ウサギは寂しいと死んじゃうらしいですよウサギは寂しいと死んじゃうらしいですよ、と黒子が言うと科学的根拠はないらしいけどね、と赤司は答えた。
「一週間出張に行く事になった」
赤司の一言から黒子の拗ねモードが発症した。
高校卒業後赤司が京都から東京に帰ってきて数カ月、独り暮らしの黒子の家に赤司は頻繁に顔を出していたため一週間も会えないという事実を黒子自身が受け止められないのだ。大学に進学した黒子とは違い一足先に社会人になった赤司にとって恋人も大事だが仕事も同じくらい大事だ。
「…そろそろ機嫌直してもらえないか?」
赤司が困ったねと腕を組む。目の前には誰がどう見ても拗ねてますよと言わんばかりに黒子は口をムッと尖らせていた。
「そもそも怒ってません……だってお仕事じゃないですか」
口ではそう言うものの言葉と行動が噛み合ってない。黒子もそれには気付いていた。
「黒子の好きそうなもの買って帰ってくるから良い子にしてて」
眉を下げて頭を撫でる赤司に黒子も申し訳なくなる。頭ではわかっていても寂しいのだ。それだけは赤司に分かって欲しい。
「…ウサギは寂しいと死んじゃうらしいですよ」
「科学的根拠はないらしいけどね」
黒子は勇気を振り絞り渾身の一撃を振り下ろすも赤司は無意識にかわしてしまっていた。墓穴を掘ってしまった赤司は出張に行くまで黒子にろくに口を利いてもらえなかった。
赤司が出張に行って黒子はウサギの如く寂しさで毎晩枕を濡らす、なんて事はなく大学の課題に苦戦したり好きな作家の新作に夢中になったりとそれなりに毎日を忙しく過ごしていた。それに赤司が時間を見つけては黒子に連絡をくれるので声を聞くだけで多少なりとも気持ちが満たされた。それでも寂しさが襲って来る時は赤司が黒子の家で使用している枕に顔を埋め寂しさを紛らわせることもあった。今は大学生で時間にゆとりがある黒子もいずれ卒業したら社会人になり赤司同様忙しくさせているかもしれない。そうすれば自ずとも会えない時間も増えていくだろう。
「大人になんてなりたくない、なんて甘えでしょうか」
ポツリと呟いた言葉はそのまま部屋の静寂に飲み込まれた。
そして気がつけば赤司の出張も今日が最終日。明日になれば赤司が帰ってくるという事に黒子は心を踊らせた。なのに今日に限って大学は2限で終わってしまう。友人は午後から授業があったり空いた時間をバイトに入れたりしていたので必然と一人の時間が長くなった。こういう日こそおひとりさまを満喫しようと大学の学食ではなく外にランチに出掛け映画を見に行った。なんだ、一人でも十分楽しいじゃないか、と強がるもどこかで二人で出掛けた事を思い出しては胸が詰まる。黒子は足早に家に帰ることにした。
部屋に戻り赤司の枕に顔を埋めてももう残り香はとっくに黒子のもので上書きされていた。途端に寂しさが黒子を襲った。そんなにすぐには大人になれないのだ。
「あ」
大人になれないなら、少しだけ時間を戻せばいい。物理的な話ではなく思い出の話だ。
黒子はいそいそとタンスを開けてそれを取り出した。手には洛山と書かれたジャージ。黒子がどうしてもほしくて赤司に自分のジャージと交換してもらったのだ。
ボタンを外して肩から掛けるとすっかり赤司になった気分だ。
「頭が高いぞ…ふふ」
赤司になりきり彼の口癖を紡ぐもあれは彼が言うから良いのであって黒子が発したところでただただ滑稽だった。
袖を通しボタンを止めるとまるで赤司に抱きしめられてる感覚になった。せっかくならとズボンもジャージに着替える。
彼の思い出が詰まった服に身を包んでいると携帯が鳴った。電話の着信音で相手は言わずもがな赤司の名前が表示されている。
「もしもし黒子です」
「赤司です。元気に過ごしてたかい?」
ここの所忙しかったのか電話ではなくメールだけの連絡だったので声を聞いたのは三日ぶりである。
「えぇ、おかげさまで死んじゃわずに済みました」
「まだ根に持ってるのか?」
「ふふ、持ってませんよ」
「ならいいんだが」
その後は他愛もない話で盛り上がった。赤司から出張先での笑い話を聞いたり黒子の今日食べたランチや見た映画の話をしたりと話題は尽きなかった。声を聞けば聞くほど早く会いたい気持ちが募る。
「赤司くん電話は嬉しいのですがお仕事に戻らなくていいんですか?」
「あぁ。今日はもう終わりだから大丈夫さ。ただもう今日の便がないから明日の朝イチそっちに戻るよ」
「そうでしたか、なら良かったです」
「今もホテルで過ごしてるくらいさ。黒子ももう家かな?」
「えぇ。部屋にいますよ」
「それならビデオチャットで話そうか。パソコン繋げられる?」
「大丈夫です。すぐに準備しますね」
では、と電話を切りすぐにパソコンを用意した。今まで電話とメールだけだったが画面越しとはいえ久しぶりに赤司の顔が見れるのだ。ワクワクしない訳がない。
アプリを立ち上げるとすぐに着信の文字。クリックするとチャット画面が開き赤司の顔が映し出された。カッターシャツにネクタイを少し緩めた姿に胸をときめかされる。あぁ、顔がいい。
「顔を合わすのは久しぶりですね」
ドキドキした気持ちを抑え話しかけるも返事が来ない。マイクの不調かと設定を見てみるも問題なさそうだ。しばらくして赤司が口を開く。
「…黒子は落第でもしたのかな?」
トントンと左胸を叩くので自分の左胸を見てみて飛び跳ねた。今は赤司のジャージを着ていたのだ。
「あ…これは、その…色々ありまして」
急いでボタンを外そうにも焦れば焦るほど指先が上手く動かない。
「早く帰りたくなったよ。会えるのが楽しみだね」
笑みを浮かべる赤司に恐れ戦いた。