好き好き大好き好きな惣菜発表ドラゴンと浮竹隊長
数日前から雨乾堂には今までにないものが存在している。
いつのまにか育った――と、雨乾堂の主人は考えている人の背丈を超える鯉とともにそれは仲良くしているようだった。
梅雨明けの次は台風の季節。その前に燦々と降りしきる夏の日差しが眩しく、京楽の目を焼くとともにその熱気に負けないような元気な声が雨乾堂ので入り口に垂らされた御簾の奥から聞こえてきた。
「からあげ!」
『油淋鶏!』
「竜田揚げ!」
『とり天!』
「五香粉も漬け込んだやつ!」
「それはジーパイなんだけど、君たちの胃袋の引き出しどうなってんのさ」
ざらりと簾を捲り上げる音をさせ、わずかな清涼感のある屋内に顔を覗かせれば一人と一匹のドラゴンがニコニコと料理のレシピ本を覗いていた。
――流魂街と瀞霊廷の境界付近で発見された虚がどうにもおかしい。そんな報告を受けた三番隊が討伐に向かった先でであったのが、今現在浮竹の膝の上におさまっている人語を話すこの白いドラゴン。
虚の新しい姿なのかはたまたそれ以上の中級大虚か。彼らは身構えたものの鳴き声が咆哮ではなく、『おひたし』『ハンバーグ』『とんかつ』「甘酢の餡がかかってるやつ』などとトンチキな鳴き声。隊士の一人が持っていた金平糖を与えると素直に回収されたが三番隊が手に負える範疇ではないのは一目瞭然だった。
隊首会に報告されたそれに西洋の文化に詳しい雀部がわずかに目を見開き、即座に西梢局に連絡をつけその正体は時差九時間の果てから齎されたのだ。
西梢局からの回答は人間と接触する事で有名なドラゴンで、人間を襲う代わりに人間に料理を作らせて食べる事という非常に人畜無害な――ややメタボなドラゴンであるという事だった。
西のドラゴンは負の感情を吸収する側面もある事から――現状この個体でそれは未だ確認出来ていないのだが、それはさておき西梢局からの回収班を待つ間は安全第一として対処できる死神のところで保護を、との要請にかの白い一匹は隊長達のところへ預けられた。
まず一番隊――残念ながら、食事が気に入らなかったようだった。
六番隊――朽木家の食事は高級過ぎて唖然としていたらしい。
四番隊――栄養指導を察知して逃げた。
八番隊、七番隊、いくつか転々として結局最後に居心地が良かったのが十三番隊だったらしい。
「で、二人の今日のおひるのおかずはなんだったの?」
「揚げ物だ」
『ロースの薄切り重ねたやつ!』
「ミルフィーユカツかな」
それってミルフィーユカツだよね、うんボクも好き。そんな事を思いながら手にしていた団子の包みを取り出せば、浮竹の膝の上からおりたドラゴンがいそいそと茶筒と湯呑みを用意し、浮竹が本をしまい始めるのだからその阿吽の呼吸に恐れ入る。
「随分仲良くなったんだね」
「嗚呼、彼食べるのが大好きらしくてなぁ。ほらみてくれ、みよしやのみたらし団子だ」
『好き好き大好き!』
もう少し日差しがゆるければ外で池を眺めながらという事もできただろうが、すでに真夏の様相の屋外は浮竹には厳しい条件だ。
街中で買い食いをしようにも食欲が出る前に熱が出てしまう。そうなると氷菓子でないかぎり浮竹が贔屓にしている店の菓子は、京楽が手土産として包んでくることが多くなった。
「一人二本だからね」
透き通った醤油砂糖の餡にきなこをまぶしたそれを二人と一匹でニコニコと笑いながら食べていく。
「そういえばなんで八番隊で預からなかったんだ?」
「預かっても良かったんだけど、ボクのとこに来たら『たこわさ』『もつ煮込み』『鶏つくね』『鯵と大葉をたたいたやつ』だもん、七緒ちゃんが教育に悪いからって」
「ああ〜」
納得しないでと熱い茶を啜りながら、目の前で仲良く団子を頬張る二人をいつもより眦を下げて見守った。
「美味しいなぁ」
「相変わらず美味しいね、夜しかやってないけどちょっと今日は我儘言わせてもらったんだ。浮竹が子守の最中だからって」
固めの団子をかじりつつ膝の上で二本目に手を伸ばしている白いドラゴンの背中を撫でながら流石に子守はないだろう、と。
昼夜を問わず浮竹の側にこの白いドラゴンがいる状況は、妻が子供にかかりきりでこちらを構ってくれないのだと嘆く夫に近しい。
「いくら俺みたいに白いからって子守って、ははは京楽」
『好き好き大好き』
「……」
「……」
「お、お団子のことだよな……はははは」
なんで今そのタイミング声を上げた? と聞いたところでまともな返事がドラゴンから返ってくるはずもない。あまりの不意打ちに頬が赤くなるのを、浮竹はおさえられなかった。
「そういえば、彼お惣菜ほとんど日本のだったけど、向こうで食べれるのかねぇ。白和とか」
「ああそういえばそうだな……お、ちょうど行くみたいだ」
『Stilton』『Soused herring』『Scotch egg』『Smoked Salmon Canapés!』
「……英語だ」
「英語だね……」