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    mp111555

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    POIPOI 18

    mp111555

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    中華街で依頼を受けて事件に遭遇する話。
    カプ無しオールキャラ風味です。続きます。
    https://poipiku.com/7155077/8435140.html

    ##霊とか相談所

    チャイナタウン事件簿① 時刻は昼を回っていた。太陽は中天へと近づき、外が眩しくなるほど建物の中は影が濃く落ちる。ここ金糸雀県の南にある半島では、もう桜が咲き始めているらしい。三月の半ばで早過ぎると思ったが、河津桜という種類の桜で、色も確かにソメイヨシノよりもピンクが強かった。青空に映える色の桜をアオリで撮った映像に、金糸雀県にもなるとローカルテレビの内容も洒落たものになるのだと霊幻は感心する。
    「霊幻さん、片付け手伝ってくださいって!」
     店内の喧騒に負けない芹沢の悲痛な声が奥から聞こえてくる。レジで立ったまま、今まで見ていた入り口側の天井の角に設置された薄型液晶テレビには、ローカルテレビのアナウンサーによる海鮮丼の食レポが字幕で映し出されていた。
     特に興味の湧かない画面から視線を外して店を左から右に視線を滑らせて芹沢の姿を探す。左手の外では行列を作って緑色の餡饅を買って行く観光客の姿と、右手の店内では飲茶を食べたり写真を撮る客の姿が目に入った。今日は晴れているから観光客の姿が多い。外の小さな椅子には待っている客の姿も見えた。
     奥には厨房があり、絶えず蒸し上がりカウンターに置かれる蒸篭を、芹沢が器用に積み上げて両手で持ち、テーブルへと持って行くのが見えた。重たそうだなと思うし、霊幻が同じことをやったら間違いなく落とすだろう。間違いなく。帰りも皿を重ねて持っていく姿は曲芸師のようだった。超能力を使って支えているのは一目瞭然だったが、パフォーマンスと勘違いしている客が彼の後ろ姿をカメラで撮っていた。
    「店番も大事な仕事なんだぞ。それに俺が動いたらお前の邪魔になるんじゃないか?」
    「ううっ、そうなんですけど」
     空いたテーブルの皿を片付けながら、恨めしそうな視線が向けられて霊幻は視線を泳がせる。手伝いたくても手伝えないのだから仕方がなかった。一応、会計と順番待ちの客を捌いているのでサボっているわけでもないのだ。
     食べ放題の飲茶を提供している店内は、六個のテーブルが左右に三つずつ並べられていて、テーブルとテーブルに挟まれた通路は人一人分しか通れない。右側のテーブルの反対側には細い従業員用の通路はあるが、従業員が使うためのものだ。客の視界に入らないように背の高い衝立で区切られていて、テーブルに配膳が出来ないようになっている。霊幻の立つレジは店の入り口と従業員の通路が交差する場所にあった。
     従業員用の通路を絶えず小走りで往復するのは、この店の大黒柱である店主の奥さんである。店主は従業員と共に蒸篭をひたすら蒸していて、彼らの息子はテイクアウト専門のスペースで客を相手にしていた。
    「お前さん不器用で助かったな。そうじゃなきゃ餡饅をひたすら作らされてたぜ」
     客がレジで会計を終え、追加客を呼び込んで霊幻は定位置に戻った。それを見計らうようにして、隣に浮遊するエクボが揶揄う。丸いサングラス越しにじとりとした眼差しを送って、「うっせぇ」と霊幻は小声で言った。エクボの姿は普通の人には見えることはない。何もない宙に向かって話し掛けているのに気付かれてはまずい。
