鰤パロ死神ふたりFA小説 任務までほぼ全ての死神が所属する護廷十三隊。各隊それぞれ隊長、副隊長、数十名からなる席官、平隊員によって約200名程度で構成されている。真央霊術院に通う学生にとっては席官でさえ尊敬の対象であるように尸魂界の警護や虚退治を仕事とする性質上、隊の序列は完全実力主義によって決められている。
隊長試験に合格すること、複数の隊員からの推薦を受けて承認されること、現隊長を隊員立ち合いのもと決闘で倒すこと、また暗黙の了解として卍解を習得していること。
隊長の就任要件なんて正に実力を測る、そのためだけのもの。だからそう————
「今日こそそのお綺麗なツラ歪ませてやるよ」
「ハッ弱い奴ほど良く吠える」
「言ってろ。背中の六、明日には俺が背負ってんだから」
「クソ雑魚世一くんにゃ重くてムリムリ。重みで縮んでタダでさえ小せえのが子供みたいになっちまう」
「殺す」
辺りに轟音が響き渡る。只の戦闘訓練、にしては可笑しいほどの霊圧が瀞霊廷を揺らしている。あ、また壊れた。代々受け継いできた由緒正しい筈の隊舎は、今や見る影もなく大きく青空を映し出している。広がっていく屋根に空いた穴から差し込む場違いなほど穏やかな光を浴びながら、立ち合いを頼まれた席官のひとりは小さく言葉を漏らした。
「————性格診断とか、入れた方がいいんじゃねえかなあ」
吹き飛んだ扉を横目にため息をひとつ。最早恒例の手合わせによる解体作業に請求される損害額の計算を止めた席官は、青空を逃げ去るように飛ぶ鳥を見つめ更にため息を深めた。
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「てめェら今月何回目だ」
「すみません…」
「カイザー」
「あいあい」
目の前に正座する対照的な愛弟子ふたりの様子にノアはため息をつく。霊術院時代から良い意味でも悪い意味でも有名だった悪童共。
———六番隊隊長ミヒャエル・カイザー。特進クラスに所属し卒業後は席官就任が決まっていたエリート死神。霊圧、技術共にピカイチでありながら自身より格下且つ踏み台になると判断した者には過度なマウント癖を披露する性格の悪さ故、ノアにしか任せられぬと投げられるようにやってきた男。
一方、十三番隊隊長潔世一。潔個人は霊術院時代にそう大きな問題を起こすことはなかった。寧ろ流魂街出身でありながら浅打を斬魄刀として創り上げてからの成長は凄まじいものであったと聞く。己を憧れだと輝かせた瞳の奥に、今にでも喰らってやろうとする闘志を見つけた時には思わず目を瞬かせたものだ。
強さへの貪欲さ、戦闘スタイル、思考回路。ノアから見れば非常に似ている瀞霊廷の未来を担う才能を持つ、絵心風に言えば才能の原石共。そんなふたりはそう、最悪なまでに相性が悪かった。
入隊初日、憧れのノエル・ノアの隊に所属したと目を輝かせて訓練を行う新人隊員たち。初任務まで剣術を磨き虚の戦闘や警備に備えるよう伝えられ真剣に素振りを行う彼らを先輩隊員が見守る穏やかな午後。任務を終え、顔でも出そうかと隊舎に向かおうとするノアの元へ焦った隊員から連絡が入った。
————突如訓練へと現れたミヒャエル・カイザー三席が何故か、新人隊員へと絡み喧嘩が勃発しようとしている、と。それを聞いたノアは思わず首を傾げる。ミヒャエル・カイザー、最悪のマウント癖を持つ男ではある。が、潔癖の節があるのか自身の糧になると認めた者以外への過度な絡みはしない。だとすれば。
「———お望み通り俺がお前の人生を潰してやる」
隊舎に備えられた道場の扉の前。瞬歩を駆使し着いたところで中から感じるのは鋭い殺気と困惑に溢れた静寂。それを気にすることなく引き戸を開け、視線が集まる中心へと目を向ける。
「————潔世一か」
