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    daibread139411

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    daibread139411

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    love〇essパロ 初夜の導入まで kiiski

    love〇essパロ iski部分あり————するり

    すれ違いざま、試合に興奮し膨らむ尾が撫でられる感覚。まただ。本日何度目か分からぬその行為に自身の黒い尾を腰に巻きつけ、黒猫——潔(ミ)世(ミ)一(つき)は息を吐いた。練習試合に集中するため、纏わりつくような感覚を忘れるようにぶるりと頭を振る。汗にも劣らぬ薔薇の香りが鼻を掠めた気がした。最悪だ。より悪化した思考を占める青薔薇に悪態をつく。

    「…んだよアイツ」
    ミミつきを揶揄わなくなり随分経ったかと思えば、今度は試合中に無言で尾や耳を触り目線を向けてくる恋人————ミヒャエル・カイザーに潔は頭を悩ませていた。



    新英雄(ネオ・エゴイスト)大戦(リーグ)。自身で身を置く環境を選ぶよう指示された潔が選択したのは、憧れのノエル・ノアの所属する、合理性と秩序が求められるドイツで最も強いクラブチームであるバスタード・ミュンヘン。そこで出会ったのが新世代世界(ワールド)11(イレ)傑(ブン)、ミヒャエル・カイザーであった。

    第一印象はそれはもう最悪なものだった。初対面にも関わらず、ぶっ壊れたパーソナルスペースとやれ道化だの世一って呼んでやるだの大層なマウント癖の披露。そして何より、月のように美しい容姿の男の頭には耳が、なかった。
    ——ミミなし、大人だ。マウント癖に言い返したその時、思わず目を向けてしまった潔。それに気づいたカイザーの美しい形の口元がさらに歪む。やらかした。潔は自身が目の前の性悪男に餌を与えてしまった事に気が付いた。最悪の始まりであった。


    「黒猫世一くんじゃ無理無理。尻尾でコケる前にとっととおうちに帰りな~」
    「ここは野良猫がくるところじゃないぞ世一ぃ」「んなよわよわフィジカルじゃお耳で風受けたら飛んじまうかもしれないなぁ?」

    「…んっとにうるせェ野郎だなお前は」


    何かある度、口を開けば耳のことを触れてくるカイザーに潔はげんなりしていた。
    確かにドイツに限らず海外ユースチームの連中は揃いも揃ってミミなしだし、高校生にもなって、なんて自分でも思うところはある。しかし、サッカーを除けば日本人らしく奥ゆかしい潔は、そうやって揶揄われることに慣れていなかった。それに他のブルーロック勢の多くはミミつきだ。一緒にドイツを選択した黒名やイガグリにだって耳と尻尾はついている。それにも関わらずカイザーが弄るのは潔だけ。目的も理由も分からぬ男の奇行に必要以上の疲労を強いられていた。


    そんなふたりの関係が変わったのは、練習試合での出来事がきっかけであった。イタリア戦が終わり残すはフランス戦のみ。初対面のマウント癖はなりを潜めたものの相も変わらずミミのことを揶揄ってくるカイザーを含め、ドイツ組とブルーロック勢での練習が行われていた。
    大人しくなったとはいえ自身の才能の延長線上であるカイザーを観察していればサッカー以外のことで揶揄われ、加えて新たに手に入れた超越(メタ・)視界(ビジョン)や直撃蹴(ダイレクト)弾(シュート)の練習、色々な疲労がそれはもう重なっていた潔。そんな彼は練習後、宿敵を前に倒れた。瞼が落ちる寸前、夏の青空のような瞳が丸く見開いたような気がした。


    ——優しい風が耳を撫でる。どこかで見たような、青空が広がる美しい場所にいた。香るのはこれまたどこかで嗅いだような薔薇の香り。これは少し気に食わないが、そんなことはどうでもよくなるほど優しく耳と頭を撫でられている。誰かは分からないがその優しい手つきを堪能するためぐりぐりと頭を押し付ける。一瞬動揺したように止まった手が遠慮がちに撫でるのを再開した。

    —いい夢だなあ。超越(メタ・)視界(ビジョン)を使用するようになってから要求される睡眠量が確実に増えた。それでも一日は24時間しかなく、日に日にできること、やりたいことも増えて練習量すら増える状況に疲労が溜まっている自覚は、あった。眠り足りないと警告を鳴らす自身の優秀な脳を無視し練習に参加していた中、酷く久しぶりにぐっすり寝れた気がする。

    ……………夢、だよな。未だに頭を撫で続ける手に段々と意識が覚醒する。そういえば何故眠っているのだろう。先ほどまではそう、フランス戦のためにドイツ連中と練習をしていた筈で。

    「………っやべ!」
    「っ!」


    慌てて飛び起きる、何がいい夢だ。試合が終わったところまでは覚えている。その後だ、試合終了のホイッスルが響いた後の記憶はないが感覚には覚えがある。イングランド戦でのそれだ。自身が疲労で倒れたことを悟った潔は一気に飛び起きた。その瞬間、今まで自身を撫でていた手の主も怯えるように飛び退いた。思わず目を向ける。そこには、手を庇うように抱え驚きこちらを見つめる宿敵——ミヒャエルカイザーがいた。


    「………何でお前がここにいんの?」
    「…倒れたお前を運んでやったのが俺だからに決まってるだろうが」
    「………お前が?」
    「ハア、世一くんは人の親切に感謝をするどころか疑いをかけるのか。酷い男だなあ」
    「今までの行動全部思い返して胸に手でも当てて聞いてみろ」


    相変わらずの言葉の応酬にため息をつく。そうだ、見覚えのあった青空のような色も薔薇の香りも全部此奴のモノだ。なら———夢を思い出すように思考に浸る潔。それに一つため息をついて出て行こうとするカイザーに気づいた潔は咄嗟に声を掛ける。


    「っなあ!」
    「何だ?ああ、脳に別条はないそうだが暫くそこで寝てろ、とのことだ。世一くんはそこでおねんねしてな」
    「いや、それはどうでもよくて」
    「?」
    「さっき撫でてくれてたの、お前?」
    「…だったら何だ?」
    「いや、お前ずっと耳のこと揶揄ってくるからさ。嫌いなのかと思ってて。でもすごい優しく撫でてくれたから、思い違いだったのかもな~って」


