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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    じろちゃんとS.E.Mと虎牙道(2019/11/19)

    ##山下次郎
    ##S.E.M
    ##THE虎牙道
    ##カプなし

    遺影でイエーイ 教師をやってた時はわりと生徒とは打ち解けていたほうだ、と思う。でも同僚や先輩、上司達とはなあなあな付き合いだった事実から鑑みるに、俺はそんなに社交的なほうじゃないんじゃないのかもしれない。少なくとも、極めて身近にいる全世界の人間とコミュニケーションを取るために生まれてきたような人間と比べたら、全然ダメ。
     それでも学校って空間なら学生がいて教師がいて教頭がいて校長がいて、それぞれに求められる役割があった。その立場に見合った振る舞いをすれば、まあコミュニケーションに支障はなかったわけだけど、俺はアイドルになって日も浅いので、アイドルとはどのように同僚と打ち解け合うのかがよくわかっていないのだ。
     多種多様な前職が集まった事務所だ。前職に関しては自分も特異なほうだと思うが、元格闘家が集まったユニットというのも結構珍しいんじゃなかろうか。いや、スポーツ選手からタレントになってる人って多いのかな。ちょっとよくわからないけど、目の前の三人はタレントって感じじゃないんだよねぇ。
     ガタイのいい男と日本人離れした青年と無口な少年。次の仕事相手をちらりと見て、また視線を携帯に。こんなときに一番居て欲しいるいは、はざまさんと一緒に遅れてくる。俺が出来ることと言ったら、猫背をさらに丸めて携帯に収まった写真を眺めていくことくらいだ。
     同僚だ。別に会話がなくったって問題ないだろう。挨拶はしたし、世間話もした。訪れるべくして訪れた沈黙だ。分厚い氷の上に立つように静けさを享受していたら、朗らかな声が俺の視線をあげた。気を使ってるだろうに、気を使ってるだなんて微塵も思わせない声色で。
    「次郎、でいいッスか? ……何を見てるのかなって思って。なんか、優しい顔をしてたから」
     優しい顔、ってえんじょうじは言ったけど、それってニヤけてたってことなんだろうか。ちょっと気恥ずかしい顔は見せないように、教師らしい顔を作りながら携帯の画面を見せる。隠すようなものじゃないからね。
    「おお……」
     反応したのはたいがだった。猫、好きなのかな。携帯にめいっぱい撮りためた猫の写真を、さっきまで無表情だった瞳いっぱいに映している。
    「おじさん、猫大好きなんだよね。飼ってはいないんだけどさ……猫カフェ、癒やされるよ」
     きざきがさっきまでのかったるそうな顔を少しだけマシにして写真を見てる。きざきもたいがも猫が好きなのかな。そんなことを思っていたら、たいがが立ち上がった。そうして、こちらに寄ってくる。ちょっとだけ身構えたけど、たいがは気にせず、気づかずにこちらに端末を手渡してきた。
    「……猫。俺も好きだ。かわいいよな」
     画面には猫が一匹。毛並みからしてきっと野良猫だろう。視線がそっぽを向いてたり、何もかもがブレていたり、写したいであろう箇所が捉えきれていなかったり。たいがが写真撮るの苦手なのか、この子がじっとしていてくれないのか。両方かな、って勝手に結論づけてたら、たいがは相変わらず色の読めない声で話しかけてくる。
    「チャンプ、っていうんだ」
    「チャンプ。へえ、かっこいいじゃない」
     たいがは元プロボクサーだっけ。いい名前だと伝える前に、耳の奥に刺さってくるような声が投げつけられた。
    「あぁ? 覇王だって言ってんだろ!」
     どうやらきざきは同じ猫を違う名前で呼んでるみたい。
    「チャンプだ。何度も言わせるな」
    「覇王だ!」
    「チャンプだ」
     これは変に名前が呼べなくなってきた。すると、えんじょうじも困ってるんだろう。言い争う二人をちらりと見て、それからこちらに目を合わせて、一言。
    「自分はチャ王って呼んでるッス」
     それはいい折衷案だと思うよ。うん。
     たいがが自由に見ていいと言うので、カメラロールをざっと眺める。そういえば、教え子たちも写真を見せてくれたっけ。最近の昔を懐かしんでみたけれど、たいがの写真たちは少し彼らとは違う。