    「そもそも俺たちの本命は飯屋のバイトじゃないっての。あーあ、お前のせいだからなエクボ」
     外で売られている餡饅の隣には幟がはためいている。エクボ饅頭。客が手に持って写真を撮っている饅頭の形は、三角錐の角を膨らませた形をしていて、食紅で色づけられた丸が二つ均等に並んでいる。霊幻の隣に浮かぶエクボが見えれば、饅頭とそっくりだと気づくだろう。
     饅頭ではない、本物の悪霊であるエクボは霊幻の恨み言に対し、小さな手で鼻の下を擦って照れ隠しのジェスチャーをやってみせる。
    「へへ、悪かったな。ま、報酬とは別にバイト代も入るんだろ? せいぜい頑張れよ〜」
    「あっ、くそ、あいつ逃げやがった」
     霊幻からの愚痴がくる前に、茂夫の所に飛んでいったのだろう。
     春休み中の弟子には、観光ついでに本命の調査に行かせていた。なにせ、今回の仕事では霊幻は役に立たないことが決まっている。だから店の手伝いに甘んじているのだ。本当なら芹沢も茂夫と行動を共にして実動部隊に混ざったほうが良いのだが、気の強い奥さんに目を付けられたのが運の尽きだった。彼の着ている白いチャンパオはこの店の従業員服であり、靴も息子さんと同じサイズとかでチャイナシューズを借りた姿は結構、かなり様になっていた。
    「お会計お願いします」
    「はーい、お会計は三千円になります」
     観光客に愛想笑いをしながら霊幻はレジの電子機器の操作を始める。
     外にも積み上げられた蒸篭の甘い匂いを感じながら、内心でため息をこぼす。あと四日の辛抱だ。その前に各種電子決済の達人になりそうだった。しかしこの電子決済は便利だから相談所でも導入するべきか。霊幻が事務所の経営を考える間も、観光客はひっきりなしに訪れている。

     事の始まりは一週間前に遡る。
     ホームページに載せたメールアドレスに、一通のメールが届いた。
     送信者は、隣県の中華街にある軽食屋の息子だった。名前は陳博文。中国の南方からの移民三世で、短大に通っている十九歳だという。
     相談の内容は、食品を取りに倉庫として使っている店の二階で幽霊を見たというものだった。幽霊を見たのは二月の頃の話で、それ以降は店の中でも、店から少し離れた場所にある家でもなにも見ていない。霊障もなく、自分にも親にも異常はなかった。それなら普通は気のせいだと無かったことにしたり、個人的な不思議な体験で終わらせるものだが、博文はどうにも気になって、店の近くにある占いの館で霊視の出来る占い師に見てもらったのだという。
     その占い師が言うには、博文の見た幽霊はよくないものだから祓う必要があるらしい。だが指摘した占い師本人はただ見えるだけで、占い師が紹介する霊媒師は学生の博文に手の余る金額を提示してきた。そこで自分で調べて、一番良心的な価格の霊とか相談所に依頼をしてきた、というのがメールの内容だった。
     本人に憑いているのであれば来てもらうのが一番ありがたいが、依頼者は店にいたら除霊をして欲しいということで、交通費込みの本気コースで現地に向かうことになったのだ。
     霊障がなければ霊幻だけでは手に余るので、芹沢と茂夫も連れて行くことにした。依頼者からの希望により、ランチタイムより前に到着しなければならない。ビジネスマンが闊歩する早朝の時間帯に、同じスーツ姿でも、ビジネスマンなら持っている筈の鞄を持たない芹沢と霊幻、そしてリュックサックを背負ったチェックのシャツにズボン姿の、春休みの学生然とした茂夫が駅前に集合した。
    「シウマイ市かぁ、初めて行くなぁ」
    「僕は小学生のときに家族で行ったけど、中華街は初めてかも……」
    「お前ら遠足じゃないんだぞ、あと一つ、電車では気合い入れろよ」
     はしゃぐ二人が、霊幻の言葉を理解するのは、朝の通勤ラッシュでごった返す電車を見たときだった。
