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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    薫輝。『花、雪、泡』のお題で書きました。
    いろいろめちゃくちゃだけど、この世界ではそういうことです。
    (2023/5/1)

    ##薫輝

    いつか夏の空に、同じ雪を見せて 花を吐く人間は大勢いるが、涙が雪に変わる人間はあまりいない。人前で泣く機会というものがこの年になると失われてくるものだから、僕が知らないだけで身の回りに当たり前に存在しているのかもしれない。だが、少なくとも僕が認識している範囲では僕の周りにそのような人間はいない。
     この現象は涙雪症を呼ばれている。そう、たんなる現象だ。病の類ですらないのだから、本来は花吐き病──嘔吐中枢花被性疾患と同列に語るのがそもそも間違っている。犬が好きか、猫が好きかの論争と同じくらいくだらない。それでもこの現象が嘔吐中枢花被性疾患と同列に語られる理由は、たんに美しいだとか、ロマンチックだとか、そういうくだらない感傷からきているんだろう。元医者として病気と現象が同列に扱われるのは少しばかり思うところがないわけではないが、かといってその感情は言語化するには実態がなさすぎた。つまり、どうでもよかっただけだ。
     本当にどうでもいい現象なんだ。涙が雪になったところで人生にはなんの影響もない。花を吐く人間は恋をしているというが、涙が雪になる人間にはこれといった特徴もなければ問題もない。ただ、少しだけ涙が冷たいだけだ。頬を流れずにぽたりと落ちる小さなカケラが、自然の摂理に抗うように数分だけ残る。それだけだった。

     だから涙雪症のことなんて忘れていた。こんなタイミングで思い出すなんて、夢にも思っていなかった。

     オレンジ色のライトが照らす会場の、すべてのライトを集めたステージの真ん中で天道は泣いていた。その涙は頬を伝うことなく、雪の結晶へと形を変えて天道の足元に降り注いでいた。
    「……え?」
    「輝さん……? あれ、これって……えっと、」
    「涙雪症だ。まったく……君は泣くだけで人騒がせだな」
     大の大人が感動で泣くのをひさしぶりに見たと思ったらこれだ。ぱらぱらと落ちる雪の結晶を困ったように見つめながら、天道は少しだけ困ったように「なんだこれ」と笑う。
    「うわー……いつからなんだろうな。子供の頃は普通の涙だったのに」
    「いつからでもいいだろう。そこまで珍しいことでもない」
    「でも、俺は雪涙症をはじめて見ました。ライトに照らされて、とってもキレイですね」
     柏木はそう言って天道の足元を見た。それは柏木の言う通り、オレンジのライトを反射してキラキラと光っている。
     僕だってそれを美しいと思った。だがライブというものは終わりの時間が決まっていて、もうこのMCに割ける時間は残っていなかった。
    「……天道が泣き止んだら最後の曲だ。みんな、また会おう」
     もう視線を下げることは許されない。完璧を届けるために僕はここに立っている。きっと足元では天道の涙がキラキラと光っているのだろう。だが、それを見ることはない。
     歌が終わる。少しだけ、話す。去り際に一瞬だけ天道の立っていた場所を見た。遠すぎて、なにひとつわかりはしなかった。

