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    daibread139411

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    daibread139411

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    滅却師kiisiki ゾンビパロ

    滅却師kiiski ゾンビパロ今宵限りの大舞台 冀うもののため

    青き薔薇は堂堂と
    青き獣は耽耽と

    互いに相容れぬ欲望の末 終曲を飾るのはさて何方

    Shall we perform a SILLY opera alone with YOU

    ————————————

    激しい戦闘の残り香を漂わせる荒れ果てた廃都。そこに横たわる、同じようにボロボロの男がひとり。息をすることも辛いだろう有様にも関わらず、顔を顰めていた男——潔世一は大きく叫んだ。

    「―!悔しい!」

    満足に体も動かせないほどの怪我を負いながらも躰を燻るその感情に任せて叫ぶ。冷気によって存分に痛ぶられた肺が悲鳴を上げるが知ったこっちゃない。激しい戦闘を避けるかのように誰もいない空間。それを利用し悔しがって咽た潔は、寝そべったままボロボロの掌をゆっくりと赤い空に翳した。

    ————本当に綺麗で、強かったな。

    一度目の侵攻。自分が星章化によって卍解を奪った死神、糸師凛。ノアから教えてもらったとはいえ宿敵である死神の名など覚える必要などない、そう思っていた。でも、いざ対峙して煽り卍解を使用させるよう仕向けたとき。男の持つ翡翠が酷く艶かしくギラついて、美しい氷がこちらに向かってきたとき。潔は詠唱が一拍遅れるほど見惚れてしまった。

    右手で持つメダリオン越しにも感じる尖った冷気も、何が起きているのか分からないとでも言いたげにこちらを呆然と見つめる翡翠も、何故か奥で激情を呑み込んだような顔をする青薔薇からの殺気も全てが気持ちよくて。
    ———戦闘狂こと潔世一。よりによって死神にまで力への一目惚れをしてしまったのである。

    卍解が使えないことに驚きながらもすぐさまこちらにその刀を向けてくる死神に、思わず口角を上げて交戦しようとしたそのとき。放たれた撤退の合図に小さく舌打ちを零し刀を弾くと距離を取った。

    「あー…時間切れか」
    「は?」
    「じゃあ死神さん、また今度」
    「話聞けタコ」
    「た、タコ…」

    美しい男から放たれたとは思えぬ幼稚ながらもシンプルな暴言に思わず足を止める。美しいその顔を恐ろしいほど歪めこちらを見つめる男は、殺気と憎悪に加えて何故か困惑の色をその瞳に映していた。思いがけぬことに首を傾げた潔に、更に機嫌を悪くした男はぽつりと言葉を放つ。

    「滅却師とはいえ、何で人間のガキがこんなところいんだよ」
    「え」
    「えじゃなくて理由を聞いてんだよ、耳ついてんのかガキ」

    見抜かれていたことと目の前の傍若無人そうな男がそんなことを気にしていたこと、そのふたつに驚いた潔は思わず目を見開き固まる。その一瞬すら待たされることが気に食わないのかポンポンと辛辣な言葉を吐く美しい男に、潔は苛立ちによって我に戻った。

    「ガキじゃねえよ」
    「は?」
    「だからガキじゃないっつってんだよ、糸師凛」
    「は?んで名前」
    「俺は確かに人間だけど、星十字騎士団の滅却師だ。星十字騎士団の潔世一、お前を喰う男の名前だ。覚えとけ」


    美しい青い瞳を妙にギラつかせた険しい表情から一変、伝えたいことを伝えきったと言わんばかりに表情を緩める潔をぽかんとした顔で見つめる凛。それに笑顔を返し闇へと身を預けようとした潔を止めようと凜が手を伸ばした瞬間、牽制するかのように青い矢が目の前を通過した。思わぬ攻撃に動きを止め、瞬きをひとつ。瞼を持ち上げたそのとき、そこには兄と対峙していたはずの滅却師が子供の肩に手を回し連れ立っていた。
    ———影に呑まれるその瞬間、ふわりと青い二又を揺らしこちらを一瞥。その瞳があまりにも、先ほどの人間の子供のそれと似ているようで似ていない、獲物を横取りされた憎悪を含んだ厭なギラつきを持っていたから。