視線の先——特徴的な二又を垂らした男の手を何故か掴み返し瞳をギラつかせた新人が、驚いたように大きな目を見開き此方を見返す。潔世一、あの級友(絵心)が目を掛ける期待の新人。自身は前線を引いたにも関わらず歳や身分関係なく平等に能力で評価するあのエゴイストが注目していると隊長格の間でも話題の男。確かに踏み台としてはこれとない獲物であろう。
「やめろカイザー。いい加減直せ、その幼稚なマウント癖」
青い二又を揺らしもうひとりの男がこちらに振り向く。さも今気づきましたと言わんばかりにワザとらしく目を開いた男を睨み付けた。霊圧でとうに気づいていただろうに。
「ごめんってノア。折角だし新人でも歓迎して盛り上げようと思ってさ」
「口答えするな。お前には新人隊員との接触は禁じた筈。隊(ここ)では俺が規則(ルール)だ」
「はいはい」
指摘を受けたカイザーは肩を竦め潔から距離を取る。完璧なタイミングで後ろの赤髪の男———ネスから差し出された手拭いで先程まで繋いでいた手を拭った。それを見た潔が眉を顰めたのにため息をひとつ。
「新人隊員諸君」
たったの一言。それにより混沌としていた道場の空気が張り詰める。
「死神において要求されるのは力のみ。俺の隊では年齢や身分、感情といった目に見えないものを基準にしない。能力さえあれば新人とて席官として指名する。———其処のミヒャエル・カイザーのようにな」
集まった視線に肩を竦めて答えた男にざわめきが起きる。真央霊術院でもさぞ有名だったのだろう。思わぬ有名人の登場と自身の言葉に道場が色めきだった。
緊張するもの、憧れに目を輝かせるもの、霊圧に怯えるもの。何百年と見慣れたその光景に思わずため息をつこうとしたその時。
———未だ青臭い青少年の群れの中。先程青薔薇に揶揄われていた男、潔世一がその深い青を爛々と輝かせ此方(俺とカイザー)を見つめていた。凄まじい霊圧に絶望しているわけではない。憧憬だけの輝きでもない。此方を喰らってやろうと言わんばかりに燃える其の闘志と霊圧に瞬きをひとつ。
「なるほど。そりゃ彼奴も目を掛けるわけだ」
突如ひとり喋り出し口調の崩れた隊長に、静謐な道場に困惑が漂う。絵心のことをエゴイストだの言うがノアとて大概変わりない。呆れたように此方を見つめるカイザーを気にすることなく新人たちを見やる。
「訓練の結果によって任務の振り分けを行う。達成度や手合わせ、卍解の取得や霊圧によってその都度昇格を行うので励むよう」
白い隊長場織を翻し道場を後にする。三席如きで満足などしていないであろう青薔薇と成長の余地のある青二才。同僚たちに出会ったときのような高揚感と面倒事の気配に、小さく息を吐き隊長室へと向かった。
「用件はこれで終わりか?クソ要らん時間だったな」
「お前なぁ。うちの隊舎壊したの、反省しろよ」
「お前の霊圧に合わせて戦ってやった結果だ。恨むなら調整も出来ねぇ自分にしろ」
「はあ?」
ふたり並んで正座をしながらも口喧嘩をするその姿に、ふと入隊時のことを思い出す。
自身の優秀な脳が弾き出した面倒事の気配は全く嬉しくないことに的中していた。暇さえあれば何かと絡みに行くカイザーにイチイチ触発され喧嘩を買うどころか売る始末の潔。
確かに相互作用はあった。煽られることで見る見るうちに成長していった潔世一。——卍解も使えねえのか。戦闘時の青薔薇の一言にブチ切れ、即座に卍解を取得したときには思わず目を見開いたものだ。
ミヒャエル・カイザーとて変わった。何時だって余裕綽々、厭に嗤う姿が当たり前だった男。それが潔と関わっていく上で大きく変化したのだ。自身の糧となる只の小物であった筈の獲物が己の首を食い千切らんと成長する様に思うところがあったのだろう。
「クソ道化(ピエロ)」「子猫ちゃん」「お子ちゃま」と酷く小馬鹿にした呼び名が「世一」「エゴイスト」へ変わるのにそう時間は掛からなかった。
「ハッ、何が高潔な理性だよ。俺に煽られて霊圧爆発させた六番隊隊長って」
「理性があったから更地にしてねえんだよ。感謝しろ」