    嫌い、その言葉を聞いた瞬間にカイザーがこちらを驚いて振り向く。そのままの勢いで再びベッド横の椅子に座った。その速さに驚き潔も思わず背筋を伸ばす。どこか気まずそうな顔をしたカイザーは話を続ける。


    「ミミつきを嫌ってなどない」
    「そ、そう」
    「ただ、」「…ただ?」
    「………随分と大切に守られて育ったんだなと思ってな。下らない嫉妬だ」
    「………は?嫉妬?」
    「笑いたきゃ笑え。お前にはその権利がある」
    「いや……………」


    カイザーの言葉を頭の中で反復する。雪宮に飼い慣らせだなんだと言ってた此奴が、嫉妬。俺の育った環境に、何故。そうして潔は気づく。
    ——俺は、ミヒャエル・カイザーのことを何も知らない。まあ今までプライベートなことを教え合う関係ではなかったし、教えろといって素直に教えてくれるようなヤツではない。が、それでもどうしてサッカーをしているのか、何が此奴に皇帝の名に相応しい振舞をさせるのか、何一つだって知らなかった。
    気まずそうな、初めて見る表情のカイザー。此奴の事、本当に何も知らないんだ。再度実感する潔は改めてカイザーに向き合う。


    「何で怒ってんのかとか意味わかんないし、お前がどうして俺に嫉妬したのかも知らない」
    「……………」
    「……だからさ、まあ、教えてよ」
    「……は?」
    「言いたくないことは言わなくていいよ。別にそこまで仲良くしようって訳じゃない。俺だって仲良しこよしするためにここに来たわけじゃないから。でも」
    「…でも?」
    「折角、会えたんだ。俺にとってお前は、テレビの中でいつも見ていた人間で、でも今は喰うべき相手だ。趣味とか、どうしてサッカーしてるのか、とかぐらい聞かせろよ。俺も教えるし」


    かなり甘っちょろいことを言った自覚はある。照れくささに熱を持ち始める頬をさすり、惚けたようにこちらを見つめるカイザーと目を合わせ笑った。向けられた笑顔に我に返ったカイザーはため息をついた。


    「…本当にクソ甘ちゃんだな世一は」
    「へーへー。で、どうすんの?」
    「………そう簡単に教えるわけないだろ」
    「は?」
    「話は最後まで聞けって初等教育で教わらなかったのか?世一くんが俺より点数決められたら教えてやるって言ってるんだ」
    「は~?それを先に言わないお前が100悪いだろ。まあ、それが条件ならフランス戦後には聞けるって訳か」
    「気が早い男は嫌われるぞ世一ぃ」


    すっかり元の調子に戻ったカイザーにほっと息をつく。やはり自分たちはこうでなくては。でもまあ、人間らしさを見せもしないカイザーのそれに少し触れられた気がして気分が上がるのを感じていた。鼻歌でも歌いそうな様子の潔を、カイザーは鼻で笑いベッドに押し倒す。ぽかんと只でさえ大きな目をまん丸に見開いて驚く潔に、ひとつ笑いを零して続けた。


    「まァ、今は寝ていろ。調子を崩されては殺し甲斐がない」
    「……………わあったよ。あ、そうだ」
    「何だ?」
    「耳、撫でて」
    「は?」
    「夢うつつだったけどお前の撫で方、気持ちよかったんだよね。折角だし起きてるときにもやってくれよ」
    「………お前な」
    「減るモンじゃないしいいだろ?元はと言えばお前が原因で倒れたんだし」
    「あーあー、へいへい。仕方ない、撫でられなきゃ寝れない甘えん坊世一くんに特別サービスしてやるよ」


    ため息をつきながらも撫で始めるカイザーに、掛布団の中で潔は思わず笑みを零す。何かが変わりそうな予感にワクワクしながら、優しい手つきに身を任せ、潔は微睡みの中に落ちた。

    ——————————————————

    そうして何だかんだフランス戦を、ブルーロックを終えて潔が選んだのがミヒャエル・カイザーの所属するバスタード・ミュンヘンであった。
    東洋人、加えてブルーロック終了後そのまま独に乗り込んできた潔は勿論ミミあり。大きな瞳に日本人らしい童顔とピッチ外での愛想笑い。変な虫が集るのは想像に容易いものであった。
    そんな不安要素しかない、一人慣れない外国生活に戸惑う潔を支えたのが以外にもミヒャエル・カイザー、其の人だった。一人で歩いても大丈夫な街や道の紹介、遠出する際の車での送り迎え、また潔の食事まで驚くほど献身的にサポートした。そんなカイザーに、元来サッカー以外では人の良い潔がほだされるまで時間はそうかからなかった。


    ピッチ内では殺し合うかのように。
    一歩外に出れば友人と言うには近く、恋人と言うには遠い。そんなふたりの関係を変えたのがカイザーのストーカー事件であった。
    ミヒャエル・カイザー、マウント癖に口の悪さ、性格で言えば最悪の男ではあるが如何せん其の容姿は極上のモノだ。バランスの取れた美しく筋肉のついた体に、これまたミヒャエル——天使の名にも負けない美しい顔。同性愛に寛容な海外において、男女ともに好かれる容姿を持つこの男は度々面倒なモノを寄せ付けていた。


    「なあ、カイザー。お前大丈夫か?」
    「あらまあ、今日の試合で俺にアシストしてくれた世一くんに心配されるなんて」
    「あれは!お前が俺のシュート勝手にとったんだろうが!ってそういうことじゃなくて」
    「は?どうでもよくないだろ。腑抜けんな」
    「どうでもいいなんて一言も言ってねえだろ!俺は!お前の!体調の心配をしてんの!」
    「………コンディションは悪くない。今日の試合見て分からねぇのか」
    「お前のサッカーに関することは信頼してる。でも」


    言い合いをして眉間に皺を寄せるカイザーの目元を指の腹で触る。よく見なければ分からない、うっすらとした隈がそこにはあった。

    「これ、寝れねえの?」
    「……いつから気づいていた」
    「今日だよ、ストレッチするときになんとなく。まあお前のサッカーは相変わらず喰いたくなるそれだから安心しろ」
    「……ハァ」


