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    DB vs Vulture 1-3まとめ

    この街に簡単な仕事なんてない 1-3基本仕事で外にでることはない。
    モニターがよく見えるように薄暗い部屋でキーボードを叩く、それがいつもの仕事。

    ただ、稀に外に駆り出されるときがある。
    もちろん前線で戦うわけではない、そんなのは死んでも嫌だ。安全圏で活動できることが保証されていないと絶対に足を運びたくない。
    そう言っていたけど、この街で絶対的な安全圏を探す方が難しい。警備の堅いビル内でも、頑丈な護送車の中でも、どこででも、危険は寄ってくる。

    「なんでこうも、危ないもんは寄ってくんだろうな。虫かなんか?」

    手持ち無沙汰にキーボードを叩きながら呟くと、ヘッドホンの向こうから声が聞こえてきた。独り言、と返すとマイクを切れと呆れた声が聞こえ、ブツリとマイクを切った音を最後に無音になる。

    今回は抗争があった現場付近での情報回収。大きい組織のアジトが襲撃され、壊滅までとはいかないが、大きい騒ぎになったらしい。
    ケイが現場に到着した頃には、辛うじて息のある人間が何人いるか、といった有り様。ドロ同士でもナワバリ争いがあると思うと、それこそ生きた心地のしない世界だと椅子に腰かけてぼんやり考えていた。

    自身も足を踏み入れかけた世界だが、そんないいもんじゃない。そこにいることを望まない人間もいるのかもしれないが、望んでいる人間もいる。到底理解できないが。

    「命知らずなやつばっか。ここもそうだけどさ」

    アジトでは、証拠を処分しようとした形跡がいくつか見られたが、それどころではなかったのだろう。HDやパソコンは、叩き割れば済むと思っているのかもしれない。もちろんデータはほとんど読み込めなくなるだろうが、必ずしも、すべてなかったことにできるわけではない。

    「それならHDだけもってくりゃいいだろ、めんどくさ…」

    近くの監視カメラの映像が繋がれたモニターに目をやる。アジトを襲撃する側の人間がいるのなら、情報を狙っている人間もゼロではない。ケイと同様に、データを回収するために訪れる存在がいないか、監視も兼ねて現場に呼び出された。
    現場近くに乗用車に扮した中継車の中で、周辺の監視カメラをモニターし、状況を報告する。
    監視カメラのハッキングなんてオフィスから出なくてもできることなのに。そう溢すと同じチームの人間に肩を叩かれる。しかも、わりと強めに。

    監視カメラの映像にブレはない。電子機器や書類関連など、あらゆる情報源の回収も順調らしい。
    現場で見つけたHDをリモートで繋いで、モニターを積んだ車の中で情報が拾えるか確認する。思いの外、あっさりと終わりそうだ。

    「いくつか名前くらいなら拾えたわ。それでいけそう、持ってきてくんね」

    そう言ってマイクを切り、伸びをした際にふとあるモニターが目にはいった。
    画面端に信号がうつる路地に続く道の入口付近の監視カメラ。信号の色は赤。

    信号が赤になるのはおかしいことではないし、たまたま目にした時に赤だっただけかもしれない。だが、その時はやけに、長く感じた。
    モニターから目を離さず、手だけキーボードにゆっくりのばす。気のせいであってくれ、と願掛けしながら。

    監視カメラの起動状況を確認するモニターが出た途端、ヘッドホンの向こうで耳障りな雑音が流れた。

    「DB、直ちに退避してください!」

    その声と、モニターに表示された数字と共に、バックドアを叩く音が聞こえてきた。突然の情報量に思わず手が止まり、静かになったバックドアに目をやった。ノックの音は、3回。

    「……One shot、今どうなってる」

    小声でマイクに語りかけても、反応はない。
    ノックの音もそれっきりで、横目でモニターを確認する。一部の監視カメラの再生時間は、ぴたりと止まっていた。こういうときだけ勘が当たるのは、全くもって嬉しくない。

    運転席に人がいない車のバックドアをノックするのであれば、そこに人がいるとわかっているからだ。ただ、同じケイにはこの車はノックしないように指示がいっているはず。退避するように言ってきた同じチームのケイを除いて。

    なるべく音を立てないように、モニター前にあるノートパソコンのUSBを抜いてポケットにいれる。退避もなにも、このドアの前にケイじゃない人間がいたら、詰んだも同然なんだが?

