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    ぷくぷく

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    赤い風と夜の狩人

    狩人 vol.4うつ伏せで倒れている白いシャツの男性は、動く気配がなかった。ちゃんと見たくないと心底思うが、仕方なくスマホのライトを男性に当てる。頭の周りに広がる水溜まりは、赤黒かった。

    恐る恐る男性の首もとに手を伸ばす。
    脈の取り方を同じケイである友人から教わったが、やり方を間違えたかと思うくらい脈がわからない。それは、脈がないということにもなる。

    背中には矢が3本、頭から出血してるということは、頭にも、矢が。
    さすがにそこまで確認することはできなかった。あの場から逃げ出す時に見た、髪の短い女性の姿がよぎる。

    「…頭…?」

    つい言葉がこぼれた。
    そういえば、あの時は一番最初に胸元に矢が刺さっていた。衝撃的だったためか、鮮明に覚えているのは喜ばしくないが、あの時最初から頭を狙えたのでは?

    男性も背中に矢が刺さっているということは、背を向けて逃げていたからか。だが、その場合頭を狙われたら、後頭部に傷があるはず。

    ライトを当てて見た感じ、傷のようなものは見えなければ、出血もない。おそらく彼も髪の短い彼女と同じように、正面から矢を受けて倒れた?

    「…振り返った」

    「…なに?」

    「あ、いや、すみません」

    後ろから心配そうな声が聞こえ、慌ててスマホのライトを切った。さっきまでは恐怖が強かったため、直視するのを躊躇ったが、今は疑問の方が上回り横目で再度男性を見た。

    「…残念ながら、彼も…」

    「…そう……じゃあハンターはこの近くに…」

    「……ひとついいですか」

    「えぇ、どうかした?」

    「…ハンターは、おそらく体の大きい部分を狙うみたいです。この人も、最初にいた女性も、胸や背中を狙われてます」

    「…足や頭は狙いにくい、とか?」

    「俺たちが逃げてきた時も何本か飛んで来たけど、当たることはなかった。ここは暗いし、もしかしたらハンターも、必ず一発で仕留められるわけではないんじゃないかなって。だから罠を仕掛けていた」

    「それなら、どうしたら…?」

    ハンターの狩りが分かったところで、遭遇しないで脱出するのは困難だ。彼女もそれは理解しているようで、不安な目がこちらを見つめている。

    「…一番はハンターに遭遇しないで脱出することですが、もし、遭遇した時…きっとどちらかが狙われます。だから」

    「…うん」

    「…怖いと思いますが、背を向けて逃げてください。ハンターから逃げ切るために」

    大きな目が一瞬揺らいだが、ゆっくり瞬きをすると、静かに頷いた。




    何度この角を曲がっただろうか。
    まるで迷路に迷い込んだのではないかと思うほど、似たような角を曲がっては進んでの繰り返し。誰か声が聞こえたかと思えば、すぐに静かになった、あの中にいた誰かが狩られたか。

    「…っーーーくそっ!なんで切れんだよ!!」

    さっきまで足元を照らしていたライトが急に消え、スマホの画面には切れかかったバッテリーのアイコンが点滅していた。電波もなければバッテリーも底を尽きた。こんなときに限って。

    周りを見渡しても、暗い廊下が広がるだけだった。窓らしい窓は全て内側から塞がれており、蹴破るにもここが地上なのか地下なのかもわからない。段々焦りは苛立ちに変わり、歩けば歩くほど気が狂いそうになる。

    「っっ!くそっ!どっからでれんだよ…」

    階段を見つけ仕方なく上るも、どこまで続いているのかわからない。上りきった先にハンターがいないことを願いながら、姿勢を低くして一段ずつ上っていく。

    その時、どこかから砂利を踏むような音が聞こえた。

    慌てて手すりに手を掛けてしゃがみ込み、音がするのは階段の上か、下か、声を押し殺して耳を澄ませた。こんなとこで死ぬなんて絶対にごめんだ、いままで感じたことのない緊張感に、体が強ばる。

    「…ここ……すぐだと思う」

    うっすら聞こえたのは女の声、たしかハンターは噂では男のドロだったはず。あの場にいた女は二人、一人はすぐにハンターに狩られ、もう一人はどうだったか記憶にない。まだ生きているかは怪しいが、もし生きているやつがいるのなら。そう思いながら静かにポケットに手を伸ばす。

    神が存在するならば、まさしく神は俺の味方だ。



    「…なんとか、ここまでこれましたね」

    「うん、さっきも話したけど、本当にいいの?」

    隣で歩く彼女は、自分が貸したウインドブレーカーを羽織りながらこちらを見た。
    落ち着いてきて気がついたが、ここはかなり冷える。風通しも悪く、底冷えするような寒さが続くため、肩を擦る彼女に貸したのだ。

    「大丈夫…と言いたいですけど…」

    ハンターが通った形跡もなく、遭遇せずに順調に来れたのが逆に怖くなってきた。あの場にいた二人を除くもう一人の男の姿もない。倒れている姿を見かけるよりはましだが、それでもハンターと同じく懸念点のひとつだ。