    潔の指が温いのか、擦り寄るように瞳を閉じる。それに応えるため、少しでも温まるよう両手で顔を包み、腹を尻尾で巻いてやる。関係性が変わりこちらに来てからも、生活感を見せず、いつだって求められる皇帝象を演じる男が甘えている。状況の深刻さを感じ、潔は努めて優しく普段通りに話しかける。


    「何かあった?」
    「ん。いや、夢見が悪いだけ、だ。サッカーに支障はない」
    「………そっか。まあお前にはいつも世話になってるし。何かあったら言えよ」
    「…ふは、お子様世一がカッコつけちゃって」
    「カイザー」
    「あいあい」


    原因は聞き出せなかったが、言質は取った。義理も感謝もある。何かあれば自身が助けると気合を入れる潔を見つめ、カイザーは小さくため息をついた。


    ————しかし、状況は悪くなる一方だった。暫く家には来るな、そう言い捨ててから自身に近づかなくなったカイザー。自分のように見つめていなくては分からないほど薄かったはずの隈は、今やチームメンバーであれば誰しもが気づくほどになっていた。そんなときであった。


    「あンの馬鹿……!」

    ——恐れていたことが、起きた。練習試合中、カイザーが不注意による接触事故で救急室へと運ばれた。見た限りでは、怪我はないようであったが。先を急ぎ着いた救護室。そこに探し人の姿はなかった。スタッフに聞けばロッカー室に荷物を取りに行ったという。

    「んなもんこういう時ぐらい人に任せりゃいいだろーが」

    ぶつくさと文句を言いながらロッカー室へと進路を変更する。一応、スタッフが歩いてもいいと判断し、実際歩けるほどには状況は悪くないらしい。ホッとため息をついた潔は、頭を振り思い直す。
    ———サッカーに影響を出さないって言ったのは何処のどいつだよ。
    一言文句を言ってやらなくては気が済まない、そう怒りを持ち直しロッカー室へと向かった潔。見慣れた二又を見つけ声を掛けようとした瞬間であった。


    「………うえ」
    「………は?」


    思わず出た声に驚いたようにこちらを振り向く。只でさえ白い肌が、唇が青白くなっている。それなりの付き合いのある潔でさえ見たことのない表情。すっかり気が動転した潔は尾を膨らませカイザーの元へと駆け寄った。


    「お、まえどうした!大丈夫か?気分が悪い?」
    「っ!世一、か。まだ練習試合は終わってないだろ、何故ここにいる」
    「んなのお前のせいに決まってるだろうが。というかその顔で何でもないわけないだろ。さっさと救護室戻るぞ」
    「だから大丈夫だ。一人で帰れるし救護室にも行く。世一はさっさと練習に戻れ」
    「駄々こねんな!このままおんぶして、く、ぞって………………は?」


    やけに粘るカイザーをこちらに引っ張る。未だに縮まらぬ体格差に、何時もであれば動きやしないその体が倒れ込んできた。やっぱり体調良くないんじゃん、そう思い文句を言おうとした潔は、ロッカーを見て、言葉を失う。

    —————几帳面な性格を表したようなカイザーのロッカー。それが見る影もないほど荒らされている。ただ散乱しているのであれば、そういう時もある。そう思うこともできるであろう。しかし、その散乱した衣服の上に形容しがたいモノがばら撒かれていた。目線から見て盗撮であろうカイザーの写った写真、その上に散らばるのは赤い血と白い液体。それが何であるかは、男である潔はよく知っている。明らかに何者かによって荒らされた、吐き気を催す惨事が広がっていた。


    「……………んだよ、これ」
    「……………知らん」
    「…お前、もしかしてあの時から、ずっと」
    「……いや、あの時はここまででは、なかった」
    「…んで黙ってたんだよ!俺じゃ全然信用ならないかもしれないけど、でも」
    「ちが…」
    「じゃあ何で!…そんなに頼りなかった?俺」


    自分の不甲斐なさと餓鬼っぽさに唇を噛む。悔しい。幼く見られ舐められやすい潔に、サッカー以外の負担が掛からないよう、支えてくれているのはよく分かっていた。施されるだけなのは性に合わない、それに此奴とは対等な関係でいたかった。今度は自分の番だ、そう思っていたのに。

    悔しさに耳を畳み尾を巻く潔に、青い顔のまま、ひとつ息を零してカイザーはぽつりぽつりと話し出す。


    「…お前を、巻き込みたくなかった」
    「………自分の舞台に上げてやるとか、ドイツに来いとか色々言ってきた癖に?」
    「それとこれとは話が別だ。お前にサッカー以外の負担を掛けたくなかった」
    「………お前案外臆病だよな」
    「は?」


    ため息をつきカイザーの腕を掴む。こんなところで話すもんじゃない。大人しく手を引かれるカイザーを横目に、スタッフに詳細を伝え玄関に向かう。


    「おい。世一、どこに行くんだ」
    「俺の外の家」
    「っ離せ!」
    「ヤダ。お前が何考えてんのかは大体わかったけどさ。俺はお前に大人しく守られてるような人間じゃない。感謝はしてる。この耳とか自分の容姿がサッカー以外だと舐められやすくて何かに巻き込まれやすくなるってことぐらい、分かってた」
    「……………」
    「守ってくれてたってことも分かってる。ありがとな。でもさ、これは我が儘だけど、やっぱり俺はお前と対等で居たいよ。」
    「………クソ生意気」


    話をしながらスタッフに用意させた車にカイザーを押し込み自身も隣に座る。未だに熱のない手を暖めるよう、尻尾を巻き付け手を握る。少しでも気持ちが伝わるように、怯えた青空を覗き込む。


    「クソ生意気で結構。だから、今度は俺がお前を守る番。お前はいつも通り偉そうに俺の家でくつろいでろよ」
    「は…。よわよわ世一がどうやって」
    「いいから。とりあえず家着くまで寝てろ。寝て起きたらいつも通りになってるよ」
    「お前な…」


    まだ色々と言いたげなカイザーの頭を肩に乗せ髪を撫でる。いつも自分が撫でてもらうときのように。優しく、安心できるように。次第に力が抜け、小さく寝息が聞こえる。顔に掛かる髪をそっと耳にかけ、先ほどから点滅しているスマートフォンを開いた。