    そんな悪態をヘッドホンに再度投げ掛けようにも、ノイズ一つすら聞こえない。完全にスイッチが切れているか、切られたのか。嫌な考えが連想ゲームのように溢れてくる、もはや目眩までしてきた。

    「…これだから、現場にでるのは嫌なんだ」

    思考を巡らせていた矢先、急になにかがぶつかったような鈍い音が聞こえ、足元がふらつくほど車両が揺れた。車に体当たりしてるのかと思うほど強い衝撃で、さすがに後ずさると耳を劈く金属音が響いた。

    「武装者2名!現場にも複数名確認、至急応援を!」

    車の外から聞こえるくぐもった声は、さっきまでやりとりしていた聞き覚えのある声だった。マイクは本部とも繋いでいるが、自分のヘッドホンから聞こえてこないあたり、呼び掛けているのは本部ではない。
    後部座席から無理矢理助手席に移動し、ドアを開ける。その間にも車が揺れるほどの振動が幾度か起こり恐らくこの場で交戦している。

    応戦?まさか。
    こういった状況になったときにすべきことはひとつ。自分の命を最優先する。

    「くそっ…しばらく現場はごめんだからな!」

    ドアは閉めずに、すぐに人気のない道に走り出した。遠くでも人の声が聞こえる辺り、交戦している現場はここだけじゃない。そんなにドロがわいてんのか?

    嫌な考えと共に、振り返ることなく影が濃い路地裏の奥まで走っていった。







    「随分と急ぎの仕事だな」

    「頼む、あんたらじゃないとできないことだ」

    「ありがたいお言葉だが、他にも依頼先はあるんじゃないか?」

    「路地裏でイキってる奴らなんかじゃ役に立たない、バカが多すぎる」

    「そうかい。アンタが賢いなら、俺達が首を縦に振らないことくらいわかるだろ」

    「わかってる!!だからこれだけの額を出すんだ!半数以上がやられたんだ、現場慣れしてる腕がほしい」

    「悪いが、落とし物探しは専門外でね」

    「ケイなんかよりも向こうに渡る方がよっぽど困る。あんたらのことも割れる可能性だってある」

    「…そいつは困ったなぁ、もう少し情報管理は徹底してくれよ」

    「だからだ、こんな風にぐだぐだ話している時間の方が無駄と思わないか?最悪回収はこちらで行う」

    「最悪、ではなく前提として、だ」

    「……現場での回収はこちらで行う。その代わりに周辺の監視に人員が足りなくなる、それでどうだ」

    「今回限りだ、報酬は先にもらう。アンタが生きて帰ってこれる保証はないからな」

    「…ちっ……場所はすぐに送る」

    依頼主が部屋から出ていくのを見送ってから、大きなため息がもれた。それを合図に部下は動き出す。今夜は仕事だ。




    「今日くらいゆっくり過ごすつもりだったんだけどなぁ」

    「監視だけなら楽に終わりそうですけど」

    「この街に簡単な仕事なんてない、だろ?」


    仕方なく首を縦に降った仕事は、現場近くの廃ビル内での待機からスタートした。

    とある組織同士の交戦があった現場で、組織に関するデータが入っていた電子機器の回収。それだけを聞けば楽な仕事かもしれないが、今回は対立組織と合わせてケイが絡むリスクもある。周辺の監視と、最悪の事態に備えての保険が今回の仕事。

    依頼人から送られてきたメールには、住所と共に近くの監視カメラを一部止めて現場に接近すると書かれていた。

    「そこまで手が回るなら、俺達を雇わなくても問題ないだろうに」

    その場所を確認しながら、素早く周りに仲間を配置する。依頼されたからには多少働かないと、後がうるさい。

    古いアパートの下にでもアジトを隠していたのか、街の外れよりは多少建物がある。交戦により、周囲の人間は一時的に離れているのか明かりがついているところはほとんどなかった。