     隙間なく人が押し込まれた電車に霊幻たちも押し込まれて、首都圏に入って主要な駅に到着すると人が吐き出されていき、人口密度は減少してがらんとする。身体が小さい茂夫のことは庇えたものの、無抵抗で人波に押し潰されていた芹沢は、人がいなくなって空いた長椅子に、抜け殻のようにへたり込んでいた。
    「なんですか、あれ……」
     呆然とした芹沢に、隣に腰を下ろした霊幻が指を立てた。
    「朝の通勤ラッシュだ。普通の大人は週に五日あの人混みに押し潰されて過ごすことになる。超能力を出さなかったのは偉かったな、芹沢」
    「芹沢さん大丈夫ですか?」
     霊幻の隣には茂夫が座り、その傍らでは「悪霊の俺様でもあれはえぐいと思うぜ」と珍しく芹沢に同情的な意見をエクボが零していた。
     電車がターミナル駅に到着すると乗り換えて、中華街の最寄駅に向かう。霊幻も金糸雀県には社会人になってから初めて訪れた。学生の間はデートだったり友人とのレジャー目的で何度か足を運んだことがあるが、景色は随分と様変わりしていた。懐かしいと思う感傷を抱く暇もなく、霊幻は芹沢と茂夫を迷子にさせずに乗り換え駅まで連れて行くために早々に気持ちを切り替えた。
     午前九時の中華街は人通りも殆どなく、まだほとんどシャッターの降りた建物を横目に辿り着いたのは飲茶専門の小さな店だった。
     看板には食べ放題の文字と共に、おいしそうな点心の写真がグリッド状に並べられている。一応店のシャッターは上げられていて、クローズドの看板がぶら下がっていた。
     霊幻が依頼人の携帯電話を鳴らすと、程なくして店の中から短髪を金に染めた青年が出てきた。身長は霊幻よりも僅かに高く、目と眉が近い顔立ちは精悍で、半袖のTシャツから伸びる腕はしっかりと筋肉がついている。有体に言ってしまえばモテそうなタイプである。派手な髪の色をしている割には、顔付きは大人びていて、二十代半ばにも見えた。
    「初めまして、この度はこちらまで来てくださってありがとうございました。陳博文です。あ、名前ですけどヒロフミって呼んでください」
    「では遠慮なく。今日はよろしくお願いします、博文さん」
     右手を差し出されて、霊幻も握手で返す。ブォウェンと耳に馴染みのない名前を日本語に置き換えられて、内心ほっとする。
     芹沢と茂夫もそれぞれ自己紹介と、芹沢と霊幻は彼に名刺を渡して早速店の中に入った。
    「店は十一時から開ける予定です。父と母は準備をしていて、霊幻先生たちが来ることは伝えてます」
     開店準備中の店の中は電気が付いているのは厨房だけで、ガラス越しに見える厨房には大人が二人忙しなく働いていた。博文の父親と母親だろう。厨房の明かりを頼りに細い廊下を一列になって歩く。突き当たり手前右側にある従業員専用と書かれた扉を開けて、二階へと上って行きながら、霊幻は前を歩く博文に質問した。
    「幽霊を見たと言っていましたが、どのような幽霊だったかは覚えてますか?」
    「いえ……メールに書いた以上のことは本当に分からないんです。白くてぼんやりとしたものが動いていて、僕に気づいてフッと消えたんです。それから毎日二階には上がってますけど、何も見てません」
    「そうですか。なぜ占い師に見てもらおうと思ったのか聞いても?」
     階段を単調な速度で上がっていた博文の足取りが、一瞬だけ鈍くなった。
     二階は一階に比べると廊下は広い。扉が二つあり、手前の扉の前で博文が立ち止まった。全員が登り切って扉の前まで来ても、博文はまだ扉を開けなかった。
     喉の奥になにかを飲み込んだような顔は、霊幻は過去に何度も見てきた経験がある。博文には隠し事がある。
    「実は……去年、僕の友人が事故で他界しているんです。もしかしたらそいつかもしれないと思ったんですが……」