    「あ~、ネス?今隣でカイザー寝てるから静かに頼む」
    「…起こしたら承知しませんよ」
    「分かってるよ。で、どう?今日中にどうにかなる?」
    「当たり前でしょ、世一も準備をしておきなさい。今日中に終わらせます」
    「ハッ、流石。よろしくな」
    「世一に言われるまでもねぇです。またこちらから連絡するのでさっさとカイザーの枕に戻りなさい」


    言うだけ言ってさっさと電話を切るネスに笑みを零す。指通りのいい髪も少々パサついている気がする。ふわふわと撫でながらカイザーがぐっすり眠れるよう、今日だけは枕の役割に徹してやろう。息を吐き、守るように尾をカイザーに巻き付けた。


    ——————コツリ


    家主の居ない部屋に靴音が響き渡る。それに安堵と不愉快さを滲ませたようなため息がひとつ。大好きで敬愛してやまない美しい皇帝は今日、忌々しい黒猫と共に帰ったらしい。ロッカーの惨状を見たのであろう、険しい表情の同僚が車を手配したと話していたし、先ほど確認した位置情報からも間違いない。舌打ちを零し寝室へと向かおうとした、その瞬間であった。


    「随分とまあ、堪え性がないんだな」
    「…………は?」
    「しつこい男は嫌われるって聞いたことない?ドイツにはその文化ってないのかな」


    たった今、向かおうとしていた寝室の電気がついた。突然の明かりに瞬く中、耳に聞こえるのは先ほど思い浮かべていた、此処にいる筈のない、


    「い、さぎ選手」
    「コンバンワ。さっきぶりっすね、スタッフさん」
    「あ、はは。そうですね。えっと、潔選手は何でここに」


    ———何が起きているのか、何一つ状況を理解できていない男は自身の立場も忘れ、誤魔化すように笑みを浮かべ話しかける。何でここにいるのか、なんてテメェが聞かれるべきことだろうが。見た目より随分と短気な潔は、思わず噛み付きそうになる自身を抑え笑顔を向けた。


    「今日の騒ぎ、ああ、勿論スタッフさんも知ってるとは思うんすけど。それで今、カイザー、いやミヒャエルに必要な荷物でも持ってこようかなって思って」
    「!」
    「何か?」
    「っああ、いや、知っています。成程。そういうことだったんですね。潔選手のお部屋にお泊りなら心配はなさそうで、よかったです」
    「そういうスタッフさんは何を?」
    「ええっと、その、今回の事件を踏まえて他にストーカーの証拠がないか回収しておこうかと思って」
    「へえ、鍵は?」
    「く、クラブに預けられていたマスターキーがあるんです!それをお借りして!」


    ミヒャエル、そう呼んだ瞬間の此奴の顔ときたら!あまりにも分かりやすいその反応に思わず口角が上がる。もう少し遊んでやってもいいが、存外寂しがり屋のかわいらしい男が家で待っているのを思い出し、片をつけるため向き合う。


    「アハハ!いいや、もう終わっていいっすよ」
    「…………へ?」
    「だからその大根演技さっさとやめろって言ってんだよ。ストーカー野郎が」
    「は、え、いや、私は」
    「——俺はカイザーとネス、ノアと監督以外に外の家を買った事、伝えてない」
    「え…」
    「それに今日だってクラブチームの車じゃなくてタクシー使ったし。行き先だってそれこそノアとネスにしか教えてない。冷静に考えればホテルに向かったって思うだろ」
    「…………」
    「その足りない頭で必死に言い訳考えてるんだろうけど無駄。あのバスタード・ミュンヘンがあのミヒャエル・カイザーの鍵をいちスタッフに貸出すわけがない。確認もとっくに取れてる。てめェの負けだよ」


    取り繕おうとしていた男の肩がガクッと下がる。いい気味だ。大切な、大切な宿敵が、サッカーではなく此奴のせいで傷つけられた。正直言い足りない気持ちはある。が、これ以上煽り逆上されては困る。そう考え外で待つネスに合図を送った。


    「…………のせいだ」
    「は?」
    「っお前のせいだ!お前のせいで!僕の完璧で最高のカイザーが汚れた!」
    「は…」
    「よかったんだ!遠くから見て、関係ないところでも、視界に入らなくても、サポートが出来ればそれで!でも!でも、お前が現れてから、一人で誰の手も取らなった筈の皇帝は、変わった」
    「……」
    「誰の施しも受けなかった筈の皇帝が自ら手を差し伸べた!それなのにお前はそれをさも当たり前のように受け取って返そうともしない!どうして!どうしてそんなお前に!」


    言いたいことは、分からなくもない。渡独当初、ピッチ内では変わらず邪魔をしてくるにも関わらず、一歩外に出れば甲斐甲斐しく世話を焼くその変わり様にあんぐり口を開けた記憶とてある。だが、


    「知らねえよ、そんなの」
    「……………は?」
    「どうして、なんて俺だって知らないっつてんの。でも」


    ぎゃーぎゃーと喚くストーカー野郎の襟を掴み、勢いよく頭を突き合わせる。痛そうに顔を歪めるその様に少し溜飲が下がった潔は、そのまま睨み付けるように続けた。


    「————カイザーが俺を選んで、俺がカイザーを選んだ事実は変わらない。そうだろ?」
    「っ!?」
    「文句があるならアイツの舞台に上がれるような人間にでもなるんだな。妬んで舞台をぐちゃぐちゃにするような人間、カイザーから認められるとでも思うか?」
    「あ…」
    「お前はアイツの演目を唯々卵を投げて邪魔した野次でしかない。其の性根叩き直せクソペルヴェルス野郎」


    すっかり顔を青くして腰を抜かした男を一瞥し、フンと鼻で笑う。そうしてタイミングよく警察を連れたネスがこちらにやってきた。変態クソ野郎が連行されていくのを横目で見ながらネスはため息をついた。


    「こンの馬鹿世一。煽るなって散々言いましたよね?」
    「あはは、まあネスが聞いて待機してくれてるからいいかなって。でもすっきりしただろ?」
    「………ハァ。本当にこの男は」