    裏通りにも人影はなく、数台車が残っているくらい。こんな物騒な街の路地で駐車しようもんなら、タイヤどころか跡形もなく奪われるだろう。
    明日までにどれくらい残ってるだろうか、つい口元に笑みが浮かんだ。

    『すでにケイがいる、数名だが捜索を始めてる』

    「そりゃそうだ、アイツらはやけに鼻が良いからな。すぐ嗅ぎ付けてくるさ」

    『…今のところ別組織の人間はいない、そっちは?』

    「こっちも人の出入りはない。車が3台ほど停車しているが、アンタらのか?」

    『そっちにうちの人間はいない、その辺の民間人のだろ』

    「そうかい、それなら荒らしにくるドロが出る前に回収してほしいところだが」

    『…やけに機械周りを漁ってるケイがいる…くそっ、一通り壊したはずだが』

    機械に詳しい人間。その手の役割をもつ人間はどの組織にもいるだろうが、わざわざ現場に顔を出すことは少ない。戦場でも身を潜め、なるべく生き残ることを優先するからだ。

    破壊したはずの精密機器を確認する辺り、手当たり次第なのか。念には念をいれておくか。

    「あの車を確認しておけ、廃車ならほっといていい。そのうちドロがバラすだろ」

    2人だけ車に移動させ、引き続き監視と待機を続ける。周辺に人通りはほとんどなく、遠くで信号機が青になっても車すら通らない。

    「こっちは特に異常はない、そっちの状況は」

    そう切り出したとき、ノイズまじりの破裂音が聞こえた。乱れた音声が一瞬聞こえた後、イヤホンの向こうが騒がしくなる。

    「…これだからせっかちは困るなぁ」

    交戦は避けたかったが、どうやら依頼主の部下たちが焦った結果だ。すでに現場はケイと戦闘が始まり、次第に応援が呼ばれるだろう。

    他所が絡むと一番悪い結果に陥ることが多い。周りの部下に目配せをすれば、音を立てることなく動き始めた。自分達の役目をさっさと果たす、生き残るために。

    『ケイに先を越された、髪を結った女がそっちに逃げたぞ!』

    再び聞こえた声は騒がしく、それと同時に近くでも聞き覚えのない声が聞こえた。

    「武装者2名!現場にも複数名確認、至急応援を!」

    すぐに裏通りが見える場所に移動すると、数台止められている車付近で誰かが取っ組み合っている。遠くでもわかることは、長い髪を結った後ろ姿と、声からして女であること。

    ターゲットが自らやってきてくれるとは、珍しく運がいい。すぐに応戦に向かうよう部下を動かそうとした時、車から人がでてくるのが見えた。

    わざわざ助手席のドアを開け、一瞬車の後ろに目線をやってから反対方向に走り出した。民間人のリアクションにしては随分と静かだ。こういったトラブルに慣れてるのか、それとも。

    「…通信兵ってところか」

    『なに呑気にしゃべってんだ!早く女を捕まえろ!ヴァルチャー!』

    騒がしい無線は次第にノイズ混じりとなり、耳障りな音を静かにオフにした。

    「車周辺の女を捕らえろ。女とはいえケイだ、油断するな。車から逃げた人間はケイの可能性が高い、追跡するが機器の回収が最優先だ。それ以外の事態はすぐに撤収しろ」

    この街に簡単な仕事なんてない。
    手に取った銃を握りしめ、走り出した。



    結構離れたし、これくらいなら大丈夫でしょ。
    そんな程度に思っていた。

    走ることを考えていない靴で、そもそも走ることが不得意な人間が走り続けるなんて無理がある。
    廃ビルの階段を上り、ようやく一息つこうと歩きだすと、廃材でも踏んだのか体勢を保てなくなった。

    「いって…」

    咄嗟に砂利だらけの床に手をついてしまった。手を払うとどこか切れたのか、軽く触れただけでも痛みが走る。

    念のためスマホのライトで周りを照らすと、なにかが光を反射した。車から持ってきたUSBを落としていた。

    「あっぶね…怒られるところだった」

    反射した光を頼りに手を伸ばして、壊れていないか確認する。電子機器は簡単に壊れやすい。
    一度砂を払ってから再びライトで照らすと、部屋に響く大きな音共に視界の端で火花がちらついた。