「…待雪草の花言葉ってさ、希望だけじゃねえの知ってる?」
「さあ?ちなみに椿の花言葉にも罪を犯す女というものがあるらしいぞ」
「罪って…自覚あるんじゃねえか!表出ろ!」
「クソ短気が。まあいい、気分転換ぐらいにはなるか」
先程までの叱責などもう忘れたのか。斬魄刀を持ち表などと言いながら俺の隊舎の道場へと向かうふたりにため息をひとつ。
「縛道の一 塞」
勢いよく突っ込もうとしていた潔とカイザーが不自然に動きを止める。やけに前屈みだった潔は勢いよく綺麗に磨かれた床へと其の身を滑らした。
「アッハハ!よいち、おまえ、滑稽だな」
「っテメ!」
「話は最後まで聞けバカ共」
潔の首根っこを掴み持ち上げてやる。解くことなど可能だろうに、一応反省する気はあるのか大人しく縛られたままでいる教え子に小さくため息。それを見ながら手をひらひらと振り、何処か面白くなさそうに此方を見つめる教え子にも小さくため息。
「隊長昇格の立ち合いも推薦もしてやったように、お前らふたりの実力は認めている」
「っ!ありがとうございます!」
「そらどーも」
「———だが余りにも苦情が多い」
「へ?」
突然の誉め言葉に嬉しそうに頬を上気させていた潔がその瞳に困惑を乗せる。一方酷くつまらなそうに耳だけ向けていたカイザーも疑惑を持って此方を見返した。
「去年は約三十回。今月だけで早三回。小さなものであれば竹刀、大きなものでは隊舎。只の喧嘩騒ぎで瀞霊廷が壊れそうだと平隊員から泣き言が入っている」
その言葉にぱちりと目を瞬いたふたりが同時に目線を此方から外す。やはり似ているな、などと口に出せば何方かが死ぬまで争いそうな事を考えながら口を開く。
「真人間であれなどと言うつもりはない。初めに言ったように死神において必要なのは年齢でも身分でもなく、力だ。お前らは其処において基準を満たしていると考えている」
またしても嬉しそうに瞳を輝かせた潔につまらなそうなカイザー。怖いだの二重人格だの散々な言われようをしているふたりではあるが、存外分かり易いと思う。隊員たちが聞けば恐れ慄きそうなことを考えながら忠告をひとつ。
「ただし限度はある。お前らのそれは実害が出ている以上見逃すことは出来ない」
「はい…」
「その為、お前らふたりに共同任務を課す」
「へ?」
「は?」
目を見開くふたりに小さく口の中で笑う。切れ長な目と大きく丸い目、全く違うように見えて同じような釣り目のふたり。やはり存外似ている。息を吐き、疑惑に満ちた目線を気にも留めずに話を続けた。
「仲良くなれって訳じゃない、多少の協調性は持てと言う話だ。瀞霊廷はまだしも流魂街の住民すら怯えせるのは辞めろ」
「そ、れは、すみません」
「まあ言ったところでどうにかなるもんじゃねえのは理解してる。だからこそ、隊長ふたりに共同任務なんて馬鹿げたもんを総隊長命令で持ってきた」
「総隊長命令!?」
「断れると思うなよ。任務地は流魂街、普段迷惑かけてる詫びに治安維持と見回りでもしてこい」
「ハッ!クソ贅沢な見回りなこって」
「テメェは少しは反省しろ」
正直、他人を巻き込まぬなら本気の手合わせも推奨派だ。練習でさえ実力を出せない死神が本戦で力を出せるわけがないとすら思う。それに此奴らが仲良く談笑している姿何ぞ気色悪くて仕方ない。だがまあ損害額に、被害の跡地に泣く平隊員の声を無視することもない。隊長としての責務は決して力のみで成り立つものではないのだ。
技術開発局から渡された流魂街一角の異常をまとめた書類を渡し、ふたりの首根っこを掴み外へと投げる。驚いたように此方を見つめるふたりを見下ろし、言い捨てた。
「まあ期待はしてねえが、努力はしろよ」
そのまま引き戸を閉めれば悪態と困惑の声が外から溢れる。元教え子とはいえこれ以上世話を見させられるのは御免だ。羽織を翻し隊長室へと戻る。せめて瀞霊廷をでる間ぐらいは何も起こすな、そう信じてもいない神に願いながら。