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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    漣とモブじいさん。タケルと道流もいる。(2020/05/29)

    ##牙崎漣
    ##THE虎牙道
    ##モブ
    ##カプなし

    ゆりかごのうた「漣、ちょっと話せるかな」
     呼び止めた男性に対し、漣は「下僕、」とだけ言った。それはただ『そこにいる人間』を認識しただけで、返事ではない。代わりに反応してみせたのは共にレッスンをしていた道流の方だ。席を外すべきかと問うべく、道流は口を開く。
    「師匠、自分たちは」
    「ああ、気にしないで」
     プロデューサーは漣の了承もなしにそう言った。いてもよいと言うよりは、いていてほしいのだろう。自由気ままな漣にはそばで見ていてくれる人が必要だとプロデューサーは常々思っていたが、現実問題として自分だけではそれは叶わないとわかっている。その役目を少しだけ、道流に期待しているのだ。
    「そろそろ梅雨だから、いい加減ね。寮に部屋を用意したから」
     言葉と共に鍵が差し出される。どこにでもあるような、シンプルな鍵だ。それを一瞥した漣は露骨に顔をしかめて舌打ちを一つ。集中力を削がないようにと、レッスン終わりに声をかけたのが仇になった。汗を拭った漣はそのままプロデューサーの横を通り過ぎようとする。
    「おいオマエ、まだ話は終わってないだろ」
     声をかけたのはタケルだった。漣は「関係ねえだろ」と返したが、その言葉に足を止める。漣はタケルの言葉には逐一決着をつけないと我慢できないのだ。ところが二の句を継いだのは彼ではない。
    「まあ、とりあえず受け取って。使いたくないなら使わなくていいから……でも、外では過ごさないでね。雨の日は冷えるんだから」
    「あぁ? 指図すんじゃねーよ。だいたい、あんな服着せといて冷えるもなにもねーだろ」
    「道流、タケルも。もしもの時は泊めてあげて。漣は家がないから」
    「チビとらーめん屋は関係ねえだろ!」
     マイペースなアイドルを多数抱えているプロデューサー、彼もまたマイペースだ。一方的に言葉と鍵を白い手に握らせ、今度はタケルと道流に振り返る。二人はと言えば、さらりと告げられた事実を飲み込むのに時間がかかったようだ。
    「えっと……漣、おまえさん、家がないのか?」
     ようやく道流が声を出す。一度せきを切った言葉はつらつらと続いた。いつから家がないんだ。どうして言ってくれなかったんだ。いつもうちに来ていたときやレッスンのあとはどこに行っていたんだ。珍しく、彼は慌てていたし、タケルは黙ってそれを見ていた。
     質問攻めにあっていた牙崎はなにも答えず、今度こそレッスン室をあとにする。道流とタケルは一瞬遅れて追いかける。プロデューサーだけが呑気に笑って手を振っていた。



     漣の肩を道流の大きな手が押さえる。漣は不機嫌にレッスン室を出ていったものの、いつもどおりの歩調だったものだからすぐに追いつかれてしまったのだ。
    「漣」
     呼び止めたまではよいが、うまい言葉が見つからないらしい。珍しく感情の見えないはちみつ色の瞳が道流の柔らかなアンバーを射抜いている。不平不満ではなく、純然たる威圧がぶつけられていた。
    「……円城寺さん。俺、ラーメン特盛のチャーシューマシマシ……味玉もつける」
     張り詰めた空気に穴をあけるようなタケルの声。道流も漣も彼を見た。
    「ラーメン食わないならそのまま帰れよ。今日は勝負しないってことだろ」
    「っ……! 勝負しねえとは言ってねえだろ!」
     やはり漣はタケルを無視できない。ぐっ、となにかを堪えるように息を呑んだ後、漣はしぶしぶ口を開く。