    まずい、ものすごくまずい。
    慌ててスマホを隠して頭を庇いながら伏せた。ライトで場所はバレてるが、二発目が来たら確実に死ぬ。
    そんなことを考える頭はあるが、心臓はものすごくうるさい。手の指先まで冷えきるくらい血の気が引いているのがわかる。

    次の行動次第で、死ぬ。
    だけど、一周回って頭は冴えていた。




    道中聞こえてきた仲間からの通信では、この男が車から逃げたあと、ターゲットの女も車から離れたらしい。たまたま逃げてきただけか?

    『後ろは施錠されてる。キーがないが、運転席から確認したところおそらく改造車。モニターがいくつか見える』

    スクープを探しに来た記者まがいなら、それはそれで厄介だ。次の指示を考えながら階段を上り続けると、最後に一言だけ聞こえた。

    『…路地入り口の監視カメラを映してる。止めたことがバレてるな』

    マスコミでもそこまでしない。それほどの権限も技術もない。でなければ、ケイが許さないはずだ。現場付近にケイの配置が少なかったのは、あらかじめ監視の目があったとも考えられる。
    まるでパズルのピースが当てはまっていくかのように、繋がっていく。階段を上りきったあと、暗がりの中なにか光が見えた。あの手にもっているものは。

    「鬼ごっこは終わりにしねぇか、兄ちゃん」

    伏せた背中に投げ掛けるも、動く様子はない。
    この状況下で動かないのは正解だ。判断は正しい。

    「両手を上げて立て、そうすりゃなにもしないさ」

    無理矢理奪うこともできるが、もしケイでなくとも必要以上に人と関わるのは避けたい。無駄に命を奪う必要もないからだ。

    弾は当たっていないはずだが、男はなかなか立ち上がらない。ライトを当てた背中に手を伸ばそうとするとようやく動き出した。
    手を軽く握り、顔より高く上げて立ち上がる。諦めたのか、意を決したのか、ゆっくりと振り返った。

    「…奇遇だね、こっちもやめたかったところ。お宅らしつこいね?」

    メガネにワイシャツ姿、どう見ても弾が飛び交う場所にいる人間の服装ではない。たまたま巻き込まれた民間人にしては、怯える様子もなくライトの光に顔をしかめている。となると、ここまで逃げる理由は一つ。

    「仕事なんでね。アンタらケイがお相手してるやつらが、どうしてもってな」

    『ケイ』という言葉にばつが悪そうに顔を歪めた。少し口ごもるも、大きなため息をついた。

    「………へぇ、金に困ってるんだ?元傭兵って」

    「おぉ、ご存じだったとは。おそれ多いねぇ」

    「わざわざあんたが出てくるなんて、よっぽど暇なのかよ。ヴァルチャー」

    読みは当たったようだ。
    自分の通り名を把握していることには少し驚いた。優秀な通信兵だが、残念なことに無謀すぎる。わざわざ一人で逃げることも、逃げた先の選択も。

    「まさか。早く一杯やりたいところなんでな。兄ちゃんなら、どうしたらいいかわかってくれると思うんだけどなぁ?」

    上げた腕も疲れてきたのか、握りしめた手が下がってきている。こちらもゆっくり銃を下ろすと、その動きを警戒するように目で追っていた。

    「アンタの命がほしいわけじゃない、俺たちが欲しいのは、アンタが持ってるもんだ」

    「……これが欲しいって、マジでいってんの?」

    呆れるように笑うと急に目の前に投げてきた。咄嗟に顔に近い位置でキャッチするも、中身を確認する前に視界に映ったものにため息が出る。

    まさか、今度はこっちが手を上げる番とは。

    「あの車は俺の好みじゃねぇなぁ」

    「あんたが欲しいって言ったんだろ」

    手の中にあるのは車のキー、見間違えたのは誤算だった。キーを見せるように手のひらを向けて上げると、こちらに突きつけた銃を握り直していた。不馴れなのか、少し眉間にシワを寄せて両手で構えている。うっかり引き金を引かないかこっちがヒヤヒヤするくらいだ。

