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    oishi_mattya

    気まぐれに追加される抹茶のSS倉庫
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    oishi_mattya

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    久しぶりに三人称を書きたくなった&新しい書き方にチャレンジした産物
    薄墨史郎のお話

    #うちうち
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    #うちよそ
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    「大丈夫」という言葉 目が覚めたときに、彼の視界に海が広がっていた。と言ってもそれは一種の形容的言葉でしかない。というのも、彼――薄墨史郎の病に侵された目には彼の又甥であり彼の弟子である青年の青い髪が海のように鮮やかに見えたというだけなのだから。
     師匠、と呼ぶ青年の声はかすれていた。髪よりも淡く、煌めくような蒼の目は憔悴しきっており、史郎がその中にひび割れた硝子の破片があるようにすら思ってしまった。
     藍、と青年を呼ぶ史郎の声は、青年の声以上にやつれ細くなっていた。その短い言葉を吐くだけで眩暈が起きるほど、史郎は衰えていた。名を呼ばれた青年は――薄墨藍は微かに肩を震わせて、それから史郎の病み衰えた手に触れた。
     怖がってはいけないよ。私は十分生きたのだから。もう少し、あと少しと思うほど生きてきたのだから。
     囁くような史郎の言葉に藍は静かに首を振った。代わりに酷く幼いこどものような声でこう返した。「死なないでください」と。
     死なないでください、師匠。置いていかないでください。置いていくのなら、連れていってください。……その言葉は涙のようだった。出会ったときからずっと泣けないままもがいていたこどもが、漸く流す涙のような痛々しい言葉だった。
     史郎は……できるならその言葉を叶えてやりたかった。出会ってから十三年。藍の実の家族よりも少しだけ長く彼と一緒にいたのに、史郎にできたことは彼が「傷」を見ないように生きるための方法を教え、彼が「家」だと呼べる場所を与えたことくらいだった。
     すまないね。藍と唯一同じ色をした蒼の目を細めて、史郎が笑う。すまないね。私は君の願いを叶えてあげたいけど、藍が願うことなら全てじゃなくてもちゃんと叶えてあげたいのだけど、それはもう無理なんだよ。そう笑って、史郎は己の手に触れる藍の手を、最期の力で握った。
     ねえ、藍。お願いがあるんだよ。そう囁く史郎の言葉に藍は静かに首を横に振った。その仕草が、出会ったばかりの幼い彼の仕草とあまりに似ていたので、史郎は懐かしさと悲しさのまま同じ言葉を繰り返した。お願いがあるんだよ。最後のお願いだから、聞いてほしいんだよ。と。
     藍、君は生きなければいけないよ。私がいなくなっても、私の店と本たちが残っているのだからちゃんと面倒を見ないといけないよ。毎日ご飯を食べて、寝て、店も開いて、そうやって生きていかなければいけないよ。
     生きなければいけないよ。お父さんやお母さんや妹さんのためではなくて、君自身のために生きていかなければいけないよ。
     それは「お願い」であり柔らかな懇願だった。「呪い」と言ってもいいのではないかと思うほどの言葉だった。その言葉に藍は史郎の手を握って、嫌です。と震え声で返した。ひとりで生きていくのは嫌です、と返した。
     でもね、と史郎は幼子に言い聞かせるように言葉を重ねた。ずっとひとりかは分からないよ。私だってずっとひとりだったけど、最後の十三年は君と一緒にいられたのだから。君に勉強を教えて、一緒にラジオを聞いて、反対にお酒が過ぎると君に叱られたりして、……そうやってふたりで生きていられたのだから、
     掠れていく言葉がどこまで届いたのかは分からない。分からないが、それでも史郎はその意識が途切れる最期まで酷く身勝手で優しい願いを囁き続けた。
     大丈夫だよ。今度はきっと、君とずっと一緒に生きてくれる人に出会えるから、だから泣かないで、藍。


     それからまた少し時間が経って。
     ある晴れた日、一組の家族が墓参りに訪れていた。青い髪に蒼い目の青年と黒い髪に赤い目の青年と、そのどちらにも似ていない金灰の髪と青の目の女性だった。青年二人が墓を手入れするのを女性は不思議そうな顔で眺め、渡された木桶から水を掬って目の前の御影石にかけた。
     この下に藍くんのお師匠さんがいるの? ええ、そうですよ。長く会いに来なかったので、きっと心配をかけてしまったのだと思います。大丈夫ですよ、自分と赤音さんが一緒なんですから。
     赤い目の青年の言葉に、蒼い目の青年は一つ瞬きをして、そうですね。と呟いた。呟いて、まっすぐに目の前の御影石を――そこに掘られた「薄墨」の文字を見つめた。

     大丈夫ですよ。ちゃんと約束、守ろうって頑張ってるんですから、師匠。
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