きみじゃなきゃ「すげー正直で、すげーまじめで、すげーかっこよくて、すげー優しくて、すげー頑固で、すげー正しくて、すげー男気あって、すげー頭よくて、すげー努力家で、すげー人望あって、ここぞって時はぜってー決めるすげー奴。でも、ちょっとズレてておもしれー。あと顔もかっけー」
だから、ごめんな。
付き合ってる奴いるからとフラれた。でも、諦めきれなくて、その付き合ってる奴より俺のがいい男だって分かってくれたらもしかして……!と思って、どんな奴? って聞いてみれば、返ってきた言葉に撃沈した。
なにそのパーフェクト人間。勝てるわけねーし、そんな奴存在しねーだろ。存在しねーけど、三井本人がそう思ってるって時点でベタ惚れにも程がある。
「なんか、嫌いなとことかねーの?」
「嫌いなとこ……? ねーな」
即答。
「あ、やっぱりある」
「なに!?」
勢い込んで尋ねれば、三井がヒヒッといたずらを思いついた子どもみたいに笑った。
「大人しそうなツラしていびきと寝言が意外とウルセーんだよ。あと料理とか掃除が出来ないし、実は意外とヘタレな所もある。あ、ナイショな。」
誰に言うってんだよ、そんな話し。つーかもうお泊りしちゃってんじゃん。むしろ大人しそうなツラして、手ェ早いんじゃん。いや、顔知らんけど。三井情報だけど。
オレが妄想の三井とラブラブイチャイチャしてる最中、お前は本物の三井とラブラブイチャイチャしてんのかよ。クソ、ムカつく。普通にムカつく。
「三井とタイプぜんぜんちげーじゃん。そんな奴と一緒にいて楽しいのかよ」
三井は口は時々口は悪いが、明るく爽やか。チームをまとめるリーダーシップも、チームを盛り上げるキャプテンシーもある。そのくせマジメすぎずに軽口やくだらない話しにも乗ってくる。それでいて、ちょっと抜けたところのある守ってあげたくなるタイプだ。
190越えの男になに言ってんだと思われるかめしれないけど、仕方ないだろう。
「楽しい? 楽しいとはちょっとちげーかも。楽しいで言えば、一緒にいてもっと楽しい奴らいるし」
「オレだって!」
お前だってオレといるの楽しいって言うじゃん。オレに優しいって言うじゃん。オレにかわいく甘えて来るじゃん。オレだけを特別扱いすんじゃん。オレといると無防備に笑うじゃん。
オレでいいじゃん……!
「うん、お前といる方が楽しいかも。でも、あいつはさぁ、別に楽しいこと一緒に出来なくてもいいっつか、近くにいてくれると、背筋が伸びるっつーか、俺ちゃんと出来る気がすんだよな。
あいつが自慢出来る俺でいてぇっつーか、あいつに釣り合う人間でいてぇっつーか」
「そんなの、窮屈じゃねぇの……」
オレだったら、恋人といる時はリラックスしたい。甘えて欲しいし、甘やかしてやりてーし、そんな風に三井のことも大事にしたい。
「んー、でも、誰に言われるよりあいつにすごいって言われるのが一番がんばろって思えるから、なんつーか、やる気の原動力?あいつの笑顔ががんばったご褒美?的な?」
だから、ごめんなと三井はもう一度誠意を込めて言ってくれた。
これ以上引き下がっても、オレの心証を下げるだけだろう。とりあえず一度引こう。これからまだ何度だってチャンスはある。
「いや、こっちこそ。ありがとう。すぐには無理かもしんないけど、また二人で遊び行ったりして欲しい」
「おう!」
「ごめんな、時間取らせて。気をつけて」
「お前もな。じゃ、また明日」
「おう、また明日」
また明日なんて気楽に言ってくれる。
わかってる。明日も俺はなんだかんだと三井を甘やかすのだろう。三井のことが好きだから。
観客席にいた男と三井が話しているのを見て、あぁーあいつかと思った。
まじめそうで、頭良さそう、優しそう。大人しそうだな、確かに。あっんな優男のツラで手は早いとかなんだよ、それ。ケダモノめ。
「お、あれ元湘北のベンチだな」
「は?ベンチ?控えってこと?」
つーか、バスケ部かよ! めちゃくちゃ文系顔じゃん。科学部とか文学部とかじゃねーなのかよ!