    「そんな怖い顔するなって、俺たちがほしいのはデータだ。それさえ手に入れればなにもしないさ」

    「データ?なんの話?人違いじゃないの」

    「わざわざ車を運転せずに走って逃げる方が、この街じゃ命取りだと思わないか?」

    「急に車の後ろで喧嘩始まったらビビるでしょ」

    小型銃、護身用程度のものか。武器を所持しているあたり、ケイとして対処する前提でここに来てはいるんだろう。だが、銃口の向け先を悩んでいるのか、時折目線がぶれる。

    どうしたもんか。
    素人が武器を持つと想定外の自体が起こりやすい。対処法を考えつつも、次の話題を探す。

    「…そうだな、その車の中からモニターやらなんやら機材が見つかったらしい。アンタが持ってるものを渡してくれたら、このキーを使って車ごと持っていかなくて済むんだがなぁ」

    車に目をつけられていたのは誤算だったのか、少しだけ目を見開いた。どんどん動揺してきている。慣れていないなぁ、話し合いにも、読み合いにも。

    「…それは、どっちも怒られるから無理な話だね」

    「なぁに、奪われたっていえばいいじゃないか」

    「…ばかにしやがって」

    カチッ
    引いた引き金の違和感に気づいたのか、男は向けていた銃に目線が移った。

    だから言ったろ?
    データが手に入ればなにもしないって。

    顔面に一発いれるのは簡単だった。床に落ちたメガネと共に倒れこんだが、気絶はしていないようだ。痛みに呻く声が聞こえ、鼻を抑えている。

    「銃を持つのは初めてかい?」

    セーフティーバーを外し忘れた銃から弾を抜き、ばらしていく。傷が少ない辺り本当に銃を握ったことがないのかもしれない。

    足元で起き上がろうともがいていたが、頭が揺れたからかふらついている。意識が飛ぶ前に回収しなければ。

    「データを渡すか、ここで死ぬか。どちらかだ」

    銃を向けると、一瞬こちらに目線をやったがふらつきながら壁に寄りかかった。
    鼻からボタボタと血が流れ、ワイシャツに滲んでいくのを眺めるように、ただ俯いていた。

    「戦場で選んでる暇なんてない、アンタは幸運だ。データを渡すだけでいいんだからよ」

    「……あの車…通りに、あんのは…おかしいと思わない?」

    俯いたまま、呟くように口を開いた。
    鼻で呼吸ができないのか、肩を揺らして息を整えている。表情は見えない。

    「…兄ちゃんの車か?確かにあそこじゃ切符を切られても仕方ないな」

    「…そう、人目にもつきやすいし、あんたらの目にも、止まりやすい。そうだろ」

    意識がはっきりしてきたのか、徐々に声が大きくなっている。
    最後の悪あがきか。

    「兄ちゃん、悪いがおしゃべりする暇はないんだ」

    分かりやすく一歩踏み出しても、顔を上げる様子はない。それどころか頭を軽く振って小さく笑う声さえ聞こえる。

    「あんたらから逃げるにしても、こんなとこに来なくたっていい。こんな開けた場所、隠れるには向いてないだろ?」

    自分の選択は誤りだった、とでも言いたいのか。
    肩を震わせて笑うと、大きなため息をついて静かになった。

    ケイを殺すのは少々面倒だが、残念だ。

    引き金をかけた指に力をいれると、雑音と共に耳元で声が聞こえた。






    この街に簡単な仕事なんてない。
    予定通りにいくことなんてないからだ。イレギュラーは必ず起こる、望まなくても。

    『…おい、何かしたか?』

    ノイズ混じりの独り言なのか、思わずこぼしたようにも聞こえる。自分にあてたものでなければ聞き流そうかと思っていたが、通信は切れることはない。

    『…ヴァルチャー、モニターにDeleteと表示されている。全てだ』

    モニターに?
    一瞬だけ耳元の通信機に気を取られたが、銃口を向けている男の手元に明かりが見えた。

    ポケットから落ちたのか、いつのまに操作したのか。地面に落ちたスマホの画面には「Delete」の文字が見える。

    さすがケイだ。

    思わず口角だけが上がる。
    自分とは違う分野であっても、力を見せつけられると気持ちが高ぶりそうになる。口を開いたらうっかりでそうな笑いを噛み殺して、再び引き金に力をいれる。

