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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    自我有りモブ女生徒→桐子の修羅場に直面する比治沖

    S女学生のこと 自販機前の藤棚の下、親しげに向かい合って話す女生徒が二人。
     沖野に声をかけようとした比治山は思いとどまり、少し離れたところで立ち止まった。
     二人の少女の一方はすっかり見慣れてしまった沖野の女装だが、もう一方は彼の周りでこのところよく見かける女生徒だ。眉のところできっちりと切りそろえた黒髪が特徴的でつい顔を覚えてしまった。
    「それじゃあまだ転校手続きに手間取っているのね」
    「ああ。家庭の事情でね」
     ちらりと沖野が比治山を見た。しかしすぐに女生徒に視線を戻す。死角になってよく見えないが、彼女に両手を繋がれているようだ。
    「今日も先生に話をしに来ただけで、授業は受けられないんだ。家のこともあるから昼休みが終わったら帰らないと」
    「大変なのね……。可哀相な桐子ちゃん!」
     大袈裟に声を上げた女生徒は躊躇いもなく桐子――沖野に抱き着いた。
    「私、桐子ちゃんが大好きよ。何も不安に思うことなんてないわ。この学校一番の仲良しになりましょうね」
     見てはいけないものを見てしまった気がする。
     とっさに目を逸らそうとしたところで再び沖野と目が合った。
     頭半分ほど背の低い彼女からの抱擁を受けつつ、素知らぬ顔で何か小さく口元を動かしている。大方、先に行っていろというようなことだろう。
     癪ではあるが、ここにいても出来ることはない。比治山は踵を返して旧校舎へ向かった。

     以前から気になっていることだが、あの女生徒はどうも沖野に馴れ馴れしい。いや、馴れ馴れしいどころの騒ぎではない。「桐子」に出会って間もないというのにかなり熱烈な友情を抱いているようだ。今日のように手を取る、抱き着くなどの行為は日常茶飯事であり、腕を組んで歩いているところまで見たことがある。
     沖野の調査では彼女は嘘偽りなく咲良高校の一般生徒で、教師の動きなどを聞き出すために関わりを持っているらしい。
     ……本当にそれだけだろうか。
     沖野は男だ。これだけ触れ合って彼女は気付いていないのだろうか。
     沖野も沖野で、女生徒が自分を同性と思って親しく、あまつさえ手を触れて身体を密着させるなどしているのに、それを拒むでもなく受け入れている。彼の言う理由が事実だとしてもあまりに不誠実ではないか。
     遠目には見目麗しい二人の女生徒に見えたとて、男と女である。
     しかし彼女の押しの強さは比治山も見ていて察するに余りある。校内で「桐子」の姿を見れば駆け寄っていき、挨拶を交わす頃にはもう手を繋ぎ、「彼女」に会えたことが今日一番の幸いだとばかりに満開の桜のような笑みを向けるのだ。それは比治山をして何度も「出遅れた」と感じさせるものであった。
     彼女は比治山の好みでこそないが、可憐な乙女にあのように一心に好意を向けられて嫌な気がする男はおるまい。
     だからつまり、沖野も男であるから、その、まんざらではないのではないか。

