Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji ❤ 🌟 🎀 🍎
    POIPOI 420

    85_yako_p

    ☆quiet follow

    同棲10年目の虎牙。牡蠣を食べてるだけ。(2020/04/28)

    ##牙崎漣
    ##大河タケル
    ##カプなし

    醤油、レモン、ポン酢 コイツと暮らし始めて十年。俺たちがこの家に住み始めて今年で八年目。
     愛とか恋とかじゃなくて、ただ隣りにいるのが自然だった。妹を見つけて、弟を見つけた。俺たちが納得できる高みにだって到達した。その気になればマンションだって買えるんだ。現に円城寺さんはビルをまるっと買い上げたわけだし。
     それでも俺はコイツとのんびり暮らしている。下町にはなりきれない、でも田舎と言うのは失礼な穏やかな場所。小さな駅には改札が一つしか無くて、八百屋があって魚屋があって、馴染みの洋食屋が一点。スーパーは二つ。老人が多い町だ。接骨院と銭湯が多め。そんなところ。駅から十五分近く歩いたところに立ってる築五十年の木造一軒家。二階建て庭付きで驚きの6LDK。毎年家中の畳を取り替えて暮らす、そういう生活。
     結婚したほうが出ていく約束だ。そうやって、彼女も作らず俺たちは暮らしている。変わったことと言えば、たまに名前を呼ぶくらい。



     梅のつぼみが膨らみ始めた。もうすぐこの庭にもメジロが来る。
    「おい、スケジュール」
     カレンダーにペケをつけながらコイツが言う。俺もあとで印をつけないと。
    「後半に連ドラ。前半は空いてる」
    「オレ様は後半に舞台稽古。あと四季のラジオにゲスト」
    「四季さん、すごいよな。二十歳の頃からずっと持ってる番組だろ?」
     俺もゲストで出たことがある。ラジオが始まってすぐだから、結構昔のことだけど。
    「四季はどーでもいいだろ。じゃあ二週目だな。絶対仕事いれんなよ」
     そう言ってコイツはスマートフォンをたしたしと叩く。慣れたのは数年前だと言うのに、いつ見たって『ようやく』という気持ちにさせられる。
    「酒は?」
    「買ってある。ビール二箱と、あと梅酒が飲み頃」
     そう言って台所を指差す。床下で梅酒が俺たちに飲まれる時を待っているはずだ。黒糖でつけた三年ものと、去年ウイスキーでつけたやつ。
    「あと日本酒」
    「俺はビールがあればいい。飲みたいやつが買えよ」
     別に買ってきてやったっていい。でもコイツは日本酒にうるさいんだ。漣も俺に買ってきてもらうつもりはなかったんだろう。出会った時と変わらない顔でニヤニヤと笑う。
    「はやく日本酒の味わかるようになれよ」
    「はいはい。オマエも納豆食えるようになれよ」
     俺もカレンダーに印をつけていく。俺は青いペン。漣は赤いペン。約束の日には黒いペン。待ち遠しい火曜日に大きく黒いはなまるを書いた。



