恋バナしようぜ　アイツが花吐き病になった。最近流行の病気らしい。恋をすると花を吐くっていうアレだ。
　俺は心底驚いた。アイツが恋とか、あり得ない。事務所全体の困惑をよそに、世間はどうでもいい『あり得ない』で盛り上がっていた。
　なんでもアイツの吐く花は、地球上どこでも確認されていない未知の花らしい。円城寺さんも、プロデューサーも、みのりさんすら知らない花だ。
　数回見たことがあるけれど、とてもきれいな花だった。宝石みたいにきらきらしてて、光の加減で色が変わって、夢みたいないい匂いがする、不思議な花。
　最初はその見た目の美しさから少し話題になっただけだった。ところが興味を持った研究者が面白半分に調べたところ、これがとんでもない花だった。
　なんか栄養満点で、薬にもなって、匂いは脳のなんとかって物質がたくさんでるのを助ける花なんだと。さらに砕いた花びらをあれこれすると希少な金属にもなるらしいし、他にも俺が覚えきれなかったすごさがたくさんある、とにかくすごい花だった。
　研究者どころか、世の中の人間すべてがアイツの吐く花に群がった。アイツのことなんて見たことすらない人間が、アイツが恋をしてるっていうあり得なさなんてどうでもいいってアイツが嘔吐するのを見守っている。俺には理解できない『人道的なライン』を守って、いろんな人間がアイツに花を吐かせてそれを採取していた。いまや、アイツの吐く花は数十万円の価値がある。
　俺は不安だった。恋とか愛とか言ってる場合じゃなくて、そんなことをされたら人間そのものが嫌いになってしまわないか心配だった。そんな恋の終わりはあんまりだ。それでも、俺の心配をよそにアイツは花を吐く。
　アイツの恋に値段がついている。
　アイツの恋で救われる人がいる。
　アイツの恋は誰かの人生を変える。
　アイツの恋が叶わないように、終わらないように、アイツがずっと宙ぶらりんでいることを望んでいる人間が、砂糖に群がる蟻よりもたくさんいるんだ。

　もう、きっと、俺たち以外の誰もが気にしてない。いったいアイツは誰のことが好きなんだろう。
　そいつがアイツの恋を終わらせればいい。それなのに、アイツは誰が好きかなんて誰にも言わないんだ。