「おー、三井と同級だったはずだ。湘北は三人しか三年がいなかったみてーでな、なんとなく記憶に残ってる」
高校の時に三井と試合をしている河田が言う言葉に驚く。
オレ等世代なら誰でも知っている山王対湘北の劇的な下剋上。圧倒的な力の差だったはずなのに、まさかの無名の湘北の勝利。
あの無敗の山王が負けたなんて。それも、湘北なんて一度も聞いた事のないようなチームに。
その勝利に大きく貢献していたのが、三井だった。王者山王が見たくて会場にいたわけだけど、俺が魅せられたのは湘北だった。いや、正確には湘北のシューターに。
フル出場で、誰よりもコートの端から端まで走って、傍から見てもバテバテで、それでもきれいなシュートを放る男に魅せられた。
自分の最善を常に理解し、チームのためだけに尽くした男。
えー、あんなメガネの男いたかー? 全然記憶に残ってねーんだけど。いや、湘北選手層薄すぎて、スターティングメンバーがほぼ出ずっぱりだったじゃん。そういや、ちょいちょい交代で出てた男がメガネのあんな感じの男だったような? いや、でも、あんな顔世の中にたくさんあるだろ。三井が言う程か? いや、遠目だからよく分かんねーけど、三井やオレのがよっぽどカッコいいだろ。
「バスケ部? あんななよっちいヤツが?」
「おお、間違いねぇな。まぁ、俺の時はそんな試合出なかったけど。三井が戻るまではレギュラーだったみてぇだな」
三井が公式戦の試合に出だしたのは三年からだと言う事は聞いていた。
本人からではなく湘北のデータとして知っているだけで、理由などは知らなかったが、怪我で戦線離脱していたらしい。
今も三井のストレッチは入念で、膝のサポーターは欠かさない。
「はぁ?! 湘北って一年もレギュラーだろ?! そこからレギュラーも奪えねぇ奴とつるんでんの?! 嘘だろ?!」
「控えだろうがチームだろ」
「それは! そうだけど! でも!」
そういう話しじゃねぇんだよ! バスケバカめ! どいつもこいつもバスケしか頭にねぇのか!
つるむだけならまだわかるが、そんなヤツを好きになるのが理解出来ねぇ。
「スーパーサブかもしれねぇし、チームの精神的支柱かもしれねぇし、チームの事なんていろいろだろ。
うちにも一年レギュラーいたし、湘北の一年レギュラーはいろいろと規格外だったしな」
お前ン所の一年レギュラーは沢北だろーが! 規格外にも程があるわ!
確かに湘北の一年はクソ腹立たしいくらいにバスケが強い流川と、なんかもうよく分かんねぇバケモンだった。でも、赤頭のバケモンは勢いだけでバスケ自体はヘッタクソだっただろ!
あー! クソ! ますます納得いかねぇー! 俺のが絶対いいだろ。俺のがイケメンだし、ガタイいいし、バスケもぜってーうめぇ! 三井とも気が合うし、絶対楽しくさせるし、優しくするし、甘やかしてやんのに!
「おい、三井! ストレッチ!」
「お、おう」
楽しそうな三井に腕を回して引き摺るように連れていく。
男はまだにこにこと読めない顔で三井を見つめていた。余裕ぶっこいてんなよ!
試合は快勝。オレと三井のコンビネーションも最高。やっぱりオレらの相性が一番だろ。
ほくほくとした気持ちで控室に戻ろうとすると、ちょうど三井の恋人(暫定)優男を見かけた。向こうも俺に気がついたのか、会釈してくるので、ふんと鼻を鳴らした
「オレだったら」
「え」
「いつでも全力で頑張ってる恋人は、自分と二人きりでいる時くらいはリラックスして欲しいし、甘やかしてやりてーって思うけど」
優男が目を瞬かせる。
「そうだね」
「あ?」
「人間としての器がまだまだ足りないなって思うよ。頑張り過ぎちゃう恋人が頼ってくれるくらいでかい男になるよ」
爽やかに笑った優男は、オレの感情などお見通しと言わんばかりだ。その余裕そうな笑顔が
「っっっムカつく!!!」
聞こえているだろうに振り返りもしやがらねぇ。
「ぜってー諦めねぇからな!!!! 三井を傷つけずにとっとと別れろ!!!」
どこの学校か知らねーけど、オレと三井は学科もほとんど同じの取ってるし、部活も一緒だし、アパートも近いんだからな! チャンスなんてありあまりまくってんだからな!