    「……買い物してから行く。オレ様はラーメン特盛のもっと上だ! 味玉は二つ! チャーシューも食うからな!」
     そういって漣は商店街の方に向かって歩き出す。道流とタケルは頭に疑問符を浮かべながら、それを見送った。空は今にも泣き出しそうに震えていた。



     宣言通りにラーメン特盛もっと上、味玉二つにたくさんのチャーシューを平らげた漣はそのまま店を出ようとする。いつの間に降り出したのだろう。雨音の止まない、月の見えない夜だった。
     その扉の前で笑顔の円城寺が仁王立ちをしていた。
    「れーん」
    「げっ……んだよらーめん屋」
    「うちにこないか? アイスがあるぞ」
     道流は案外わかりやすい。彼の好意はまっすぐで、隠し事がないからだ。明らかにそのまま自宅に引っ張って行く気が満々の道流に、漣は警戒心を露わにする。
    「……行かねー」
    「なんでだ? デザート食べていかないのか」
    「……デザート、あるし」
     そう言って漣は持っていた紙袋を握る手に力を込める。改めて見てみると、それは商店街にあるケーキ屋の袋だった。
    「さっき言ってた買い物ってのはそれか。別に、取りやしないぞ。うちで食ってったらどうだ?」
    「……やーだ」
     そう言って、するりと道流をかわして外に出る漣はまるで猫のようだった。プロデューサーに頼まれたとはいえ、流石にここまで避けられてしまうと取り付く島もない。道流は困ったように振り返る。
    「……タケルはくるか? アイスがある」
    「サンキュ。アイツの分まで俺が食う」
     タケルは少しだけ笑った。腹を壊さないようにな、と道流も笑う。
     その日から、漣が道流の家に泊まる回数は増えた。次第に道流はあの紙袋のことを忘れていった。



    「漣、ちょっと話せるかな」
     呼び止めた男性を認めるや否や、漣は犬を見つけた野良猫のように眉間にシワを寄せる。短くない時間を過ごすうちに、この男がこうやって切り出してきた時は自分に取って不都合なことがあると漣は認識していたからだ。
    「あ、道流とタケルも。ここのところ寒いでしょう。雪が降るらしいから……ね?」
     漣、家。とプロデューサーは眉を曇らせ薄く笑う。
    「流石に風邪引くからね。梅雨の時は見逃したけど、雪はダメだよ」
     事務所か、寮か、私の家か。三択を出したプロデューサーに重ねる形で、道流が自分の家もあるぞと言った。
     月日は重なり、漣はいろいろな屋根の下を渡り歩くようになっていたので、プロデューサーもそこまで心配はしていない。きっとどこかしらに身を寄せるだろうと、相変わらず呑気に考えていた。
    「オレ様が風邪なんかに負けるかよ!」
    「ああ……バカは風邪、ひかないもんな」
    「んだとチビ! オレ様はバカじゃねえ……最強の風邪をひいてやる!」
    「もうその発言がバカだって気づけよ……」
     やいのやいのと年下二人が話している間に、プロデューサーはざっくりと道流に念押ししてレッスン室を立ち去った。冬になり、かなり有名になった事務所のプロデューサーはそれなりに多忙で、変わらずにアイドルを気にかけていた。
    「……漣、今日は鍋だぞ」
     ニコニコと道流が告げる。漣が道流の家に身を寄せる回数は両手では足りなくなっていた。今日だって、釘を刺されなければ漣はタケルと一緒に道流の家で夕食をとったのだろう。食べ終わってどこに行くかはわからずとも。
    「……肉、入ってんだろうな」
    「豚も鶏も入ってるぞ」
     人参も。と道流は付け加える。タケルと漣は同時に顔をしかめた。



     鍋の具材を買いに行くとき、漣はついてこなかった。
     タケルと道流が戻ったときにはもう漣は玄関に座り込んでおり、早く扉を開けろと急かしている。道流はこういうとき、苦笑するしかない。