    眉間のしわを深めるネスに笑みを零す。だって仕方ない、気に食わなかったのだ。人間らしさなど一切見せない、皇帝然とした振舞に、一分一秒をサッカーの為に生きている男が、あんなクソ野郎にペースを崩されるなんて。ネスとて同じなのであろう、言い返してこない様子から伺える。

    晴れやかな顔をした潔に、頭痛が痛いと言わんばかりの顔をしたネスはさらに深いため息をついた。

    「まあ、共犯の自覚はあるので、僕からはこれ以上言いません」
    「僕からは?」
    「精々叱られろって話です。ねえ、カイザー」
    「は?」


    事情聴取は遅いから明日にでも、そう伝えられ帰宅するためにネスの運転する車へと向かっていた。そのネスの車に寄り掛かるように、美しい男がいる。その表情は酷く険しい。

    「世一」
    「…………んで、お前がここに」

    何とも言えぬ空気にため息をつき、恭順な従者は皇帝に向き合う。

    「人払いは済ませました。僕も話が終わるまで車で待っていますね」
    「…………助かる」
    「いえいえ♪」


    敬愛する皇帝からの感謝に気を良くし笑みを深めたネスは、こちらの肩を小突いて車へと去る。気まずい空気を断ち切るよう、潔は何とか話を始めた。


    「…寝てたんじゃなかったのかよ」
    「生憎人の気配には敏感でな、外出の準備をするお前のおかげで目が覚めた」
    「そ、れはごめん…っていや、その後も寝てりゃいいじゃん」
    「は?何故だ」
    「何故って、最近まともに寝れてなかったんだろ?俺が出た後なら人の気配もないし、よく寝れたんじゃ」
    「————お前が、世一が危険なことに首を突っ込もうとするのが悪いんだろ」
    「へ?」
    「お前が俺と対等でいたいと思うように、俺だってそう、思う。俺だってお前を危険な目に合わせたくない」


    苦しそうに気持ちを吐露するカイザーに目を見開く。カイザーの耳には潔と揃いの通信機。
    ——————あの野郎、そういうことか。さっさと車へ戻ったネスを思い浮かべ悪態をつく。


    「お前だって見ただろ、撮られた写真全部、お前の顔が塗りつぶされて」
    「カイザー」
    「今更、そう思われるかもしれないが。本当に、巻き込むつもりはなかったんだ。だから話しかけないようにしたし、お前から距離を取った。でも」
    「カイザー!」
    「でも!」


    らしくない、本当にらしくなく自分の気持ちを素直に伝えてくるカイザー。こんなに人間らしいカイザーは初めて、見た。すっかり気が動転しているであろうカイザーを止めるため潔は声を掛ける。しかしそれを振り払うように頭を振り、カイザーは潔の腰を引いた。


    「お前が、世一が隣にいないのは、寒い。一緒に、隣にいなくても俺は俺で居られる。それこそが皆が求めるミヒャエル・カイザーだ。それにお前には運命———糸師凜がいることだって分かってる。でも」
    「…でも?」
    「お前を隣に乗せない車は酷く静かで、共に食べない飯が続くと味気ない。初めて知ったんだ」
    「…うん」
    「俺は、お前を守り、隣にいる権利が欲しい」


    肩に顔を埋め、囁くように呟かれた言葉。そういえば、コイツのお願いを聞くのって初めてじゃないか。そんなことを考えながら、顔を見たくて少し体を離す。目の前に広がるのは不機嫌そうな美しい顔。こんなに機嫌悪そうでも顔、綺麗なんだな。思わず笑みを零せば眉間の皺が更に深まった。


    「ふは、何でそんなに不機嫌そうなんだよ」
    「………世一」
    「アハハ!天下の皇帝様が!」
    「世一!」

    不機嫌から怒りへと表情を変えていく皇帝様の顔を掴む。驚きで目を見開いたカイザーに更に機嫌をよくする。今日は此奴の色んな表情が見れた。驚くほど上機嫌な潔を不審な目で見つめるカイザー。何だか緩い空気の中、潔は告げる。

    「じゃあ、そのお前を守って隣にいられる権利。くれてやるから俺にもくれよ」
    「………は?」
    「ドイツって告白文化ないんだっけ?まあ、いっか。俺と付き合ってよ、ミヒャエル・カイザー」

    ぽかんとした顔のカイザーがハッと我に返り潔の口を塞ぐ。

    「………いったん黙れクソ鈍感」
    「むご!」
    「日本の告白文化ぐらい俺だって知っている。舐めるな」

    真剣な目に、抵抗を止めた。大人しくなった潔を真正面に、カイザーは話を言葉を続ける。

    「…俺の横はお前にくれてやる。だから、お前の隣にいる権利をよこせ」
    「……………ふは、俺と同じこと言ってんじゃん」
    「………うるさい」


    見た目通り慣れてるのかな、なんて思っていればとんでもない。白人らしく白い肌をほんのり赤くさせ、小さく呟くように同じことを繰り返すカイザーに笑みを零す。そうすれば更に頬が赤くなるもんだから!


    「アハハ!ほんっとにお前かわいいのな」
    「は?」
    「いいよ、俺の隣もあげる。だから、」

    カイザーの手を自身の耳へと当てる。そうして自身はカイザーの耳があったはずの場所に手を伸ばし髪を撫でた。そうしてにやりと笑って言葉を続ける。

    「色々と教えてくれよ?先輩」
    「———ハッ、生意気なKatzeだな」

    されるがままであった掌を後頭部に回し、グイッと距離を詰める。

    「弱音吐くなよ世一クン?」
    「言ってろクソ王子」

    空に輝くまあるい月と、赤い髪の魔術師だけが、小さく重なった影を見ていた。

    ここから!新着!——————————————————————————————

    そう、そうして何だかんだ恋人となった筈のミヒャエル・カイザー。恋人になってからは耳のことを可愛いらしいと揶揄うことはあれどサッカー中に触れてくることなどなかった。そんな男が練習試合中に見せた不可解な行動。恋人になってからも生来の強がりで弱みを中々見せてはくれない、考えていることがイマイチ分からない恋人に悩むだけ無駄。潔はカイザーの扱い方を知っていた。


