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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ。おやすみからおはよう。

    エレメント沖野の生活時間が不規則なのは今に始まったことではないが、ほんの数時間前に起きたばかりだと聞いて流石の比治山も眉をひそめた。日本標準時に合わせたコロニー内の現在時刻は日付が変わろうとする深夜だ。

    「仕事が立て込んでいたのか?」

    彼は集中すると何時間でもモニタに向かっている。比治山と交際する前は昼過ぎから仕事を始めて次の日の同じ時間まで続けていることすら珍しくなかった。是正されたのは比治山の勤務時間に合わせて休息を入れるようになってからだ。
    その比治山も職種柄、決して規則正しい生活を送っているとは言い難い。こんな時間に沖野の部屋を訪れたのも先程警備シフトを終えたからだ。

    「君の心配するようなことは何もないよ。睡眠時間も八時間以上。今日は休みだったし明日も休み」
    「ならいいが……」

    顔色を見るに、体調が悪いわけでもなさそうだ。
    何かゲームでもしていたのだろうか。前に時代遅れのダイモスのゲームを貸した時は寝食を忘れて丸一日熱中して遊んでいた。……数日でやり尽くしてそれきりになったようだが。
    仕事の疲れが混ざった頭では正解が出そうにない。涼やかに瞬く瞳を見詰めていると沖野はくすりと笑った。

    「少しでも君と居たくて昼寝したんだ」

    だから元気だよ、と休日の昼間にでも見せるような顔をする。
    頬に触れるとよく血が巡っているのかしっとりと温かい。

    「なら、今日は夜更かしするか」
    「ううん。君は明日も仕事だろう? 食事も今からだって言うのに、今日は早く寝なくちゃ」

    比治山の手に沖野の手が重ねられる。こちらは頬より少し冷たく、滑らかな指が骨の出っ張りをゆっくりと辿る。

    「だが……いま起きたところならお前が眠れないだろう」

    体内時間調整用に常備されている睡眠薬はあるが、それを使ってまで眠るというのも不健康だ。

    「俺は部屋に帰って休むからお前は自由に、」
    「だめ。隆俊はいつも通り僕の部屋で眠って」
    「しかし……」
    「言うと思ってたけどね」

    重ねた手を取って是も非もなく、沖野は比治山を部屋の中へ連れ込んで椅子に座らせてしまう。

    「僕が君と居たかったから時間を作ったんだ。君がいつもそうしてくれるように、眠っている君の傍にだっていたい。君の寝顔をずっと見ててもいいだろう?」

    何をする気かと思えば冷蔵庫を開け、食事の準備をするらしい。

    彼は効率を重視する性質だ。
    以前、釣りに行った時の話をした。釣れるかどうかも分からないまま糸を垂らすだけの無為の時間について、訳が分からない、どうして? と言っていた。
    優れた頭脳を持ち、人並み外れた情報処理能力を持つ彼にとって、何も刺激がない時間というものはひどく退屈なのだ。彼は余暇であれ仕事であれサボタージュであれ常に何かをしている。本人は無頓着だが、これらの習慣が生来の資質以上に沖野の優秀さを形作っていると比治山は考えている。

    その沖野が、ただ眠っているだけの恋人の傍にいたいと言う。
    彼はこの関係になってから少し変わった。釣りの話にしても隣に比治山がいれば退屈ではないかもしれないと付け加えていた。
    なら、付き合ってやらねばなるまい。

    「分かった。俺は明かりが点いていても休めるから、ツカサがしたいことをして過ごすといい」
    「うーん……そうだね、もしひどく退屈になって、君を起こすか寝室を出るか考えてしまうならそうするかも。でもきっとしない。さぁ、夕食が出来たよ」

    テーブルに温められたチルド製品のミールキットが一人分、並べられる。沖野の好みではないらしいそれは「栄養補給の他に食事を楽しむ思想で設計されている」と評されるだけあって見た目よく彩りも豊かだ。
    効率を重んじる彼の部屋に以前は無かったものである。

    「僕は先に食べたから安心してね」

    それは彼が常備している味気ない栄養機能食かもしれない。比治山が居ない時はいつもそうだ。
    向かいに座った沖野の前にはスムージーと、比治山なら一口で食べ終わりそうなパック食が置かれ、二人で摂る夕食の形を作っていた。

    「それはよかった」

    苦笑交じりに手を合わせ、食事の挨拶を重ねる。


    時間が遅かったのもあって、手早く食べ終えて寝支度をした後はすぐ床に就いた。既に日付は変わっている、遅い就寝だ。

    「ツカサ」

    抱きしめられたら夜中に君を起こしてしまうかもしれないと断られた腕を緩く腰へ預けるだけにして、額へ、鼻先へ、唇へ触れるだけのお休みのキスをする。

    「隆俊、眠そう」
    「俺も歳かな……」

    喉の奥に笑いを隠しながら可愛らしい恋人は比治山がしたのと同じようにキスを返す。
    沖野は全く眠る気はなさそうだ。

    「寝てる間にいたずらしないでくれよ」
    「それはどうかな? ……冗談。ゆっくり休んで」

    沖野がベッドサイドのコンソールへ手を伸ばし、灯りを落とした。

    「おやすみなさい、隆俊」

    彼はやはり眠らないのか目を閉じない。
    暗がりの中、穏やかに自分を見詰める顔を視界から隠してしまうのは惜しいと思いながらも目を閉じると眠りはすぐに訪れた。



    そして朝、意識の浮上と共に隣の気配に気が付く。いつもと変わらず、いつもと少しだけ違う様子を確かめていると、目を開けるよりも先に声が聞こえた。

    「おはよう、隆俊」

    はっきりとした声色から彼が眠っていないと分かった。その一方でひとつの上掛けの中で溶けあったぬくもりはずっとそこに居たことを示していた。

    「……一晩中こうしていたのか」
    「朝一番に尋ねることがそれかい?」

    比治山より先に沖野の目が覚めていることは珍しい。朝を示す白々とした照明の下、光よりも眩しく笑いかける。

    「すまない、おはようツカサ」

    鼻先を付けるとそれで満足したのか、沖野は猫のようにベッドを抜け出して伸びをした。

    「抜け出したりうたた寝したりしてたよ。君を起こさなくてよかった。でも……隆俊は僕が戻るたび腕の中に入れてくれた」

    比治山には全く覚えがないが、沖野が言うならそうなのだろう。少しばかり恥ずかしい気もするが恋人が満足してはにかんでいるなら良しとする。何しろ自分は昨日、疲れていたとはいえ何もしてやれなかったのだ。

    「朝食を食べよう。お腹は空かせてある」

    しっかりした足取りでキッチンへと向かう後ろ姿を追いかける。
    勤務開始までの数時間を惜しんで過ごそう。コーヒーを淹れるのは比治山の役目だ。


    2023.06.11
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