    「だから、合鍵を持ってろと言ってるだろう」
    「いらねーよ。とっとと開けろ」
     部屋もひんやりとしていたが、外に比べればたいぶマシだ。買い物中にちらちらを降っていた雪は勢いを増している。そんななかで彼らは鍋をつついた。人参はあらかた道流が食べる羽目になったのだが。
     最近ではタケルも食材を切りそろえたり洗い物をしたり、そういう炊事に慣れてきた。道流を座らせ、後片付けを始めるタケルがぼやく。
    「おいオマエ。オマエも少しは手伝え……どこに行くんだ?」
     タケルがふと視線をやれば、漣はジャケットを羽織るところだった。もう、テレビは連続ドラマを映している時間だ。寝転がってコタツに取り込まれていた道流が慌てて引き止める。
    「漣、雪も本格的に降ってきてる。今日は泊まっていってくれないか?」
     漣は道流を一瞥した後、「やだ」と言って玄関に向かった。狭い家だ、玄関まであっという間にたどり着いた漣の腕をタケルが掴む。
    「おい、円城寺さんもこう言ってるだろ。オマエはどこまでバカなんだ」
     雪が降ってるんだぞ。そう言っても漣は何処吹く風だ。ただ、関係がないとは言わなかった。それが彼らの過ごした半年間の証明だ。
    「泊まるアテくらいあるんだよ……オレ様がくるのを楽しみに待ってやがる」
     二人はその言葉を疑いはしなかった。漣は面倒な時に話そのものを投げてしまうことはあるが、打ち切るために適当な嘘を吐く男ではない。かと言って、少し信じがたいことではある。
    「楽しみ……それはチャ王のことか? なんならチャ王も連れてきて……」
    「覇王のとこ泊まるってなんだよ。覇王は覇王で寝る場所くらいあるっての」
     だいたい覇王はケーキ食わねえだろ。そう言って、玄関先に置いておいたケーキ屋の紙袋を手に取った。どうやら、泊まり先への手土産らしい。
    「オマエ……そういう常識あったんだな」
    「テミヤゲェ? バァーカ。これはホドコシだっての」
     わかっただろ。そう言って漣は今度こそ立ち去ろうとする。その足が止まったのは、道流が起き上がり自分と同じようにジャケットを羽織ったからだ。
    「漣、疑ってるわけじゃないんだが……漣が世話になってる方なら自分も礼が言いたいんだ」
    「あ? ……まさか」
     漣は嫌な予感がした。ここのところ、嫌な予感は立て続けに胸をかき乱す。それが人と関わるということなのだが、それを漣は知らず、ただ運が悪いだけだと思っていた。
    「……ダメか?」
     すこし挨拶をしたら帰る。そう言いつつ道流は靴を履いた。道流はその人物に感謝し始めていたが、一割くらいは心配していたのだ。どのような人物なのか、会って確かめたいと思っていた。
     今までだったらきっと断られていたに違いない。漣の視線は限界まで意志を示したものの、道流のほがらかな笑みにすべて吸収されてしまう。結局、折れたのは漣だった。
    「…………別に。好きにしろよ。チンタラしてっと置いてくからな!」
     急かす言葉に弾かれるようにタケルもジャケットを羽織る。それを見た漣は露骨に嫌な顔をした。
    「はぁ? んでチビもくんだよ!」
    「オマエがいなくなったときに探してやってるのは誰だと思ってるんだ。俺も場所くらいは確認しておく」
    「探してくれなんて頼んだこと一回もねーし!」
     こうして、一行は雪道を歩く。途中、コンビニに寄った漣はケーキを二つ手にとってこう言った。
    「オマエラの分。ホドコシてやるよ」



     商店街は眠りについた頃だった。賑やかな看板も今は通行人にじゃれつくこともなく息を潜めている。
     ただでさえ灯の落ちた商店街の、横道に逸れたさらに奥。漣はなんの迷いもなくすいすいと歩いていく。漣は傘を持たない。彼の肩と、それについていく二人の傘には少し雪が積もっていた。