     寒い、と天道が言った。三度目の言葉だった。三度目を聞いたのは僕だけだった。
     ライブが終わり、簡単な打ち上げをしたあと僕らは特に目的もなく寒空の下でのんびりしていたんだと思う。覚えていないくらい益体のないことを喋って、ライブ終わりの高揚感を分かち合った。
     そういう時間が嫌いではなくなったのはいつの頃からだろう。ただ二人が話す声を聞いて、時折ぽつりと自分の気持ちを呟く。天道と軽い言い合いになるときもあったけれど、今はただ、穏やかな時間を過ごしていた。
     天道の雪涙症に関して、僕も、柏木も、天道本人ですらなにも言わなかった。天道の目元はもう赤くなどなくて、夜風を受けてうっすらと伏している。
     ライブと同じように時間は過ぎ去る。柏木は申し訳なさそうに「時間が、」と呟いて、僕らを道連れにするでもなく帰ってしまった。
     取り残された天道と僕は少しだけ歩く。ここから一番近い駅とは逆方向だけれど、距離が少し伸びただけでいずれは別の駅に着く。
    「……ライブ、すごかったな」
     天道が囁くように口にした。僕は短く同意を返す。聞いているのかいないのか、天道はもう一度、ひとりごとのように呟いた。
    「同じ景色を見てたよな、俺たち」
    「……そうだな」
     天道はそれからぽつぽつと、ゆったりとしたトーンでいろいろなことを喋りだした。そのどれもが今日のライブのことだった。それなのに柏木がいた時とは違う、おだやかで、遠くを見るような目をしていた。
     僕はそのすべてに短い相槌を打ちながら、天道のラズベリー色をした瞳を見る。うっすらとした星明かりと街灯をやわらかく取り込んだ瞳は緩やかに光って僕を映していた。天道も、僕を見ていた。
    「……なぁ、桜庭」
    「なんだ?」
     喋り続けていた天道は話をやめて僕を見た。その瞳に雪の面影はない。
    「俺さ、桜庭がなにかを見てるのが好きなんだ」
     くしゃ、と天道は笑う。不安定で、なにかを諦めたような笑みだった。
    「カッコよくてキレイだと思う。本を読む目つきとか、カメラに向ける視線とか、ライブで真っ直ぐに客席を見るところとか」
     諦めたような目で、夢を見るように口にする。
    「……桜庭が事務所の子供達を見てる時の優しい目とかさ」
     ふと立ち止まったのは僕と天道のどちらだったのだろうか。向き合った僕たちの頬を夜風が撫ぜる。冷たい、冬の匂いがした。
    「……それを僕に言ってどうする」
    「なんだよ。いいだろ、別に」
    「よくはない。言いたいことがあるのならハッキリと言え」
     僕の言葉に天道は短く、ふ、と笑った。天道はたまに、ひどく年相応に笑う。いつもは少年のように無邪気に笑うのに、なぜ、いま、こんなに大人びた笑みを浮かべるのだろう。
    「……俺のことも見てほしいって、そう思ったんだよ」
     天道は一瞬だけ、僕を責めるように笑う。そうして、堰を切ったように声を出した。
    「見てほしい。キレイだって……キラキラしてるって。言ってくれよ。星みたいだって」
     それは嘘でもよかったのだろうか。嘘なら、僕は望む言葉を返せたのだろうか。
     言葉は嘘にするには僕の心に近すぎた。笑う顔も、伸びる歌声も、圧倒的な存在感も、天道は確かにキラキラしていると思えたからだ。ただ、僕はそれを言えない。それを口にするには、僕らの距離はあまりにも近すぎる。口にしたが最後、天道の輝きは僕の心を焼き尽くすのだろう。それは、いやだ。それは、こわい。
     ぐるぐると考えていたのはほんの少しの時間だったはずだ。天道は僕の言葉を待たずに、僕に何も望まないままに口にした。
    「好きだ、桜庭」
     優しい目だった。そのまま、笑みのように瞳が閉じられる。次に目を開いた時、その目は凛とした冷たさを湛えていた。
    「好きなんだ」
     まるで自分を罰するかのように呟いて、天道はまた歩き出そうとする。その手を掴んだ。
    「……なんだよ、桜庭」
    「……なんだとはなんだ」
    「はは、なんだよそれ」
     天道は手を振り解いたりしなかった。ただされるがまま、僕を見ていた。
    「言って終わりか?」
    「……ああ。いいんだ、別に」
     天道らしからぬ言葉に僕は苛ついたんだと思う。手首を強く握ったら、皮膚の下から血の流れる音がした。
    「叶わなくていい……この恋はさ、泡みたいに消えてなくなったっていいんだ」
