おや、とファウストは少しだけ首を傾げた。
待ち合わせた中庭の噴水にはすでにミチルの姿があった。けれど、朝食の席ではいつもと変わらない明るい表情だったはずなのに、今のミチルの横顔はどことなく沈んでいるように見えた。
「……体調が悪いようなら、今日はやめておく?」
近づいてファウストがそう問いかけると、こちらを見上げたミチルはぶんぶんと首を横に振った。ミチルは良くも悪くも感情が素直にでる。嬉しいとき、楽しいときにはぱぁ、っと表情が明るくなるし、悔しがっているときはキュッと唇を結ぶ。
そういうところをファウストは好ましく思っているから、楽しみだと言っていた薬草の店に行くには沈んだ顔でファウストを待っていたミチルに体調でも悪いのかと思ったのだ。
「いえ、体調が悪いわけではないんです! ファウストさんとお出かけできるのとても楽しみです!」
そういうミチルの顔は数日前に今日の話をしていたときからは、やはりどこか暗い気がする。ファウストが怪訝に思ったのをミチルも察したのか、へたりと眉を下げた。
「……実は、フィガロ先生とレノさんが喧嘩をしたみたいで」
「フィガロとレノが?」
「そうなんです。朝食の時に少しふたりがぎこちない気がして。でもフィガロ先生に聞いてもはぐらかされてしまって」
「またフィガロが余計なことを言ったんじゃないか」
「確かにフィガロ先生の冗談はタチの悪いものもありますけど……でも、どちらかというとレノさんの方が気まずそう、というか」
健気に心配をしているミチルには悪いが、フィガロの本性を知るファウストからすればどうしたって喧嘩の原因はフィガロにあるのではないかと予想してしまう。
性格の良し悪し、というわけではなくて、いや、もちろんそれがないとは言い切れないけれど、北の、さらに二千年も生きている魔法使いの感覚はいくら取り繕ったところで、自分やレノックスとは大きな隔たりがある。
そういうところの感覚の違いが、それを理解できないことが、してもらえないことがひどくもどかしくて時に腹立たしくもある。
「今日薬草を仕入れに行く店の近くに、美味しい茶菓子を売っている店があるのだとシノが言っていた。……帰りにそこでふたりに土産を買っていけばいいんじゃないか」
すでに別の予定が入っていると悔しそうにしていたシノからは聞いた、というより土産をねだられたのだけれど。
「それは素敵ですね! 仲直りのためにお茶会を開いたら良いかもしれません!」
今度こそ、ぱぁっと表情を輝かせたミチルは早速箒を呼び出した。
――やれやれ。こんなこどもに心配をかけて一体何をしているのやら。
先に空へと飛び上がったミチルを追いかけながら、ファウストは小さくため息を吐いた。
けれど、魔法舎へ帰るとまたもミチルの顔が曇ることになる。レノックスは雲の街へ用事があって出かけたのだというし、フィガロも今日はずっと部屋へ篭ったきりだという。せっかく買ってきた茶菓子の袋をキュ、と胸に抱いたミチルが痛々しくて、つい、ファウストは余計な世話を焼いてしまった。自分が、話を聞いてみるから、と。
「フィガロ先生」
こんこん、とちいさなノックの音。一拍おいて、そっと差し出されるような自分を呼ぶ声はいつもと変わらない。それが少しばかり面白くなくてフィガロは明かりを遮る腕の下でぎゅうと目を瞑った。
呼ぶ声音が変わるも変わらないも、レノックスにとっては何があったというわけでもないのだからそれは当然のことだ。
それなのに、今日はひどく心が落ち着かない。
はぁ、と蟠る気持ちを吐き出すように小さなため息を吐いた。ドアの前にはまだレノックスの気配があるけれど、無視を決め込んでいれば立ち去るしかないだろう。
たかが施錠の魔法とはいえ、フィガロの魔法がレノックスに解けるはずもないのだから。はぁ、とようやく諦めのため息が聞こえたかと思えば――
「フィガロ先生、開けてくださらないなら蹴破りますよ」
今日のレノックスは諦めてくれなかったらしい。