     漣は洒落た扉の前で歩を止めた。ぶら下がっている木札には何か書いてあったが読むことができない。道流も知らない、遠い外国の言葉がそこにはあった。日本の商店街でこんな看板を掲げているんだ。通行人に何かを訴えるために存在しているものではないと、ひと目で分かる。
     重厚な扉だ。小さな窓が目線の高さくらいにあって、それを取り囲むように蔦をイメージした意匠が施されている。それは足元まで手を抜くことなく存在していて、こういったものに疎いタケルでさえその緻密さに息を呑んだ。それはぼんやりと薄暗いこの時刻、僅かな光を反射して揺らめく雪によく似合っていた。
     その扉を漣は叩く。突然に、当たり前に叩く。響く音はノックの音などではない。それはほとんど災害と言ってよかった。
    「おい! バカ、オマエ、なにいきなり叩いてんだ!」
    「ああ? なんか文句あんのかチビ!」
    「どうどう。いや、漣。自分もそんなに叩くのはどうかと思うぞ」
     こんなにきれいなドアなんだから、と言いかけて、道流は言葉を飲み込んだ。どんなにきれいだろうが、どんなにボロボロだろうが、人の家のドアをこんなに叩いてよい道理はない。
    「いいんだよ。こんくらいやらねーと聞こえねーんだから」
     足りねーくらいだ。そう言ってもう一度腕を振り上げたとき、中から扉の悲鳴に負けないくらいの声が聞こえた。
    「聞こえてるぞ! バカ小僧!」
    「うるせー! 開けんのがおせーんだよ。バァーカ!」
     扉を開いたのは白髪頭の老人だった。就寝するところだったのだろうか。家着というよりは寝間着のような格好をした、気難しそうな雰囲気をまとった老人だった。
     意思を持って生きてきた人間特有の、説得力のある佇まいだ。安心感よりは緊張感を与えてくる表情を無視した漣は、真横を通り抜けて店内に入っていく。
    「いつになったらおまえさんは『お邪魔します』を覚えるんだ」
    「オレ様が来てやってんだ! そっちこそ『ありがとうございます』だろーが! くはは!」
     呆れたような老人と偉そうな漣のやりとりにはある種の暖かさが滲んでいた。それは例えばタケルの味玉を奪い去った時のような、道流の家に上がり込むときと同じような信頼──甘えと言うべきか──を想起させた。見慣れたはずの表情を浮かべる漣と、見慣れない相手。挨拶の機会を完全に逃した二人に、老人は声をかける。
    「で、おまえさんたちは? 小僧の保護者と友達か?」
     保護者、と口にするとき、老人の語気には少しばかりの軽蔑が混じった。冷静に考えれば当たり前だ。先程のやりとりを省みれば漣が何度もここに足を運んだであろうことは想像に容易い。ならば、雨の日や雪の日に彼を放っておく保護者を老人が好まないのは明白だろう。
    「あ、いや……自分は漣の……同僚……うーん、仲間、ッス。いつも漣がお世話になってます」
    「俺もそうだ。アイツがいつもすまない」
     問われて初めて、自分たちの関係は説明しにくいものだと二人は感じた。同僚というのは間違っていないが、いささかビジネスライクすぎる。仲間、というほど互いを知っているわけでもないが、三人とも仲間ならすべてを晒して当たり前とは思っていない。道流は二人を弟のようにかわいがっているので家族と言えるものなら言いたかった。タケルにしてみれば腐れ縁と言ってところか。
     返答は老人の気分を害するものではなかったらしい。入りなさい。そう言って老人は背中を向け、薄暗い室内に向かって靴音を響かせた。



    「……すごいッスね……」
    「ああ……」
     二人は室内に所狭しとならぶ調度品にため息を漏らした。ここはいわゆる、アンティークショップと呼ばれる店だったようだ。無骨な指で触るのが憚られるような、華奢で繊細な小物が年代物のテーブルに並べられている。
