殺し文句は明るい部屋で 愛してるゲームを考えた人って賢いか賢くないかで言ったら相当賢いんだと思うけど、そのヒラメキをもう少し他のことに使えなかったのかと思わなくもない。いつもは意識に浮かぶことすらない思考は、愛してるゲームの当事者となった僕の脳内にぷかりと浮かんですぐ消えた。
僕の目の前には雨彦さん。周りにいたギャラリーは半分くらいに減っていて、もちろんカメラが回っているでもなし。パーティの余興で始まった愛してるゲームは決着がつかず、言い出しっぺのプロデューサーは社長に引っ張られて向こうでビールを飲んでいる。文句はあとで言うとして、いまは目の前の男に意識を向ける。僕は雨彦さんと対決中なのだ。
勝負内容は驚くほど簡単で、愛してると交互に言い合って照れた方の負け。この男はやたらといい声で「愛してるぜ」だのとほざいているが、僕はそんなことで照れやしない。驚くほどときめかない自分は薄情者だろうか。僕はこの男と恋仲だというのに。
この事務所の全員から祝福されている恋人である僕らの愛してるゲームはそこそこ質のいいエンターテイメントに違いない。下世話な人間はいないけれど、悪気なく他人の色恋に興味を持っている人はいる。あとは雨彦さんの照れる様子が見たい人、とか。しかし僕らの愛してるゲームは一向に決着がつかなかった。
別に普段から愛しているだのを言い合っているわけじゃないんだから、珍しい愛の言葉に照れればいいものを。これじゃあ僕らが日常的に愛を囁いてると勘違いされないだろうか。そういうのを気にしてしまうと、余計に照れるという感情が遠ざかる。
埒があかない。ギャラリーの一人がセリフのアレンジを可とするのはどうかと提案してきたので、僕らは二つ返事で了承した。いい加減、この停滞した空気を打破したい。
とは言えなにができるだろう。僕が雨彦さんの意表をつけるとしたらどんな言葉があるんだろう。考えて、あと少しだけ考えて、思いつきを口にする。
「じゃあー……愛してるよ、雨彦」
おお、と場がどよめいた気がする。まぁこんなことでこの狐男が照れるとは思えないんだけど、こんな状況でもない限り僕が雨彦さんを呼び捨てにすることなんてないんだから、いい機会だ。少しだけ、愉快だった。
あとは雨彦さんが僕を照れさせるために創意工夫を凝らした言葉を聞かせてもらおうじゃないか。そう思って言葉を待つが、一向に声は聞こえてこない。よくよく見てみると、雨彦さんの真っ白な耳が真っ赤に染まっていて──ちょっと待ってよ、いや、本当に困る。
「嘘でしょー……?」
「いや……すまない、北村」
なにがすまないのさ、バカ。
結局勝ったはずの僕があまりにも驚いているものだから、どっちが勝ったのかわからない。結局雨彦さんがみのりさんに拉致されたあたりで僕もその場を離れたから、あまり深掘りされないままにパーティは終わってしまう。
ふたりきりになるように歩調を合わせた帰り道で、雨彦さんが言い訳のように「俺が想楽と呼んでやるつもりだったんだがな」などと怖いことを言い出すので肝が冷える。それなのに、試しに言ってみてくださいよー、だなんて言い出した僕はきっと好奇心で痛い目を見るタイプなんだろう。雨彦さんはこちらをじっと見て、ゲームとは思えない声色で口にした。
「……愛してるぜ、想楽」
「……はい」
知ってはいたが、とんでもない男だ。まさか雨彦さん酔ってないよな、だなんて考える暇もなく、雨彦さんは続ける。
「照れてくれたのかい?」
「見たらわかるでしょー?」
「あいにく暗いからな。耳が染まっているかなんてわからない」
なら、明るい部屋でもう一度言ってよ。そう誘って家まで連れ込んでやろうかだなんて不埒なことを考えた瞬間、雨彦さんが「明るいところに行きたいな、」だなんて言い出した。