    「面白いねぇ、兄ちゃん」

    返事はない。呆気なさ過ぎる。
    だが、これ以上抵抗がなければ仕事を済ませるだけ。そう思った時に、イレギュラーは起こる。


    見ている、誰かが

    頭が判断する前に体は動いていた。
    咄嗟に引いた腕をなにかがかすり、その向きから瞬時に位置を推測する。遅れて聞こえてきた反射する金属音、これは。

    これ以上思考を巡らせる暇はない。
    見通しがいい分、こっちが不利だ。

    「退け、今すぐに」






    さっきまで乱闘があった車のバックドアを開け、手当てを受けつつ状況は軽く聞いていた。

    現場屋上で待機していたケイが、車に近づく人影に気づいてからあいつが急いで来たこと。そのあと現場も騒がしくなって、何人かドロが現れたこと。

    「運が良かったじゃ済まないけど、大きな怪我じゃなくてよかったわ」と現場の援護に向かった医療班の後ろに、眉間にシワを寄せてあいつは立っていた。


    「無茶しすぎです」

    手当てが終わった途端これだ。
    言い返すのも面倒で、頬にあてていた保冷剤を見せて肩をすくめると、呆れたように首を横に振った。

    本当に死んでいたかもしれない。それは分かってる、こういう時だけ読みが外れたんだ。わざわざ追いかけてくるとは思わなかったし、正直渡したって消されるのには変わりないだろ?

    なんて、言いたいことは沢山あったが、口を動かせば鋭い痛みを感じる。口の中もどこか切ったみたいだ。

    「あいつどうなった?」

    とりあえず一言だけ言うと、少しだけ目線をそらした。まぁ、手当てを受けてる間の話からなんとなくわかっていた。

    「ドロ、ヴァルチャーについては残念ながら。他のチーム員と思われるドロも早々に撤退し、確保できたのは例の交戦を起こした側の人間のみです」

    「あっそ。逃げ足も早いんだな、元傭兵って」

    「…どこで気づいたんですか?彼らが関与してることを」

    「気づかなかったよ。なんとなく見た監視カメラが止められてた。そんでバックドアをノックしてくるなんて、お前以外いない。ヴァルチャーって気づいたのは前に見たことがあっただけ」

    ドロを用心棒にするケースはいくらでもある。だが、わざわざ傭兵上がりのエキスパートがこんな案件で出てくるとは思わないだろ。

    そのための監視だったのに、目を向けてない隙間を突かれたのも正直気に入らない。

    「そう簡単に表にでてこないドロですよ?」

    「おめーが浮かれまくって忘れてるだけ」

    納得いかなそうに口を閉じたが、しばらくしてため息が聞こえた。

    「…大人しく渡せばよかったのに。今後あなたに銃は持たせられません」

    「んでだよ。セーフティーバー入れとけっていったのお前だろ」

    「言いましたが、武装している人間に銃を向けるなんて危険です。彼らは無差別に人の命を奪うような活動は見受けられませんし、元傭兵なら、ケイに必要以上に接触するも避けるはずです」