    そのどす黒い執着に思わず、凛は思わず足を止める。その隙を逃すわけもなく滅却師たちは一斉に暗闇へ溶けて消え去った。後ろの方で自身の名を呼ぶ平隊員の声も、目の前に広がる自身の隊の惨状も、先ほどの滅却師たちのことも、感じ取れなくなった馴染みある霊圧も、全てが身に余る問題ばかりなもんで。凛は痛み出した頭を表すように大きく眉間を歪め、大きなため息を漏らした。


    ———そんなことは梅雨知らず、強者との出逢いに胸を躍らせていた潔。死神との総決戦では自身が卍解を奪った相手と対峙するようノアから伝えられたときには思わずガッツポーズまで飛び出した。仕方ない、嬉しかったんだ。弓矢を用いて戦うのが基本の滅却師の中で、関わりが制限されている潔が手合わせを行えるのはノアとほんの少しだけだったのだから。そんな中出逢った美しい容姿に見合った美しい刀裁きと全て壊すかのような冷たい卍解を使う死神。見た目でいえば同い年程の格上の存在、星十字騎士団に所属する滅却師といえ男子高校生が憧れてしまうのも無理はない。

    目に見えてソワソワしだした潔を見つめるふたり。ひとりはまたかと諦めにも見える色をその金に載せながらも、強さに貪欲なその様子に満足そうに瞳を瞬かせた。またひとりはつまらなそうに何の感情もない表情を浮かべているかと思えば、憎悪や執着、渇望をその美しい青に載せ瞳孔を猫のように潔へ定めている。二対の両極端とも言える視線に晒されたことに気づいた潔は恥ずかしそうに頬を掻いた。それにため息がひとつ。

    「そう時間を与えるつもりはない。すぐにでも出陣できるよう準備しておくように」
    「っ分かりました!」
    「………」
    「カイザー、余計なことは考えるなよ」
    「……あ~い」

    煮え切らない後継者候補の様子に更にため息がひとつ。話に集中していなかったことがバレたと気まずそうにする潔と、返事をしておきながら一度たりともこちらを見ない青薔薇——ミヒャエル・カイザー。ふたりを見つめ眉を顰めた見えざる帝国の王、ノエル・ノアはイマイチ状況を理解できていない潔に目を向ける。

    「潔世一」
    「はい!」
    「憂患に生き安楽に死す(ゆうかんにいきあんらくにしす)。覚えておけ」
    「ゆうかん…?」
    「忠告はしたぞ、用件は以上だ。各自持ち場に戻るように」
    「は、はい」

    解散を促され、困惑しながらも帰路に着くひとりとそれについていくひとり。潔世一の挙動は予想の範疇であったが、青薔薇の執着は中々に予想を超えている。厄介なことになった、そう考え人気のない玉座でひとり、ノアはため息をついた。


    ———王の間を退出しほっと一息ついた潔はこっそりと隣を歩く男を仰ぎ見る。普段であれば飄々と絡んでこちらの神経を逆撫でしてくる男が、侵攻帰還後から一度たりともこちらに話しかけてこない。気味が、悪い。侵攻時は興奮状態だったからよく覚えてはいないが、彼奴の瞳が憎悪と殺気に塗れたのを見た気がする。夏の青空のような美しい青が、どす黒い何かに侵されているのを見て、そう。とても、気持ちがよくて。

    てっきり罵ったりダル絡みされたりするものだと思っていた。だから拍子抜けなだけで、別に寂しいとかそういう感情はない。でも、何時だってニヤニヤとしていた男の余裕のなさそうな顔に心配していないと言えば、嘘。此奴を喰らうのは自分なのだから不調になられるのも、何処かにうつつを抜かされるのも困るんだ。モゴモゴと言い訳を考えた潔は、随分と早歩きで前を進む男の二又を眺めながら声を掛ける。