普段は気を利かせて放っておいてくれるというのに、なぜこんなときばかり食い下がるのか。普段は鈍さの塊のような顔をしているくせに、ましてや、今日なんて顔を合わせてすらいないのに、そういうここぞ、というときの察しの良さがレノックスにはある。
――それが嬉しいときもあるけれど、腹立たしいときだって、ある。
蹴破ることすら難しいだろうことはレノックスだってわかっているだろう。それでもこの男はやるといえばやり遂げるまでは止めないし、そんなことをしていればミチルたちだって何事かと様子を見に来てしまう。
「……おまえね、そうやってなんでも物理攻撃に頼るのいい加減どうにかしたら」
「俺の魔力ではあなたの魔法を破るのは、どうしたって無理ですから」
「自分の力を見定められるのはおまえのいいところではあるけどね……」
仕方なくドアを開けてレノックスを迎え入れた。それでもなんとなく顔は見れなくて、すぐに背を向けてベッドへ向かう。レノックスが持っていたバスケットをフィガロの机へと置くのが目の端に映った。
「……何、それ」
「あなたの夕食です。食堂にいらしてないと聞いたので」
ポトフを少しと、食べられそうならパンを。厳しいようであれば何か他に食べられそうなものをもらってきます。
当たり前のように言われた言葉に、ぐわん、と腹の底が暗く揺れ動く。
普段は好ましいはずの、誰にだって向けられる優しさが、今はとてつもなく気に食わない。
だって、そうしたいはずの存在が、しかも今はもうすぐそばにいることを、フィガロは知っている。
いつも淡々としている落ち着いた声に甘さを含ませる、瞳をやわらかくして見つめる相手が。
「そういうのはファウストにしてやったらいい。今日は東の国は昼から討伐任務に行っていただろう。きっと疲れて帰ってきているはずだよ。あのこだって夕食を摂らずに部屋で引きこもっているかもしれない」
「どうしてそこでファウスト様が出てくるんですか?」
「だっておまえは」
分かりきっていることを聞かないでほしい。言わせないでほしい。一層自分が馬鹿みたいに思えてくるではないか。
フィガロが口を噤めば、はぁ、と至極面倒そうなため息を吐かれた。それにはさすがにフィガロも眉を顰める。けれど、レノックスはそのフィガロの表情を見てますます眉尻を下げて、どうしたら良いのかわからないと訴えてくる。
実のところ、この問答はこれが初めてではないのだ。
「――何度も申し上げたはずです。ファウスト様への感情はそういったものではないと」
「へぇ? 手に入れたいと、願ったことはないの?」
自分でも酷薄な笑みを浮かべているのはわかっている。そしてレノックスがそれにますます眉を顰めたのもわかった。
怒っている、のかもしれない。
正直なところ、レノックスの生きていた時間の中で、ファウストの側で仕えていた頃よりフィガロと過ごした時間のほうが長い。
「弟子の従者」「主人の師匠」であった距離感などとうに飛び越えて、気安い友人のような立ち位置にいる。
多少こちらから強いたとはいえ、呼称の変化、口調の気安さ、互いにわかりにくいと言われがちな感情表現をなんとなく察することができること。過ごした時間がそういうふうに関係性をほぐしていった。
――そうして、おそらく壁を取り払う、最大で最後の要因になったのは、その肌の熱さを知ったこと。
羊飼いの仕事に慣れて、少しずつ感情が表に出始めたのか表情の変化がわかるようになりだした頃のこと。
いつものように様子見のためにレノックスの山小屋に顔を出した。ぽつりぽつりと茶を飲んで取り止めもない話をしながら、唇に触れた気がする。
そこに始めは他意などなくて、ふと目についた唇に残った茶を、拭ってやろうとしただけだった。けれどレノックスがその指をあまりにも無防備に受け入れたから、どこまでならこの男は受け入れてしまえるのだろうと、少しばかりの悪戯心に、ほんのりと毒を乗せて次は唇を重ねた。