     全員の顔を見渡して、博文は声を潜めて告げた。実はあったのだ、心当たりが。
    「なるほど、なにか自分に伝えたいことがあるのではないかとお考えになられたと」
     霊幻が言葉を継ぐと、博文が頷いた。
    「父も母も信心深い人なので、こういうことを言うと僕以上に気にするんです。先生のことは、味玉県で有名な霊能力者の先生だと説明してます。ホームページも拝見しました。どうでしょうか、店に入ってなにか気配を感じたりはしましたか?」
    「あなたの友人かそうじゃないかはまだはっきりとは見えませんが、霊の気配はあるような……」
     言い淀む間にちらりと芹沢と茂夫に視線を向けた。あるのかないのか。眼差しで問いかけると、二人して首を振った。霊の気配、0%ということである。
    「いえ、……今は感じられません。一時的にいなくなっているのかもしれない。念のため部屋は見ておきましょう」
     博文が怪訝そうな顔を浮かべるのを無視して、扉を開けるように急かす。
     扉が開かれると、段ボールが山と積まれているのが見えた。一階のような中華料理屋の内装と違って、二階の部屋は事務所をそのまま倉庫として使っているような殺風景差だった。中華料理の香辛料の匂いが漂っているので、中身は香辛料や原材料なのだろう。ほとんどの段ボールは胸の高さほどだが、部屋を埋め尽くす量だった。幾つか蓋が閉じ切られておらず、開いたままになっている。
    「師匠、この建物にも部屋にも霊の気配はないですよ」
    「シゲオの言う通りだが、そこの兄ちゃんがちょっと妙な気配がするな」
     茂夫の横で浮遊しているエクボが博文を指差した。
     博文にエクボの姿は見えていないし、声も聞こえている様子もない。茂夫の言葉が真実かどうかを霊幻の口から直接聞きたそうにしていて。霊幻はそれに応えるように重々しい表情を作り、口元に手を置いた。
    「弟子の言うように霊はここにはいませんよ。ですが、あなたに妙な気配を感じる。最近おかしなことが起こったりしてませんか?」
    「いえ、何もないです。本当に。妙ってどう言うことですか?」
     霊幻が探ると、途端に博文は怯えたように顔を歪め、腕を組んだ。防御反応だ。その頭上にエクボが近付いて博文をつつこうとするのが見えた。だが彼の指が博文に当たる前に弾かれるのが霊幻にも確認できた。
    「この兄ちゃん、霊感がないのにプロテクトが掛かってやがる」
    「エクボ、解除できるか?」
    「悔しいが俺様には無理だ、シゲオなら出来るだろ」
     エクボの言葉に茂夫が自分を指差した。霊幻が頷く。
    「先生、誰と話してるんですか?」
     茂夫以外の第三者と話していると気付いた博文が辺りを見回す。パニックを起こす前に霊幻は手をひらつかせて宥めようとした。
    「私の使い魔といったところです。妙な……そう、占い師が言っていた良くないもの、悪霊の気配のようなものが残っているようなので、祓いますね。弟子に任せて、身体を楽にしてください」
    「おいこら誰が使い魔だ!」
     エクボのツッコミを無視して、霊幻は語りながら博文の背後に周り、肩をがしりと掴んだ。上背があって捕まえにくいが、狙い通り気が逸れたようで彼が振り返ろうと身じろぐ。
     その間に茂夫が博文を挟み込んで、頭に手を当てた。ばち、と静電気が弾けるような音と共に、霊幻が掴んでいた肩が大きく揺れて、頭がガクンと落ちる。
    「!? おいモブ、何したんだ?」
    「えっ、エクボの言ってたプロテクトを解除しようとしただけですけど……」
     思いもよらない博文の反応に茂夫も動揺の色を浮かべる。
     次の瞬間、霊幻の視界に天井が見えた。
    「霊幻さん危ない!」