    「…なあ、カイザー」
    「何だ」
    「いや、あーっと」
    「用がないなら話しかけるな」


    取り付く島もない。こちらを見ることもなくより早足になったカイザーに潔は彼に対する自分の態度をすっかり棚に上げ顔を顰める。そのまま勢いよく、視界の先で揺れる二又を引っ張った。唐突なその行動に驚いたのか、たたらを踏んだ男の顔を掴みぐいと近づける。

    「っお前!」
    「何にキレてんだか知らねぇけどさあ」

    そのまま鼻が当たる距離まで顔を近づけ、瞳を覗き込む。その瞳に自分だけが映されていることに満足気に鼻を鳴らし話を続けた。

    「俺が欲しいなら目離してんじゃねえよ」
    「っ」
    「他に現を抜かしてるようなお前なんか喰うつもりねぇぞ、カイザー」

    目を見開いていた男は更に瞳孔を大きくし目の前の潔を見つめる。永遠とも、一瞬とも思えるような時間を、互いの呼吸音だけが鼓膜を揺らしている。数分とも、何時間とも思える時間が経ったような頃、目の前の男の紅を差した瞳がゆるりと歪んだ。そうして倒れ込んできたカイザーを思わず受け止めれば、身体が震えていることに気づく。

    「な、なんだよいきなり…」
    「………」
    「もしかして本当に体調悪かった?怪我してたとか…」
    「……ふ」
    「ふ?」
    「ふふ、ははは!」

    瞬きをひとつ。毒気のない初めて見る宿敵の笑い方に思わず気が抜ける。血の匂いも霊子の乱れもないから大丈夫だとは思っていたが、まあ目の前で何が可笑しいのか腹を押さえるようにして笑っている様子からも問題はないのだろう。段々と大きくなる笑い声に反比例するようどんどん下がっていく潔の機嫌に気づいたのか、目尻を拭いカイザーは面を上げた。

    「ふう、すまん。そう拗ねるな、間抜け面に磨きがかかるぞ」
    「は?喧嘩売ってんのか」
    「いや?浮気者はお前だろうとか自ら罠に飛び込んでくるその愚かさだとか色々と言いたいことはあるが」
    「やっぱ喧嘩売ってんだろ、表出ろよ」
    「落ち着けクソ短気」

    此方が下手に出ればまあ、いけいけしゃあしゃあと。沸々と怒りを溜める潔の頭をポンと叩いたカイザーはそのまま顔を覗き込む。

    「お前も俺から目を離すなよ。少しでも離したら、」
    「…離したら?」

    ニコリと笑みを深めたカイザーは続きを口に出すことなく、潔の首をふわりと撫でつけそのまま先を行く。撫でられた首を押さえながらぽかんとした顔を晒していた潔は聞こえてくる鼻歌に我に返り、顔を朱に染め随分と先で揺れている二又を追いかけた。


    ———身体の痛みから気を逸らすよう、こうなった経緯だとかどうでもいい彼奴との会話を思い返す。そういえば彼奴の相手は俺が戦っていた糸師凛の兄だったような。滅却師と同様、死神にも血筋というものはあると聞いたし兄の方も強いのだろう。此方に止めを刺すことなく急ぐように後にした凜から見ても決着はまだ着いていないと考えるのが妥当だ。心配の気持ちなど持ち合わせてはいないが、ミヒャエル・カイザーを負かすのも喰うのも自分。何処ぞの死神に取られては敵わない。以前ノアから喰らわせられた苦手とする治癒の術式を使おうとした、その瞬間。

    「クソ無様だな」

    頭上に影が掛かる。此方を覗き込むように身を屈めた男の首元から、特徴的な二又が垂れ下がっているのが確認できる。冷気によってやられた視力の悪さでも認識できる特徴的な男の思わず登場に、潔は瞳を大きく揺らした。


    「は、な、んでお前が、ここに」
    「随分と浮足立ってたお子様世一の様子見でもと思って」
    「そっちじゃ、なくて」
    「ああ、死神の足止めの事か?そんなの適当にネスにやらせてる」


