊はコーヒーを淹れてくれる。僕が普段自分で用意して飲むのは眠気覚ましと集中力維持のためのインスタントコーヒーだけで、カップに入れてお湯を注ぐだけで完成だ。だけど隆俊はドリップタイプのコーヒーを「こちらの方が美味い」と言って持ってきてくれた。
     生憎、僕の味覚では苦みだとか酸味だとかそういった繊細な味の違いなんて分からない。けれど少しの時間を使って隆俊が僕のために淹れてくれるものはとても美味しい。
     けれど前に隆俊の部屋で飲んだインスタント、あれだけは別だ。

    「これは何? 君はいつもこんなものを飲んでいるのか」
    「……だから勧めないと言ったんだ」

     インスタントコーヒーなんてどれも全部同じだと思っていた僕が馬鹿だった。それを愛飲しているらしい隆俊の手前、言葉を選んだが「泥水」と言ってもいい代物だった。部屋に戻る前にどうしても目を覚ましておきたくてコーヒーがあれば飲ませてほしいと言ったのに、別の理由で目が覚めた。なるほど目を覚ます効果だけに絞れば間違いなくコーヒーの役目を果たしている。
     隆俊の話によると彼はこれがとてつもなく不味いことを理解しながら、利便性と安価な値段に納得をしてこいつを飲んでいるらしい。僕と違って味覚も嗅覚も飲食を楽しむくらいには発達しているというのに。

    「……警備員の給料ってそんなに安いのかい」
    「この部屋のとおりだ。宇宙にいると何かと割高でな。口に入ればいい時はこれだ」

     まとめて買うと安い、と隆俊は付け加えた。
     そういえば彼の勤めている会社は敷島が警備を依頼した会社の下請けの下請けだった。セキュリティ上は敷島に出向の扱いになっているが、海兵隊出身が多くて宇宙に強いことだけが売りの零細ベンチャーで懐事情は推して知るべしである。
     それで、僕は彼に美味しいコーヒーを飲んで欲しいと思った。そして同じものを僕にも飲ませてほしい。お店でもないのにわざわざ自分で豆を挽いて飲むのは手間がかかるが、特別な気になるし美味しいと彼も言っていた。そういうものなら負担に思わずに受け取ってくれるだろうか。

     結果は成功。そう確信した時、他の何を買った時よりも物質的に満たされた気がした。
     おかしな話だ。実際に満たされたと感じているのは僕の心で、質量にしろ金銭的価値にしろこのコーヒーミルはささやかなものだ。だから「物質的に」というのは間違いなのに、箱から取り出されようとしているそれが僕の部屋に置かれて使われることを考えると、そこにあることが他にない価値に思えてくる。
     そうか、他もこうしていればよかったのか。
     隆俊といると僕は知らないことを知っていく。愛と名の付くものだ。

     外箱を丁寧に折りたたんで隆俊は言った。

    「ツカサ、今から豆を見に行かないか。一緒に選びたい」
    「いいの? 僕は何も分からないけど」
    「構わない。お前を置いて出かけるのも、明日にするのも非効率、だろう」
    「隆俊……、それは効率じゃなくて、……うん、なんだろう。僕には分からないけど、そうだね、君は僕を置いていくべきじゃないし、君がすぐに僕にコーヒーを飲ませてくれようとするのはとても嬉しい」

     外出の身支度をするために洗面所へ立った。鏡に映った僕の顔は隆俊と同じように喜びを隠せないでいた。


    2023.03.12
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