    「あの男の人、やっぱりドロだったんだね。見たことはなかったけど、なんだか…近寄りがたくて」

    あの時、彼に声をかけなかったのは正解だったと思う。自分より先に目覚めていて、自分がケイだと気づかれたら…ハンターのゲームが始まる前にどうなっていたか。

    「最近出回ってきたドロなので、ハンターほどではないと思うけど…ドロが2人いる状況は、下手したら手を組む可能性もあるので」

    「そうね…でもあの人、ハンターに怯えてたし…」

    そうつぶやく彼女をふと横目で見ると、一瞬、見間違いかと思った。

    彼女の背後から、誰かの手が伸びていた。


    「…お前は……」

    一瞬の出来事だった。
    見間違いかと思ったその手は、彼女の口を無理矢理塞ぎ、自分の腕の中に引き寄せていた。

    片方の手にはナイフが握られ、彼女の喉元に突き立ててられる。この場でこんなことをしてくる人間は、ハンター以外に一人しかいない。

    「まだ生きてたんだなぁ、お前ら」

    派手な髪色に黒いマスク、赤い靴の男。マスクを顎までずらしてひどく愉快そうに笑っている。この状況でそんな表情を見せるということは、もしかして。

    「…お前、まさかハンターと手を組んだのか?」

    「はぁー?あんなイカれた民族まがいの野郎に、人間の言葉が通じると思ってんのか?お前ら、ずいぶん楽しそうにおしゃべりしてたじゃねーか」

    「…だったら、なんだよ。彼女にそんなことする必要ないだろ」

    「ここの出口を教えろ、さっき話してただろ」

    話さなければ、こいつがどうなってもいいのか、といわんばかりに彼女に向けたナイフがさらに近くなる。

    出口を聞いてくるあたり、おそらくハンターとは本当に手を組んでいないのだろう。あの矢がどこから飛んでくるかもわからない、そんな中、彼女は不安そうながらも、まっすぐにこちらを見てきた。

    握りしめた拳を静かに緩め、息を吐く。
    ここは、こいつの要求に応えるしかない。

    「…ここは廃病院だ。彼女が昔来たことがある、だから出口は彼女だけが知っている」

    そう言うと、男は鼻で笑った。彼女の首元に向けたナイフをこちらに向けて。

    「そんな嘘に騙されると思ってんのか?」

    「はぁ!?嘘つく理由なんてないだろ!」

    「いや、あるね。お前ケイだろ」

    その言葉にドキッとした。つい口をつぐむと、男はさらに笑ってナイフの刃先を少しだけ上に向けた。

    「その赤毛、見覚えがあんだよ。この辺を走り回っているケイってのは、お前のことだろ」

    「……そういうお前は、ドロだろ」

    「あぁそうだよ!だからてめぇらケイが嘘をつかねぇわけがねぇ!この女が知ってたとしても、てめぇを生かしてこっからだすわけにはいかねぇんだよ」

    男の声が徐々に大きくなり、ナイフは再び彼女の首元に向けられた。こちらが動こうとすれば首元に押し付けられ、彼女がぎゅっと目をつぶった。

    この状況で余裕が出てきたのか、男は楽しんでいるようにも見える。くそ、最悪すぎる。

    「…なにが目的だよ」

    「お前は前を歩け、ハンターがうろついてんだ、女だけじゃ盾は足りねぇんだよ」

    「…お前…っ!」

    「おいおい、いいのかよ。先にこの女が盾になってもいいのか?まぁちいせえから役にたたねぇだろうけどよぉ」

    あまりの発言に握った拳に力がはいる。人の命を軽々しく扱うこの男にも、こんな時にすぐに助けられない自分にも、腹立たしくなる。

    「…いいかげんに……」

    「じゃあとっとと歩っ…ぅっ……」

    そういいかけた時、言葉は続くことはなかった。男は、目を見開いてこちらをみていた。まるで時が止まったかのようにピタリと動きが止まった。

    急に辺りが静かになる。彼女も目に涙を浮かべ、視線を男の足元に向けていた。その原因は、乾いた音が聞こえたからか。

    男の足元には、一本の矢が刺さっていた。


    軽い悲鳴が聞こえたあと、男は急に彼女の髪を掴んで勢いよく後ろを向いた。

    「くそ!!どこにいんだよこのイカれやろう!!!隠れてねぇででてこいよっ…腰抜けがぁあ!!」

    盾にするように彼女を自分の前に突き出し、ナイフをあらゆる方向に向けている。ひどく気が動転していて、とても近寄れる状態じゃない。このままじゃ彼女も危ない。

    「っおい!!やめろ!」

    「っっうっせーなぁああ!!!お前は黙ってろ役立たず!!」

    声を荒らげ、男はナイフを振り上げた。今にも切りかかりそうな姿が見えて、思わず身構えた。

    その時、乾いた音と共に
    鈍い、嫌な音が聞こえた。

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