    相変わらずの従者への雑な扱いに思わず息が漏れる。でも何だ、この違和感は。普段と変わらぬ言葉の応酬に此奴の態度。いつも通りなのに何故か本能がこの場から去れと逃亡を促す。背中を走った悪寒を逃がすよう息を吐いた潔に何を思ったのか、カイザーは手で潔の頭を掴み引き上げた。

    「いっ!なん」
    「——俺から目を逸らすな、そうお前に言ったはずだが」
    「は」

    痛みに歪んだ視界が次第に元に戻る。青薔薇の花弁すら認識できる距離にあるカイザーの顔は、何の表情も浮かべていなかった。————いや、違う。確かに自分へ向けられるのは珍しいほどの無表情ではあるが、その瞳が、青く透き通ったような美しい瞳が恐ろしいほどの激情を此方に向けている。まるで糸師凛に出逢ったときのような、いや、それ以上の憎悪と怒りを湛えた奇麗な眼。

    言葉を失った潔に何を思ったのか、切れ長の目を更に細めて空いている手——王冠に刻まれた手で首を掴む。そのまま持ち上げれば潔は首が閉まるのか苦しそうに藻掻きだした。それを何の表情も浮かべぬまま見つめ、カイザーは話を続ける。

    「お前は俺との約束を破った。約束を破るような悪い子には仕置きが必要、そう思わないか?」
    「ぁ…ぅ」
    「クソ浮気者の潔世一クンを俺の手自ら変えてやる。ああ、痛みも恐怖も一瞬だから安心して良い」

    拘束を逃れようと暴れながら放たれた言葉を酸素の足りぬ脳で必死に考える。目を離すな、確かに言っていたような気がする。変えるって、恐怖って何だ。段々と意識すら薄れていくなか目の前の猫のように開いた瞳孔の下、薔薇に向かって手を伸ばす。

    ————恐怖なんて感じるわけねえだろ、バーカ

    気管が閉まっているから声なんて出せないし、意識だって朦朧としていてどうなったか分からない。でも青薔薇を引っ掻いた指先の感覚と見開かれた瞳はきっと、幻じゃない。己の首元に手を掛け呆然とした顔を晒すカイザーを最後に、潔は気を失った。




    「っな!死神!」
    「うるせェ邪魔だカス」

    目の前を塞ぐように立つ雑魚に一太刀。すぐさま崩れ落ちたそれを見ることなく先を急ぐ。
    ——自身の卍解を無事取り戻した糸師凛は、真っ直ぐに自身の兄の元へと向かっていた。感じる霊圧から見るに未だ卍解は戻っていない筈。瞬歩を駆使し荒れ果てた尸魂界、いや敵の陣地を進めば目の前に見えるのは自分より一回り小さい、隊長羽織をはためかせた兄の後ろ姿。

    「っ兄貴!」

    斬魄刀を構え、前から目を逸らさぬ兄——糸師冴の隣に並び立つ。同じく目線を前に向ければ相対するように此方をニコリと見つめる男がひとり。兄から聞いていた滅却師の特徴とは随分違う。赤いくせっ毛をふわふわと揺らし丸い瞳を楽しそうに瞳を細めている。青い薔薇など何処にも存在しない。首を傾げた凛を気にも留めず、冴は言葉を放つ。

    「てめェの主人は何処だよ」
    「何故死神如きに教えなければならないんですか?」
    「いや?従者に任せて主人は敵前逃亡かと思ってな」
    「は?」

    目の前の笑顔が歪む。どうやら兄の口の悪さは滅却師さえイラつかせるらしい。兄と滅却師、互いに怪我ひとつない状況から見ても本気は出さなかったのだろう。余裕綽々と言わんばかりの笑顔を見せていた男は口角をすっかり下げ、その手に弓を作り出す。

    「お前ら死神より優先すべきことがあるんです」
    「じゃあお前はソイツの尻ぬぐいをさせられてるって訳だ。従者じゃなくてパシリだったんだな」
    「はあ?」