あまりにも主人に対して敬虔で、主人に似て純朴で、真面目で、頑固で、多少融通が利かないきらいがあって――そんな男が、戯れに差し出された手を取るのか、試してみたかった。
心も体も傷ついて、弱っていたところにつけ込んだ気が多少はしなくもないけれど、けれどそんなときだからこそ、どこまでその忠誠を貫けるのかを、みてみたかったのだ。
触れて、ぺろりとその唇を舐めてみても顔色ひとつ変えなくて、けれど大きくがっしりとした体に似合わない、あどけないこどものような目をしてフィガロを見上げてきた。
何も写していないだけのようで、けれども迷子のように不確かに揺らいでもいるような。その目に沸き上がったのは嗜虐心かそれとも同情だったのかはわからない。
けれど何だかその目にたまらなくなってもう一度唇を重ねた。それから頬に指を這わせて、レノックスの膝に乗り上げてそのまま最後までやってしまった。
その夜、レノックスからフィガロには触れてはこなかった。フィガロにされるがままを拒否もせず、心が余所に行ったままのようにただぼんやりと眺めていた。
けれど身体はしっかりと兆していて、それをフィガロの中へ受け入れたときには息を漏らしていたような気がする。
そうやって初めての夜はフィガロが一方的に襲ったようなものだったけれど、回数を重ねるうちにレノックスも応じるようになった。
積極的に自分から誘うようなことはなかったけれど、フィガロが誘えば応じたし、行為も一方的では終わらないようになっていった。
それを、待っていたようで、けれど、そうなって落胆もした。
自分からそうなるように仕掛けておいて落胆も何もあったものじゃないとはわかっているのだけれど、それでもどこかで受け入れないで欲しかった。
だって、ほんのわずかな時間を過ごしただけでもレノックスのファウストへの信望の大きさはわかっていた。どんなに荒れた戦場だろうが、どれだけ離れていようが、主のためにとどこまでも駆け抜けて、一身に守り抜こうとする姿。
きらきらと、世界の中心にファウストを置いているのが側から見ていてもわかる目をして、何もかもを捧げていた。
革命軍にはそんな奴らばかりではあったけれど、特にレノックスは顕著だったのだ。
だからこそ、消えたファウストを探して身ひとつで旅を続けているだなんて、聞いたときには驚きもしたけれど納得するのはもっと容易かった。まったく、一途にも程があるものだと思ったものだけれど。
それでもその一途さを、献身を、一身に与えられるファウストが羨ましいとも思ったのだ。
澄み切った、怖いくらいの純情をこれほど真っ直ぐに捧げられていることが。
フィガロが欲しくてたまらない、けれどどういうものかわかっていない、「愛」というものの正解を見せつけられたような気持ちだった。
だから「それ」に少しだけでも触れてみたい、と思ったのだ。
別の誰かの手を拒んで、フィガロに夢を見続けさせてほしい。
けれどフィガロの手を取って、そんなものは幻想なんだと思い知らせても欲しい。
そんなフィガロの思惑なんてレノックスは知りもせず、共に眠るようになった。――ぬくもりを分け合って、傷を舐め合うかのように。
はぁ、としっかりとしたレノックスのため息が聞こえて、フィガロは思考の先を目の前にいるレノックスへ戻した。
「どうしたら、わかっていただけるんですか」
「何を?」
「俺が、恋い慕う相手はファウスト様ではなく、あなただ、ということをです」
「……おまえ、たまにとんでもないセリフ吐くよね」
「茶化さないでください。それにそうでも言わないとわかってもらえないでしょう」
朴念仁だと思っていたのに、なんともまぁ熱烈な。けれどその矛先はフィガロで本当に正しいのか。掛けた情に、許した距離に、縛られているようなものなのではないのか。
まぁ、そんな同情めいた気持ちでフィガロを選ぶというならば、今すぐにでもレノックスを石にしてしまうかもしれないけれど。
「どうしたら、ね……今度は俺を探して旅でもしてみる?」