    「おお。おまえさんたちは良さがわかるか」
     老人は初めて笑顔を見せた。人の良さそうな、快活な笑顔だ。
    「いや……自分にこういうものはよくわからないッスけど……きれいだと思うッス」
    「それで充分。小僧を見てみろ。せっかくのソファーもラグもあの有様だ」
     そういえば漣の姿が見当たらない。老人の指差すほうを覗いていると、そこで漣は眠っていた。
     あろうことか、この空間で一番高価そうなソファーの上で。緻密な刺繍が全面に施されたラグを下敷きにして。
    「バッ……オマエ! なにやってんだよ!」
     ぼやりとしたオレンジの光源でさえ、その美しい佇まいには従うしかないだろう。日本には付喪神信仰があるが、こういった年代物を見ると、物に神が宿るというのはあながち間違いではない気がする。そんな素人目にもわかるお宝の上で、漣は当たり前のように転がっているのだ。
    「おー、言ってやれ言ってやれ。この小僧にな、初めて屋根を貸してやったときに床に転がすのが忍びなくて貸してやったんだ。それ以来、ずっとそこを寝床にしとる」
     老人は迷惑そうな表情でケラケラと笑った。先程受け取っていたのだろう。ケーキを見ながらどっちがおまえさんたちの分だと聞いてきた。
    「いや、自分達はあまり迷惑にならないうちにお暇するッスよ」
    「ジジィを叩き起こしておいて迷惑もクソもあるか。茶くらい飲んでけ」
    「叩き……っ! いや、本当に申し訳ないッス!」
    「嘘だよ。ドラマを見てた」
     ああ、でも湯呑がないな。そう言って老人は奥に引っ込もうとする。呆然と見送る二人に、老人は振り向いて焦れったそうに口を開く。
    「早く来い。こっちが家になってるんだ」
     奥にある扉を開くと、そこには六畳に満たない広さの和室があった。奥にキッチンが見える。
    「狭くて悪いね。ジジィはこんだけありゃ充分なんだ。寝る時は布団を敷くし、食う時はちゃぶ台を出す……ああ、おしゃべりになっていけねえ。そこで寝てる小僧はジジィの話なんざ聞きゃしないから」
     タケルと道流が万が一にもアンティークを落とさないように慎重に和室に上がり込むと、老人は湯呑と茶碗と丼を持って現れた。茶器がないというのは本当らしい。
    「デカいのは丼。小さいのは茶碗だ」
     手渡された器には緑茶が揺れている。老人はケーキを取り出すと、コンビニおにぎりと同じ要領でビニールを器用に剥きながら手づかみでケーキを食べだした。
    「あの小僧は馬鹿だろ? 来るたびになんか持ってくるんだが……それこそ獲物を仕留めてくる猫みたいにな。一度褒めたらそれっきり、ずっとケーキを買ってくるんだ」
     そう言って老人は店に続く扉をぼんやりと眺める。少しの沈黙は緊張感を保っていた。それを破ったのは道流だった。
    「えっと……漣とは昔から?」
    「ああ……そうさね。どれくらい前かな……ジジィはそういうの、忘れちまうんだよ」
    「そうッスか……でも、漣の態度を見てればわかるッス。いつも漣をありがとうございます」
    「おお、もっと感謝しろ。ま、おまえさんたちも小僧によくしてくれてるんだろ。テレビで見たよ。……えっと、ざ……ざこがどう?」
    「ざ、で一度区切ってほしいッス」
    「俺たちのこと、知ってるのか」
     意外だったが、先程もドラマを見ていたと言っていた。意外とテレビっ子、もといテレビ老人なのかもしれない。そう思い、部屋を見渡す。そこには部屋に似つかわしくない、大きく薄いテレビがのさばっていた。
    「ああ、それは小僧が買ってきたんだよ。最強のオレ様の勇姿がなんだかんだ言ってな。それで見てた。ドラマも、一度小僧が出てただろ? だからってわけじゃないが、暇な時は見てやってるんだよ」