    段々と崩れていくその表情に、的確に地雷を踏み抜いていく兄へ尊敬の念を覚える。すかした顔の男がどんどんと機嫌を降下させていくその様子に思わず口角を上げれば、堪え切れなかったのか矢を作り出しこちらへ標準を向けた。

    「お前!これ以上その薄汚い口閉じないなら、」
    「—————黙れ、ネス。もういい」

    唐突に聞こえてきたその声に、視線を上へとずらす。赤髪の男の後ろ、瓦礫が積まれたその上に男がひとり立っていた。赤い空を背景に美しい金髪が透け、これまた美しい容姿の男が見下すようにこちらを見つめている。

    「カイザー!あの、僕」
    「構わん、用件は済んだ。よくやった」
    「!ありがとうございます」
    「———随分と遅いお出ましだな、滅却師さんよ」

    その言葉にハッと我を取り戻す。———此奴が兄の卍解を奪った滅却師。声を掛けられて初めて気づいたと言わんばかりの表情を浮かべる男に、凜は兄同様目尻が引き攣ったのを感じた。

    「ああ、すまんすまん。すっかり忘れていた」
    「ハッ、物忘れが激しいこって。滅却師ってのは短期か馬鹿しかいねえのか」
    「死神には言われたくねえな。何が言いたい?」
    「卍解を返せ。愚弟さえ戻ってんのに兄貴がないんじゃ示しがつかねえんだよ」

    カチカチと斬魄刀の鍔を鳴らし鯉口を切る。如何にも喧嘩を売っていますと言わんばかりの兄の様子に目の前の赤髪の男、確かネス、そう言われていた男が顔を歪めたそのとき。

    「ああ!そんなことか、どうぞご勝手に?」
    「は?」
    「どうせ死神共も卍解を取り戻す方法、手に入れてんだろ?今更奪い返すようなパフォーマンスが必要か?」

    ケラケラと笑いながら余裕綽々に提案に乗る滅却師の男に、兄が端麗なその顔に青筋を立てる音が聞こえた気がした。そのまま足元に置いてあった侵影薬を足で蹴り上げ掌へと乗せる。握り締めれば、兄の霊子に虚が混じったのが感じられた。ふるりと頭を振り前を向いた兄に気づかれぬよう安堵で鼻を鳴らす。

    「随分とお優しいんだな、滅却師は」
    「そもそも俺は上の指示に従ったにすぎん。可哀想だろう?卍解とやらが使えないまま戦って負けるなんて」

    更にひとつ、青筋が立った音。向こうにも他人の地雷を的確に踏み抜くのが得意な存在がいるらしい。その様子を愉しそうに見つめていた男はそのまま、自分たちの目の前にいる従者へと声を掛けた。

    「ネス」
    「はい、どうかした?」
    「お前はこのままここを離れて陛下の元へ迎え」
    「え、でも」
    「これは提案じゃない、命令だ。分かったな」
    「……了解、カイザー」

    此方のことなど気にも留めずふたりで話をしたと思えば、対峙していた赤髪の男がそのまま影に呑まれ消えた。止める暇もない逃走にぽかんと口を開けた凛を兄の斬魄刀の鞘が叩く。我に返った凜を確認することなく冴は目の前の男へ話しかけた。

    「死神も随分と舐められたもんだな」
    「まあ、否定はしない」

    首を顰める大袈裟なリアクションと共にもたらされた言葉に、只でさえ短い兄と自分の導線がぷつりと切れた音がした。———卍解は戻った。対策もある。今回の喧嘩は買っていいもの。そうして鞘から抜いた斬魄刀を向けた、そのとき。

    「卍か——————」

    ———後ろから向けられた殺気に咄嗟に振り向き、詠唱を止め斬魄刀を振りかぶる。空から降り注ぐ矢から身を守り、矢によって生まれた砂ぼこりを剣撃で払った。晴れた視界の中、いつの間にか瓦礫の上から降りてきていた青薔薇の男の隣に、ひとりの男がいる。青薔薇によって肩を引き寄せられた一回り小さな、褐色の肌を持つ男。どこかで見覚えのある容姿に目を凝らしていれば俯いていた男がその面を上げた。重たい前髪から覗いた灰簾石に、凜は目を見開く。