     旧校舎の教室でしばらく待っていると、学ランに着替えた沖野がやってきた。
    「お待たせ。ようやく撒けたよ」
     その言葉に比治山は眉をひそめる。
    「彼女は貴様のエスになりたいのではないか」
    「エス? なんだそれ」
     どうやら沖野の時代にはもう使われていない言葉らしい。セクター5では寡黙を通して上手く馴染んでいる風だったが、忖度せず話しているとこうした隔たりを感じることは時々あった。
     もしかすると沖野の価値観ではあのように男女が親しげな友情を交わすことがあるのかもしれないが……しかし彼女の方はそうではなかろう。
    「女学生同士の親しい関係のことだ。つまり、姉妹や恋人のような」
     沖野は一呼吸おいて声を低くした。
    「比治山くんは女性にも妬くのか」
    「妬いてなどおらん!」
    「安心してくれ、僕にやましい気はないよ。前にも言った通り、彼女には情報収集に協力してもらっているだけさ」
    「待て、貴様、気が無いのにあれほど親しくしているのか……?」
     比治山は理解し難いものを見る目で沖野を見た。こいつの頭はどうなっているのだ。
    「彼女は女同士と思っているんだ。拒む方が不自然だよ。密着されたって男だなんてバレてない」
    「ならんぞ、性別を偽って騙すなどならん!」
    「騙された君が言うと説得力があるな……」
     思えば沖野は最初からこういう奴だった。人の純情を踏みにじっておいて何とも思わない野郎だ。比治山は身をもってよく知っている。
     どうにかしてあの女学生から沖野を遠ざけねばならない。これは人として当然の善行である。
     己の心を都合よく扱いがちな比治山であるが、この時ばかりは心の奥底から思った。
    「貴様、そこへなおれ。俺が説教してくれる」
     しかしその時である。
     教室のドアが音を立てて開いた。
     見間違うはずもない、黒髪を眉のところで切り揃えたあの女生徒である。
    「あなた、誰。桐子ちゃんは? 騙していたって、何」
     桐子に向けて花笑みを浮かべていた顔は今や幽鬼の如く蒼白に染まっている。流石の沖野も身を固くしている。
    「桐子ちゃんがここに来るのを見て追いかけたの。苦高の人がいるなんて思わなかった。お付き合いしているのか確かめたくて、悪いと思ったけど、でも」
     ただならぬ様子に危機感を覚え、比治山は沖野の前に出た。
     ぎろりと少女の両目が睨みつける。
    「どいて!」
     明らかな体格差をものともしない剣幕は比治山をもたじろがせた。見るからに喧嘩なぞしたことのない細腕はスカートのポケットを探り――比治山はひどく嫌な予感がした――大型のカッターナイフを取り出した。
     震える手が不器用に留め具を操り、ギチギチギチ……と刃を繰り出す。緩慢な動作であったが、何をしでかすか分からない相手を前に不用意に止めに入れば怪我では済まない。
     留め具を硬く締め、女生徒は胸の前でナイフを構えた。握った両手は力を込め過ぎて真っ白になっている。
    「落ち着いてください、こいつが悪いのは確かです! そいつを置いて話し合いましょう、俺が謝らせますので!」
    「あんたには話してない!」
    「沖野! なんとか言え!」
     出来るだけ言葉を選んでいたつもりだが失言だった。女生徒の視線が比治山を越えて後ろの沖野へ向く。
    「そこのあんた。あんたが桐子ちゃんだったの?」
    「……そうだ。僕は男だよ」
    「桐子ちゃんは私といちばんの仲良しだったのに……」
     女生徒はふらりと覚束ない一歩を踏み出した。
    「私だけがお友達だったのに! 最初のお友達よ! ねぇ、転校生なのも嘘? 家庭の事情で時間がかかっているのも、隣のクラスになるのも、背が高いのは中学で運動部だったからだっていうのも、今度髪を触らせてくれるって、お買い物にも一緒に行こうって約束してくれたのも全部全部嘘だったの? 私を騙してたの? お、男の子だって黙って、手、手を、繋いだりしてたの? わ、わたしが、ぎゅってするのだって、何っ、何も言わなくて、そんな、そんなズルばっかり、嘘ついて! 騙してたんだ!」
     とうとう両の眼から涙を決壊させてガタガタと手を震わせている。今なら少ない怪我で取り押さえられるかもしれない。
     しかし沖野が口を開いた。
    「そうだよ。約束もしたつもりはない。僕が憎いかい」
    「――っ!」
     どうしてこの期に及んで逆上させるようなことを言うのだ。女生徒の目は吊り上がり、今にも飛び掛かってきておかしくはない。その瞬間を見逃すまいと比治山は腰を落とす。
     女生徒が躊躇っている間に背後で動く気配がした。沖野だ。沖野が比治山の腕を掴んで引き寄せた。
    「安心してほしい。僕の恋愛対象は男で、この人だから。君に下心はなかったよ」
    「なっ!」
     沖野は掴んだ腕をしっかり抱え込み、恋人のようにすがりついた。
     驚いたのは比治山ばかりではない。女生徒も呆気に取られて固まっている。
     彼なりにこの場を切り抜けるための方便だろう。腕に触れた沖野の手が緊張に震えているために比治山は振りほどかずに作戦に乗ってやることにした。
    「不愉快な思いをさせたね。女装は彼の趣味なんだ」
     余計な一言が聞こえた気がするが我慢する。
    「だけど、仕事のためにこの学校の情報が必要で君を利用したことは事実だ。僕のことも桐子のことも忘れてほしい」
     女生徒は矢継ぎ早に伝えられた情報を飲み込むのに少し時間がかかったようだった。しかし彼女の望む答えは一つもないことはすぐに分かる。
    「知らない知らないそんなの! 私の桐子ちゃんを返して!」
     少女の刃は比治山たちではなく自身に向いた。
    「いけない!」
     沖野の手が緩むと同時に比治山は飛び出した。一息で距離を詰め、女生徒の腕を捻り上げる。手から零れ落ちたカッターナイフが床に当たって鈍い音を立てた。
    「やめろ離せ嫌だ嫌だ嫌だ退け男なんか嫌いだ! 桐子ちゃん桐子ちゃん可愛い桐子ちゃん私だけの桐子ちゃん! やめてよ奪わないでよ! 桐子ちゃん、桐子ちゃんを返してぇ!」
    「っ!」
     遮二無二暴れる女学生の踵が比治山を蹴って、止む無く抑え込むとがくりと力が抜けた。どうやら興奮のあまり気を失ったようだ。
    「……沖野」
     結局、沖野は彼女に謝っていない。
     沖野が最初にしたことはカッターナイフを拾い上げて刃を仕舞うことだった。そして自分のポケットへ入れる。
    「僕たちのことを言いふらされても困る。アジトに連れて行こう。彼女にナノマシンは無いけど、機械を使えばこの数時間程度の記憶を曖昧にすることが出来る」
    「沖野!」
     もっと他に言う事があるだろう。彼女は些か行き過ぎていたが悪いのはどう考えても沖野だ。その上、誘拐などとてもまともな人間のすることではない。
    「ちゃんと家には帰すよ。彼女に誠意を尽くしたって意味がない。僕たちの目的を忘れるな」
     沖野がどんな顔をして言ったのか、比治山は見る事が出来なかった。