「そんなことしたってあなたは満足しないでしょう。ファウスト様と同じ時間がかかったとしても、そうでなくても」
「どうかな、そんなことないかもしれないよ。まぁ、俺はファウストよりも上手くおまえから逃げ切ってみせるだろうけど」
「……例えば、どちらへ」
「そうだな……誰かの、腹の中、とかね」
ぐっ、とレノックスの拳が握り締められる。少しだけ煽りすぎてしまった自覚は、ある。その拳はフィガロに振り下ろしてくれるのだろうか。
「……少し、頭を冷やしてきます。こちらは、ちゃんと召し上がってください」
拳も言葉も、フィガロを傷つけることなくレノックスは部屋を出た。
けれど声音には抑えきれない怒りが滲み出ていた。
バスケットを開ければ、ポトフの入った器もパンもまだほっこりと温かい。レノックスの気配のする魔法。自分で邪険にしておきながら、そのあたたかさが恋しかった。
けれど、だって、もどかしいのだ。みっともないからしないけれど、というかさっき似たようなことは言ったのだけれど。「ファウストのところへ行け」ともっと悪様に叫びだしそうになるくらいには。
気質が優しくて、面倒見がいい男なのは知っている。だからこそ雲の街でだって引く手数多で頼られっぱなしだったことも。
けれど今はもう仕えるべき相手に再会したのだから、その忠誠心も優しさもファウストだけに捧げればいい。
四百年もの執着を、各地をボロボロになるまで流離ったほどの献身を、今こそ注ぐべきなのではないのか。どうしてそんなにも重く、凝縮しきったものを抱えているくせに受け取られないでいることをよしとしていられるのか。
――そんなものを抱えたままで、フィガロを愛すというのか。それは、「愛」と言えるのか。
フィガロを選ぶというレノックスに「どうして」ばかりだ。
たった四百年しか生きていないくせに、けれどそれでももう唯一無二を決めたくせに、そしてその対象がすぐそばにいるというのに。
それではフィガロはずっと寂しいままじゃないのか。
ファウストに、忠誠も執着も、祈りも捧げたレノックスから、フィガロに与えられるものは何だというのだろう。
「――とね、まぁこういうわけなんだよ」
「ふふ、フィガロ様にも怖いものがあったと言うことですね」
「別に怖がってなんかいないさ。俺は確かに愛が欲しいというけれど、レノのは違うんじゃないって話なだけだよ」
「あまりにも聞かん坊を続けていると、本当にファウストのもとへ行ってしまうかもしれませんよ。多少焦らしてみせるのは、恋愛においてスパイスにもなりますが、それだけに、しつこすぎればそれはただの苦味でしかありません。いいじゃないですか。そんなに愛されていて何を今さら渋っていらっしゃるのです」
ねぇ、ファウスト?
珍しくけらけらと無邪気に笑うシャイロックに、ファウストはげっそりと肩を落とした。
ミチルに、話を聞くと言ってしまった手前、自業自得な気もするが、何が悲しくて、いっときは師と仰いだひとと、かつては従者として、今は友人として信頼している男との色恋沙汰を聞かされなければいけないのか。
フィガロはどこかむすりと不貞腐れたような、それでいて、シャイロックからそんな風に言われているこの状況を少しばかり楽しんでいるような表情をしていた。
当事者のくせに、どこかそれを第三者の目線で。
自分がいうのもどうかと思うのだが、この男、思った以上に面倒だ。
レノックスに心から同情した。
「――僕を、巻き込まないでくれ」
「巻き込んではいないさ。きみだって当事者だ」
「なにが当事者だ。まったく関係ないだろう……」
百歩譲って、この魔法舎の中では、確かに縁の深いふたりではある。だからまぁ、愚痴くらいならばいくらだって聞こうとは、思う。思うのだけれど、あくまでも完全にファウストはこの点に関しては部外者なのだと声を大にして言いたい。
――しかも。
「レノ……僕に構っている暇があるのなら、フィガロに構ってやった方がいいんじゃないのか」
こんな面倒なことになるのなら。