    「———潔、世一」

    呼ばれたことに気がついたのか、潔がこちらに目を向ける。それが気に食わないのか、カイザーは強引に潔の顎を掴み視線を自身へと向けた。それに拒絶を見せることなく従う潔に笑みを深め、カイザーはこちらを一瞥。


    「クソいい子だなあ世一」
    「………」
    「まだ思考や言語能力に問題があるか。初めての使用に少し張り切り過ぎてしまったな」

    楽しそうに話しかける男に一言も返さず唯々目の前の青薔薇を見つめる滅却師の子供。首元を噛もうとする潔を宥めるよう、カイザーはその口に指を突っ込む。牙に触れたのか、美しい指から流れ出た血を潔の咥内で唾液と混ぜるよう戯れている。目の前で繰り広げられる異様な光景に言葉を失う凛を気にすることなく、冴は言葉を重ねた。

    「そのガキは何だ?」
    「死神は他人の逢引を邪魔するのが趣味なのか?」
    「質問に質問を返すな。答えろ」
    「どいつも此奴もまあクソ短気なこって」

    やれやれ、そう言いたげに首を竦めた男は更に潔を引き寄せ後ろから抱きしめるように姿勢を変える。そのまま潔の顔を此方に向け、上げさせた。その首元に咲くのはカイザーと揃いの青薔薇。

    「御存知の通り、俺の力は他人を操るものだ。しかしひとつだけ、誰にも見せていない活用法がある」
    「…で?」
    「死んだ存在に血を分け与え青薔薇を咲かすことで、自分に絶対服従の意思を持った従者を作ることが出来る」
    「それが手前の子供か?」
    「そういうこった。初めての運用だったからな、霊圧の強い人間相手には想像より血液が必要だったせいで肌が黒くなってしまった。これは誤算だ」

    機嫌の良さそうな男は、潔の露わになった首元をゆるりと撫でながら鼻歌を歌う。それを見た凛の表情が見る見るうちに固まっていくのに気づいた冴は、此度の戦闘で初めて視線を弟へと向けた。

    「どうした?」
    「いや、彼奴、は…」
    「凛、はっきり言え」
    「彼奴は、潔世一。俺の卍解を奪った滅却師で、人間の子供だ」
    「んなことは見たらわかる。それで?」
    「…俺は彼奴に止めを刺していない。殺してない」

    ————その言葉に冴は視線を前に向ける。相変わらず甘い愚弟に怒りを覚えつつも、聞いた言葉から事態を推測した。

    「お前、殺したのか」
    「ああ。それが何か?」

    まるで今日の調子でも聞かれたかのように告げられた言葉に目を見開く。滅却師の仲間意識の無さを目の当たりにし言葉を失う糸師兄弟。それを気にすることなくカイザーは話を続ける。

    「さて、舞台は整った」
    「…舞台?」
    「隊長に副隊長、此奴の初舞台には丁度いい」
    「は」

    カイザーはにこりと笑って潔の肩を叩き前へと突き出す。それに従順に従いこちらへ向かってくる滅却師の子供に小さく舌打ちをした兄弟を見て、青薔薇は目尻の紅を歪めた。

    「最高なこの演目、クソ楽しもうじゃないか!」

    芝居掛かったセリフと同時に潔が凛へ飛び込んでくる。咄嗟に斬魄刀で応戦すれば、鍔迫り合いで感じる力は先程よりも随分と強い。死んだとはいえ人間の子供。未だに躊躇する凜の隙を逃すことなく、じりじりと顔に近づく剣に冷や汗を垂らす。でも、何だかこれは。感じた違和感を気に留める余裕などない。

    「っクソ…!」

    その瞬間、鍔迫り合いに集中する潔の背後へと冴が現れる。細身の刀を翻し、真っ直ぐに首元を狙ったその美しい太刀筋。戦闘中ですら見惚れてしまうほどのそれによって首と胴体が分かたれる、その瞬間。間一髪のところで凄まじい身体能力を発揮し飛び上がった潔と、冴を狙うように穿たれた一本の青い矢。