     細めた目元は優しげだった。一つの、愛情の形をしていた。その視線に道流は胸が熱くなり、タケルは少しだけ困惑してみせた。一瞬だけの柔らかな視線は、すぐに先ほどと同じ色に戻る。
    「ああ、でも……そうか。……おい! 小僧! 寝てないで起きんかボケナス!」
    「……うっせーぞ爺さん! 別にそういうつもりで連れてきたんじゃねーっての! ソイツラが勝手についてきたんだからナシだ!」
     それきり大声は途絶える。疑問を吐き出したのは道流ではなくタケルだった。
    「……そういうつもり?」
    「ああ、宿代だよ」
     老人は答える。
    「もう足が悪くてな。小僧があんまりにも最強のらいぶを見に来いってうるさいもんだから、だったらおまえらが来いって言っていたんだよ。……そうか、あんたたちが歌って踊るんだなぁ……」
     老人は二人を見て、強そうだと言った。それから、男前だとも。
    「……今日は自分たちが無理言ってついてきたんスよ。だから、漣も準備が出来てないんだと思うッス」
    「はっは! 準備に手間取ってると、ジジィはあっという間にあの世行きだってのに!」
     老人はもう、自らの死を受け入れる年だった。あの世と言えば、そう呟く老人は少しばかり悪い顔をする。
    「なあ、あんたらあいどるに贈り物をするときは、事務所に送れば届くと思っていいのか?」
    「えっ? ああ、そうだと思う」
    「思うってのはなんだ。頼りない」
     老人は一気に茶を飲み干した。とっととケーキを食えとせっつかれるので、二人は慌ててケーキを食べた。
    「……ま、出来の悪い孫みたいなもんだからな。死ぬ前に一回は晴れ姿を見せてくれ」
     二人はそう憂う老人の半生を思う。たった一人、ここで調度品に囲まれてすごす老人のことを。飾られた写真には、少し若い老人と、同じくらいの年をした婦人が映っている。
    「……奥さんッスか? きれいな人ッスね……」
    「……おばあさんにも、見せてあげたかったな……」
     しんみりとした空気が流れた。短くはない沈黙。それを破ったのはあろうことか、笑い声だった。
    「ぶっ……ははは! なーにしみったれてんだ。ばかたれ」
     それは無理に空気を変えようとする、老人の強がりなどではなかった。なにせ、二人は見当違いのことで胸を痛めていたのだから。
    「ばあさんは生きてるよ。調度品ばかり集めてるジジィに愛想尽かして出てったんだ。ま、今は月に一度あって茶をする仲だ……ばあさんは健脚だからな。旅行にばかり行って……ああ、らいぶにも行っとるらしい。これがばあさんの『推し』なんだと」
     押し付けられたんだ。そう言って取り出したプロマイドには見知った顔が映っていた。
    「…………北斗さんだ」
    「知り合いか?」
    「同じ事務所ッス」
    「なんだそりゃ。おまえさんたちも早くそれくらい有名になりな」
     そしたらライブを聞いてやるから。そう言って老人は食器を片付け始める。
    「ほら、ジジィはもう寝るからな。今度は明るいときに来い。いくらでもうんちくを語ってやるから」
    「あ、ああ……」
    「お邪魔したッス」
     ありがとうございましたと頭を下げる。また老人を先頭に、絵本の中みたいな空間に足を踏みいれた。



     店は相変わらず異世界で、そこに眠る漣もまた現実感のないものだった。猫脚のソファーで器用に丸まって眠る漣はいつもよりも小さく見える。普段なら乱雑に投げ出される脚も大人しく収まって、額縁に収まった絵画のようだ。
    「ああ、そうだ。最後に」
     聞いてきな。そう言って老人はテーブルの上にあった箱を手に取った。
     箱の横についたゼンマイをくるくるを回せば、柔らかなメロディーが流れ出す。
    「……きれいな音だ」