     数日後、沖野は「桐子」の姿で比治山を伴わせて咲良高校を訪れた。
     特に約束をしているわけでもないが、彼女は昼食の後は藤棚の下で本を読んでいることが多いという。案の定、彼女はそこに居り、桐子が傍に居ない姿はおとなしく、ともすれば陰気で気難しい印象を受けた。
    「Sさん」
     比治山は彼女の名前を初めて知った。Sと呼ばれた女生徒は顔を上げて桐子の姿を認めると表情の全てを喜色に染めた。それは比治山の目にも明らかに恋の色をしていた。
    「桐子ちゃん! どうしたの、しばらく見かけなかったけれど……」
    「家族の仕事の都合でちょっとね。それより君に紹介しなきゃならない人がいるんだ」
     何を言うかは既に打ち合わせている。比治山は彼女に向かって軽く頭を下げた。
    「比治山……隆俊です。貴女が桐子さんと親しくしていただいていると聞きました」
     彼女とは頭ひとつ以上も背丈が違う。思い切り顎をあげて比治山を見た顔は呆然とし、深い悲しみを滲ませた。だが、一度俯いて再び前を見た時にはそれをすっかり覆い隠して微笑んでいた。
    「……桐子ちゃんには好きな人がいたのね」
    「黙っててごめんね」
    「ううん、教えてくれてありがとう」
     今までそうしていたように彼女は桐子を抱き締める。沖野の手は少し迷った後、背を軽く叩いてやった。
     近くで見ても少女同士の美しい友情のようで、比治山は目を逸らした。
     彼女にあの日の記憶はない。





