「笑って頬が痛くなるなんて初めてだ」
僕の言葉に隆俊はさっと血相を変えた。
「誰かに殴られたことがあるのか」
なんでそっちに注目するんだよ。隆俊は僕のことになるとすぐ馬鹿になる。そういうところが本当に好きだけど。
「ないよ。他に頬が痛かったのは親不知を抜いた時かな」
最近じゃ生えない人の方が多いのに、そこだけは上手くデザインされなかったみたいだ。宇宙へ上がる前の検診で見つかって、特に痛みはなかったけど移動時の無重力環境の影響を考慮して抜いておくことになった。
身体の内側から外側まで完璧な僕の唯一の肉体的瑕疵だったと言える。
右? 左? 下だよ、と抜いた記憶を辿ると隆俊の手がそこを覆った。彼の手は大きいから上も下も覆ってしまって、正確に答えた意味はあまりなかっただろう。
もう片方も空いている頬に導く。
「温かい、というか熱いな」
「うん。隆俊のせいだよ」
まだ頬が痛い。幸せの痛みだ。嬉しいだけでこんなになるなんて、僕という人間に血が通っていることを感じる。
彼が僕をそうしたんだ。
2023.06.05