    「……ねえ、たいがって自撮りとかしないの? 友達と撮ったりとか」
    「え……?」
     そう。人物の写真がないのだ。友達とか、自分とか。
    「しない。そもそも、写真はあんまり撮らない。……チャンプくらいしか」
     なんだろう。その言葉だけであんまり触れちゃいけない話題なのかなって察してしまった。教師の勘も三十路の勘もバカにはできないもんだから、俺は意図的に矛先を変える。
    「ふーん。きざきとえんじょうじは?」
     話を振られるとは思っていなかったんだろう。二人は一瞬キョトンとしたあとに、それぞれ違った表情を見せた。
    「そういえば、自分もあまり撮らないッスね」
    「写真だぁ? 撮りてえなら撮らせてやるぜぇ? くはは!」
     なんだろう。最近の若い子って写真撮らないのかな。違うなぁ。だって、教え子たちは撮っていたし。学生じゃないと、写真には縁がないのかな。興味がないなら仕方ないけど、たまには撮ったほうがいい。だって、
    「撮っといたほうがいいよ。写真ないと、遺影とか困るし」
     それは自分が写真を撮るときに思ってることだ。いや、少し違う。こう思ってるから、俺は写真を撮るんだ。
     それでも、言うべきことじゃない。まして、こんな初対面に等しい人間に。三秒と経たずに後悔した。恥ずかしさとは少し違う血の流れに、ふかふかのソファーから立ち上がりたくなった。
     話題を変えよう。そう思ったのに、きざきが素っ頓狂な声をあげる。
    「イエー?」
     ああ、遺影っていうのは。えんじょうじが説明を始めてしまった。えんじょうじが喋れば喋るほど、きざきの顔が怪訝に、興味なさそうに変化していく。
     えんじょうじは優しい笑顔で説明を続け、たまに挟まるきざきの疑問に答えている。こういうとき、えんじょうじはうんと年上に見えるのだと初めて知った。それはえんじょうじが大人びてるんじゃなくて、きざきがうんと幼く見えるからなんだろう。
     疑問は氷解したのだろう。尊大に、鬱陶しそうにきざきが言う。俺の目を、真っ直ぐに見据えて。
    「イエーなんざいるかよ。オレ様が死ぬわけねーだろ」
     ああ、いるいる。若い子に特にいる。こう思ってる人間、生きていく中でたくさん見てきた。
    「……人間、いつ死ぬかわかんないよ」
     そうだね、って言えなかったのは大人気なかったかもしれない。言わなくてもいいことを言ってしまった自覚はちゃんとある。それでも口にしたのは、人生の先輩として知っておいてほしかったからなのか、子供みたいな反論が止められなかったからなのかがわからない。それでも言葉は勝手に口から飛び出てくる。壊れた蛇口みたいに、ぽつりぽつりと。まるで他人事みたいに口にした。
    「……知り合いにさ、若いうちに亡くなった夫婦がいるんだけど」
     罪悪感を置き去りにして、感情を切り離して。
    「遺影に使える写真がなかったの。全然。写真、撮ってなかったから。……結局すっごい若い頃の写真を使ったんだよねえ。それこそさ、残された子供と兄弟みたいに見える写真をさ」
     最後に見た両親の顔とは全く重ならなかった遺影を抱えていたっけ。
    「こんなに若いのに、ってお決まりのセリフがテンプレートに聞こえなくなるような、さ。しんどかった……んじゃないかな。その子供は」
     そうして残された形あるものは、みんな少しだけ記憶から遠くにあった。引っ張り出した写真の俺はうんと小さくて、そのどれもに両親の姿がないことがただ虚しかった。
    「それを見てね、そっからおじさんは毎年写真を撮ってるの。遺影用に。ここまで生きましたよ、ってね。生きた証っていうか……免許の更新みたいなもんかな。証明写真みたいなやつを、毎年一枚」
     誰が喜ぶかもわかんない写真を毎年一枚、って。それだけは口を噤んだけれど。
     あーあ、暗い話しちゃった。わかってたから、最後だけ笑ってみせた。付け焼き刃の笑顔は特に空間を取り持つことはなく、俺はどうしようもない気持ちになってしまう。そんな俺を助けてくれたのは、金髪のヒーローだった。
    「Hey! ミスターやました、おまたせ!」
    「おはよう、諸君。もう皆揃っているのか……ああ、あとはプロデューサーか」
    「あれ? なーんか空気がglumness……何かあったのかい?」