     痛いと言われれば、僕はきっとこの手を離していただろう。それでも、天道が何もかも受け入れるように笑うから、僕は自分の衝動を抑えることはしなかった。
    「諦めたような物言いだな」
    「伝えたかっただけだからな」
     天道はそれ以上なにも言わなかった。覚えておいてくれとも、忘れてくれとも言わずに、その手にそっと力を入れる。逃れるような弱い力に逆らうように思い切りその手を引き寄せれば、僕の目の前に引き摺り出された天道の目は驚きで見開かれた。
    「僕を好きだと言うのなら」
     あと一歩踏み出せば喉元を食いちぎれる距離で、子供のような苛立ちをそのままに吐き出した。自分からなにを差し出すでもなく、ただ、望みを押し付ける。
    「僕に愛されることを諦めるな」
     めちゃくちゃなことを言っているのはわかっている。それでも、僕はこの男がなにかを諦めるのは嫌だった。
    「……相変わらず、キツいこと言うよな」
     天道は僕の言葉を宥めるように笑う。「違う、」と僕は呟いていた。
    「……好きだと言われて、嫌じゃなかった」
     天道のことをどう思うかと言われた時に恋愛的な気持ちを浮かべることはない。それなのに、好きだと言われて嫌ではなかった。なんだかそれが自然だとすら思えるほど、僕は天道の気持ちを受け入れている。
    「ちゃんと向き合うと約束する。僕は君への気持ちに必ず結論を出す」
     ならば次は自分の気持ちを知るべきだ。そして、それを伝えるべきだ。
    「……ありがとな、桜庭」
     ふにゃ、と天道が笑う。細められた目元がキラキラと光る。その輝きに目を奪われた。
     雪の結晶が街灯と月の光を反射してキラキラと光っていた。
     幻想的なその涙を瞳からぽろぽろと流しながら、幻想とは程遠い人間は泣いている。その姿を美しいと思った。
    「……なぜ泣くんだ」
    「なんでだろうな……」
     嬉しいのかな、と天道は笑う。震える喉が真っ白な息を吐き出した。
     僕よりも太い指が目頭を拭う。嗚咽を逃すように揺れる吐息が涙で滲んでいる。大丈夫、とまっすぐに通る声が冷たい空気に霧散する。僕はこの男に想われているのだと、胸が潰れるくらい強く意識した。
    「っ……?」
     その瞬間、胃から何かが迫り上がってきた。不快感とは違う、生理的に受け入れ難い衝動は異物で僕の口内を満たす。耐えきれず吐き出したそれは、名前も知らない、鮮やかなラズベリー色の花弁だった。
    「……は?」
    「……ふっ、はは! なんだよそれ」
     地面に舞い散った花弁から目を離せない僕を笑う天道の声。
    「お前、花吐き病だったんだな。初めて知ったぜ」
    「……奇遇だな。僕も今しがた知った」
    「そっか。俺もさっき自分が雪涙症だって知ったし、ほんと奇遇だな」
     天道は何かがツボに入ったらしく、キラキラとした雪の結晶をたくさん落としながら楽しそうに笑っている。この呑気な男は自分が失恋をした可能性なんて考えていないんだろう。真実そうだが、腹立たしい。
    「……君は自分が失恋したという可能性を考えないのか」
    「なんだよ、俺は失恋したのか?」
    「していない。……だとしても、その能天気な反応に腹が立つんだ」
     だいたい君は、と続けた声はまたしても吐き出した花弁に妨げられる。それを見た天道は子供みたいに笑い出して、僕の隣まで距離を縮めてきた。
    「桜庭は誰に恋してんだろうなぁ」
     酔っ払いにするように僕の背中をさすりながら、天道はわざとらしく口にする。僕が恋の証を吐いて、君が失恋を否定されているのだから、答えはひとつしかないというのに。
    「……君に向き合う、が聞いて呆れる」
     自分がほとほと情けない。口には出さずに嘆く僕とは対照的に、まるで天道はこの世の春と言わんばかりに幸せそうに笑っている。
    「お前に想われてるなんて、そいつは世界一の幸せ者だな」
    「そうか。それなら事務所のプロフィールを『世界一の幸せ者』に書き換えておけ」
     そんな果報者、君しかいない。
     花と共に吐き出せば天道が強い力で抱きついてきた。
     頬が触れ合う。溶け合うような熱の中で、落ちずに残った雪の結晶だけが冷たかった。
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