悔しいけど、近くでよく見るとめちゃくちゃ顔が整ってた事だけは確かだった。
「木暮! 待たせて悪ぃ」
走ってくる三井に手を上げて応える。どうせならこの勢いのまま抱きついて欲しい所だけど、三井がそんな事するわけないもんな。諦めて、ぽんと背中を叩く。
大胆不敵に見えて繊細、結構恥ずかしがり屋。深く知れば知るほど不思議な人間だ。
遠くから刺すような視線を感じるのは気の所為ではないだろう。先程すれ違った三井のチームメイトを思い出して苦笑する。
見せつけるようにわざと腰を抱いてしまったのは許して欲しい。オレも余裕ないな。
「待ってないよ。お疲れ。大活躍だったな」
「まーな」
ニッと唇の端を引き上げるその表情は男前。ほんっとカッコいいな。大学ではきっとモテてるんだろうな。
高校時代でも密かに人気はあったが、元不良の肩書があったからか、正面切って告げるような子はあまりいなかった。ましてや三井の周りには常に番長の存在があったのだから、女子が怖がるのもムリはない。
後半はみっちゃんみっちゃんとデレデレしてる顔ばかり見ていたので、忘れがちだったが、やはり不良の存在は普通の女子からしたら怖いものだろう。
堀田ガードがなくなった今三井は男も女も相変わらず虜にしては、そばにいさせているんだろう。
先ほどの彼のように。
「ん? なんだよ」
「いや、別に。それより、今日泊まってっていいんだろ?」
「おう」
試合の話しをしながら三井のアパートへと向かう。大きなスポーツバッグを持とうかと聞いたが、さすがに断られてしまった。
まぁ、そうだよな。女の子相手じゃあるまいし。でも、疲れてるだろうし、男女関係なく優しくしたいと思うのは間違いじゃないと思っている。
三井に先にシャワーを浴びてもらっている間に食事の用意をする。正直料理はまったく出来ないので、帰り途中に買った惣菜と三井が炊いといてくれた白米をテーブルに並べるだけだ。
でも、そろそろ簡単なものくらいは作れるようにならなくては、いつも三井に用意してもらうのは申し訳ない。
三井は意外と料理が苦手ではない。凝った料理はつくらないが、一通りのものは普通に美味しく作れる。と、言うか三井って意外となんでも出来るんだよな。
器用で、なにかが出来なくて困っていると言うのはあまり見た事がない。勉強だってやってなかったから点数が取れてなかっただけで、たかがだか数日の追い込みで二年間分のサボりをチャラに出来る程度には頭も良い。しかも、勉強合宿の話しを聞いたが、ほぼ一人でテキストと向き合っていたらしい。時折赤木に教えを乞う事があったようだが、それで理解出来るのだから、きちんと授業受けてたら、恐らく普通に学年上位陣だ。
つくづくオレって釣り合わないなぁと考えてしまった。
三井に対する後悔と気持ちだけで、必死に三井の隣にしがみついている。
あの時、必死に手を掴んでいれば、オレたちは三年間ずっと一緒にいられたはずだった。
だから、今度こそオレは三井と一緒にいるために、絶対に手を離さないって決めたんだ。
食事をしながらの試合の話しが一段落して、ようやく聞きたかった事を差し込めた。
そわそわしすぎて、伺いすぎて、ちょっと声が裏返ったのは気づかれていないと思いたい。
三井はオレを過大評価してくれているが、本当のオレは小心者だ。
こういう事を聞くのも怖いし、リュックの中に入れている不安と焦燥と嫉妬と執着と愛情でさぞかし重くなっているであろう安物のリングをいつ渡せばいいのかもうずっと悩んでるなんてヘタレにも程がある。
「あー、最近なにか変わった事あった?」
「変わった事? 別にねーけど」
こてん、と首を傾げる。あぁ、こういう無防備さがあぁ言う人間を生むんだろうな。
試合が始まる前元山王の河田とこちらを見ながらなにか話しているのには気がついていた。
途中から片方の視線が厳しいものになっている事にももちろん。
オレなんかが三井に相応しくないなんてわかりきっている事を改めて突きつけられた。
「あー、そっか」
「ンだよ」
「いや、別に。なんか、チームメイトと仲良くなったなーと思って」
「おー、いいヤツばっかだぜ」
ニカリ、と笑う三井に微笑む。
うーん、やっぱり言ってもらえないか。こういうガードは固いんだよな。まぁ、あの様子じゃ相手にされなかったんだろう。
でも、結構グサッときた。的を得ていたからこそ、大人げない態度を取ってしまった。
彼が三井と仲の良い事を知っていた。試合中も休憩中も四六時中一緒。日頃の話しにもよく出て来るし、二人で出かける事があるのも知っている。
オレと三井が共に学生時代を過ごした三年間のうち、一体どれだけ彼と共にあっただろうか。
彼なら寄り添えただろうか。手を離さずに。
「そっか。ならよかった」
「そっちは?」
「うん? 俺は毎日勉強漬けだよ」
「大変だな」
「うん、でも、今日は三井の試合見れると思ったらテストもバッチリだったよ」
この日の事だけを考えて勉強をした。早く逢いたい。バスケと学業と頑張っている三井に情けない姿は見せられない。
「……お前さぁ」
照れて、耳が赤くなった三井が顔を隠すように、顔を逸らすのがかわいくて、たまらない。
男らしい、整った顔がオレの前ではこうして容易く無防備な表情を見せてくれるのが好きだった。
「ふふ。なぁ、三井」
我ながら甘ったるい声だ。こんな声が出せるなんて、三井とこういう関係になるまで知らなかった。
「んー?」
三井の方もとろりとはちみつが蕩けたように語尾が甘く掠れる。
「……なんか、オレたち頑張りすぎてるかもな」
「え」
「たまには二人でゆっくりしようよ」
「……おう」
小さな顔を手で包み込み、そっと口付ける。
甘えるように、甘やかすように、何度も何度も口づけて、互いに肌に触れる。
不安も焦燥も嫉妬もなにもかも吹き飛ばしてくれる三井の甘い声と体温にただただ溺れた。
ずっとリュックに入れていた揃いのリングを三井は照れながらも喜んでくれて、オレは三井の事を好きな人全員にこの事を自慢して回りたくなった。
とりあえず次の試合の応援の時に、彼にだけは指輪を絶対に見せつけようと心に決めた。
やっぱりまだまだちっちゃいなオレ。