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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ結婚してほしいと祈れば祈るほど本編がつらくなる。タイトル元ネタは音ゲー曲。

    蠍火「ツカサ、地球に帰ったら結婚しよう」
     その言葉は僕に火を灯した。

     僕が隆俊と出会ったのは敷島の依頼を受けてこのコロニーに来てからだ。したがって、僕は彼と地球の土を踏んだことがない。
     まぁ僕はインドア派だから地球にいたって滅多に外出なんてしなかったけれど、彼と交際を初めてコロニー内の娯楽施設へ足を運ぶうちに、そういうのも悪くないと思うようになった。いや、彼とならきっと素敵だ。飲食店に映画館に植物園、ここには福利厚生として小さな紛い物がいくらでもあるが、彼は地球のそれらを知っていて、僕を案内したのだ。
     地球で、彼とデートがしてみたい。
     こういったプロジェクトに付き物の工程の変更や納期の変動を経て、ようやく僕らは半年後に地球に戻ることが決まった。正確には僕と敷島との契約が終わってコロニーを離れることになったので、会社勤めの隆俊は上司に直談判して帰還を勝ち取った。この件に関しては僕も理論武装の方で援護したから二人の勝利だ。彼の上司は苦い顔をしていたらしいが、隆俊の退職をも辞さない態度と僕の入れ知恵が明らかな状況に折れたようだ。
     彼が地球に戻るために職に困ったら僕が養う気でいたけど、無事に仕事を続けられそうでよかった。彼は僕と違って仕事にやりがいを感じている殊勝な人間だ。いくら経験があってもこの年で転職は大変だと聞く。

     そんな矢先のプロポーズ。デートを飛び越えてプロポーズだ。
     僕に縁がある言葉だなんて思わなかった。地球に居た頃の僕は恋愛なんかすることはないと思っていたし、そのために紹介された相手にも興味が湧かなかった。出自如何は全く無関係ではないがそういう人間は統計上数パーセント存在する。僕もその内で、そういった心は少しも無いのだと認識していた。
     けれど今の僕には確かに火が灯っている。隆俊を愛していて、ずっと一緒にいたい。僕が初めて知ったそれは恋心などと言うには生温い。原始的なロウソクのように体を溶かして燃えるものだ。
     彼は大人だし、昔は女性と付き合っていたというから地球に帰ったらもしかすると僕はフラれるかもしれないと覚悟していた。
     閉鎖環境の宇宙と違い、地上には出会いが多い。隆俊にとって僕は夜の箱庭の中でだけ輝いている月にしか過ぎず、白昼では霞んでしまうかも。一般論として、そうして破局したカップルの話は多い。それでも彼のことだからすぐに捨てるようなことはしないだろうし、いくらか思い出は作れるだろう。
     だけど今、将来を共にする約束を貰ってしまった。

    「このコロニーでは婚約指輪は扱っていないそうだ。口約束になってしまうが、どうか信じてほしい」

     指輪の代わりに恭しく口付けられた薬指が震えている。いや、僕の全てが喜びで震えていた。彼は少しも断られる可能性なんて考えていない! それが嬉しかった。

    「……僕が君を信じなかったことなんてあったかい?」
    「出会ったばかりの頃はひとつも信じていただけなかったな」
    「それは対象外だよ」

     どうしてすぐじゃないのと隆俊に尋ねた。申請をすれば宇宙からでも手続きは出来る。まだ恋人の時間を楽しみたいと隆俊は言った。僕はそれに満足して、心配事の解決に取り掛かることにした。
     つまり僕、デザイナーベビーが「籍を入れる」という行為に必要な申請の洗い出しだ。
     当たり前だが僕には人間としての権利があり、婚姻の自由が保障されている。しかし戸籍というものがない。デザイナーベビーは二世紀以上も前から運用されている出生に基づくシステムに組み込まれていないので、僕はいくらかの手続きを経て戸籍を作らなければ伝統的な「籍を入れる」という儀式を完遂することが出来ない。
     国民IDは普通に付与されているから日常生活で困ることはなかったが、こういった形骸化した制度を利用するにはいくらかの不便が伴う。手続きについては昔、説明されてその場でどうするか問われたような気もするけど、全く興味がなかったから聞いていなかった。半年もの猶予があれば十分だ。役人たちが滅多にない処理に右往左往するだけの時間として使える。僕は隆俊に何の心配もかけずに準備をして、わざわざ窓口まで足を運んで古式ゆかしくつつがなく紙一枚と直筆の署名で成立する契約を行うのだ。実に良い。


     ところが何度かやり取りを重ねるうちに、問合せのメールに一向に返事が返ってこなくなった。別ルートで回しても駄目だ。怠慢にも程があるんじゃないか。それともフローの中に差別主義者でも紛れ込んで妨害しているのか。だとすれば僕にも考えがある。
     この憤りは僕としたことが完全に見当違いだった。戸籍関連部門は当然ながらその抹消も取り扱う。定型業務なんかオートメーション化されているはずだが、イレギュラーが発生すればその限りではない。
     近頃、人類規模のイレギュラー、ナノマシン汚染による災害が地球に広がり、多くの死者を出していた。彼らはつまり、目先の人の死と我が身を守るために僕の戸籍なんか作っている場合じゃなくなった。
     宇宙にいる僕たちもそれからいくらもしないうちに地球に帰って死ぬか、永遠に地球に戻らず宇宙で限られた生を全うするかの二者択一を求められた。

    「君との約束は、地球に戻ったら、だったね」
    「ツカサ……。そんなことはどうでもいい。今ここで、すぐにでも構わない」
    「残念だけど、それは出来ないんだ」

     僕は秘密裏に進めようとしていた戸籍のことを説明しなければならなかった。それを聞いて隆俊は強く僕を抱きしめた。

    「すまなかった、ツカサ。お前にだけ苦労をかけた」
    「これくらい何でもないよ」

     少しだけ伸びあがって手に馴染む彼の後頭部を撫でた。
     結婚という形をとらなくても僕たちがいかに愛しあっているかは何ら疑うところではないし、社会だとか人類だとかいう僕たちの関係を示して得意がりたい相手も潰えてしまった。
     だからきっと、結婚に意味はない。

    「僕はただ、多くの人々に幸福として描かれているものを君とやってみたかったんだ」

     それは地球でのデートであったし、約束の指輪であったし、制度手続き上の契約だった。

    「勿論、君が望むなら僕は喜んでその形を受け入れる。公的な証明として意味がなくても、結婚の約束をしてくれた時のように、これ以上ないくらいに満たされるに違いない」

     けれど、火のついたロウソクが溶けるならその果ては決まっている。最初から決まっていた。

    「本当に欲しいのは身分じゃない。決まり文句では『死がふたりを分かつまで』と言うんでしょ。なら、君の腕の中で死なせてくれ」

     世界で最後の恋人たちになって愛しあうというのも多くの人々がフィクションの中に思い描いた幸せの形だ。誰がその時まで残るのか知れないけれど悪くない選択だろう。少なくとも頭数から言って同性の恋人なのは僕たち二人が最後だ。
     それでいい。それがいい。

    「ツカサ。俺はお前に誓おう。この命の火が燃え尽きるまで、お前と共にいる。愛している」
    「ありがとう、隆俊。僕も君を愛してる」

     聞いているか探査機。通信なんかしていないけど君たちが僕らを見届けろ。僕は必ず幸せだ。


    2023.03.15
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