     芹沢の声が聞こえると、身体が宙に固定されたまま浮いていた。芹沢は茂夫の傍に立っていたから、咄嗟に力を使ったのだろう。先ほどまで肩を掴んでいた筈の博文は、その場に背中を向けて立っていた。彼が自分の身体を突き飛ばしたとは思えない。より大きな力で弾かれるような感覚には、霊幻は覚えがあった。超自然的な力が働いたのだ。
     項垂れていた博文の頭が持ち上がる。霊幻からは顔は見えないが、彼から聞こえてくる声には思わず耳を疑う。それは、低い女性のものだった。
    「没想到会有超能力的人打破我的保护。如果你再来捣乱,我就杀了你。」
     中国語は一切わからないが、放たれている殺気は感じ取れる。少なくとも友好的な内容ではなさそうだ。茂夫が顔を引き締め、博文に再び手を翳した。博文の身体が震えたかと思うとゆっくりと後ろに倒れていく。
    「芹沢!」
     霊幻の声に、弾かれたように芹沢が動いて博文の身体を支える。と同時に霊幻を浮かせていた力が切れて、その場に尻餅を付いた。痛みに上がりそうになった声を噛み殺して立ち上がり、博文を見下ろした。気を失っている姿に近付いて呼吸を確かめた。
    「彼に取り憑いていたものを消しました。でも、あれは霊じゃないです。悪霊でもなくて、もっと強かった……生き霊って言うのかな」
    「生き霊が人に操るなんて聞いたことないぞ。妙な気配ってこれのことだったのか? なあ、エクボ」
     話を振られたエクボが博文の中に入った。頬に彼特有のマークが付いて、顔付きが変わった。軽々とした仕草で立ち上がると、エクボが徐に服を脱ぎ出して全員がギョッとする。
    「おい、何してんだ?」
    「生き霊じゃねぇよ、シゲオ。こいつは誰かに術を掛けられてたんだ」
     Tシャツとインナーが脱ぎ捨てられると、彼の背中には妙な模様が浮かんでいた。霊幻は咄嗟に、携帯を構えて写真を撮った。
    「あれ?」
     茂夫が驚いた声を上げる。一瞬で博文の背中にあった筈の模様は消えてなくなっていた。
    「霊幻、ちゃんと写真に撮ったか?」
    「ああ」
     博文の身体に入ったエクボが霊幻の携帯を覗き込んで、ふんと鼻を鳴らした。
    「こりゃ、中国の道術師だな」
    「道術師って中国版陰陽師みたいなもんか?」
    「ああ、道教で行う術を使う奴らだ。そいつらは仕事をするときに符を作って念を込めて力を使う。直接肌に書かれたから、操り人形になったんだろう」
    「やけに詳しいな」
    「俺様は元教祖様だぜ? 古今東西の宗教について知識は頭に入れてんだよ」
     知識以上のなにかを知っているようにも感じる。はぐらかされた気がしなくもないが、霊幻はそれ以上は言及しなかった。本題はそこじゃない。
     ついでに、エクボが入っているうちに博文の顔も写真に収めておいた。彼と話す限り、博文自身には操られていた記憶がなかった。操られていた間のことは、霊幻たちが調査をする以外に知る方法はない。これ以上首を突っ込むつもりはないが、巻き込まれたときのための保険のようなものだ。
    「もう操られることもないなら、幽霊もどきも退治したってことで、仕事は終わりだ。帰るぜ、お前ら。エクボはもう出ておけ」
     霊幻の指示に博文に入ったエクボが腰を下ろした。服を着てから、緑の人魂が抜けていく。
    「……師匠、終わらせていいんですか? なんでこの人が操られたのかも分からないし、道術師の目的も不明だ。本当に大丈夫なのかな」
     案の定、納得していないのは仕事をした張本人の茂夫だった。宥めるように霊幻が頭に手を置いて、視線を合わせる。
    「モブがプロテクトしてやればもう彼は大丈夫だろう。道術師の目的が何であれ、放っていた殺気は本物だった。だから俺はこれ以上首を突っ込んだら危ないと思うし、お前を危険に巻き込みたくない」
     それが霊幻としての大人の責任だった。まだ腑に落ちない様子の茂夫が言い募る前に、博文が目を覚まして、話は立ち消えになった。
