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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ・比治沖

    向日葵と蝉「宇宙行きまでもう数日か。あっという間だったな」

    旅立つならもう少し快適な季節がよかったよと隣の人を見上げれば、彼は良く聞こえなかったという顔で歩きながら屈んでくれた。
    地球を離れる前に森林浴に行こうと言い出したのはどちらだったか、自然保護区の遊歩道の木立からは太陽の光と蝉の声が惜しげもなく降り注いでいる。
    ニュースによれば今年一番暑い日らしい。精神の休養場所として親しまれているはずのエリアは少しばかり暴力的に季節を示しているせいで他に人もいない。
    強いコントラストの日差しと影が彼の顔に落ちて歩く速さで流れていくから目を眇めた。
    来週には冷たいソラの鉄のハコにいるなんてまだ実感がない。
    ありったけの自然の音が鼓膜を劈く。

    「君と一緒ならと思ったけど、勤務場所はかなり離れてるみたいだね。今までみたいに会うのは難しいかな」

    僕は蝉なんかに負けないようにいつもより声を張った。

    「会いに行くさ。お前は時間に融通が利く」
    「さすが隆俊。よく知ってる。君が来てくれるんなら仕事なんか超特急で終わらせるよ」
    「無理はするなよ」

    シキシマの宇宙計画は僕にとって成り行きで関わった案件のひとつに過ぎなかったけれど、彼と出会えた事は何にも代えがたい。同じ時期にコロニーに転勤になるだけでも幸運だったと言うべきだろう。
    暑いだろうな、と思いながら隆俊の手に手を伸ばした。僕には気温よりも熱く感じられたけどどうだろう。汗ばんで湿った手の平が合わさって、指が優しく絡まる。

    夏は嫌いだ。けれど、宇宙に行くとこういった不快さともしばらくお別れと思えば名残惜しくなる。
    人類の宇宙進出から約200年。何度も覆された安全神話の上に構築された大気圏外の人間の生存環境。その内部は念入りに「快適」という名を保つように管理されている。
    僕の生きる場所は地上であっても似たようなもので、それこそが当たり前だったのに、この人と出会っていつの間にかそうではない事を許せるようになっていた。
    背の高い、逞しい影を見上げる。視線が繋がる。僕の命のかたちをしている人。

    「あっちに向日葵畑があるって。ちょっと行ってみない?」

    木立の遊歩道を出ると一気に日差しが強くなる。その先に満開の太陽の花。
    すぐに汗が滲んで首を伝い落ちた。
    地上は眩しい程に盛夏だった。





    「沖野、あまり離れすぎるな」

    そう言われても足は勝手に進んでしまう。

    「前より視界は悪くないはずだよ」

    興味、とは異なる何らかの衝動に呼ばれて進む足を誤魔化す。
    研究用の向日葵畑には本来ならまだ爛々と太陽に向かう大輪の花が咲いているはずが、早期に立ち枯れしてしまって首を重たげに下向けて茶色くなっていた。
    原因の調査が今日の僕たちの仕事だった。
    この惑星の夏は風通しがいい分、僕の知る夏より随分マシな暑さだと思っていたけれど、背よりも高い向日葵の列がすっかりそれを遮っている。土の湿気。草の匂い。それも、光を遮られた青臭い類の。
    誘われるように僕の足は奥へ奥へと進む。虫が肌に止まって、すぐに離れていった。

    「沖野!」

    比治山くんが僕の腕を掴む。
    振り返った彼の上下する肩と掌の熱さで背中に汗が滲む。

    「比治山くん……」

    溜息を吐く彼を見てようやく少し悪いことをしてしまったと思った。何を言えばいいのか分からないまま顔を見ていると耳に聞き慣れない音が届いた。

    「比治山くん、何か聞こえないかい」

    ノイズのように鼓膜を引っ掻く不規則な乾燥音。どこかで聞いたことがある気がするけど思い出せない。
    比治山くんも音の出所を探すように僕に続いて耳を澄ませた。

    「……蝉だな。驚いた、こっちにも居るのか」

    多分、あっちからだ、と向日葵の隙間から見える木立を指す。

    「あいつはもしかすると俺たちよりずっと先にこの惑星にいたのかもしれん」
    「土の下で長く過ごすんだっけ」

    比治山くんは頷いて、だけどずっと難しい顔をしていた。

    「何か問題でもあるのかい」
    「この辺りはかなり切っちまったからな」
    「ああ……」

    この向日葵畑も前は森だった場所だ。蝉が羽化するための木が足りないのだ。掘り返して耕した土も多い。

    「悪いことをした」
    「仕方ないさ。僕たちが生きていくためだ。それに彼ら、結構たくましいよ。セクター1ではコンクリートの壁にしがみついて羽化することもあった。……ほら」

    少し見回せば向日葵の葉にしがみついた蝉の抜け殻があった。枯れた茎と同じ茶色で気付きにくいけれど他にもいるだろう。
    長い間、安全な場所で育てられて放たれた世界は安全ではない。危険ではないのかもしれないけど。僕たちはそこで生きていくしかない。

    「ところでいつまで掴んでいるのかな。……ちょっと暑いよ」
    「す、すまん!」

    弾かれたように比治山くんは僕の腕を解放した。その手を取って、繋ぐ。

    「こうしたら君を置いていかないね」

    比治山くんを見上げて踵を上げる。
    蝉の声は番を探す声だ。
    痩せ細った向日葵の影と湿度。滲んだ汗が首を伝い落ちた。


    2023.08.13
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