それを言外に籠めてレノックスを見遣る。そう、レノックスも、この場にいるのである。ファウストを挟んでフィガロの反対側に。
シャイロックに招かれたのだと聞いたが、なんだこの茶番は。
けれどそう言えば、レノックスの眉が寂しそうに微かに下がったのがわかる。なぜか、フィガロも同様に。
「だってそれはもうなんていうか、レノじゃないでしょ」
じゃあ、どうしろと。
ずん、と重くなる頭を組んだ手の上に預ければ、ますますシャイロックが笑みを深めたのだろうとわかる。
ふふ、とちいさな笑い声がこぼれたかと思えば、ことん、と何かが置かれた気配がする。
「ファウスト、こちらを」
視線をあげたファウストの目の前には好む味の、いつも飲むものよりは少しばかりアルコールの強いものがボトルで置いてあった。
これを口実に部屋に戻ったらいい、ということだろう。
こういう気遣いがシャイロックには絶対に勝てないと思わせるところだと思う。
「今夜はこちらが必要かと」
「……ありがたくいただくよ。じゃあ僕は部屋に戻る。いいな!? さっさと仲直り? でもなんでもいいからしろ! こどもに余計な心配をかけるんじゃない」
びしりと言い聞かせるようにしてフィガロを指差せば、ひらりと胡散臭い笑みとともに手のひらが振られただけだった。
「あまりからかわないでさしあげてください」
「ふふ、ついファウストの反応がかわいらしくて」
「あのこもまだまだだねぇ。かわいいったら」
千歳を軽く超える魔法使いふたりの視線から憤るように立ち去ったファウストの背を見送りながらレノックスが言えばますますふたりは笑みを深めるばかりだった。
さて、それでは今日はもう閉店です。
そうにっこりと笑ったシャイロックにバーを追い出されて、フィガロはレノックスと顔を見合わせる。さて、どうしたものか。
「少し散歩でもしようか」
「箒はだめですよ」
「はいはい」
魔法舎を出て、中庭を横ぎって森の方へと歩みを進める。冷えた夜風が頬に心地よかった。
「もうお気は済まれたのですか」
「ん? んー、まぁ、ね」
「何度付き合ったって、やはり気持ちの良いものではありませんから、そろそろ諦めませんか」
あなたは、無駄が嫌いな人でしょう、と深いため息をつくレノックスの言葉が酔いのように身体を巡った気がした。
昨日引き出した、直截な言葉より色気も甘さもないけれど、じくじくと身体を疼かせる。
フィガロがレノックスを試すようなことをするのはこれが初めてではない。そうしたって、レノックスは根気強く付き合ってくれる。けれど、それは無駄なものなのだと、呆れ返ったその言い方こそが――なんだか、一番フィガロを喜ばせた。
「あぁ、それと。どうしても、というなら俺のにしてください」
「なに、急に」
「どうしても、逃げてみようと思うなら、誰かではなくて俺の腹の中にしてください。あなたになら、俺に知られることなくどうとでもできるでしょう」
「……根に持ってる?」
「もしかしたら……いえ、もしかしなくても俺では逆にあなたに取り込まれてしまうのかもしれません。けれど、変わらず自我を保てていたのだとしたら。あなたはすでに俺の腹の中で溶けているのに、そうとも知らず俺はあなたをずっと探し続けるんです。――最高に滑稽だとは思いますが、あなたはそういうのがお好きでしょう」
「……やっぱり根に持ってる」
「今までで一番タチの悪い冗談だったと思います」
「うん、それはごめん」
そろそろ戻りましょう、というレノの背に続いて魔法舎への道を戻っていく。
「そのままレノの部屋に行っても?」
「いいですけど、明日はちゃんと朝起きてくださいね。ずいぶんミチルに心配をかけてしまったようですし」
「わかってるよ。ただ今日は一緒に眠りたい気分なんだ」
まったく、どうせならとことん甘やかしてくれたっていいと思うのに、最後のほんのひと匙足らない甘さがたまらない。
それだけがフィガロにとってレノックスが与えてくれる唯一なのかもしれないと思いながら、レノックスの隣へと歩みを進めた。