    ——咄嗟に凜が飛び込み、その矢を弾く。兄と揃いの細身の刀。それがきらりと光り矢を弾いたのを見た冴は満足そうに鼻を鳴らした。

    「愚弟にしてはやるじゃねえか」
    「うるせェ」

    兄に褒められたことに喜ぶ凛とそれを心なしか穏やかな表情で見つめる冴。戦闘時とは思えぬ普段通りの会話をしながらも、目線は潔とカイザーへと向いていた。避け切れなかったのか首元から流れる血を押さえるように抑える潔、それを見つめながら此方に向かって弓矢を向けるカイザー。

    「やれるな?世一」
    「…ああ」

    潔は強引に首元を拭い此方へ目を向ける。すっかり見た目が変わったにも関わらず、変わらぬ輝きを放つ美しい灰簾石。凜は先ほど剣を交えた時に感じたものと同じ違和感を感じ取り眉をひそめた。違和感の正体に気づいたのか、冴は納得したように潔へと目を向ける。

    「いいな、お前」
    「…」
    「潔世一、だったか。良い目をしている」

    いきなり潔を誉め出した冴を怪訝そうな目で見つめるカイザーと凛。それを気にも留めず何の反応も返さない潔へ話しかけ続ける。

    「いい殺気だが、それを向けたい相手は俺たちではない。そうだろ?」
    「…」
    「交渉といこうか、応じるも応じないもお前次第だが」

    話は終わった。そう言いたげに斬魄刀を構え直した冴と相対するように剣を構える潔。生まれた静寂のなか、何方ともなく地を抉るような踏み込み音と共に刀が交わった。火花が散ったその鍔迫り合いの中、互いの目を見つめていたふたり。互角の戦いに加勢しようと地面を踏み締めたその時であった。

    刀と剣、ふたつが鍔迫り合いの末押し出されるよう弾かれた。その勢いのまま、糸師冴はこちらに向かおうとしていた凜の首根っこを掴み大きく後方へと下がる。潔もそれを追うのではなく、弾かれた勢いのままカイザー近くへと下がった。瓦礫の山へと降り立ち、目を白黒させた凜を俵のように担いだ冴は言葉を放つ。

    「交渉成立だな」
    「…ああ」
    「痴話喧嘩に他人様巻き込むなよ、ガキンチョ」
    「…」

    捨て台詞のようなものを吐き、反応を待たずにそのまま戦線を離れる。これ以上此処に、彼奴らに用はない。やっと事態が呑み込めたのか、肩に担いだ凛が言葉を零す。

    「なんで、倒してもないのに」
    「言ったろ。彼奴らの痴話喧嘩に巻き込まれたくなかったからってだけだ」
    「痴話喧嘩?」
    「んなことも気づいてなかったのか。相変わらず鈍いなてめェは」

    息を吐くように暴言を放つ兄にこめかみがヒクリと痛むのを感じる。でも分からないままでいる方が気に食わないので話の続きを待つ。それが伝わったのか、冴は呆れるようなため息をひとつ零し話を続けた。

    「全く器用なもんだ。あの潔世一とかいう子供、俺たちを相手にしておきながら殺気も執着も全部、あのカイザーとやらに向けてたんだよ」



    「は?」

    目の前の光景が理解ないのか、カイザーは思わず声を出した。倒すよう命令し動かしたはずの従順な僕となった潔世一が、何故か対象を逃す手伝いをしたのだから。確かに、霊圧の強い者であれば操る際の精度や難しさに支障がある。だが今回は血を使っての完全な契約だ。忠実な僕を作るための契約を行い成功した筈の潔が命令無視。優秀故に目の前の情報を受け止めきれないカイザーは小さく息を吐いた。

    「おい、世一。どういうことだ」
    「…」
    「無視か。いい度胸だ。どうやら俺の調教が悪かったらしい、今からでも、」
    「——なあ、カイザー」

    ——逃げ去った死神を見つめていた潔が此方を振り返る。相も変わらず褐色の肌の首元には青薔薇が悠々と咲き誇っていた。能力が切れたわけではない。それでも何故か感じる違和感と寒気を追い払うよう、カイザーは潔との距離を詰め首元に咲く薔薇を覗き込んだ。