     綺麗なあの子、転校生って言ってた。どこから来たんだろう。また会えるかな。会えたら聞いてみよう。
     先生を探してた。一緒に行こうかって聞いたら平気って、大丈夫かな。構内図もう覚えちゃったって、頭、良いんだ。話し方も何か大人びてる。前に住んでたところ地図帳で調べてみよう。ずっと遠くだ。……よく分かんないな。図書室で調べるか、社会の先生に聞いて……って、これじゃあストーカーみたいだ。本人に聞こう。
     転勤族だからあんまり覚えてないって、大変なんだなぁ。転校手続きも上手く行ってないみたい。大丈夫かな。クラスに馴染めないって気持ち、ちょっと分かる。お友達になれるかな。またすぐに転校しちゃうかな。最近ずっとあの子のこと考えてる。……何が好きなんだろう。好きなもの、あるのかな。あの子が学校にいるかもしれないって思うだけで、最近ちょっと楽しい。
     あの子はネコが好き! あと、多分焼きそばパンも好き。お昼過ぎはいつも持ってるもん。間違いない。私もネコ、好きだから嬉しいなぁ。ハチワレのいる時間、教えてあげようっと。
     どうしよう。あの子を好きかもしれない。きっと好きだ。一目惚れだった。同じ女の子を好きなんておかしいよね。女の子なんだから、友達。友達だよ。友達でいなきゃ。
     会う度に好きだなぁって思っちゃう。早く転校してこないかな。隣のクラスかぁ。伝えたりは、しない。だって女の子同士だもん。一番のお友達になって仲良く過ごせたらそれでいい。一緒にお昼食べたり、たまに出かけたり。来年は同じクラスになったり! 待ち遠しい。他に友達がいないってこと、バレないといいな。
     ■だった。■せない。





     まったくどうしてこんなものを見てしまったのか。
     バックアップログに残ったデータにパスワードロックと時限削除を設定して沖野はモニタを閉じた。無関係の人間の頭を覗き見するつもりなどなかった。作業工程としてもエラーは出ていないのだから確認は不要だった。
     生の感情の断片を知ってさえ、沖野には何の感情も浮かばなかった。元々そういった機微には縁遠い方だ。認識しても受信しない。ずっとそうだった。
     比治山の事は少し面白いと思って……興味深く観察しているが、彼が例外なだけだ。
     とにかく問題が起きた以上、彼女ともう会うつもりは無い。とはいえ彼女を避けて行動するほどのリソースを割くことも考えていない。今日の記憶を失った彼女は昨日までと同じように親しく自分に声をかけて来るだろう。それをどう回避するか。
     ポケットに手を触れると硬いものが入っていた。
    「忘れてた」
     彼女が持っていたカッターナイフだ。学用品のためかフルネームが記入されている。それで初めて名前を知ったような気になって、否定した。きっと彼女は最初に名乗ったはずで、知らないのではなく沖野が覚えていなかったのだ。さっきも自宅の住所を調べるために生徒手帳を見たはずなのに目にも留めなかった。
    「……彼女は人を見る目がないな」
     こんなものを持ち出す方もどうかと思うが、彼女が元々そうだった証拠はない。沖野がそうさせたのではないと言い切れない。
     倫理にもとる行動。見てしまった思考の落とし前。比治山の反論。優先事項。
     考えるべきことを順番に並べ立ててひとつの結論を出す。
    「比治山くん、例の彼女の件で少し手伝ってほしい」
    「彼氏のフリで事が済むのか」
    「話が早いね。多分、大丈夫さ。悪い子じゃない」
     彼女は本当に桐子が好きだったから。


    2023.08.06
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