    「んで、何なんだよお前は」
    「…何がだ?」
    「とぼけんな。さっきの試合中ずっとこっち見てくるわ尻尾触ってくるわで気が散ってしょうがないんだよ」
    「…」
    「言いたいことがあるなら直接言え」


    練習試合終了後。挨拶を終えすぐさまシャワーへ向かおうとするカイザーの腕を掴み空き部屋に入る。逃げられないよう後ろ手でしっかり鍵をかけた潔はどこか歯切れの悪いカイザーと見つめ合っていた。

    別に恋人に触られて不愉快になるような人間ではない。それに此奴が揶揄うつもりで触っているとも思っていない。何か意図が、言いたいことがあるなら言って欲しい。出会いも経緯も複雑なふたりだが、生憎潔はカイザーのことが大好きで、カイザーのサッカーを信頼しているので彼の行動に疑いも不快感も持ち合わせていなかった。

    そうして真っ直ぐカイザーを見つめる潔。それに息を吐いてカイザーも向き合う。美しい形をした口を酷く不愉快そうに曲げ、重そうに口を開いた。


    「……今日の試合相手に、何かされなかったか?」
    「………ん?今日の?いや…うーん、特に?」
    「何が特に、だ。雑魚の癖に執拗に尻尾狙ったりコソコソとクソ汚いこと吹かしてただろうが」
    「あ~…」


    思い返してみれば、そんなこともあったような気も、する。やたらと絡んできた相手チームの11番、ファウルじゃなくて尻尾狙ってたんだ。でもまあ、

    「気にしてない。お前だって見てただろ、俺がアイツらに膝つかせたの」
    「……ああ」
    「サッカー以外でどうこう言われようが別にどうでもいい。お前はこれついてる俺のこと、嫌いじゃないんだろ?」
    「ああ」
    「ならいいよ。お前とか大切な人がどうとも思ってないなら俺は何ともない」
    「………だが」


    それでもまだ言い募ろうとするカイザーの口を口で塞ぐ。猫のように目を見開くカイザーに唇が触れ合うほどの距離で囁いた。

    「—————ならお前で落とすかお前が落とすのか、どっちか選べよ」
    「は……」
    「そろそろ腹括れっつってんの」


    出会った当初からとっくに耳を落とし、男も女も選り取り見取りであろう容姿を持つミヒャエル・カイザー。さぞや経験豊富で、手を出されるのも早いんだろう。そう考えていた潔。しかし、その予想に反し恋人になってから約半年。
    お付き合い初日からキスをし、お泊りも済ましたにも関わらず!未だに潔の頭には耳が、尻には可愛らしい尻尾が生えていた。あんな事もあったし、何より人間らしさを見せることを極端に嫌うカイザーに気を使い、プラトニックな関係に不満を漏らしたことはない。

    —————だが、潔世一とて男だ。人並みに性欲あるし、耳を落とすのなら恋人がいい。そしてなによりその恋人はあの天下のミヒャエル・カイザー。ピッチ上での性格は最悪だが、恋人としてはスパダリ、なんて部類に入るのではないかと考えられるほどの献身ぶり。そして何よりその美しさ。均等の取れた美しい筋肉のつく躰と切れ長な美しい涼しげな眼と高い鼻、美しい口がこれまた美しく設置された顔。共にいてそういう気持ちになるなと言う方が無理な話であった。


    「お前がこの耳と尻尾、気に入ってるのは知ってるけど。でも、俺だって男だし。それに、これ落とすならお前がいい。お前じゃなきゃ嫌だ」
    「……………お前なあ」
    「お前だって俺の耳、他の奴になんか落とさせたくないだろ?」
    「………ハア、なら今夜、俺がお前の耳を落とす」
    「……………俺が抱かれるってこと?」
    「そうだ。色々と雑な世一くんに処理を任せたらいらん所まで傷つけるだろうしな」
    「そ!そ、れは、まあ、そうだけど…」


    耳と尻尾がついていることからも分かるよう、潔にそういった経験は皆無だ。男女ならいざ知らず、男同士のそれは準備が必要であるとも聞く。男として、好きなヤツを抱きたい気持ちはあるが傷は付けたくない。まあ、色々知ってから俺も抱けばいいか。何とも形容しがたい顔をしながら神妙に頷く潔。それに仕方がないなと言わんばかりの笑みを零し、カイザーはふわりと揺れる耳を撫でる。


    「言っておくが、俺とて男を抱いた経験はない」
    「マジ?」
    「マジもマジだ。だからまあ、ふたりともハジメテってやつだな」
    「そ、っか………そう、なんだ」


    思わずにやける頬を隠すことも忘れ、潔は言葉を嚙み締める。此奴に初めてなんて存在してないと思っていたから。
    —————じゃあ、まあ、仕方ない。俺も一応勉強しておくか。色々。
    そんなことを考えながらふんふんと気合を入れる潔。そんな彼のピンっと立った尻尾と耳を、カイザーが何とも言えない顔をしながら見つめていることに、終ぞ気づくことはなかった。


    ———————————————


    「……………なあ、カイザー」
    「何だ」
    「…………何だじゃなくてさあ」

    自身に覆いかぶさる恋人を見つめ潔はそっと息を吐く。

    「今日、辞めとかない?」
    「は?お前から誘っておいて?今更怖気づいたか」

    小馬鹿にしたように笑うカイザー。それもそうだ。自分から耳を落とさせろ、そう誘ってきた筈の子猫がベッドの上で行為の中止を求めている。どんな相手であろうと語感が強くなってしまうのも致し方ない。怪訝な顔をしたカイザーを見上げ、潔は小さくため息をつく。

    「そうじゃなくて。お前、もしかして気づいてない?」
    「何が?」
    「何がって………」

    仕方ない、そう言いたげな顔をした潔はカイザーの腕と顔にそっと触れる。そうしてやっと気づく。随分と感覚が鈍い。

    「—————こんなに、冷たくなって、震えてる」
    「……………は」


    初めて気づいたと言わんばかりに目を見開く恋人に、またもやため息を零した。
    確かに、そういうことに興味も欲もあって発破をかけたし、耳を落としてしまいたい気持ちもある。でも、その気でない恋人を付き合わせるほど潔は落ちぶれていない。折角愛し合うなら、互いが求める形がいい。茫然自失の恋人と目を合わせ、潔は続けた。