    「問題はない。なら量の問題か?」
    「…」
    「あれだけくれてまだ足りないだなんて世一くんはクソ贅沢者ね」
    「…」

    王冠の刻まれた左手の掌を一直線に切る。そのまま溢れ出した血を植え付けた種の元へ押し付けようとした、そのとき。

    「は?」

    伸ばした腕が血を分け与えたせいで随分と強くなった力で引っ張られ、思わず潔の方へと倒れ込む。何が起きたのか分からず目を見開いたカイザーの首元———青薔薇を生暖かい吐息が掠めた瞬間。

    「!」

    ————首元を、薔薇を食い千切らんとする勢いで噛まれている。一拍遅れて凄まじい痛みと共に熱さが押し寄せてきた。能力を使用してから、分泌量の増えた潔の唾液と自分の血が混ざり制服の下を伝っていくのを感じる。

    「は、、、めろ!」

    振りほどけないことを悟り、咄嗟に命令を下す。その言葉を聞いたのか、ピタリと止まり首元から口を離した潔を突き飛ばした。噛まれた箇所に手を翳せば、恐ろしく深い噛み跡とぬるりとした感覚。痛みに呼吸を乱すカイザーは、俯く潔の口元が己の赤によって彩られているのを見た。

    「なあ、カイザー」
    「っ何なんだお前は」
    「お前、俺の能力のことどれくらい知ってんの?」


    随分と流暢に話し出した潔を怪訝そうに見つめながらも、カイザーは質問に答える。

    「他人の、技や能力を喰らうことで、自分のものとするものだろ」
    「ああ、合ってる。正解。でも少し足りねえな」
    「は?」

    潔がその顔を上げて此方と目を合わせる。重たい前髪の隙間から輝くのは先程までの理性のない無気力な瞳ではなく、自身が惚れた獲物を耽々と狙う目を瞑りたくなるような眩い灰簾石。

    「他人の血肉でも能力喰らい、できるんだよ」
    「は…」
    「流石に殺されてすぐ使われた血は蘇生とお前の能力行使でしか使えなかったみたいだけどさ。その後お前が口に突っ込んできた指からの血とか、今のとかで喰らわしてもらったって訳」

    痛みで霞む思考が必死に状況を理解しようと脳を動かす。———他人の血肉で能力を喰らう、そんなの人間の子供に与える能力じゃねえだろ。ノアのイカレ具合とそれを使用している目の前の子供のイカレ具合に、自身の口元が引き攣ったのを感じた。

    「使役は」
    「使役、というか主従関係とやらは切れてねーよ。残念なことに」
    「なら何故、先程の命令を無視できた?」
    「完全服従じゃなくなったって感じかな。俺もイマイチ説明できないけど」
    「何だそれは…」
    「それより、」

    いつの間にか、カイザーの目と鼻の先には褐色肌に相も変わらず爛々と輝く灰簾石を乗せた潔の顔があった。思わず仰け反ろうとしたカイザーを掴み、ニヤリと口元を歪ませる。

    「俺の聖文字、いくら能力喰らいって言っても精度があるんだよ」
    「は?」
    「得手不得手とか、あと喰い方とか量によっても差が出るらしくて」
    「だから何だ?」
    「ホントに短気だなお前。まあいいや、だからさ」

    潔の手が首元を押さえていた手に重ねるように添えられた。王冠の刻まれた手の甲を覆い撫でるように、隠すように触れるその手を払おうとしたその瞬間。

    「お前で試させてよ」
    「——は?」
    「血肉喰っての能力使役、お前が初めてだから。精度お前で試そうかなって思って」
    「何を、言ってんだお前は」

    笑みを深めた潔は、王冠の刻まれたその手を覆い隠すように握る。走った痛みに顔を顰めたカイザーに更に口角を上げ、耳元で囁いた。

    「三本目、上手く咲くといいな」
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