     古い家にインターフォンの音が鳴り響く。指定した通り午前中。庭でバーベキューコンロの支度をしていた漣が俺を呼ぶ。
    「タケル! 玄関!」
    「わかってる!」
     響いた大声に、同じくらいの音量で返す。俺は一旦、キッチン中から集めた調味料を置いて玄関に向かった。
    「ありがとう」
     宅配の青年に礼を言い、伝票に判子。ずっしりと重たい荷物を受け取り、それを庭に運んでいった。
    「火、もうついてるぜ」
     そう言って漣が近寄ってくる。届いた缶は一斗缶の半分くらいの高さ。パカッとあければ、ぎっしりと牡蠣が詰まっている。
     これが俺たちが毎年待っている楽しみだった。缶一杯の牡蠣を焼いて、蒸して、酒と一緒に心ゆくまで楽しむのだ。そのためにスケジュールの調整までして真剣にこの時を待っている。忙しかった時じゃあ、絶対にできなかった遊び。
     漣は牡蠣を食べたことがなかった。牡蠣を知ったのがアイドルとして売れてきてからなんだ。じゃあ食べよう、といきたかったが、その時にはもう俺たちのスケジュールはギチギチで、あたる可能性のある牡蠣は食べられなかった。俺も牡蠣を食べる機会を失っていた。
     ここに引っ越して、頂点とって、夢を叶えて。落ち着いた俺たちは仕事を減らして、スケジュールを空けて二人で牡蠣を食べた。その時はこんなバカみたいな量を食べなかったけど、それから毎年牡蠣を食べてる。梅のつぼみがほころび始めるころ、庭でメジロを待ちながらビールをあおって牡蠣を食う。
     何割かの牡蠣は取り出して広げたビニールに置いておいた。缶に酒を入れて、そのまま網に乗せる。空いた空間には牡蠣。焼いて、蒸して、家中の調味料を自由にかけて、牡蠣を存分に食らう。
    「よし」
     タライには大量の氷。そこに刺さったビールと日本酒。まあ、乾杯はビールだろう。縁側に座ってプルタブをあげる。
    「乾杯」
    「カンパイ!」
     酒を飲む前からコイツは上機嫌だったし、俺も毎年のことながらわくわくしている。そういえば、お互いの喜びを隠さなくなったのはいつからだろう。別に、コイツじゃなくてもいい。でも、俺はコイツと喜びを分かち合っている。それが不思議でもなんでもないのが不思議だ。
     ビールを一気飲みして、お互いにオッサンみたいな声を出す。俺たちもオッサンだから仕方ないと言うと、いつも円城寺さんに笑われる。円城寺さんのお嫁さんにも笑われる。あと、山下さんにも笑われたっけ、俺はまだ、出会った頃の山下さんの年に届いていない。
     俺は早々に一缶あけて、もう一缶。アイツもう日本酒を傾けている。赤く染まった木炭の熱がここまで届きそうだ。
     漣が立ち上がる。網を見れば牡蠣の殻が開いていて、軍手をはめた漣がそれを取り出して皿に移す。コイツはもう俺の分まで勝手に食べたりしない。
    「おらよ」
     俺も軍手をはめて、付属していたナイフで殻を開ける。そういえば、毎年ここで頼んでいるからナイフが溜まっていたっけ。なんとなく捨てられなくて、そのまま。そういうのがこの家には溜まってる。だって、この家は二人で住むには広いから。俺は場所さえあったら物を捨てられないのだと思い知って数年だ。
     殻を開けると大きくてぷりぷりとした身が出てきて、海みたいないい匂いがする。溢れた汁が零れそうになったから、慌ててスープを啜った。
    「あっづ!」
     コイツはいつもかじりついて火傷をするんだが、俺は何も言わない。横で毎年聞いている悲鳴が今年も聞こえてきたから、俺は注意してその真珠みたいな身を口いっぱいに頬張った。
    「っふ……あーうまい……!」
    「うめー……」
     何もつけなくても充分うまい。そして、そのままビールを一気に。缶を握りつぶして、俺は三本目。アイツは二つ目の牡蠣を食べ終えて、しゅわしゅわと日本酒がはじけるグラスを傾けた。
     網に新しい牡蠣を乗せ、カンカンの蓋を開ける。そこに待っていたのは充分に蒸されて開きかけた牡蠣たち。俺は蒸した牡蠣が好きだ。いや、カキフライが一番好きなんだが。いつも余った牡蠣をフライにしようと言い合うのだが、いつだって俺たちは牡蠣を食べ尽くしてしまう。
     缶からごっそり牡蠣を取り出して、漣にも手渡す。次はポン酢だな。漣はレモン汁を手にとった。
     夢中で食べて、飲む。多分いまメジロが来たって気づかない。せっかくコンロを出したのに、野菜も焼かずにひたすら牡蠣を焼く。幸運なことに俺たちは牡蠣であたったことはないが、どちらかがあたったらこの恒例行事は終わってしまうのだろうか。俺は別にあたったってこのイベントをやめなくていいと思ってる。いや、実際にあたったらそんなことは思えないのかもしれない。漣はどうなんだろう。あたってみないとわからないか。
     あんまり会話はない。俺たちの『いつも』だ。
    「ポン酢」
    「ん」
     口数は多くない。でも、ポン酢を受け取る時に最低限の言葉で済むのは悪くない。
     牡蠣に飽きた時のために用意したきゅうりをぽりぽり齧ったり、牡蠣の新しい可能性を探ってみたりする。コイツは何を思ったか、いきなり牡蠣をグラスに放り込んだ。
    「うまいのか?」
    「知らね。でもヒレ酒がうめーんだからいけんだろ」
     そういって酒を飲み干した漣が笑う。「ほらな、」と言って手渡された酒はうまくもまずくもなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works