口角の上げ方について「いせやー?」「「「しきー!」」」
賑やかな声が聞こえる。今は合同レッスンの休憩中、聞こえた声はトレーニングルームの端っこのほう。ふと目線をやれば、そこには楽しそうに写真を撮るHigh×Jokerの姿があった。
どうやら四季さんを中心にああだこうだとスマートフォンの画面に集まっているようだ。何気なく見てたら隼人さんと目があった。
「……何、してるんだ?」
「自撮り!インスタにあげようと思って」
タケル達は撮らないの?と隼人さんが問いかけてくる。俺たちは、と否定する前に円城寺さんが楽しそうに言う。
「THE虎牙道もたまにはそういうの、したほうがいいかもな。ファンサってやつ」
そうっすよ!と四季さんが楽しそうに同意する。さっき、名前を呼ばれていた人。
「四季さん、さっきのかけ声は何なんだ?」
「ん?ああ、しきー!ってやつっすか?しきーって言えばニコってなるでしょ?だから、かけ声!」
使っていいっすよ!と満面の笑みを返される。楽しそうでいいな、と言った円城寺さんが思いついたように呟いた。
「なるほど……THE虎牙道だったら『きざきー!』とかになるかな?」
突然の提案に頭がついていかない。なんで俺がアイツの名前を呼ばなきゃならないんだ。
「なっ……だったら『えんじょうじー』でいいだろう」
「ああ?オレ様がどーしたってんだ」
面倒なことに、さっきまで知らぬ存ぜぬだったアイツまで会話に参加してきていよいよ収拾がつかなくなる。
アイツは円城寺さんに今までの会話の流れをふんふんと聞いている。たまに四季さんが混じっては追い払われていた。四季には聞いてねぇ。漣っちひどいっす!
それを傍目に見ながら考える。円城寺さんの提案とはいえ、そして、たんなる戯れの延長上だとはいえ、絶対にアイツの名前なんて呼びたくない。アイツが適当な呼び方でこっちを呼ぶ以上、俺にだって意地がある。名前を知らない訳でもないだろう、四季さんのことは名前で呼ぶし。そう思った瞬間、胸のあたりに違和感があったけど、そんなことは気にならないくらい、円城寺さんの提案を断る手段を探していた。俺は、わりと円城寺さんに弱い。
その円城寺さんを見れば、何やらニヤニヤとしたアイツがいる。なんだその笑いは。
「なんだオマエ、オレ様の名前を呼ばせてやってもいいんだぜ?」
「断る。なんで俺がオマエの名前なんて……」
円城寺さんの頼みは断れないが、コイツの提案なら秒で断れる。ほとんど反射で言い返せば、アイツは何やらニヤニヤと近づいてくる。
「なんだ」
「オレ様の名前が嫌なら、もう一個あるだろ」
「えんじょうじー、だろ」
肩が触れるくらい近づいたアイツと俺を納めるように円城寺さんがスマートフォンを構える。どうやら、本当に写真を撮るらしい。
「おい、撮るなら円城寺さんも」
「まぁまぁ、まずは試しにだ」
めちゃくちゃに嫌だがやはり俺は円城寺さんの提案に弱い。コイツが上機嫌なのが気に食わなかったが、観念してアイドルらしい顔を作る。
「それじゃ撮るぞー!THE虎牙道~?」
「えんじょ「チービ!」
パシャリ、と電子のシャッター音。
きっと、マヌケ面した俺と笑顔のコイツが映っているに違いない。
腹がたったのでそのまま距離を詰めて頭突きをお見舞いしてやれば、案の定いつものように喧嘩が始まる。High×Jokerというギャラリーがいる分、いつもより少しだけ賑やかな騒動。
俺たちがお互いに笑顔で写真に映れる日はまだまだ先になりそうだ。ついでに、お互いの名前を呼べる日も。