全て眠りに任せて隆俊さん……僕と結婚してください!!
若者がもつ特別な、いや違う。
この子だけが持つ磨き抜かれた宝石のような輝きが隆俊の厚い胸を打った。
「まだ、結婚はできないよ」
少しどきどきしながら隆俊は司に言った。
パーティーゲームの途中だったが、画面に集中できなくなってくる。
ひとつ深呼吸してようやく、画面と向かい合った。
「結婚マスです!他のプレイヤーと結婚しますか?」
くっきりと大きく表示されたその文字に、隆俊は目の前が一瞬暗くなった。
「ほら、もう結婚できるでしょ。結婚しよ!」
嬉しそうな司の表情に鼓動が速くなる。
「あー。そうだね。結婚しようか」
わざと素っ気ない声で言った自分が隆俊は恥ずかしかった。
自省して自分の中に入っていると、いつの間にかなにやら柔らかい感触が手に触っている。
それが司の白い指だと脳が処理するまで時間がかかった。
「例えゲームでも、隆俊さんと結婚できるなんてうれしいな」
陽だまりを思わせる笑顔に、胸に矢でも刺さったかのような痛みが瞬時に走った。
「グッ……」
咄嗟に戦地で撃たれた時の声がでたが、顔は鉄の決意で笑顔を維持。
しかしそれは奇妙な光景だったようで司は不安げに心配してくる。白い柔らかな指が隆俊の硬くゴツゴツとした指に絡ませられる。
「大丈夫?」
「大丈夫…俺は頑強にできてるから」
以前銃で撃たれても応急処置無しでしばらく歩き回って仲間を援護した武勇伝を話してみようか?
迷ったがやめた。司を怯えさせるだけだと思ったのだ。
司は白くて冷たい死の匂いがする環境で育ったから、赤くて熱い血の匂いがする場所までは知って欲しくない、隆俊はそう考えている。
「風邪とか引いたことないから」
これが余計な一言だった。
「それは、どこも弄ってないのにすごいね」
素直に感心した声だったが、隆俊はもはや嘔吐しそうだった。
変な意地を張ったのが失敗で、どんどん話が悪い方に走っている気がする。
なぜ遺伝子デザインを受けている司に生まれつきの話を振ってしまうのか。自分でも理解できない、承認できない。
「そうだ。しんどいなら僕の膝で休む?」
少し自分の中に篭りがちなところがある隆俊に、司は彼特有の自由さで提案してきた。
ぽんぽん、とか細い膝を叩いている。
自分が乗ったらそれだけで罪になりそうだな、と隆俊は思った。
「今だけは君のお嫁さん候補だからね。おいで」
「わ、わかった」
欲望に一瞬で負けたので隆俊は素直に膝を借りた。
近づくとふわっとお菓子屋のような甘い匂いが香る。ボディーソープだろうか?そんなことを考えながら隆俊はゆっくりと頭を埋めた。
柔らかく頼りない膝だった。
疑問になった骨の在処を確かめるように、少し頭を動かす。
ちょうどいい場所を見つけ、安心。
すると確かな視線を感じる。
上を見上げて、頬をほんのり赤く染めている様子の司と目が合った。
「もぞもぞするから恥ずかしいよ」
「あっ」
もちろん隆俊も急に恥ずかしくなったが、耐えた。耐えすぎたかもしれない。
「照れるなよ。今は俺のお嫁さんなんだろ」
そう言って降りている白い髪に触れて、柔らかな感触を楽しむ。
なんで?
心の中では何故自分がこんなことを言っているのか理解できていない。
しかし、口からは素直な口説き文句がすらすらとでている。
なぜか?
これはつまり本能だ。
本能が司を欲しがって通常なら不可能な事象を可能にしているのである。
ならば、この機に乗じて攻めていくことが大切だった。
「司は俺のこと好きか?」
「状況を見ればわかるだろ……」
「言って欲しいんだ。俺は司が好きだ」
しっかり目を見て言うが、視線を逸らされた。
それでも2000万年たったら人類は言えなくなりそうな言葉を並べて隆俊は攻めていく。
「手を握るけど、いいか?」
「……うん」
先程感じた柔らかさを、もう一度しっかりと感じる。
「司はどこも可愛いな」
「そんなことないよ」
「俺以外には懐かないのも可愛いよ」
その言葉に司は露骨に反応した。
「嫌じゃない?迷惑でしょ」
「嫌じゃない。大変だけど、苦にはならない」
そう言うと司の膝で目を閉じる。
隆俊はだんだん自然に言葉がでるようになってきた。
「初めて会った時から好きなんだ」
正直に言った。
「そうなんだ」
司は驚いていなかった。
「いい大人が怖いだろ?」
「僕は隆俊さんのこと、優しいから好きだったよ」
「下心があったのさ」
「それは嘘」
司は自信があるようだった。
「好きになったってなってなくたって、隆俊さんは優しくて真面目だよ」
司はそう言って自分の膝に抱えた隆俊の頭を優しく撫でた。
それは酷く懐かしく新鮮な感覚で、隆俊はこのまま少し眠るのも悪くないと思った。
「起きるまでゲームやってるね」
「なぁ、これが終わっても恋人でいてくれるか?」
微睡で判断がつかない。
つい言わないつもりだった言葉まででてくる。
まずいな、と思う判断力すらない。
それでもふわふわした感覚の中で、最後に覚えている言葉がある。
「ゲームが面白かったら……現実にするのも悪くないかもね」
自分が次に目覚めたとき、司が笑っていることを祈って隆俊は眠りに落ちた。