    「お前の気持ち、確かめずに話進めてごめん。俺我が儘だからさ、やっぱりお前も乗り気なときがいいや」
    「……………」
    「あ~!えっと、そう!よくよく考えてみればお前、下ネタとか人と触れ合うの嫌いだもんな。付き合わせて御免と言うか」
    「……世一」
    「俺男だから、胸もふわふわ感もないし!顔も別に普通だし!いきなり興奮しろっていうのも無理な話で」
    「世一!」

    言いたくもない、自分を傷つけるための言葉をベラベラと吐く潔にカイザーは呼びかける。怯えたように言葉を止め顔を伏せる恋人の姿に、胸の奥が痛む。

    「世一」
    「な、何」
    「お前が、悪いことは何一つない。そうやって自分を傷つける言葉を吐くな」
    「で、でも」
    「でももだってもない。それに勘違いするな、俺はお前との触れ合いを不快に思ったことはないし、お前に興奮したことだってある。今だってそうだ」

    だれだけ否定しても、どこか信じられないように瞳を揺らす潔。こんな顔を、させたわかったわけではない。自身のせいで傷つく恋人に、小さく息を吐いて覚悟を決めた。


    「本当にお前に非はない。それより俺は、お前に黙っていたことが、ある」
    「……黙ってたこと?」

    声が震える。でも恋人が傷つくくことに比べたら。恋人の目をゆっくりと見つめ、顔に伸ばされていた腕を掴み頭の上へと乗せる。耳がついていたのであろう場所に恋人の掌を置くと、ほっと息をつき言葉を続けた。

    「俺の耳が落ちたのは、6歳の頃のことだ」
    「……………6歳?」
    「そうだ。それもまあ、突っ込まれる方でな」
    「……………は?」


    —————言われた言葉に理解が追い付かない。6歳、突っ込まれた方。目をぐるぐると回す潔に苦笑を零しながらも、それでも言葉を止めずに話を続ける。


    「俺の生まれの話を聞いたことは?」
    「あ、え、いいとこのお坊ちゃんって話、だけ」
    「…そうか。まあそうだな。ただ、俺と父の間に血のつながりはない」
    「え…」
    「娼婦であった実母の客であったらしい。本妻が亡くなり、後妻として母を迎えたそうだ」
    「………」


    艶やかな黒い耳を撫でる。怒ればグイと後ろを向き、嬉しいことがあればピンと立ち、撫でればへにゃりと垂れる。潔世一のように真っ直ぐで汚れない、美しい毛並み。カイザーはこの耳も尻尾も、大好きであった。それが今やすっかり伏せてしまっている。困惑がありありと伝わってくるその耳に怖気づく心が、少し落ち着いたような気がした。


    「美しい実母似であったことから父には大層可愛がられた自覚はある。ただ、本妻には俺の5つ上の義兄が、いた。そいつがまあ、中々にクソでな」

    耳を撫でる。

    「—————6歳の時、自室に連れ込まれ耳を落とされた。当時は何が起きたか、なんて分かっていなかった。混乱していたときに付け耳と尻尾を渡され、此のことは黙ってろ、と。そう言われたことだけはよく、覚えている」


    ————嘘だ。気色悪い、自分を触る手も、体を掠める息も、酷く不快な異物感も、優秀な脳は全部覚えている。でも、目の前で必死に話を噛み砕き悲しそうな顔をする恋人をこれ以上追い込む必要はない。そう考え、少しの嘘を混ぜ話を続けた。


    「でもまあ、これでも娼婦の息子だ。事態は理解できた。それから14歳辺りまでは付け耳をしていた記憶がある」
    「…………それ、親には」
    「伝えていない。女手一人で、娼婦にも関わらず自分を育ててくれた母が、父と共にいると酷く楽しそうに笑っていたから」
    「…………そっか」
    「その頃からだな、家にいるのが苦しくなった。そうして外で暇を潰しているとき、フットボールと出会った」


    潔の身体をそっと起こし、後ろに目線を向ける。そこには様々なトロフィーと並ぶように、ボロボロのサッカーボールがひとつ、置かれていた。


    「この顔を気に入っていた父と母は、俺がスポーツをすることをあまり良く思っていなかった。だからひとり練習していた。ゴミ溜めに捨てられていた、あのボールを使って」
    「……ひとりで?」
    「そう、一人で。でもまあ、俺は天才だからな。ひとり練習していたところを見ていたらしい、クラブチームの人間にスカウトされた。流石の父と母も名門からのお誘いを頭ごなしに断ることはなく、俺の意思を尊重する、そう伝えられた。だから俺はすぐさまオファーを受け、今、こうしてここにいる」
    「………それがバスタード・ミュンヘンってことか」
    「御名答」


    —————軽蔑されるだろうか。言葉が呑み込めてきたのか、険しい顔をする潔を見て、震えた息を吐く。大方俺の耳を見て、経験豊富だとかませた幼少期を過ごしただとでも考えていたんだろう。震える左手の王冠を隠すよう掌を乗せ、真っ直ぐこちらを見つめる瞳から目を逸らす。


    「期待外れだったか? すまんな、お前は随分と俺を買い被ってくれていたようだが」
    「カイザー」
    「生憎抱いた経験も一度しかない。人との触れ合いに対する嫌悪感を克服しようとネスに用意させた女を抱いたが、結局、ダメだった。気持ち悪くて仕方ない。吐き気が止まらなかった」
    「カイザー」


    焦るように言葉を募るカイザーの顔を掴み、こちらに引き寄せる。美しい青がゆらゆらと水面を揺らす。
    ———あ、零れそう。
    思わず紅が差された目元に唇を寄せる。驚き見開いた瞳に怯えの色がないのを確認し、もう片方にも贈ってやる。


    「っな世一!」
    「どう、落ち着いた?」
    「……は」


    過呼吸にも近い、焦りを見せていたカイザーが落ち着くよう、その体を引き寄せる。自分でも気づいていなかったようだ。崩れた呼吸を戻そうと肩を震わす、愛おしい男を抱き締めその頭を撫でる。引きつったような呼吸音が落ち着きを取り戻した頃、縋るように伸ばされていた手に遠慮がちに押され、小さく距離が開いた。顔を覗き込めば、そこには顔を赤くしたカイザー。それにほっと息をつき、両手で顔を包み込むようにして言葉を続ける。