     霊幻が悪霊を追い払ったことを脚色交えて話し、自分が使い魔と弟子と共に彼の中にいた悪霊を完全に消滅させたことを伝える。話を終える頃には怯えた博文もようやく安堵の表情を見せて、いたく感謝された。おかげで報酬に加えて、食事もご馳走してくれるということになり、霊幻たちは昼食においしい飲茶を食べることができた。
     たらふく食べて、帰る前に少しだけ中華街の観光に時間を費やし、乗車率が高くなる前に調味市に戻った。

     それから二日後、再び彼からメールを受け取って、その翌日、三日振りに霊幻たちは中華街にやってくることになったのだ。
    「はあ……」
     危険に巻き込みたくない。
     勢いよく啖呵を切ったというのに、また出向くことになるとは思わなかった。しかし理由が理由なだけに行かざるを得ない。
     最初は霊幻一人で行こうとしたが、「一人は危ないですよ」という芹沢と、芹沢から連絡を受けた茂夫とそこにいたエクボももれなく付いてくることになった。穴があったら入りたいとはこのことである。
     三日振りに早朝の満員電車に乗って揉みくちゃにされ、到着した中華街は前に来たときよりも装飾がより派手になっていた。
     店にたどり着くと、今度は電話を掛ける前に扉が開けられた。
    「すみません、まさかこんなことになるとは……」
    「構いませんよ、中でお話を伺っても?」
     博文は以前に見た時よりも顔色が悪かった。全身から疲労を滲ませている姿に霊幻の除霊マッサージの出番の予感を感じたが、その前にするべき話があった。
     除霊をしたときの作り話で、エクボは霊幻の使い魔ということになっていた。それに食い付いたのは博文の両親だった。
     霊幻が名前を名乗ったときに、「霊幻道士!」と喜ばれたのだ。たまたまではあったが、霊幻が生まれる前に製作されたチャイニーズアクションホラーの映画の邦名が、霊幻の苗字と同じだったのだ。しかも二人ともその映画の大ファンらしく、霊幻が使い魔を使うという法螺もすっかり信じてしまい、むしろ好意的な対応をされた。
     そこで調子に乗った霊幻が、ボールペンで描いたのだ。エクボを。自分の使い魔と言って。
     有り難がられて悪い気はしなかったし、それで終われば楽しい思い出話として終わっていた。
    「俺様がつぶれた肉まんみたいになってるじゃねぇか」
     というエクボの文句は、今にして思えばフラグだった。
     まさか彼らがエクボを饅頭にして売り出し、それをたまたまSNSのインフルエンサーが写真に撮ってワールドワイドにバズり倒し、テレビ局の取材が入るというのは、描いたときには到底予想は出来なかった。
     流行りには食品と同じく賞味期限があるもので、いずれは廃れていく。話題も一時的なものだし、もし博文が社会人である程度世慣れていれば、似たようなものをたまたま作っただけだとシラを切っていただろうが、彼は真面目な学生だった。
     訴えられるかもしれないという恐怖と、お世話になった人のアイデアを盗作してしまった罪悪感から、霊幻にあらためて連絡を入れてきたのだ。
    「一応お話を伺ってから書類を作ってきたので、目を通して問題がなければサインをしてください」
     内容は著作権譲渡の書類だ。相場を急ぎで調べ上げて、急拵えで作ったのだ。
    「い、一万円は安すぎます。十万の間違いじゃないですよね?」
     内容に目を通していた博文がぎょっとした顔で言う。
    「あれはただの落書きなのでこの値段で構いません」
    「では、こちらは問題ないです」
     博文がサインをして、押印をする、
    「それで本題なんですが、先生……」
    「出張除霊コースをご希望ですか? 確かに顔が疲れていらっしゃるようだ、一度悪霊に取り憑かれると癖になるんですよ」