     何かあった、というよりは、俺が勝手にやらかしただけだ。なんとかごまかせないものか、俺は慎重に言葉を選ぶ。
    「あ、いや、写真の話をすこーし……」
    「イエーの話してたんだよ。コイツが死ぬ時の写真を撮ってるって」
     きざきは俺の思惑を木っ端微塵に吹き飛ばす。
    「portrait of deceased person? すごい話してるねミスターやました」
    「どういうことだ、山下くん」
    「ああ……いや、その……」
     結局全部説明することになった。それでもさっきみたいな空気にならなかったのは、るいがいたからだろう。
    「はは! ミスターやましたは心配性だね! そんな先のことを話してたら、鬼もsmile!」
     さっきと同じようなセリフ。それでもさっきみたいに頑なにならなかったのはるいの力なのか、このやるせなさが本日二度目だからだろうか。はたまた、さっきのはきざきの態度が気に障っただけなのか。だとしたら、俺って結構大人げない。
     でも、根っこの気持ちは変わらない。だって、死ぬのって本当に一瞬だ。あっさりと人は死ぬ。俺はそれを知っている。
    「ふむ、山下くんの心がけはよいものだ。しかし、我々はアイドルだ。写真ならこの先たくさん撮られるだろう。そして、たくさんの人達の記憶に我々は残る。生きた証は生まれ続け、必ず、それを受け止めてくれる人達がいる」
    「……それは、素敵なことッスね。自分が柔道家だった時の姿が誰かの記憶にあるように、きっと次郎が先生をやってたころの記憶は誰かの胸にあって……これからの次郎も、ちゃんと誰かの中に残るはずッス」 
    「……それは……そうかもね」
     二人の言葉は冬の日に飲むスープのように、少しだけ冷えていた俺の心に沁みていく。えんじょうじの言う通り、それはちょっと素敵なことだと思えた。受け取る人間がわからない証明写真より、大事にスクラップされた雑誌の切り抜きに価値を感じるのは悪くないと思えた。でも、アイドルじゃない山下次郎の証のことを考えると、ちょっと悲しいことなのかもしれないと思えた。
     そのやるせなさを代弁するように、るいが言う。
    「uh……でも、IDOLじゃない俺たちのPhotoもほしいかもね。俺たちのPrivateも大切なMemoryだから」
    「ふむ。その点についても心配はいらないように思える。そういった記憶を残したいと思える相手とは、なるべく長い間一緒にいるのが望ましいだろう。そうして、そう思える人と共にいれば、自然と思い出は増えていく。写真、記憶……形は問わない。様々な、生きた証だ。舞田くん、心配することはない。君の周りには人がいる。むろん、山下くんにも、大河君にも、牙崎君にも、円城寺君にもだ。私は、そう信じている」
     春一番が体を攫うように、目の前がぶわっとひらけたような感覚がして、なんだか泣き出したいような気分になった。ふと見てみれば、たいがは何やら考えるように視線を落とし、きざきは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにはざまさんを見ていた。えんじょうじは、この中でるいの次に優しい表情をして落ち着いた低音で言う。
    「……自分たちもたくさん写真を撮ろうな。漣、タケル。たくさん、いろんなことをしよう」
    「円城寺さん……ああ、そうだな」
     えんじょうじの言葉にたいがは困ったような視線の行き場を柔らかな瞳に向けた。きざきの態度は相変わらずだったけど、えんじょうじは気にしてないみたいだった。
    「くだらねー。死ぬときのこと考えて写真撮るのかよ」
    「違うよミスターきざき! こうして、ここにいたっていう証だよ」
     意味わかんねえ。もう一度きざきが呟いた。俺はきざきがその意味を理解する日を祈る気になっていた。たとえ本当に理解ができなくてもいいから、こういう優しいきれいごとにきざきが向き合う日があればいいと、強く願った。
    「……葬儀は残された人にも意味があるものだと思う。その時、きっと思い出は力になる」
     思い出が残された人の力になる。その言葉は高尚な理想ではなく、寄り添うような希望だと思う。本当は、もっと写真がほしかったのかもしれない。形が残るものを抱きしめていたかったのかもしれない。今はもう思い出せないけれど、昔の俺は泣いていたのだろうか。