    「なあ、カイザー」
    「………………何だ」
    「ありがとう」
    「………は」


    未だ赤い顔を晒したカイザーが奇妙なものを見るような目を向けてくる。それに苦笑し、頬を指先で撫でながら言葉を重ねる。


    「怖かっただろ、言いたくなかっただろ。それでも落ち込む俺のために、俺を信頼して伝えてくれてありがとう」
    「な、にを」
    「お前が人と触れ合うのも、性的なことに嫌悪感抱いてるのもなんとなく気づいてた。いつか教えてもらえたらとは思ってたけど、それを結果として、急かすような事になったのはごめん」
    「……お前は悪くない。俺が」
    「お前も悪くない、そこは間違えんな。でもさ、俺、嬉しいよ」
    「は?」
    「お前の過去には腹が立って仕方ないけど。お前がそうやって信頼してくれて、多分、心の一番弱い所を見せてくれたのが、本当に嬉しい」


    意味を理解してきたのか、ぽかんとして顔をしていたカイザーの目尻が、美しい口元がわなわなと震え出す。言葉を吐こうと、何度も口を動かすカイザーを急かさぬよう、力の入った目尻を撫でる。


    「よ、いちは」
    「うん」
    「よいちは、ガッカリしなかったのか」
    「ガッカリなんてしてないよ」
    「汚いって、軽蔑して」
    「軽蔑なんてしない」
    「でも」


    言い募ろうとするカイザーの顔を引き寄せ、小さく口づける。これ以上、ミヒャエル・カイザーを傷つける言葉を吐かずに済むよう。そっと唇を離し、額を合わせるように、気持ちが伝わるように、言葉を紡ぐ。


    「お前は綺麗だよ。綺麗でカッコよくて、かわいくて。サッカーも惚れるほど上手いのに努力もできる、俺の自慢の恋人」
    「っでも」
    「でももだってもない。俺は完璧なコートの皇帝のミヒャエル・カイザーも、今ここにいるミヒャエル・カイザーも全部愛してる。他の誰にも、いやお前にだって俺の恋人は否定させない」


    じわりじわりと、瞬く度に滲んでいく瞳に小さく笑みを零す。此奴の泣きそうなところだって初めて見た。泣くのを堪える顔も綺麗なんだ、そう関心する潔。でも、これだけ言葉を紡いでも、未だ信じ切れないのか頭を振ろうとする可愛くて面倒臭い恋人にため息をひとつ。そうすればまたもや瞳に怯えの色を滲ませるから。


    ————じゃあ仕方ないな、なんて


    そのまま勢いよくカイザーの躰を押し倒す。美しい金髪と二又が、白いシーツに散らばった。すっかり気が抜けていたのか、すんなりと倒されぽかんとした表情のカイザーに小さく笑い、バスローブを一気に脱いだ。


    「こンだけ言って分からないんじゃ、いいよな」
    「何を…」
    「言葉じゃなくて行動で示そうと思って」
    「は?」


    ギョッとした顔を浮かべるカイザーの、薔薇の蔦が絡みついた腕を取る。見せつけるよう、そのまま王冠のある手の甲に口元を押し付け、にやりと笑った。


    「綺麗だよ、カイザー」
    「ひっ」


    暴れないよう、もう片方の腕も掴み頭の上で固定する。手の甲から下がるように、二の腕や肘にも。恥ずかしいのか、段々と赤く、湿ってくる肌に愛おしさを感じながら首元の薔薇へとたどり着く。


    「——————ほら、本当に綺麗」
    「世一!」
    「暴れんなって。しょうがないじゃん。お前がどんだけ言葉で伝えても信じてくれないんだから」
    「っ分かった!分かったから」
    「ダメ。全然分かってないよ、お前は。俺の大好きなミヒャエル・カイザーが、どれだけ綺麗で、カッコよくて、愛おしいか」


    そうしてカイザーの腰の紐を引き抜き、バスローブを脱がす。まあ、多少まごついてしまったが仕方ない。初めてにしては、及第点であろう。そうして納得しながら、何が起きたのか分からないような顔をするミヒャエル・カイザーの耳元に口を寄せる。


    「————お前が、俺との性行為が怖くて、そういう触れ合いが駄目なら今日はやめておこうかと思ったんだけどさ」


    そのまま胸元、心臓のあたりに手を寄せれば、しっかりとした大胸筋越しからも伝わる鼓動。そのまま股を開かせ、足を滑り込ませれば、確かに膨らんだモノの感触。ピクリと震えた男を横目で見て、ふわりと笑う。


    「そういうわけじゃ、なさそうだし」
    「世一!っひあ」
    「抱かれた経験のせいで性行為自体が怖いってんならさ」



    体を起こし、すっかり湯だったような、目を潤ませ真っ赤になったカイザーを見下ろす。サッカー以外でこんなこと、思うような人間じゃなかったんだけど。


    「今日は俺に、お前のこと喰わせてよ。なあ、ミヒャエル」
    「は…」
    「俺がお前に触れられて汚いなんて思わないことも、お前が綺麗だってことも、全部教えてやる。お前が怖いと思うそれ、俺で塗り替えさせろよ」


    目を見開いたカイザーの、色付いていた肌が更に赤くなり、眉間の皺も更に増えていく。でも、これは不機嫌だからじゃない。今夜だけで何度も見た、泣くのを堪える表情。愛おしい男の眉間に唇を落とせば、ふるりと震え、口を開いた。


    「………怪我」
    「うん?」
    「怪我させたら、承知しないからな」


    ———なんて愛おしいんだろう!皇帝然とした男の、素直じゃないその返事に愛おしさが溢れて止まらない。噛み締め、溢れ出る愛おしさを隠そうともせず、潔はニカリと笑った。


    「任せろダーリン。夢見させてやるよ」
    「っは、言ってろクソダーリン」

    緊張を誤魔化すよう、口づけをせがむ恋人に応えてやるよう、ふたりの影が重なった。
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