    「いえ、実は五日後に春節の祭りがあるんですが、つい先日アルバイトが辞めてしまって、しかもエクボまんじゅうが話題になって、全然人手が足りていないんです」
    「なるほど、そうでしたか」
     人手不足は飲食業の慢性的な問題であることは、一般常識として霊幻も知っている。
    「霊幻先生、五日間だけでいいんです、出張費もお支払いしますし、謝礼もするのでお店を手伝ってもらえないでしょうか」
     深く頭を下げられて、霊幻は言葉を失った。
    「我々の本業は霊とかの相談なので作ったり売ったりは専門外ですが……」
     どうにか言葉を絞り出し、断る手立てを探す。仕事があるので、と断れば良かったが、五日間の予定は真っ白だったので、言い訳の方を先にしてしまったのだ。
    「実力のある先生にこのようなことをさせるのは本当に申し訳ないと思ってます。配膳や会計だけで構いません。作るのは両親がやりますし、売るのは僕がするので、それ以外のことをお願いしたいんです。頼めるのが先生しかいないんです。必要なら宿も用意するので……」
    「学校のご友人は?」
    「飲食店の経験者はもうバイトで埋まっていました」
     ここに限らずどこも人手不足だからさもありなんといったところである。
    「師匠、暇なんだしやりましょうよ」
     隣で大人しく話を聞いていた茂夫が徐に口を開いた。
    「なっ、お前」
    「そうですよ、仕事の予定も入ってないですしね。俺たちは大丈夫ですよ、博文くん」
     お、お前らー! 叫びたいのを我慢すると、拳に力が篭る。茂夫と芹沢が言い出した理由も心当たりがあった。二人とも三日前の仕事のやり残しが気になって仕方ないのだ。
     かといって、霊幻だけが逃げるわけにもいかない。彼らは実力も能力もあるのだが、あるが故に危険に飛び込むことを厭わない。逃げ出せるように逃げ道を作るのは、実力も能力もない霊幻しかいないのだ。
    「……分かりました。この霊幻新隆がその依頼、引き受けましょう!」
    「あ、ありがとうございます!!」
     こうして、霊幻たちの五日間の中華街での生活が始まったのだった。
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    mp111555

    DONE続きました。(前の話:https://poipiku.com/7155077/8279500.html)
    中華街で仕事を引き受けたら事件に巻き込まれた話の続きです。霊幻は保護者としてモブを守りたいし、モブは事件を解決したい。
    チャイナタウン事件簿② 働くことになったものの、初日は軽い研修を行うだけで良いと言われた。レジの使い方や接客の基本的な方法を博文から教えてもらう。開店は十一時からというのに、その一時間前からどんどんと店の前には人の姿が集まっているのが見えた。開店前から店を覗く人が出て来るあたり、本当に繁盛しているのだというのが伺える。
     接客業経験者である霊幻はすぐに要領を覚えて解放されたが、熱心にメモを取ってもすぐに応用の出来ない芹沢と、接客業はほとんど経験させて来なかった茂夫は、見かねた博文の母親が参戦してマンツーマンで教えられるようになっていた。
     彼らの邪魔にならないように、霊幻は外に出た。隣にあるお堂は横浜媽祖廟と呼ばれる、道教の神を祀る廟だ。ネットの写真よりも小さく見えるものの、日本の寺と違って豪奢な装飾はいかにも中華らしく見えた。こちらにも観光客がひっきりなしに訪れていて、料理屋は恵まれた立地条件だと思った。エクボまんが流行った理由のひとつも、観光地が隣にあるからなのだろう。
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