     形に残るものがあったら。願わなかったわけじゃない。でも、今をしっかりと歩けているのは、思い出があったからだ。きっと、そうだ。
     証は色々ある。形のあるもの、形のないもの。どっちだってきっと誰かを助ける。
     でも、何を残したらいいかわからなかった。誰に残していいのかもわからなかった。証明写真みたいな無味の写真をいっぱい撮った。誰も見もしないような場所に、乱雑にそれを放り込んだ。行く宛のない手紙みたいに重なっていくそれを、ぼんやり見ていた。
     でも、少なくとも今は、誰に残したらいいのかはわかる。わかる、というか、るいとはざまさんには残したいな、って思える。何を残したらいいのかは相変わらずぼやっとしてるけど、はざまさん曰くそういうのは一緒にいれば勝手に増えるって。だから、もういいかなぁ、証明写真は。
     アイドルの俺は受け止めてくれる皆に。ここにいる俺は、二人に。俺はきっと何かを残せる。俺がいなくなったとき、泣いてくれるすべての人に、俺は何かを残せるはずだ。

    ***

     猫カフェまでの道のりには落ち葉がこれでもかと落ちている。街路樹に見守られながら、俺はたいがと歩いている。
     野良猫ちゃんは元気かと聞いたら、たいがは携帯を貸してくれた。それが呼び水となって記憶が蘇る。相変わらず俺たちの携帯には猫の画像が多いけど、少しずつ、自分たちの写真が増えていた。たいがは少ない口数でいろんなことを教えてくれた。えんじょうじにお手伝い券をあげたこと、麻婆豆腐とチャーハンを作ったこと、温泉に行ったこと、他にも、他の人との思い出をたくさん。たいがの携帯の中で、えんじょうじが笑ってて、きざきがふてくされている。他にもいろんな人との写真が笑顔で映っていて、ああ、よかったな、って心に温かい光が灯る。
    「たくさんあるね。楽しそうだ」
    「ああ。……俺のスマホに円城寺さんとアイツの写真があるみたく、円城寺さんのスマホには俺たちの写真がある。こうやって、残っていくんだな」
     アイツは、知らないけど。そう呟くたいがは忌々しそうにも、寂しそうにも見えた。
    「ちゃんと、チャンプの写真もたくさん撮ってる……俺はきっと、残される側だから」
     たいがは、絶対に自分が残されるとは言わなかった。俺はなんだか、たいがに傷跡を残したような気持ちになる。
    「……俺、写真を撮ってこなかった。俺にはゴールしかなくて、過程とか、残す必要ないって思ってた。でも、今までの俺があれば、形に残る何かがあれば、喜ぶやつがいるんだろうなって、あの日、そう思い直した」
     思い出は一緒にいないとあげられないけど、こうして、形に残っていれば受け渡せるものがあるとたいがは言う。だから、思い出だって受け渡せると教えてあげた。そういうの、たくさん話してあげたらいいよ、って。
    「思い出も、写真も。その人、きっと喜んでくれるよ」
    「ああ」
     そうして、しばらくはまた無言で歩いていた。一度だけ風が吹いて、それを合図にするように、そっとたいがは打ち明けてくれた。
    「……昔の写真、実は少しだけあるんだ。俺の初試合。…………すごいんだぜ、俺、初試合でKO勝ちしたんだ」
    「あら、かっこいい」
    「ああ。かっこいい俺、ちゃんと残ってるんだ。……残してくれた人がいるんだ。忘れずに、見せてやらなきゃな」
     そういえば、俺にもあった。家にある、たくさんの卒業アルバム。その中に、教師だった頃の俺はちゃんと残ってる。
    「かっこいいたいが、これからもどんどん増えていくよ。……アイドルのたいがも、アイドルじゃないたいがも」
    「ああ、全部俺だ。これからも、たくさん増やしていきたい。アイドルの俺も、たんなる俺も」
     そういうたいがはなんだかかっこよかった。自分が十七歳の頃はどんなだったっけって考えて、なんだか年寄りくさいなぁって笑ってしまう。
    「いろんなたいがを残さなきゃね。猫カフェいったらさ、写真撮ってあげる。デレデレなたいがの顔」
    「……山下さんのも撮るよ」
    「プライベートショットだねぇ。ふにゃふにゃの顔でさ、写ろう」
     もう証明写真は撮らなくていい。証明は、きっと誰かの中にある。
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