    「お、わかるか。小僧はこれを子守唄としか思っとらんからなぁ」
     小僧には惜しいと老人は笑う。
    「……初めてここに来たとき、小僧は一向に寝ようとしなくてな。……ジジィもそんときは……もう何取られても殺されてもよくってな。小汚い小僧を入れて……夜中に目を覚まして店を見たら、小僧が窓の外を見てるんだよ」
     老人が目線をやった先に、小さな小窓が見える。真横にコルクボードが立てかけられ、様々なアクセサリーが飾られていた。雪が反射する月明かりを受けて、小さく、きらきらと光っている。
    「じっと雨を見てるんだ。こりゃ何言っても、何にも伝わらない気がしてな……気が紛れると思って、オルゴールを鳴らしたんだ」
     ゆるやかに流れるメロディー。その旋律をタケルも道流も知らなかった。きっと、この世界の入口に飾られた、あの不思議な文字が生まれた国の曲なのだろう。
    「それがよかったのかわからないけどね、小僧はこれを気に入ってるんだと思ってる。なあ? 小僧?」
     そう言って老人は漣を見やる。漣は微動だにせず、空間はしばらくオルゴールの音で満たされた。
    「小僧。お仲間が帰るんだ。挨拶」
     そういえば、老人は先程も漣に礼節を説いていた。眠った漣に老人は何度か問いかける。漣が一度寝たら起きないと知っている二人はもう大丈夫だと老人を止めたのだが、老人はなおも声をかけ続ける。そして、
    「…………小僧が半べそかきながら猫を拾ってきた話はしたっけか?」
    「……っ! 爺さん! オレ様のことをペラペラ喋ってんじゃねーぞ!」
    「小童が一丁前に寝たふりなんざしてっからだ! ほら、おやすみを言え」
    「誰が言うか! もうオレ様の睡眠を邪魔すんなよ!」
    「ほら見てみろ。小僧はいつまで経っても挨拶を覚えないんだよ」
     すまないね。そう言って老人は扉まで二人を見送った。おやすみ、またおいで。そう笑った。



     年が明け、いよいよ事務所は多忙を極める。プロデューサーもアイドルも、西へ東へてんやわんやだ。
     晴れた日が続いていた。冬晴れの、からっとした天気だった。空気は冷たく、空が澄んでいた。
     正月、バレンタイン、ホワイトデー。卒業シーズン、入学シーズン。そして夏に行われるライブの練習。ジャケットは薄手のものになり、鍋よりはカレーがおいしくなり、梅の蕾が膨らみ、桜が舞った。



     春一番よりも強い力で叩かれた扉は悲鳴をあげ、その蛮行を止めるべく道流は扉を開く。
     案の定立っていた漣を招き入れようとしたが、漣はそれを拒んだ。代わりに、小さな箱を道流に差し出した。
     重厚な作りの箱だ。横にゼンマイがあって、全体に名も知らぬ花の装飾が広がっている。
     見覚えのある、箱だった。
    「漣、これ」
     きっと、あの夜、暗がりでよく見えなかったあの箱なんだろう。
    「……プレゼントの中にあった。預かってろ」
     そう言って漣は背を向ける。道流はとっさに大声を出した。
    「漣っ! あの店は、」
    「潰れてた。なんもねえ」
    「そんな……」
     漣は振り向かず、立ち去ろうとした。走り出さなかったのは、気持ちを出さないためだろうか。漣の代わりに喉を詰まらせたのは道流だった。サンダルを履く暇も惜しんで、道流は漣を追いかけた。その背中をとっさに抱きしめる。
    「……なあ、漣……」
     道流は何も言えなかった。漣だって何も言わなかった。もうすぐ、梅雨の時期だった。
























     数カ月後、シンガポールで余生を過ごすと決めた老人から浮かれた写真のポストカードが事務所に届くまでが、このお話。
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