    「なぁに?お国のために働く兵隊だったから?お前も似たような仕事してたからわかることもあるっての?」

    「…あなたが持っていたものは、人の命を簡単に奪えます。あなたの命も」

    煽ったにしては反応が静かだ。
    おそらく、自身の行動に怒っているわけではなく。

    「……そーいうのウザい。それが嫌ならちゃんと守ってくれよ、元、隊員殿」

    「昔の話です、あんまり外で言わないでください。データに関してはほんとに削除したんですか?」

    こっちの身を案じるような眼差しも、嫌なワードが出たからか顔をそらしていた。
    データに関しては、ポケットの中にあるUSB以外にもちゃんと残してはある。

    「あの状況で消せる余裕なんてねぇよ。リモートで画面繋いだだけ。バレるかと思ったけど、大人しく引いてくれたって感じ」

    「そのタイミングで私が来なければ、どうするつもりだったんですか」

    「もうちょい早く来てくんねぇから殴られたんだけど~?」

    「あれでも急ぎましたよ。他のケイにスペアキーを持ってきてもらってるんですからね。鍵も変えないといけないし、仕事増やさないでください」

    増やしたくてやったわけではない、その言葉にどうやって嫌味をのせて返そうか考えていたところ、離れたところでも目につく赤が見えた。

    「お疲れ様です、DBさん、One shotさん」

    「あれ、Runner君じゃん。お疲れさま」

    息を整えるように深呼吸してから差し出されたのは、車のスペアキー。CN通り、本部からわざわざ走ってきたのか。

    「お疲れ様ですRunner君。今回はお手数をおかけしました、助かります」

    「ごめんねぇ、走らせちゃって。こいつが走ってこいって話なんだけどねぇ」

    「さっき走ってましたが??」

    「いえ、それより…大丈夫ですか?あまり無理しない方が…」

    鍵を受け取ったときからどこか顔を合わせずらそうにしている。明るいところにでて気づいたが、Yシャツは血がにじみ所々砂ぼこりで汚れている。そこまで重症ではないが、彼は気にするらしい。

    「あぁ、刺されたとかじゃないから大丈夫、鼻当たっただけ。容赦ないよねぇドロって」

    「医療班の方にも見ていただいています。車は自分が運転しますのでこの人は気にしなくて大丈夫です」

    「お前はもう少し労えよ、MVPだぞこちとら」

    「自分でいいます?」

    そういう会話を続けると、彼は少しだけはにかむように笑った。

    「よかったです。足元も気を付けてくださいね。もう夜遅いですし」

    「え?」

    思わず声がでてしまった。その反応に目を丸くするのを見て、すぐにはっとした。そういうことか。

    「あぁ、メガネか。Runner君ほんっと優しいねえ、普通に気抜けてて忘れてたわ。ありがとね」

    「いえ、それじゃあ、あとは俺たちが対応します」

    失礼します、と頭を下げてすぐに走っていった。他のケイよりも気遣いができるが、気づくことも多く時折やりにくい。

    「伊達だって言えばいいじゃないですか」

    「うっせ、とりあえずデータ確認するから、準備できたら車だして」

    バックドアから車に乗り込む。何か持っていかれたかと思ったが、意外と綺麗な状態だった。だが、案の定。

    「あーあ、やっぱりやるよねぇ」

    ディスクトップPCには、目立たないが何発か撃ち込まれたような亀裂がある。データを消したのか確認されたのは、こいつがだめになったのを知っていたからなのか。

    「社用車だからいいんだけど、さ」

    予備のノートPCを引っ張りだしてUSBを差した。データは生きている、コピー元からのウイルス検知もない。だが、問題ないと閉じようとした時、少しだけ引っ掛かることがあった。

    こういうときの勘だけは、やけに当たる。
    当たらないことを願ってキーボードを叩いた。




    「アイツらはどうなった」

    「大半がケイに確保されたそうです。連絡手段に使っていた電話番号及び電子メール・機器については既に破棄済み、こちらの場所が漏れることはありません」

    「仕事が早くて助かるねぇ。念のためだが、しばらくは仕事は控えると周知しておいてくれ」

    「あれ、臨時休業?」

    後ろから聞こえた声は、遊び相手を見つけた子どものようにやけに楽しそうだ。

    「休暇だ、急な仕事が終わったからな」

    「ふうん、最初から受けなくてもよかったんじゃない?あんまりいいお客じゃなかったし」

    手持ち無沙汰に傘をくるくる回している。今日は雨の予報はないはずだが、新しい傘なのかご機嫌な様子で回している。

    「悪い客は取り締まってもらうのが一番早い、それがアイツらの仕事だからな」

    「そっかぁ、それもありだね。でもデータはいいの?」

    薄い淡い色のビニール越しに目が合う。
    好奇心なのか、気まぐれなのかわからないが。

    「俺達の情報なんて、最初からそんなもんはない。どっかの情報屋に騙されたんだろ」

    ビニール越しに合った目は、ゆっくりと満足そうに笑っていた。


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